アマガミサンポケット   作:冷梅

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地の文の表現が難しい。

パワポケキャラが登場します。


9月-①

  何時からだろうか。 グラウンドから聞こえて来ていた野球部の声は、いつの間にか静かになっている。 教室の壁に掛けられている時計を見上げると、それも納得のいく時間になっていた。

  それにしても、想像より今学期のクラス委員の仕事は多くなりそうだ。

  それは一重に、来月末に控えた体育祭と、12月に控えた創設祭が起因している。

  手元にある資料に見て、軽く肩を落とした。 それでも泣き言は言っていられない。 何と言ってもこれは私が自分で選んだ道だ。 逃げ出す事も、投げ出す事も出来ない。 最も、性格上途中で放棄する等は出来ないが。

  とりあえず、今日決めた分だけでも整理しようと伸ばした手は――――

 

「あれ、絢辻まだ残ってたのか。 遅くまでお疲れ様」

 

  不意に現れた一人の野球部員の存在によって、空気を掴むことになった。

 

「ええ、今日頼まれていた資料の整理でね。 主人くんも、こんなに遅くまでご苦労様」

「もうすぐ秋大が在るからな。って……すまん絢辻、任せ切りにしてて」

 

  彼は顔の前で手を添えて、申し訳無さそうにこちらに謝罪の言葉を述べてきた。

 

「ううん、気にしないで。 主人くんは野球部の主将(キャプテン)としての仕事があるし、これくらい私一人でも出来るから」

「いやでも、絢辻独りに任せるのは申し訳無いよ。 そうだ、その資料俺が職員室に届けるよ。 これもあるしさ」

 

  練習着のポケットから鍵を取り出し、彼は柔和な笑みを浮かべた。

 

「気を使ってくれてありがとう。 でも、私も半分持つわ。 このままだと主人くんに手柄を独り占めされそうだし」

「おいおい、流石にそんなことはしないぞ」

「ふふ、冗談よ」

「笑えないなぁ……」

 

  結局私たちは2人で資料を運ぶことにした。 その方がお互いの顔を立てれると判断したからだ。

  部室の鍵を返しに行くだけなら、わざわざ教室に寄る必要は無い。 彼が遠回りをして、手伝いに来てくれたことが私の胸を暖かくしてくれていた。 だからこそ、先程の様な普段言わないような軽口を叩いてしまったのだと思う。

  気分は悪くなかった。

 

「はい、確かに預かったわ。 二人とも、遅くまでお疲れ様」

「俺は何もして無いですよ。 絢辻に頼りっきりです」

 

  彼はそう言って、また優しい笑みを浮かべた。 これが彼が慕われる理由なのかもしれない。

 

「流石に、野球部の主将とクラス委員の兼任はキツいかしら?」

「俺は絢辻みたいにスペックが高くないんで、ちょっと厳しいかもです。 でも、一度やったからには最後までやり遂げます。 今日は遅れを取ったけど、明日からは俺も手伝いますよ」

「ですって絢辻さん。 何か言いたい事はある?」

「そうですね、強いて言うならば、先生はどうして主人くんを指名したのですか?」

「あ、それは俺も気になるな」

 

  私の言葉に彼も興味を示した。 クラスの男子の人数は18人。 その中で部活動に入っていないのは9人と半々と言ったところだ。 それだけの数の生徒が居ることに対し、部活動に勤しむ彼が何故指名されたのか、私は密かに気になっていた。

 

「……ん〜、それがこれと言って理由は無いんだけどね。主人くん、今日の朝遅刻ギリギリで来た上に、練習着から着替えてなかったでしょ? だからなのか、妙に頭の中に君の姿が残ってて。 つい、指名しちゃったって理由(わけ)。 本当は、橘くんに頼もうかと思ってたんだけどね」

「そうか、もうちょっとで純一がクラス委員だったのか。 何か勿体無い事をしたな」

 

  成程ね。 彼が指名されたのは、あの朝の騒動がきっかけか。 確かに、主人くんのあの登場の仕方は癖が強くて、元々濃い存在感を更に強めていたから先生の気持ちも解らなくも無い。

 

「大変だと思うけど、何かあったら私に言ってね? 担任なんだし、精一杯協力するわよ!」

 

  高橋先生はそう言いながら自身の右腕をぽんぽんと叩いた。 彼女は教師として、まだ若手に数えられる年齢だけど、若い分私たちと目線が近いから相談しやすいし、頼りになる。

  先生にお礼を伝えてから、教員室を後にした。

 

「運んでくれてありがとう。 助かったわ」

「俺に出来るのはそれくらいだからさ。 部活が休みの日は手伝う様にするよ。じゃあ、また明日」

「ええ、また明日。 気をつけてね」

 

  時計の針はもうすぐ午後8時になろうかと言うところ。 丁度良い。 良い感じに時間が潰せたと、帰りの足取りは軽かった。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

  夏休みが終わり、9月に入ったとは言え日差しはまだ強い。 日が沈んでからも、気温は大して下がらず未だに熱は残っていた。

 

「主将、お疲れ様でした」

「お疲れ、また明日な。 気を付けて帰るんだぞ」

 

  同級生、後輩たちが帰っていったのを見送ると部室の鍵を閉めて、近くのベンチに腰を下ろした。

  スパイクの金具部分に付いている土を落としていると、ふと明かりが目に入った。 その正体は、普段自分たちが勉強をする際に使用している教室だった。

 

「……まだ独りで作業してるんだろうな」

 

  手入れの終えたスパイクを棚にしまい、荷物を持ってその場を後にする。目指す先は、先程明かりを灯していた我らの教室。 不本意な形で学級委員になったとはいえ、最後までやり遂げるのが俺の信条だった。 ここで曲げたら何かを失う気がする。 不思議とそんな感覚が頭の中にあった。

  先程確認した通り、教室からは明かりが漏れ出している。 誰かが居る証拠だ。

  引き扉を開け、教室の中を見ると、予想通りの人物が、戸惑った表情を浮かべていた。

 

  絢辻に別れを告げてから歩くこと数分。 鞄の中から携帯の着信音が流れてきた。

 

「もしもし――」

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

「こんばんは、遅くなってすみません」

 

  喫茶店「さんせっと」の扉には「Closed」の文字が掛けられているが、ノックを行う事で開けてもらえることになっている。 3回ほどノックを行うと鈴の高い音が鳴り、扉が開き中から金髪の女性が出迎えてくれた。

 

「おお〜、公くんお疲れ様。 待ってたよ」

「ありがとうございます准さん。 それで、さっきの電話って」

「ささ、とりあえず入って入って」

 

  准さんが後ろに周り、とてとてと背中を押す。 店内を見渡すと、見慣れた3人の顔があった。

 

「よっ、公くん。 練習お疲れ様」

「……こんなに遅くまで、お疲れ様」

「いらっしゃい主人くん。 ゆっくりしていってくれ」

「ありがとうございます。 夜長さん、維織さん、世納さん」

「お冷だよ〜」

 

  コトンと、小さい音を立てて冷水が机の上に置かれる。 店内は冷房が効いているとはいえ、先程まで暑さにさらされていた為この水は体に染み渡った気がした。

 

「今日はメイド服着てないんですね?」

「今日のバイトは終わってるからね。 あれ、もしかして残念だった?」

「それで准さん。今日俺が呼ばれたのって?」

「……華麗に流したわね。 はぁ……実はね、あ、ちょっと待っててね」

 

  会話の途中で准さんは厨房の奥へと姿を消した。 何事かと少し待っていると、見せる方が早いわね、と言わんばかりの大量のタマゴサンドと珈琲を持って、准さんが現れた。

 

「……凄い数のタマゴサンドですね」

「あはは、ちょっと張り切り過ぎちゃってさ」

 

  目の前には大量のタマゴサンドが置かれている。 こんな光景、他の店では滅多に見られるものではないだろうと思う。

 

「今日はビクトリーズが試合でね、夜長さんが活躍したから維織さんが美味しいものを食べさせてあげたいって言ったの。私としてはステーキとかそう言うのをイメージしてたんだけど、夜長さんはタマゴサンドが食べたいって言うからさ。つい作りすぎちゃった」

 

  てへぺろとはこの事を言うのだろうか。 准さんは舌をちょろっと出し、笑顔でタマゴサンドを皿に小分けにし始めた。

 

「これ、俺も貰っていいんですか?」

「そうそう、公くん珍しく冴えてるね」

「……珍しくは余計です」

 

  准さんと軽口を叩きあった後で世納さんが席に着く。 珈琲が良い香りを辺りに漂わせる。 良い香りだとは思う、飲めないが。

 

「みんな揃ったことだし、始めよっか。 ――乾杯!」

 

  准さんが音頭を取り、交わしあったグラスの音が綺麗に響く。 情けないことに珈琲はまだ飲めないので、グラスの中身は身体に優しい野菜ジュースとなっている。

 

「珈琲で、乾杯したのって初めて」

「まぁ、普通はお酒とかが多いかな」

 

  和やかな空気で食事が進んで行く。

  ここの雰囲気は本当に好きだ。 落ち着いた色合いの多い店内の内装がそうさせているのだろう。

 

「公くん、学校は楽しいかい?」

「そうですね、まぁまぁですよ。 あ、でもクラス委員に指名されたのは驚きましたね」

「ふふっ、クラス委員という柄でも無いだろうに」

 

  俺の言葉に世納さんが目を丸くする。 そんなに驚くことないだろ、気持ちは解らなくもないが。

 

「クラス委員て言うと、学級委員みたいなものかな?」

 

  タマゴサンドを口に運びながら、准さんの言葉に頷く。

 

「野球の方はどうだ? もうすぐ秋季大会だろ?」

「ぼちぼちと言った感じですかね。 やっと試合が出来るようになってきました」

「輝日東は公立だもんな。 設備の差もあるし、私立の壁は大きいだろう?」

「大きいですね。 でも――やりがいがあります」

「そう思えるのが、公くんの良いところ。 でも、後悔してないの?」

 

  維織さんの言う後悔とは公立である輝日東高校に進学したことだろう。 ボーイズリーグである程度の成績を残していた為、強豪校と呼ばれる私立高校からスカウトの声が掛かることはあった。 でも、俺はそれらの誘いを断った。 チームメイトにも勿体無いと言われたし、家族にも理由を訊かれた。 そんな中でもブレずに輝日東を選んだのは理由がある。

 

「傲慢や自惚れもあるかもしれません。 それでも俺は、自分でレールを引いて歩いていきたかった。 それに、アイツら(・・・・)と野球をするなら試合で()りたいです」

 

  アイツらとは、お互いに好敵手(ライバル)として認め合ってる存在だ。 同地区の親切高校の十野(との)将人(まさと)、星英高校の天道(てんどう)翔馬(しょうま)。 県外にも何人か居るが、それは今は置いておこう。

 

「好敵手か。 良い響きだ」

「はい。秋大で試合が出来ることを考えたらワクワクが止まりませんね。 生きていることを実感出来ます」

「ぷっ! あはははは!」

「……面白い」

「ふはは、面白いことを言うね、公くん」

「そんなに、変なこと言いましたかね?」

 

  俺の言葉に准さん、維織さん、世納さんが笑みを浮かべる。

 

「いやぁ、面白いねぇ。 公くんたら、段々と夜長さんに似てきたね」

『え?』

「ほら、シンクロしてるし……あはは、ダメ、お腹がよじれそう」

「……そっくり」

 

  准さんはお腹を抱えながら心底楽しそうに笑い、維織さんも薄らだが表情に明るさが見える。 世納さんの表情にも喜色が見えるけど、そんなに面白いとは思わないんだが。

  3人のこの様子に、夜長さんと顔を見合わせて笑い合った。

 

 

 




読了、ありがとうございます。

作中キャラを軽く紹介。

・夏目准――喫茶店「さんせっと」でバイトをしている女子大生。 現在大学3年生。 経営学部。 普段は長い金髪を下ろしているが、バイトの際には縦巻きロールにしている。 バイト時に身につけているメイド服は自作。 服が好きで、将来は自分の店を持てたらいいなと思っている。 維織の良き理解者。

・野崎維織――極度のめんどくさがり屋で、准に「めんどくさい星人」と呼ばれている。 読書が好きで、喫茶店「さんせっと」は維織の好みに合わせて作られている。 読んだ本の影響をしばしば受ける。 一番気に入っているものは「さつまいも右手の法則」。 准よりも1つ年上で、同じ大学に通っているが、ずば抜けて頭が良いため既に単位を取り終えている。 中学校の頃から仲のいい友人がいる。 実家は大企業。

・夜長朱鷺――ある時どこからともなく遠前町にやってきた風来坊。 ヒゲを生やしている為、おじさんと呼ばれることがあるが27歳。 運動能力が非常に高く、地元の草野球チームに助っ人として所属している。 「さんせっと」の新作珈琲がタダで飲めると聞き、来店した際に維織と准と出会った。 無職。 維織に養ってもらっている為、准からは「ヒモ」と呼ばれている。 好きな言葉は「浪漫(ロマン)」で、怖いモノは准。 主人の能力を高く買っている。

・世納香太――喫茶店「さんせっと」のマスターであると同時に、維織の付き人。 非常に温厚な性格で、人当たりも良い。 夜長や主人の事を気に入っている。 珈琲が好きで、豆にかなりの拘りを持っている。

閲覧、ありがとうございました。

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