アマガミサンポケット   作:冷梅

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遅くなりましたが、パワプロクンポケット20周年おめでとうございます。
これからも楽しく遊んでいきたいですね。


12月-⑨

  ――――夢を見ている。

 

  ――――忘れもしない、あの日の記憶。

 

  ――――2年前の、あの雪の日の夢を。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

  街を暖かく照らしていた陽は姿を隠し、辺りは夜の帳に包まれている。 灯りは一つ、頭上を白く照らす街頭だけ。 周囲を見渡すが、その先にはひたすらに闇が広がっている。 雪がしんしんと降り始め、冬の寒さが猛威を振るう。 堪らず身を屈めてベンチに座り、必死に身体を摩るがその効果は薄い。 寒さで気が狂いそうになる。 それでもこの場から立ち去ることは出来ない。

  約束をした。 少しばかり悩む素振りを見せていたが、それでも確かに彼女は頷いてくれた。 だから、それを果たす前にこの場を離れることは出来ない。 約束とは守るべきモノだと、守って当然のものだとそう思っていた。 きっと彼女は来てくれる、そう信じていた。 だから震え上がる身体に鞭を打って、約束の場であるベンチに座り彼女を待っていた。

 

  しかし――――それにも終わりがやって来る。

 

  ふと気がついた時、静寂(しじま)を破るようにやけに大きく時計の秒針を刻む音が耳に響いた。 ダッフルコートには雪が積もっており、少しばかり呆けていたのを自覚させられる。 手元の携帯には幾つかの着信履歴が入っており、その中身は見知った顔ばかり――――そこに彼女の名は無かった。

  約束の時間はとうに過ぎている。 あの日、確かに彼女と交わした約束が果たされることは無かった。 こうなる事を考えなかった訳では無い。 もしかしたら来てくれないかもしれないと、少なからず思っていた。 予定の時間を過ぎても連絡が来ないことから、嫌な予感を薄々ながら感じていた。

 

  そう考えていても、足掻きたかった。

 

  苦くて辛い、聖夜の夢。

 

  意識が深く沈んでいく。

 

  そんな夢の中で、

  微睡んで、微睡んで、微睡んで――――

 

「――――橘くん」

 

  白い光の人影に名前を呼ばれて目を覚ます。

 

「……っ、待って!」

 

 伸ばした右手が掴んでいたのは虚空であり、視界はぼやけて、頬を涙が伝っていくのを感じた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

「……また、あの夢か」

 

  耳元で鳴る目覚まし時計の音で目が覚めた。

  見ていた夢は、苦々しい思いを胸に残して簡単には消えてくれない。

  深く深く、刻み込まれた失恋の記憶だ。 この時期になると、どうしても意識をしてしまう。 だけど、それはもう乗り越えた。 過去は過去であり、いつまでも引き摺るのは辞めた。

 

  沈んだ気持ちをかき消すために、欠伸を噛み殺しながら両手を持ち上げ目一杯伸ばす。 押し入れと違い、ベッドの上では天井の距離を気にすること無く伸びが出来る。 寒い冬の朝を乗り越えるにあたって習慣化すると良いモノを公に教えて貰ったが、その効果は覿面なように思う。

  まずはカーテンをミラーカーテンに変更し、朝日を取り入れる為にレースを取り付けた。 カーテンレールにサンキャッチャーを付けるのも忘れない。 こうすることによって、晴れの日には朝日を効率的に浴びることが出来るようになるらしい。 何でも朝日をたっぷり浴びることによって、脳が活性化されてスッキリと目覚められるんだとか。 ソースは公曰く偉い人とのこと。 偉い人、脳裏に浮かぶのは一人の淑女の姿。 野崎さんだろうな、きっとそうに違いない。 いや、夏目さんという線も考えられる。 どちらにせよ大した違いはないのだが。

 

  簡単なストレッチを済ませた後は、昨夜のうちに準備しておいた水を口に含んでいく。 良く冷えた水が、身体に染み渡っていくようなこの感覚が堪らなく好きだ。 ついつい飲み過ぎてしまいそうになるが、腹痛を起こしては元も子も無いのでそこは頑張って押さえ込んでいる。 ここまで進むと意識は覚醒しており、仕上げに部屋の換気を行って目覚めの工程は終了となる。

  押し入れは押し入れで落ち着くし、自分だけの世界を楽しめるからと気に入って利用していたが、どうやら風水的には良くないらしい。 風水なんて眉唾なことは信じない、とその話を一蹴したかったが、状況が状況だ。 出来る手は全て打たないと損をする、そんな風に考えてしまう。 人事を尽くして天命を待つとは良く出来た言葉だと思う。

  着替えを終えたところでカレンダーに視線を移す。

  今日は12月24日――――輝日東高校創設祭だ。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

  遠前町と言えば夕焼けと続く様に、ここ遠前町は夕焼けの名所である。 とりわけ丘の上公園から見える夕日は美しく、陽が輝日東湾に沈んでいく様を眺めるのが純一は好きであった。

 

「ごめんなさい、待たせちゃったね」

「いいえ、今来たところですよ」

 

  橙色に染まった輝日東湾から視線を外して、純一は声が聞こえた方向にそう返す。 いつの間にか左腕に付けた腕時計は約束の時刻を迎えており、幾許かの間景色に魅入られていたことを純一は実感した。

 

「ふふっ、やっぱり橘くんは優しいね。ホントは少し前に着いてたんだけど、遠くから見てたの」

「え、それならもう少し早く声を掛けてくれても」

「ううん、あんな表情で眺めてる人の邪魔なんて出来ないよ」

 

  時間になったから声をかけたけどね、と森島はふわりと笑う。

 

「気遣ってくれてありがとうございます、先輩」

「いいのいいの、気にしないで」

「はい……あ、あの先輩」

「うん、そうだね。話って何かな?」

 

 

  穏やかな雰囲気から一点、森島の表情は真剣なものになる。 わざわざこの場での対話を望んだのだ。 二人にとって――――少なくとも純一にとって重要なモノだと、昨日話を受けた時から森島は感じていた。

 

「先輩は、去年のクリスマスにここで僕と会ったことって覚えていますか?」

「え、橘くんと!?」

「……はい。風が一段と冷たい日のことです」

 

  昨年の創設祭の後日――――12月25日のことだった。

  輝日東高校に入学して初めての創設祭はトラウマの影響で学校に入る事すらままならず、親友の梅原正吉、主人公らと共に純一はその年のクリスマスイブを過ごすことになった。

  気をつけて帰れよ、と翌朝梅原に見送られ共に居た主人も帰路に着いた。 しかし、このまま帰宅するのはどうも気が乗らない。 家に帰れば、十中八九妹の美也が忙しなく駆け寄って来るであろうことが想像に容易いからである。 今帰宅しようがしまいが結果には些細な違いしか生じないと割り切り、自宅に向けていた重い足取りを方向転換した。

 

  遠前町の外れに存在するここ丘の上公園からは、純一たちが過ごす遠前町を一望することが出来る。 それに加えて本日は晴天。 眼下に広がる輝日東湾は一際輝きを魅せ、純一はその雄大さに息を呑んでいた。

  しかし、それを持ってしても心に巣食う不快感は拭い切れず、あの日と同じベンチに腰を下ろして深く深く溜め息を吐いた。

 

  そんな彼の視線の先に、唐突に影が生まれた。

  その様子を怪訝に思った彼は落としていた視線を持ち上げると、こちらに向かって微笑む独りの女性の姿を捉えた。

 

  ――――貴方も見に来たの? 今日は良く見えるわよ。

 

  始まりの会話は、輝日東湾の奥に位置する山に関してだった。 彼女に言われて、純一も初めてその山の存在に気が付いた。 彼女曰く、天気が良くないと中々お目にかかることは出来ないらしい。 これは得をした、と少し気分が明るくなった。

  ふとここで、彼女はここで何をしているのかが気になった。 まさか山を見るのが趣味という訳でもあるまい。 純一のその視線に気付いたのか、彼女は笑ってこう答えた。

 

  ――――君と同じ理由だと思うよ。気分転換て、ところかな?

 

  成程、と純一はひとり納得した。

 

「あの時の僕は酷く落ち込んでいて……、これからどうやって過ごせばいいのか分からなくなっていたんです」

 

「でもあの日、笑顔で声を掛けてくれた森島先輩に、海の向こうに見えた綺麗な景色のおかけで……」

 

「本当に救われました。こんな素敵な人でも、悩みを抱えているんだなって。勝手だけどそう思うと、気が紛れました」

 

「それから暫くして、先輩と同じ学校だって分かった時は本当に嬉しくて……」

 

  茜色の空の下、純一がここまで紡いだところで森島がハッとしたように声をあげる。

 

「ど、どうしました先輩?」

「そっか! そうだったんだね! 橘君が公園くんだったのね!」

 

  こ、公園くん……、と純一は呆気に取られてしまう。

 

「あっ、ごめんね勝手にあだ名をつけて。あの時お互い名乗らなかったから名前を聞いてなくて」

「確かに、そう言えばそうでしたね」

「……ふふっ、実はね、私にとっても、あの時に出会った事が凄く印象的でね」

「……え?」

「響ちゃんに、公園で面白い子に会ったって話をしたかったんだけど、呼び名がなくて困ったから……公園くんて呼んでたんだ」

「そうだったんですか……」

「うん、あ……今まで思い出せなくてごめんね」

「い、いえ、いいんです」

 

  何だか恥ずかしいね、と森島は髪を耳に掛け直す。 そんな仕草さえも追ってしまう自分の目に、純一も純一でむず痒い思いをしていた。

 

「……あの日、私がこの公園に来たのは、ちゃんとした理由があったからなの」

「気分転換て、言ってましたね」

「うん。私、3歳の頃から飼っていた犬がいたの」

「あ、前に写真を見せてもらった」

「うん、そのジョンよ。私、ジョンが大好きで毎日散歩しててね、ジョンはこの公園が好きで毎日来てたの。でも、2年前のクリスマスの日に死んじゃったんだ」

「そうだったんですか……」

「それから一年間、ジョンの事を思い出す度に落ち込んでいていたんだけど……このままじゃジョンにも心配をかけちゃうと思ってあの日公園に行ったの」

 

  あの日彼女が来ていた理由は何だろうか、と数えた事は一度や二度では無い。 しかし、この理由には至れなかった。 森島は家族の死を乗り越える為にあの場に訪れていた。 それに比べると、何だか自分の悩みが酷くちっぽけなように純一は思えた。

 

「そしたらなんとね! ジョンが好きだったベンチに男の子が座ってるじゃない?」

「それが僕だったんですね」

「うん。ジョンがしょんぼりしている時と同じ感じて座ってたの。それでもう放っておけなくて」

「……そうだったんですか。なら、僕はジョンに感謝しなきゃいけませんね」

「え、どうして?」

「ある意味、ジョンのお陰で先輩に会えた訳ですし」

「ふふっ、そう言われてみればそうかも。ジョンと同じように、ベンチでしょんぼりしてたものね……」

「はい。今度お線香あげさせてください」

「わお! それはいいわね」

 

  ジョンも喜んでくれるわ、と森島は空を見上げながらそう話すと、トートバッグから小さな魔法瓶を取り出して喉を潤していく。 ルイボスティーの香りが辺りに漂った。

 

「……あのね橘くん」

「何ですか?先輩」

「――――上崎さんがね、昨日あれから謝りに来たんだ」

「……え、そうだったんですか」

「うん、それから二人でしっかり話し合ったわ」

 

  二人の間に沈黙が生まれる。 時折吹く風の音が、耳に良く届いた。

 

「あの……先輩」

 

  暫くして、純一は重くなった口を開いた。

  その問いかけに森島は一つ頷いて続きを促す。

 

「先輩は、どう返事を返したんですか?」

「どうって?」

「いや、その…………許してくれたのかなって」

 

  おどおどしていると言うべきか、どこか遠慮がちな、様子を窺うように問いかける純一だったが、それを見つめる森島の方は対照的に可笑しそうに微笑んでいる。 それもそうだろう。 何せ彼女からしてみれば、純一の問いかけはまるで意味をなさ無かった。 答えるまでもなく、彼女の中で答えは一つしか無かった。

 

「ふふっ、勿論許したに決まってるわ。当事者の橘くんが許したんですもの、私が許さないわけにはいかないでしょ?」

 

  そう、純一が上崎を許した時点で、既に森島の中でこうすることは決まっていた。 一番苦しんだ純一が彼女を許したのだ。 ならばもう、彼女をこれ以上責め立てる必要は無いというものだ。

  勿論最低限のお小言は零したけどね、と森島は茶目っ気たっぷりに笑ってみせた。

 

「……ありがとうございます、先輩」

「もう、君はいつもお礼を言ってばかりだね」

 

  そこが良いところでもあるんだけど、と森島はくすりと笑う。

 

「あはは、ありがとうございます」

「もう、お礼を言うのは私の方だよ。響から聞いたんだ、色々無茶をして大変だったんだって?」

「……どうでしょう、周りに助けて貰った自覚の方が強いですね」

「……うん、そっか」

 

  二人の間にまた沈黙が生まれる。 しかしそれは、以前までの気不味いモノではなく、どこか心地良さすら感じさせるモノであった。

 

「ねぇ橘くん――――今日何の日か覚えてる?」

「……はい」

「……ならこの先は、言わなくても分かってくれるよね?」

 

  そう言って森島は柔らかな微笑みを純一へと向けてみせる。

  遠前町は黄昏時を迎えていた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

  初めは懐いてくれているんだなって思っていた。

 

  可愛くって、どこか放っておけない子。

 

  橘くんに対して持ってた印象はそんな感じだった。

 

  それだったのに――――。

 

  ゲームセンターに遊びに行った時。

 

  商店街で、大判焼きを買い食いした時。

 

  彼のアップルジュースを飲んじゃった時。

 

  トトスでシャイニングラバーズパフェを食べあいっこした時。

 

  天の川通り(ミルキーウェイストリート)のアウトレットモールに遊びに行った時。

 

  彼と会う度に、胸の奥が高鳴っていく。

 

  でも――――。

 

  彼と時間を過ごす度に自分の気持ちに蓋をして、目を瞑ってきた。

  彼が自分を好いてくれている、そんな筈はないって自分に言い聞かせた。

  彼は友情と愛情を勘違いしているだけだと決めつけていた。

 

  だって――――私と橘くんはただの先輩と後輩という関係で。

  中途半端に受け入れて、彼に幻滅されるのが怖かった。

  彼に幻滅されたくない――――それはつまり、拒絶されたくない、受け入れて欲しいという、そんな感情を抱いていることになる。

 

  こんな気持ちは初めてだった。 だからこそ、不安になって、必死に気付かない振りをした。

 

  以前から変わらず、私の心の深いところを見つめてくるような彼の瞳。

  大きくて、ぱっちりとしていて、優しさが滲み出ているその瞳に、いつしか私は魅入られていた。

 

  この気持ちの正体は、橘くんが既に教えてくれている。

 

  だから――――。

 

  その瞳が、他の女性に向けられていたと上崎さんから聞かされた時、私の世界から色は消えていった。 今までの思い出が全て幻だった様に感じた。

 

  でもそんな彼――――橘くんの視線の先には。

 

  棚町さんでもなく、桜井さんでもなく、中多さんでもなく、上崎さんでもなく、逢ちゃんでもなく、他校の見知らぬ彼女でもなく――――私がいた。

 

  その事実が堪らなく嬉しかった。

 

  からかうと赤くなって、照れちゃったりするところとか。 偶に見せる、男らしいところとか。 女子水泳部を覗いて響に怒られた時は、まるでジョンが怒られた時みたいにシュンとして、それでいて楽しい時は本当に可愛い笑顔を浮かべて。 隣に立つためと言って、自分を変えようと努力してくれる。

 

  そんな橘くんに――――いつしか惹かれていた。

 

  誰かが言っていた、「恋の始まりは予報外れの天気みたいなもの」という言葉。 私の中ではそれが不思議なくらい腑に落ちた。

 

  ――――ふふっ、やっと自分の気持ちに気付いたみたいね。

 

  ――――もう、響ちゃんの意地悪!

 

  響に諭されるまでもなかった。

 

  誤魔化して、誤魔化して、誤魔化し続けたこの気持ちに、向かい合う時が来た。

 

  彼は真っ直ぐに私を求めて来た。

  なら、私もそれに応える必要がある。

  その理由なら橘くん――――君に貰っているから。

 

 

『第57回ミスサンタコンテスト、栄えある優勝者は――――3年A組、森島はるかさん! おめでとうございます!』

 

 

「先輩、三冠達成おめでとうございます」

「ふふっ、ありがとう。橘くんのお陰だよ」

 

  最後まで出るか迷っていた三度目のミスサンタコンテスト。

  散々今日まで迷っておいて、実は密かに決めていたことがある。

 

「ねぇ橘くん」

 

  自分で定めた条件は既に整っている。 後は決行に移すだけ。

  気持ちは確認するまでもなく決まっている。

  私を今日まで見続けてくれた、その双眼を見つめて想いを口にする。

 

「私、橘くんのことが好き。ううん、大好きよ」

「――――僕もです、先輩。先輩が大好きです」

 

  互いにそっと、背中に腕を回し合う。

  二人の影が重なるのに、時間はかからなかった。

 

 

 

 




天の川通り
―― パワポケ8にて登場したミルキー通りが元ネタ。
―― 輝日東駅から電車で一駅先にある。

次話より、箱の中の猫――――絢辻さん√の締めに入ります。
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