アマガミサンポケット 作:冷梅
ようやっと創設祭編です。
タグの編集を行いました。
10月も終わり11月へと移るとすっかり冬に入り、寒さが姿を見せ始めた。
コート等を着込む人が増えたことがそれを物語っている。
この寒さに伴い野球部も朝練のメニューを変えることにした。 朝の短時間の練習は身体を動かし、筋肉を温めた後は素振り等比較的怪我のしにくいものを中心に行うことにした。 この時期に怪我をするなんて洒落にならないからな。
朝練を終えて着替えを済ませて教室に向かうと、いつものトリオが何やらはしゃいでいた。
「3人とも、朝から元気だな」
席に着き、今日の授業の準備をしながら言葉を落とした。
「お〜ボスか、聞いてくれよ」
「う、梅原……!」
「純一、諦めなさい。アンタじゃどう足掻いてもあたしらには勝てないよ」
「これが数の暴力か……」
「そういう事。それで話なんだけど――――」
本当にこの3人は仲が良い。 どこからでも話のネタが溢れてきて、それは尽きる事を知らない。
この前の森島先輩とカップル向けのパフェを食べたって聞いた時も、腹を抱えて笑わせて貰ったが今回も中々面白いものだ。
「へぇ、遂に重い腰を上げる時が来たって訳か」
「まぁね……」
「焚き付けたのは俺だが、まさか大将がやる気になってくれるとは。俺は嬉しいぜ」
話を聞く限りだと、純一を動かしたのは梅らしい。 流石に長い間同じ時間を過ごしてるだけあって扱いが上手い。 気遣いも出来るし、何より性格が良い。 梅のやつも彼女が居てもおかしくないとは思うが。 残念ながら意中の先輩は勉強に忙しく恋愛どころでは無いらしい。
「まぁ問題は純一が気持ちを決めても、それが森島先輩に響くかどうかよね。あの人天然ぽいし」
薫の言うことは最もだ。 幾ら純一が決心したとはいえ、あいつの想い人は校内人気1位の森島先輩。 敵は多いし、何より先輩の好みを叶えるとなると中々厳しいらしい。 この間も3年生人気No.1男子の御木本さんが振られたという話を聞いた。あの人は色々と手癖が悪いという話が出ていたのでヒヤリとしたが、変な男には引っかかる心配は今のところ無さそうだ。
「それよか主人。お前はどうするんだ?」
「どうするって何をだよ」
「クリスマスだって。今年は俺も大将も予定が入りそうだし、去年みたいに集まれないぜ?」
梅の言葉に、顎に手を当てながら考える。
確かに去年は三人で集まって色々しながら過ごしたが、今年二人がやる気に溢れているというならばそれが出来る可能性は薄い。
「はて、どうすっかな?」
「ふっ、俺たちは先に大人の世界へ踏み込ませて貰うぜ。なぁ、大将」
「気が早いヤツだな」
さて困ったことになった。 折角のクリスマス、何かしら特別な形で過ごしたいと思うのは現代の人間ならば当然の欲求だろう。
「さんせっと」で過ごそうにも、維織さんと夜長さんは二人で過ごすだろうし、准さんを放っておく男が居るとも思えない。
「でもさ公、アンタなら引く手数多よね? 梅原たちと違ってさ」
「くっ、これが野球部の主将の力か……」
「薫も梅も何言ってんだよ。俺はモテた事なんて一度も無いぞ?」
「あれ、そうなの?」
そうだ、と短く返してから三人の顔を見つめる。 三人とも意外そうに口をポカンと開けたまま固まっている。 悪かったな、恋愛経験が無くて。
* * *
授業が終わり、残すところはホームルームのみとなった。 内容は来月に控えた創設祭についてらしい。 純一たちが朝から騒いでいたのはこれが近づいていたからか。
「皆も知ってる通り、来月24日は本校の創設者の誕生日です。そこで、今年も例年通り学校の近隣住民の皆さん及び、父兄の方々との交流を目的に創設祭が開催されます。実行委員の方はクラス委員の二人にお願いすることになるけど、大丈夫かな?」
「私は大丈夫ですよ」
「俺も、大丈夫です」
「そう、ありがとうね。あくまで実行委員として動いてもらうのは絢辻さんと主人くんになるけど、皆も何かあれば手伝ってあげてね。はい、二人に拍手!」
創設祭実行委員か。
体育祭とは違ってこっちは頭を使うことが多くなりそうだ。 成り行きで返事をしてしまったけど、早まったかもしれないな。 とは言え、実行委員として作業をしていれば当日も違和感無くその場に立つことが出来る。 そこはプラスと考えておく事にしよう。
ホームルームが終わったので軽く身体を伸ばしていると、薫がこちらに話しかけてきた。
「しっかし意外だね。アンタは委員なんて柄じゃ無かったでしょ?」
「まぁそれは自分でも思うな」
「だったらどうして?」
「俺は最後まで仕事をやり遂げたいタイプだ。それに身体を動かしていれば、変なことも考えずに済む」
「へぇ、何かアンタらしくないね。ま、その気があるなら頑張ることね」
「……言われなくてもそのつもりさ」
薫との会話を終え、荷物を纏め始める。
来週からの学校生活を考えると頭が痛くなる思いがあるが、それと同時にやりごたえがある様に思う。
「椎名にはまた苦労をかけるな」
眉を吊り上げて、あからさまに不機嫌な様子を表す恋女房の顔が脳裏に浮かぶ。
あまりに明確に想像出来たことに自分でも驚きながら、笑顔になっているのが分かる。
部活へ向かう足取りは軽かった。
* * *
「あ、橘くん」
「こんにちは森島先輩」
「橘くんてもうお昼ご飯食べた?」
「まだですよ、これから食べに行くところです」
「そっか、じゃあ私と一緒に食べない?」
「は、はい! お願いします!」
梅原とマサの取引の立会人になったお陰で、いつもより遅れた昼食がこんな形で巡ってくるとは。 神様には感謝しないとな。
テラスで昼食を取りながら楽しく談笑していると、美也の話が浮上した。
「でね、美也ちゃんたらね――――」
先輩は最近美也と仲が良くなった。
先輩は先輩で機嫌が良いって塚原先輩が言っていたし、美也も美也で御満悦な様だ。
僕自身先輩と仲良くなれてきているとは思うけど、
さて、どうするか。
ここで僕が出した答えは、美也に
「先輩、最近美也の機嫌が良いんですが何か知りませんか?」
「ん〜色々お喋りしたり、寄り道したり……」
「これと言って特別な事も無さそうですね」
どうやら僕の考え過ぎだった様だ。
誰だって先輩見たいな方と友達になれたら嬉しいに決まってる。 現に僕だってこうして話しているだけで小躍りしそうなくらい嬉しいし。
「あ、一つ思い出したわ」
「本当ですか!」
「ええ、本当よ。仲良しならではのことね」
仲良しならでは…とな? これは是非とも聞かせてもらいたい話だ。
「あの、先輩。その仲良しならではのことを僕にもして貰いたいんですけど、駄目ですかね?」
「え、橘くんにも?」
「ぼ、僕ももっと先輩と仲良くなりたいんです!」
「ふぅ〜ん。成程ねぇ」
遂、口走ってしまった。
薫との日々のやり取りで口は災いの元と学習していた筈なのに。 穴があったら入りたい、という気分は正にこの事だろう。
「橘くんて、時々ドキッとする様なことを言うよね」
「……そうですかね?」
「その後に、ちょっとおどおどしてこっちを
「そ、そんなつもりは……」
「そういうところが可愛いんだけどね。響ちゃんも言ってたわ」
「ははっ……塚原先輩もですか」
この人はやはり平然と物事を口にする。
こういうところが天然と呼ばれることに起因していると思うが、これも先輩の魅力の一つなのだろう。
「それで先輩、美也にしていることって?」
「ん〜、説明するよりやって見せた方が早いかな。ちょっと立って、後ろ向いて動かないでね」
「は、はい……」
一体何をされるのだろうか。
先輩が見えない分、行為の検討が付かず少なからず恐怖がある。
「それじゃあ行くわよ〜」
「は、はい! お願いします」
「ふふ、腕マフラー!」
先輩はそう言うと首元に腕を回して、文字通りマフラーの様に腕を重ねた。
「え、えっと、先輩?」
「こんな感じで美也ちゃんにくっついて温めてあげてるの」
先輩の腕が僕の首に巻き付いている。
まさか、僕はもう死んでしまうのか?
これは、死を前にした男に最後のご褒美という事で神様がくれたものなのか。
体がいつもよりも近い位置にあるせいか、女性特有の良い香りが鼻腔をくすぐる。 それに、どことは言えないが、当たっている。
流石は森島先輩。 効果は抜群だ。
「あ〜、でも橘くんは背が高いから、美也ちゃんと一緒って訳にはいかないね」
口には出さないけど、この体勢は苦しいものがある。 若干首が閉まっているのだ。
しかし、それと引き換えに背中に当たる柔らかな感触。 これは何物にも変え難い素晴らしいモノだ。
「ん〜、こうして見ると君って結構背が高いんだね。そんな印象無かったなぁ……」
すみません先輩。 苦しくて気持ち良くて、言葉が出てきません。
「橘くん? あ、ごっめーん」
先輩はそう言うと、腕を解き離れてしまった。 今ので10年分くらいの寿命を使ってしまったかもしれない。 それくらい凄い体験だった。
僕が反応しないせいか、先輩は顔を覗き込む様な姿勢を取る。
その上目遣いには何とも愛らしいものを感じる。
ここに女神が居ます。
「苦しかったよね?大丈夫?」
「あ、いえ……。気持ち良かったです」
「え?」
しまった。 僕はなんて馬鹿なんだろう。 数分前に猛省したことをすっかり忘れているなんて。 先輩は顔を赤らめている。 やってしまったが、これはこれで有りなのでは?
「全く……聞いた通り
「え、えっとにぃにはエッチって……」
「ふふっ、可愛い1年生に教わったの」
美也のやつ、一体僕が何をしたと言うんだ。
「はぁ……美也め。先輩に何を吹き込んでるんだ」
「あら、この事で美也ちゃんを虐めたら許さないわよ?」
「まさか! そんなことしませんよ」
「ふふっ、分かってるわ。それじゃあね、エッチなお兄ちゃん」
「せ、先輩!」
手をひらひらと振りながら先輩は去ってしまった。
はぁ美也のやつ、普段どんな話をしているんだ。 後できっちり問い詰める必要が有りそうだが、それはそれで森島先輩の機嫌を悪くするかもしれない。 帰りにまんま肉まんを買って、それを献上することで美也の機嫌を保つことにしよう。
それにしても、森島先輩はやはり素晴らしいスタイルの持ち主だった。 毎日腕マフラーで登下校をしたいものである。 それによって寿命が尽きようとも、人生に悔い無しである。 訂正、悔い無しと言うのは、少し盛ったかもしれない。
何はともあれ、素敵な体験をさせて貰ったのだ。 それを考えると、普段は強敵に思える午後の授業が全く敵で無くなったように思えた。
短めですが、ダラダラと続けてもあれかなと思い区切ることにしました。
次話から絢辻さんについて、書けていけたらいいかなと思っています。
閲覧ありがとうございました。 次話も宜しくお願いします。