アマガミサンポケット 作:冷梅
新聞を見て、朝から複雑な気分になった。
昨日行われた親切高校対星英高校の試合は、2-1の接戦を親切高校が制し、
内容だけを見れば、親切高校が上回ったと判断できるが、この新聞によると星英の天道は肩に爆弾を背負っており、それが響き敗北したと書いてある。 つまり、親切高校の勝利は純粋に評価されてないのである。 天道の怪我は心配だが、十野たちの力が認められないのは釈然としない。
でも、十野たちのことだ。 今頃この記事を見て、見返してやろうと躍起になっているはずだ。 県の代表として、相応しい活躍を期待しておこう。
* * *
放課後の教室。 日は既に落ち、辺りは暗くなっている。 時刻はまだ5時過ぎだが、9月の頃と比べると幾分日没が早くなったように思う。
身体に溜まった疲れを掃き出す様に、息を吐き出す。 幾ら私でも、こう細かい作業を独りで進めるのは味気が無いから集中力が切れてくる。 それを入れ直すのに、呼吸は重宝している。
「すまん、絢辻。遅くなった」
肩で息を切らしながら、主人くんが教室へと入ってきた。 彼がここまで息を乱しているなんて珍しい。 それこそ初めて見たと言っても過言ではないと思う。
「ううん、気にしないで。忙しいのに、ありがとう。助かるわ」
「普段はあんまり手伝えないからな。こういう時にでもしとかないと」
彼はそう言うと、通路を挟んだ隣の席に腰を掛けた。
「ほい、疲れてるだろうなと思って」
ひょい、と言う擬音語が似合いそうな軽快な腕運びで、彼は制服のポケットから缶コーヒーを取り出してくれた。 このメーカーのコーヒーは私も好きで、良く飲む事がある。
「えっと、私に?」
「絢辻しか居ないだろ。この前これを飲んでるの見たからさ、好きなのかなって……って、どうかしたか?」
「え、ううん、何でも無い。ありがとう、頂くね」
驚いた。
伊達に野球部で主将をしている訳では無さそうね。 観察眼はそれなりにあるらしい。
「そう言えば、野球部の方は良いの?」
「ああ、今日から外部コーチが来てくれるんだ。だから、粗方説明して練習の方を任せてきた」
外部コーチと言えば、今朝の朝礼で紹介されていた人のこと。 プロ野球選手と顔が似ていると騒いでる人たちがチラホラと居たわね。
「それはこの間の大会の結果が、認められたってことかな?」
「んー、まぁそうなるのかな」
「惜しかったもんね、一昨日の試合」
「次は勝つさ。その為の、夜長さんだ」
こうして会話をしながらでも、彼の作業の速度は落ちていない。 大分慣れてきた証拠だ。
「さてと、こんなものでいいか?」
スっと、差し出された資料を受け取り目を通す。 彼に頼んでいたのは歴代の体育祭の競技の人気順を纏めるという仕事だ。 基本は毎年学年競技は同じだけど、今年は変化が欲しいと声が上がっていたみたい。 彼は野球部の主将と言うだけあってか、校内で顔が広い。 その為、学年を問わずこうした情報を得ることが出来る。 初めはどうなることかと思ったけど、実に良い仕事をしてくれている。
「ありがとう、本当に助かるわ」
「まぁこれくらいしか俺には出来ないからな」
これで週末に行われる委員会を上手く進めることが出来る。
彼のファインプレーね。
* * *
絢辻の司会で、体育祭委員会の会議は進んで行く。 相も変わらず文を読み上げるのが上手い。 非常に聞きやすい声だ。
このスペックの高さには、脱帽できるモノがある。
何しろ、各クラスの代表であるクラス委員の代表に、絢辻はなっているのだ。 これに加えて、信頼の高さから先生に頼まれた仕事もこなしている。 その量はいつかオーバーワークが祟って、体調を崩しそうだと考える程。 そうならない為にも、出来るだけフォローをしていきたいところだ。
「では、競技に関して主人くんの方から説明をして貰いたいと思います。主人くん、お願いね」
どうやら俺の番が回ってきたらしい。 コホン、と咳払いを一つしてから資料を読み上げる。
「ではまず、手元の資料の1枚目に目を通して貰って――――」
資料を読み上げ、説明を終えると再び絢辻の司会に戻る。
「今年の体育祭は、これで行こうと考えていますが皆さんどうでしょうか? 賛成の方は挙手をお願いします」
満場一致で手が挙がった。 どうやら必死になって考えた甲斐が有ったようだ。 この事に口元が少し緩んだが、それくらいは許して欲しいと思う。
「体育祭までもう少しです。一丸となって頑張りましょう」
最後も絢辻が締めて、今日の委員会が終わった。
「お疲れ、絢辻」
「主人くんもお疲れ様。貴方が競技を纏めてくれたお陰で進行がスムーズに行ったわ。これからも宜しくね」
「ああ。大会も終わったし、俺も出来ることは頑張るよ。じゃあ、そろそろ部活に行ってくるな」
「ええ、期待してるね。くれぐれも怪我しない様に」
思ったより早く委員会会議が済んだ為、途中からになるが部活に顔を出すことにした。 と言うか、もう早く身体を動かしたい。 どうも椅子に座っているのは好きじゃない。
「お、もう終わったのか……公く……主人」
「呼びにくいなら普段通り呼んでもらって大丈夫ですよ」
「俺は特別扱いはしないつもりなんだ」
「そんなキリッとして言われても。いいじゃないですか、皆のこと下の名前で呼んでるんですから」
夜長さんが外部コーチとして就任してから今日で5日目になるが、既に皆と打ち解けている様子が見受けられる。
「あぁ、それもそうか」
「そうですよ」
「じゃあ公って呼べば良いか?」
「コーチの好きな様に」
「了解主将」
スパイクの靴紐が結び終わり、アップも終了したので行われているシートバッティングに混ざりに行く。 投げるのも好きだが、打つ方も好きなんだ。
「今日は早い上がりだな、主人」
「さっき同じ事をコーチにも言われたよ」
「だろうな、聞こえてたよ公くん」
「……椎名にそう呼ばれると気持ち悪いな」
「喧しい。さっさと打て」
夜長さんが来てくれてから、良い感じに練習が回り始めてる気がする。 部員のモチベーションも上がっているし、このまま行けば夏の甲子園も充分に狙うことは出来る。
待ってろ、2人共。
直ぐに追いついてみせる。
* * *
いよいよ体育祭を明日に控えたということで、今日は運動部も部活が休みになり、準備を手伝ってくれている。
この活動の中心になっているのは、野球部であり、彼――――主人くんだ。 学年を問わず、慕われている様でその様子は例年より早く準備が進んでいるこの現状が表している。本当に、思ってもみなかった彼の活躍は大助かりだ。
「絢辻、お疲れ」
準備が終わり、本部席の方で最終確認をしていると彼が現れた。
「お疲れ様、主人くん。貴方って慕われているのね、お陰で去年より早く終わったわ」
「先輩たちがお人好しなだけさ。あ、これ飲むだろ?」
照れ隠しなのか鼻頭を軽く触りながら、左ポケットからこの間と同じ缶コーヒーを取り出し、こちらへと優しく投げた。
「こんなに気を使って貰わなくてもいいのに」
「良いんだよ。絢辻はそれくらい仕事をしてくれているからな」
「ふふ、そういう事にしておくね。ありくがとう主人くん」
「どういたしまして。じゃあ、俺はもう帰るから。絢辻も気を付けてな」
「うん、主人くんもね」
ひらひらと手を振りながら彼は去って行った。
彼の性格の事だ。 これから自主練に励むのだろう。 その熱心さを少しは勉強にでも向けたらいいのに、と彼の背中を見て、そう思った。
* * *
いよいよ今日は待ちに待った体育祭だ。
天気は良好、空は晴れ渡っており風も無い。
絶好の体育祭日和だ。
今日は朝練が無いが、いつも通りに起床した為ゆっくりと朝食を食べた。 時間に余裕があるって素晴らしい。
「あ、公くんだ! おっはよ〜」
家を出て歩くこと少し、不意に背後から声をかけられた。
「美也ちゃんか久しぶりだな。純一もおはよう」
「おはよ公。珍しいな、公がこんな時間に」
「今日は朝練が無いからな。いつもよりゆっくりしてるんだ」
「なるほどねぇ。よっ! 大将たち、朝から元気だな」
「元気なのは梅もだろ」
「違いない」
こんな風に純一たちと学校に向かうのは随分と久しぶりだ。 高校の入学式以来か。 時間が経つのは本当に早い。
学校に着いてからも、あれこれと話していると校内放送で体育祭実行委員が呼び出しを受けた。
「それじゃ、行ってくるわ」
いつものメンバーに別れを告げて、校庭へと足を運ぶ。 体育祭を開催するに当たっての諸注意の確認と言ったところか。
「主人くん、ラジオ体操お願いね」
「はいよ」
体育祭実行委員の代表として、ちょっとした台の上で体操を行うことが決定している。 大勢の人の前で体操を披露するとなると気恥ずかしい気もするが、散々人に見られてきたんだ。 そんな泣き言も言うことでも無いだろうと割り切ることにした。
体育祭は午前と午後の2部に分けて行われる。 得点の配分は、基本的には学年共通で行われるものが高得点が得られるようなものになっている。
競技の割り当ては、全学年共通で行うものが20人リレー、4×100mリレー、応援合戦、実行委員企画の4つ。
1年生の学年競技はバンブーリレーと呼ばれる、名の通り竹を使ったリレー方式の競技と、20人21脚と言う数が増えた二人三脚だ。
2年生の学年競技は純正の二人三脚と、背中渡りレース。
3年生の学年競技は大縄跳びと、ムカデレースとなっている。
今年は3年生が楽しめるようにと、3学年全体でアンケートを取り、人気の高かった2つを採用することにした。
この他にもクラブ対抗リレーという物を昼休憩後に入れた。 部活動を引退した先輩方がまた後輩と顔を合わすことが出来るという点や、自分たちの所属する部活動をアピールする場にもなる。 運動部は勿論のこと、文化部にもそのチャンスが与えられるようにしている。 とは言え、運動部と文化部が勝負をすれば正直運動部に分がある為、仕切りを作った。 そうすれば両者共に、楽しめるだろうという計算だ。 勿論、運動部は男女別々でチームを組ませてある。
「主人くん、リレーが始まるけどここに居ていいの?」
「げ、それはやばい! すまん絢辻、ありがとう!」
危うく最初の競技に出られないところだった。 絢辻には感謝しないとな。
最初の競技は4×100mリレーだ。 マサと純一と梅が走るということから強制的に同中学出身ということで走らされることになった。 走るのは好きじゃないが、結果次第では梅の父親が経営している東寿司の寿司ネタをご馳走して貰えるとなれば話は変わってくる。 日頃のランニングで鍛えた脚力を見せる時がきたようだ。
「大将……バテすぎだろ」
「あはは……面目無い」
「純一! テメェどうしてくれるんだよ! お陰で俺の東寿司が無くなったじゃないか!」
「……主人、お前も落ち着けって。勝手に
フラグ回収とはこの事を言うんだろうか。
予選リレーの結果は3位と何とも微妙な結果に終わってしまった。 1走目のマサは良いスタートを切り、2位で純一にバトンを繋ぐ等と活躍を見せてくれた。 しかし、ここでだ。
純一の気合が空回り、後半で急激な失速を見せてしまい4位まで順位を落としてしまった。 続く俺もその差を埋めようと奮闘したが、差は大きく詰め寄ることが出来なかった。 アンカーの梅の巻き返しのお陰で最下位は免れたものの、本戦出場は逃してしまった。
「全く、どうせ森島先輩の前だから良いところを見せようと意気込んでたんだろ」
「……やっぱり分かった?」
「前半の走り具合を見ればな」
「あー……失敗したなぁ。ますます先輩が遠ざかるよ」
「いや、そうでも無いみたいだぞ純一」
「え? うわぁ!」
落ち込む純一の後ろには、ジャージ姿の森島先輩と塚原先輩が立っていた。 どうやら先程のリレーを見てくれていたようだ。
純一が後ろを振り返る寸前に、森島先輩の両手が純一の顔を塞いだ。
「問題です、私は誰でしょう?」
「こ、声で分かりますよ、森島先輩」
「わお! やるわねぇ橘くん」
「あのねはるか。いつもと同じ声色で話しかけたら分かるに決まってるでしょ」
相変わらずの天然具合を見せつけている森島先輩に対し、それを咎める塚原先輩。 本当に仲のいい二人だと思う。 きっとこの二人は、卒業後も今と変わらない仲の良さを保っていけるのだろう。
「それもそっか。あ、橘くん、さっきは惜しかったね〜」
「い、いや! そんなこと、無いですよ」
「ははは、大将のやつ照れてやんの」
「う、うるさい梅原!」
「顔を真っ赤にしちゃって、子犬みたいで可愛いわね」
「砂糖吐きそう」
「おお、ボスもそう思うか」
「じゃあな純一。先輩との会話、楽しめよ」
目の前で繰り広げられる空間に、何とも言えない気持ちになった為足早にその場を去ることにした。
* * *
森島先輩との会話で純一に火がついた様だ。
普段の授業ではお目にかかれない集中力を身に宿した純一は、梅原と阿吽の呼吸で二人三脚を制し、20人リレーに置いても先程と違い活躍を見せた。
「お、やるじゃん純一!」
「まぁね。僕が本気を出せばこんなものだよ」
「うわ、何そのキャラ。ムカつく」
鈍い音が響き、純一がその場に崩れ落ちる。薫の気持ちも分からなくも無いが、少しやり過ぎな様にも見える。 しかし、それでもこれらの行為はあの二人にとってデフォルトだから指して問題は無いのだろう。
順当に体育祭は進んでおり、結果は良好そのもの。 先程、実行委員企画の借り物競走が終了した為、次は3年生の学年競技である「ムカデレース」が行われる。
「おい、公くん。さっきは良くもやってくれたな」
「あれ、夜長さん来てたんですか?」
「……借り物に書いといて良く言うな。段々と准のやつに似てきたぞ」
「それって褒め言葉ですか?」
「さぁ、どうだろうな」
にやっと夜長さんが悪い笑みを浮かべる。 これは後で准さんに報告だな。
「と、論点がズレてるぞ。公くん、君は借り物の指定で何て書いたんだ?」
「あぁ、えっとですね。野球部外部コーチ、運動神経の良い人、テンガロンハットの3つですよ」
「……嘘じゃ無いだろうな?」
「まさか。そんなメリット、俺には無いですよ」
口には出さないが、メリットは有るのだ。 2番目に言った、「運動神経の良い人」は嘘であり、本当は「ヒモ」と書いた。 梅がそのお題を持って俺のところに来た時は驚いたが、アイツの洞察力なら夜長さんの実態を見破っていてもおかしくは無いのかもしれない。
「ほら折角ですし、もうすぐ3年生の競技が始まるんで見に行きましょう」
「ふむ。それもそうだな」
夜長さんを誘い、先に見に行っている純一たちと合流を果たす。
「へぇ、この人が野球部の外部コーチをしてるんだ。どっかで見た顔ね」
「はは〜ん、俺は解ったぞ。大神ホッパーズの小波選手に似てるんだよ」
「……ははは、良く言われるよ」
確かに梅の言う通り、プロ野球選手として活躍している小波選手と夜長さんの顔は瓜二つだ。 世界には同じ顔が3人居るというが、どうやら本当らしい。
そんな感じで談笑を続けていると、ムカデレースが始まり、我らが森島先輩の出番がやってきた。 彼女は先頭に立ち、先程まで纏っていたジャージを脱いで競技に臨んでいる。 つまり、破壊力抜群のブルマ姿だ。 鼻血を出している純一らを見れば、その強烈さが分かることだろう。
「純一。応援するのは良いけど、鼻血はダサいぞ」
「……すまん」
* * *
最後の競技である20人リレーの決勝戦が終わり、体育祭は終わりを迎えた。
「もう直ぐ結果発表だね、主人くん」
「そうだな。今年は接戦だからな、どこが勝ってもおかしくない」
1年生の実行委員が得点を集計し終え、いよいよ順位が発表される。
まずは3位から。
「第3位――――3年B組」
3-Bか。 4×100mで優勝していたし、おかしくない順位である。
「第2位――――2年A組」
「大将! やったぜ! 俺たちが2位だ!」
「やったな梅原!」
2位か。
決して悪い結果では無いが、1位に手が届きそうなだけあって悔しくないと言えば嘘になる。
「私たち、2位だって。良かったね主人くん」
「そうだな。絢辻たちが頑張ってくれたお陰だよ」
「ううん、皆が頑張った結果よ」
「ははっ、違いない」
絢辻はこう言ったものの、女子の活躍が無ければこの順位に立つことは出来なかっただろう。 4×100mリレーを制してくれた女子に感謝だな。
「第1位――――3年A組」
結果発表と同時に、辺りから歓声が湧き上がる。 毎年上位を取っているのは3年生だ。 今年は2位を2年に取られたとは言え、優勝したのは3年生だ。 皆、自分の事の様に嬉しいのだろう。
3-Aと言えば、森島先輩や塚原先輩の居るクラスだ。 森島先輩の出ていたムカデレースや大縄跳びの声援はとてつもなく大きなものだったが、どうやらそれが生きたらしい。
「ねぇ皆、写真撮らない?」
「お、良いですね。撮りましょうよ!」
表彰式と閉会式が終わり解散となった後、森島先輩がこちらに来るなり写真を撮ろうと言い出した。 最後の体育祭ということで、記念写真が欲しいとのこと。
「おい、純一。……解ってるよな?」
「えっと、何が?」
「……森島先輩の隣、行けよ」
「あ、ああ。勿論だよ」
「二人共、何話してるの?」
「何でも無いですよ。ほら、早く撮りましょう。片付けもありますし」
「そうね。それが賢明だわ。あ、七咲、丁度良い所に。貴女も入りなさい」
塚原先輩が七咲を捕まえたことにより、必然的に美也ちゃんと中多さんと言う1年生の子も写真に入ることになった。
「じゃあ、撮るぞ……1+1は?」
『2!!』
夜長さんがカメラマンを買って出てくれた為、カメラマン役を探す手間が省け時短することが出来た。
この2ヶ月間はとても濃厚で、大変なこともあったがそれなりに楽しんで過ごす事が出来たように思う。
こんな日々をくれている皆には感謝しないとな。
今更ですが、梅原の主人に対する呼び名は主人、ボスです。
目を通していただき、ありがとうございます。