アマガミサンポケット   作:冷梅

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9月-②

  今朝から酷い目に合った。 折角森島先輩と話す機会が出来たというのに美也のやつ、あんな態度を取るなんて。 お陰で水浸し、これが冬なら風邪引いていたかもしれない。

 

「お、大将。 水も滴る良い男だねぇ」

「この間は寝不足だったみたいだけど、今回はどうしたの? また随分と変な顔してるよ」

「ちょっとポカをしてな。 お陰でこの様だよ」

 

  そう答えてからポケットからハンカチを取り出し、体の水気を取っていく。

 

「何だ純一、タオル持ってないのか。 言えば貸すのに」

 

  ほら、と公が鞄からスポーツタオルを取り出して手渡してくれた。 正直こういうのは女子に貸してもらった方が嬉しいものだが、公の気持ちを無視は出来ない。 若干の抵抗はあったものの、素直に受け取ることにした。

 

「今変なこと考えたろ?」

「え、何が……?」

 

  予想外の鋭さに、思わず声を上ずらせてしまう。 勘の良さは昔から変わっていない。

 

「大将の事だから女子から借りたいとか思ってたりしてな」

「梅の言う通りだな。違うか純一?」

「ま、まさかそんなこと……」

 

  どうやら梅原にもバレているらしい。 本当に変なところで勘のいい連中だ。

 

「そ、そうだ。タオル、借りるよ」

「おう。ちゃんと洗ってあるから心配すんな」

 

  公の言葉通り、タオルからは柔軟剤の良い香りがした。 おまけにふかふかで肌触りも良い。

 

「明日、洗って持ってくるよ」

「いいよそんなこと。高々タオルだしな」

「じゃあ、お言葉に甘えるよ」

「あ、待った。掃除当番代わってくれ」

「……はいよ」

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

「じゃあ、純一よろしくな」

「うん、部活頑張ってな」

 

  朝の約束通り、掃除当番を代行する。 その掃除だが、どうやら公はゴミ捨て番だったらしい。 今日は週末の為、ゴミ捨て場に溜まっているゴミも焼却炉に運ばなければならない。 その手間に思わず溜息が出た。

 

「まぁでも、捨てるだけだし文句は言えないな」

 

  教室とワークスペースの掃除が終了した為、行動に移る。 梅原や薫に別れを告げて、廊下を歩くこと少し、聞き覚えのある声と共に首根っこ――制服の襟を掴まれた。

 

「あ、橘くん! 丁度良いところに!」

「せ、先輩……首が、閉まってます……!」

「あら、ソーリー。 ちょっと気合が入りすぎちゃったみたい」

「入りすぎですよ……それで、何かありましたか?」

「あ、そうそう。 ねぇ、女子用の水着持ってない?」

「…………え?」

「だから、女子用の水着。 持ってない?」

「せ、先輩、僕が女子に見えますか? 持ってたら色々とやばいです」

「そっか〜……もしかしたらと思ったんだけどなぁ」

 

  もしかしたら、って一体先輩は僕のことをどんな目で見ているんだ。 男性である僕が女性用の水着何て持っていたら、問答無用で学校には居られなくなる。 それに薫のやつが色々と面倒なことにしてきそうだ。

 

「ん〜、美也ちゃんのでもいいんだけど、どうかな?」

 

  手から力が抜け、ドサッと音を立ててゴミ箱を落としてしまう。 美也とは朝あんな事があったから少し気まずいところがある。 家に帰ったらそんなこと言っていられなくなるだろうが。 帰りに「まんま肉まん」でも買って、それを献上するしかないか。

 

「美也のをどうするつもりですか?」

「どうするって、着るに決まってるじゃない」

 

  成程。 先輩は恐らく急に泳ぎたくなったんだろう。 森島先輩の事だ、充分に考えられることである。

  でも、それには――――

 

「仮に、美也の物があったとしても、先輩には小さいと思いますよ? 先輩が美也の水着を着たら大変なことになっちゃいます」

「ん〜、そうなのかなぁ」

「それに、どうして急に水着何です? もう9月ですし、水に浸かるのは少々肌寒い気がしますけど」

「何かね、水泳部の練習を覗いていたら私も泳ぎたくなっちゃって」

 

  すいすい、と森島先輩はクロールの動きを取りやる気を見せる。 ふむ、これはもう僕が何を言ってもプールで泳ごうとするだろう。

 

「やっぱりそうでしたか。 それなら水泳部の子に借りるのはどうでしょう?水泳部ならスペアとして、競技用の他に学校指定の物も持っている可能性が高いですし」

「わお! 橘くん冴えてるわね! そうと決まったらプールに突撃よ! ゴーゴーゴー!」

 

  先程と同様に、またもや襟を掴まれ廊下を引き摺られて行く。 おかしい、華奢な森島先輩よりも僕の方が力は強い筈。 なのに抗えない。

 

「先輩! 周りの視線が痛いです! 自分で歩けますから! ゴミも捨てたいです!」

 

  無事にゴミを捨て終えてから、目的地へと足を向けた。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

  屋内プールに着くと、先輩は辺りを見渡し一人の水泳部員を見つけた。

  細身のスタイルながら、水泳をしている為か身体は美しく鍛えられている。

  輝日東高校水泳部1年の期待の星――――七咲逢だ。

 

「あれ、逢ちゃん久しぶり」

「森島先輩? それに、橘先輩も」

「久しぶり。 ちょっと七咲に頼みたいことがあって――――-」

 

  七咲に、今日プールを訪れた理由を説明すると共に水着の交渉を行った。

 

「……はぁ、仕方ないですね。流石にお二人に頼まれてしまっては断れません」

「やったわ! 流石逢ちゃんね! じゃあ早速着替えてくるわね」

「あ、ちょっと先輩……」

 

  一人取り残されてしまった。 これは非常に不味い展開である。 森島先輩の水着姿を拝めるなんて、人生に置いてそう何度もある事とは思えない。 寧ろ、“今日がラストチャンス”なのではとさえ思ってしまう。

  しかし、それを拝もうならばそれ相応の代価を支払わなければいけないらしい。 それが等価交換の法則だ。 先日たまたまテレビで見かけた面白いアニメで学んだことだ。

  そして、その代価とは――――他の女子水泳部員からの冷たい視線である。 これで僕がアブノーマルならば、この状況も好機として乗り切ることが出来るだろう。 だが生憎、僕はまともだ。 その様な性癖は持ち合わせていない。

  自身の中の気持ちと葛藤すること数分、漸く森島先輩が着替えを終えて、姿を現した。

 

「おまたせ〜。 どう、似合うかしら?」

「も、勿論です。……ちょっと小さい気もしますが

「先輩、今は女子水泳部がここを使用しているのでそろそろ退出しないと罰則がかかりますよ」

「そ、そうだね。 そうなる前に帰らないとな」

「そんなこと言って、足は動いてませんよ? 眼は動いてる見たいですけどね」

 

  七咲との最初の出会いは最悪と言える形だったものの、今ではこうして話すことが出来ている。 こうして、話が出来ることは幸せなことなのに、胸がズキリと痛みを見せた。 ここ最近は大人しくしていたのに。

  軽く胸を摩ってから顔を見上げると、困り顔の森島先輩が視界に入った。 プールの向こう側には塚原先輩の姿がある。 理由はそういうことなのだろう。

 

「妙に騒がしいと思って来てみたら、部外者が二人も居るじゃない。 七咲も、幾らはるかとは言え、簡単に水着を貸しちゃ駄目よ」

「響ちゃん、お願い。 ちょっとだけ泳がせて?」

「駄目」

「そんな釣れない事言わないで」

「駄目なモノは駄目よはるか。部外者は立ち入り禁止。着替えたら早く出て行って」

「そんな〜」

 

  食い下がる森島先輩に対して、塚原先輩は睨みを利かせる。 ここに私情を挟まないのが、塚原先輩の水泳部の部長としての立場であり、優しさなのだろう。 ここで森島先輩が親友だから、と言って泳ぐことを許可すればルールは破られ無法地帯となってしまうことも充分に考えられる。 そして何より、先輩が罰せられてしまう。 そこまで考慮した上でのこの姿勢なのだと思う。

 

「ちぇ〜……詰まんないの」

 

  森島先輩は口を尖らせながらも、すごすごと塚原先輩の言葉に従って更衣室へと戻っていく。

 

「橘くん」

「は、はい!」

「あの子のフォロー、よろしくね」

「わ、わかりました!」

「橘くん、そんなわからず屋の響ちゃんと話してないで帰りましょう」

「え、でも……」

「ここは良いから、はるかの言う通りにしてあげて」

「はい……失礼します」

 

  もう既にかなり先を歩いている森島先輩に追いつくために駆け出した。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

  コツコツ、と足音が放課後の校舎に良く響く。 日は落ち始め、夕焼けが出来つつあった。

 

「もう、響ちゃんのケチんぼ」

「仕方ないですよ。 塚原先輩には、水泳部の部長としての立場がありますから」

「何よ、響の味方をするつもり?」

「ち、違いますよ。そういう訳じゃ……」

 

  完全にへそを曲げてしまっている。 普段天然な森島先輩だから、こうなった時の対処には手こずるって塚原先輩も言ってたっけ。

  さて、どうするべきか。

 

「あ、そうだ先輩! 気分転換に、また図書室に行って子犬の写真集でも見ませんか?」

「え〜、でもこの前結構借りちゃったからなぁ。まだ可愛い本あるかな?」

「結構、と言うことはまだ全部じゃ無いってことですよ。大丈夫です、まだ見つけていない本が必ずありますから! 僕が探し出してみせます」

「ほんとに?」

「はい! 男に二言はありません」

「君がそこまで言うなら良いかもね。 うん、おっけー! 素敵な本を見つけてね」

「わかりました! 任せてください」

「うん! それじゃあレッツゴー!」

「せ、先輩! その前にせめてゴミ箱だけでも教室に戻させてください」

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

「では、探してくるので先輩は楽に過ごしていてください」

「うん、待ってるわね」

 

  森島先輩の機嫌も80%くらいは戻ってきているだろうか。 もう一押し、ここで確実に入れておきたい。 そうしないと、塚原先輩に合わせる顔がない。

 

「あれ、梨穂子か」

「じゅ、純一!?」

 

  まだ目を通していない部分を探していると、幼馴染を発見した。 読んでいた本をサッと、後ろに回したが僕には見えてしまった。

「ミニ運動ダイエット」とか書かれていた気がする。 梨穂子の事だから食べ物かダイエットの事に関する物だろうと思ったが、その通りとは。 少しからかってやろう。

 

「ははーん、その慌てようからするにまた新しいダイエットに手を出そうとしているな」

「え、何で解るの!?」

「何年幼馴染をしていると思ってるんだ。 梨穂子の考えていることくらい、顔を見れば解るさ。 梨穂子が本を読むなんて、食べ物かダイエット関連の物って相場が決まっているからな」

「もう……純一の意地悪」

「そんなに気にする事はないと思うけど。 あ、因みに言うとさっき僕が梨穂子の持っている本を当てれたのは、たまたま表紙が見えたからなんだ。 僕の視力も捨てたもんじゃないな。 それと、あんまり無理をするなよ」

「うん……ありがと純一」

 

  梨穂子と分かれてから思いつく場所を虱潰しに探してみたが、あまり成果は芳しくなかった。 正直言って、もう少し存在すると思っていたからだ。

 

「とりあえず、今ある分で先輩が喜んでくれたらいいんだけど」

 

  先輩の興味が湧くようにと、順番を並び替えてから先輩の待つ席へと戻った。 思いの外時間がかかってしまった。 急がないとな。

 

「先輩、お待たせしました……って、あれ、寝ちゃったか」

 

  起こさない様注意を払いつつ、風邪をひかないよう制服をその背中に羽織らせておく。 これで少しは効果があるだろう。

 

  段々と、空色が暗色へと近づいて行く。 気がつけば、図書室に居るのは僕ら二人となっていた。

 

「あ、あれ……ごめんね橘くん。寝ちゃった」

「おはようございます先輩。少しだけですよ」

「あ、これ掛けてくれたんだ。ありがと、優しいね」

「いいえ、そんな、普通の行動ですよ」

「そっか、うん、そういうことにしておこうかな」

 

  少しの間、場に沈黙が流れる。 少し気まずく感じた為コホンと咳払いをすると、森島先輩とタイミングが被った。

 

「ふふっ、重なったね」

「みたいですね。 あ、すみません、大口叩いたのにこれだけしか見つけることが出来ませんでした」

「ううん、ありがとう。 あ、これも、それもまだ見てない。 橘くん凄いね!」

「そ、それほどでも」

「あ、これ可愛い! この写真もキュートね〜」

 

  食い入る様に先輩は写真集を見続けた。 どうやら気に入ってもらえたらしい。 その様子は愛くるしく、魔性のモノの様に感じる。

 

「……やっぱり僕は先輩が好きだ」

「え……?」

 

  ピタッと頁を捲る先輩の手が止まる。 やってしまった。 思ったことをつい零してしまうなんて、完全に失態だ。 気を抜きすぎた。

 

「あ、いえ、急にすみません。迷惑ですよね……」

「迷惑じゃないけど……理由(わけ)を、話してくれないかな?」

 

  以前に先走って想いを伝えた時は、こんな風に取り合って貰えなかった。 この間の下校時の会話が頭を過ぎるが、こうなった以上下手な言い逃れは出来ない。 覚悟を決めるしか無さそうだ。

 

「……先輩と居ると、楽しいんです。もっと色々な話をしたいというか、それで」

「急に、そんなことを言って」

「……すみません、本当に」

「謝らないで」

「すみま……あっ」

 

  辺りに沈黙が漂う。 1秒が何分、何時間にも感じられるような重圧が身体を襲っていた。

 

「……何で?だってこの間」

「諦めたく無くて。 先輩が迷惑じゃ無くて、またチャンスが貰えるなら諦めたくない。 何度振られたって、構わない」

 

「僕が一番怖いのは、返事さえ貰えないことなんで」

「そ、そんなことしないわ」

「ありがとうございます」

「な、何お礼言ってるの、変だなぁ……」

 

  取り合っては貰えるものの、状況に進展はない。 ここはもう、単刀直入に言おう。

 

「あの! 僕、先輩のこと好きでいていいですか? 鬱陶しかったら、諦めます」

「……鬱陶しくなんか、無いよ」

「じゃあ……いいんですか?」

「……うん」

「やった! ありがとうございます!」

 

  まさかの返事だ。 最悪の展開が避けられたことに思わず立ち上がり、声を上げてしまった。

 

「もう……何でそんなに、一生懸命かな」

「すみません、僕には、これしか無くて」

「――――そんなに頑張られたら、ほっとけないじゃない」

「先輩?」

「もぉ! 橘くんめ! これでもくらえ!」

 

  時が、止まった様な気がした。

 

  今起きていることは、夢なのかと疑った。

 

  でもそれを否定するには、肯定の材料が多すぎた。

 

  目の前にいる頬を紅潮させている先輩と、眉間に残った確かな熱の感覚が、それを如実に物語っていた。

 

「せ、先輩……今のって?」

「必死で八の字になってる、君の困り眉毛があんまり可愛いからキスしたの」

「え、えっと……」

「本当はね、分かってたんだ。 我儘だってこと。 それでも、あの響ちゃんが熱中している水泳がどんなものなのか、一度感じてみたかった。 授業でやる水泳じゃなくて、部活で行う本気の水泳を」

「そう、だったんですか」

「……うん。だから、さっきのはちょっとしたお礼。 キミと話してたら、響ちゃんに謝る勇気が出たの」

「先輩……」

「ありがとう橘くん。 また明日ね」

 

  先輩はそう言うと、図書室を後にした。 恐らく、塚原先輩の元へ行くのだろう。

  とても、言葉では表せない、それくらいに濃い時間が過ぎた。

  しばらくの間、眉間に手を当てて、先程までの余韻に浸っていると下校時刻を知らせる校内放送で我に返った。

  そう言えば、まだ教室にゴミ箱を返していない。 このままでは、僕だけでなく、公も咎められることになってしまう。 それだけは避けまいと、急いで教室に向かった。

 

 

 




読了、ありがとうございます。

考えを文字に起こす表現が難しい…。

批評、募集しています。 閲覧ありがとうございました。
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