アマガミサンポケット   作:冷梅

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11月-③

 

「どうしてこうなった」

あたし(・・・)が訊きたいくらいよ」

 

  俺たちは今、ある神社の境内に来ている。

  理由を詳しく説明される暇も無く、どこからそんな力が出てくるのかという謎の力(威圧感)になすがままにこの場に連れてこられてしまった。

 

「ここなら人も居ないから、話がしやすいと思わない?」

「この寂れた神社を選んだのはそれが理由か」

「そういう事」

 

  あれからしばらく時間が経って、少しは頭の中も落ち着いてきたがそれでもまだ動揺は収まらない。 今まで文字通り優等生だった絢辻が、あれだけの変貌をしたのだ。 驚かない人がいるなら見てみたい。

 

「……髪ちゃんと乾かしたか?」

「余計なお世話よ」

 

  この通り、取り付く島もない。

  一体何が何だと言うのだ。

  ここまで絢辻が豹変するなんて、あの手帳はどれだけの爆弾だったのだろうか。 そんな危ないものを学校に持ってこないで貰いたいと切実に思う。

 

  初めて目にした鋭い視線に、何物にも形容し難い威圧感を前にされるがままにここに連れてこられてしまったが、ここいらで誤解を解く必要がある。 一息つくと、痺れを切らしたのか絢辻から質問を投げてきた。 そろそろこの問題と向き合う時が来たようだ。

 

「本題に入るわよ。中身を、見たんでしょ?」

「表紙に持ち主の名前が書いてなかったから少しだけな」

「それで、書き殴ったアレを見ちゃったんだ。残念だわ、クラスメイトが一人減っちゃうなんて」

「書き殴ったアレ? そんなもの見てないって。俺が見たのは、絢辻らしい綺麗な字とちょっとしたメモだけだぞ?」

 

  絢辻の言う“書き殴ったアレ”と言うのが、絶対に他人に見られたくなかった何かなのだろう。 俺の返答に絢辻は眉をひそめるが、寧ろそれをしたいのはこちらの方だ。

 

「……もう一度聞くわ。手帳の中身、見たのよね?」

「ああ、見たよ。スケジュール表とメモ欄をちょっとだけな。でも、書き殴ったアレとやらは見ていない」

「へ?」

 

  絢辻が締まらない声を出し、そのまま動きが固まった。

  まさかとは思うが--

 

「……絢辻の勘違いか?」

「あ、え、えっと……」

「随分と分かりやすい反応をありがとう」

 

  ご丁寧に頬まで紅くしている。

  先程までの緊張感とは一体何だったのだろうか。 そう思わずには居られなかった。

 

「う、煩いわね! そもそも貴方がはっきりと話さないからでしょ!」

「はっ、良く言うぜ。聞く耳も持たなかった癖にさ」

「見てないなら見てないって、堂々としてなさいよ! お陰で深読みしちゃったじゃない」

 

  はぁ、と大きく溜息をつき絢辻は肩を落とした。 そのリアクション、本来なら俺がしたかったんだけどな。

 

「それにしても、普段は猫かぶってたんだな」

「なっ……」

「ほんと分かりやすいな、まぁもうバレバレだけど」

「……だから何? それであたしが誰かに迷惑をかけたとでも?」

「ああ、ついさっき俺にかけたじゃないか」

 

  したり顔で返答すると、絢辻は肩をぷるぷると震わせながらこちらを睨んできた。

  おっと、怖い怖い。 准さんとは別の怖さだな。

 

「はぁ……まぁ良いわ。貴方が誰にも言わなかったら良いだけの話だし」

「元より言うつもりも無いって。何も見てないんだからな」

「はいはい、分かったから。さっ、復唱して。『僕は何も見ていません。絢辻さんは裏表のない素敵な人です(・・・・・・・・・・・・・・・・)』」

「はぁ? 何で俺がそんなこと。それに、自分で裏表の無い素敵な人って、くっくっく」

「わ、笑いすぎよ!」

「いいや、笑わずには居られないね」

 

  普段は凛としている絢辻をからかうのは実に気分が良い。 先程までの鬱憤を晴らすかのように、盛大に笑ってやることにした。 あんな思いをさせられたんだ、これくらいしたって罰は当たらないだろう。 ここ神社だが、大丈夫だよな?

 

「……ふぅん。それならあたしにも考えがあるわ」

「考えとな?」

「野球部の主将、主人くんはか弱い少女の胸を触って謝罪の一つもしませんって学校で流させて貰うわ」

 

  なっ、コイツ、自分の信用度を使って何て事を。 確かにネクタイを引っ張られた時、左手に柔らかい感触を感じたが、あれは不可抗力だ。

 

「あ、あのなぁ……わざとじゃない無いんだぞ?」

「酷い、酷いわ! あたしの純情が汚されてしまった……貴方の家族や先生に相談しないと……しくしく」

 

  どこが純情だと声に出したいが、泣き真似まで使って来られちゃお手上げだ。

 

「……分かったよ」

「早く」

「はぁ……俺、こほん。僕は何も見ていません。絢辻さんは……」

「絢辻さんは裏表のない素敵な人です」

「……絢辻さんは裏表のない素敵な人です。これで良いか?」

「ふふっ、よろしい」

 

  嘘泣きをされた後に、そんな飛びっきりの笑顔を見せられても複雑すぎて何とも言えない。 少し反則じゃあないですかね。

 

「はぁ……全く面倒なことに」

「あら? そう言うなら、ご褒美にもう一度触ってみる?」

 

  そう言うと着ているコートの片側のボタンをひとつ外し、決して大きくとは言い難い双丘の片方を強調する様に、勝ち誇った視線を向けて来る。

 

「興味無いな」

「そう? でもこの手は何かしら」

「……何だろうねぇ」

 

  言葉とは裏腹に、俺の手はその片方に向かって伸びていた。 んー、おかしい。 俺は紳士な筈なのだが。

 

「なぁ、一つ聞いていいか?」

「何よ」

「“書き殴ったアレ”って、どんな内容だったんだ?」

「そうね。見られたら、私が学校に居られなくなる様な内容かな--勿論、見た人も居られなくしてあげるけどね」

「……そんな内容を書き込んだもの、学校に持ってくるなよ」

「確かにあたしも迂闊だったところはあるわ。次からは気をつける」

「そういう事じゃなくてだな……」

 

  駄目だこりゃ。 反省している様で反省していない。

 

「話も済んだし、ここに長居したら風邪を引きかねないわ。早く帰りましょう」

「……お前が長々と話すからだろ」

 

  こつこつと音が響く石段を降っていると、不意に絢辻の口が開いた。

 

「そう言えば、貴方の秘密を聞いてないわね」

「俺の秘密? 何でその必要があるんだよ」

「あたしのだけ聞いておいて、自分は話さないつもりなの? そうしたいのなら別にいいのよ、どうなるかは知らないけどね」

 

  してやったり顔で、絢辻はコートのボタンを外し先程同様に誘いをかけてきた。 言うことを訊かなかったらどうなるか解るわよね?と、目で訴えかけてきている。

 

「そうだな……秘密か」

「秘密の1つや2つくらいあるでしょ?」

「んー、これが秘密と言えるかどうかは分からないが、1つあるな」

「へぇ、じっくりと訊かせてもらおうじゃない」

「俺は、珈琲が飲めない。甘党なんだ」

「それで?」

「……それだけだ」

 

  そうあからさまに落胆しないでくれ、地味に傷付くから。

 

「はぁ、詰まんないわね」

「悪かったな、ネタが無くて」

「本当よ、他に無いの?」

「……あるっちゃある」

「ふふっ、あるんなら初めからそれを言いなさいよ」

 

  絢辻のやつ、完全に開き直ってるな。

  以前の優等生に戻ってくれると嬉しいんだが。

 

「……本当に言わないと駄目なのか?」

「ここまで来て逃げるのは男らしく無いんじゃないかしら?」

 

  痛いところをピンポイントで付いてくる。

  これだから頭の良いやつの相手をするのは苦手なんだ。

 

「……学校に、使われていない教室があるのは知っているだろう?」

「ええ、物置小屋に変わっている部屋もあるわね」

「その中のどこかに、俺たちはお宝本と呼ばれるような類のものを置かせてもらっている」

「…………え?」

「ま、予想通りの反応だな。普通、こんな話を聞かされたら引くわな」

「……それが、貴方の秘密なの?」

「俺だけの秘密って訳じゃ無いけどな。これなら、絢辻の秘密に相当するものがあるんじゃないか?」

「そうね。内容は正直に言って嫌悪すべきものだけど、貴方にはあたしの秘密を黙っていて貰う訳だしこれで手打ちにしましょう」

 

  危なかった。 今の会話で心臓を5個は消費した気分だ。 それくらいに心臓が跳ね上がっている。 下手な事を言うより、衝撃が強いものを選んだのがどうやら上手く行ったみたいだな。

  すまん純一に梅。

  お前たちには犠牲になってもらった。

  不甲斐ない俺を許して欲しい――――何てな。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

「――――梅! 上がれ!」

「がってんでい!」

 

  前からパスコースを防ぐ様にブロックをしに来たケンを躱し、フリーになっている梅に素早くパスを出す。

  パスを受け取った梅は、ゴール前に居た純一を躱して見事にレイアップシュートを決めた。 上手いもんだ、これだけの運動神経を持っているのに幽霊部員になっているとは勿体無い。

 

「ナイス梅! 相変わらず上手いな」

「ふっ、大将が相手ならこんなもんよ」

「た、たまたまだ! 次は止めるからな!」

 

  今月に入ってから体育の授業では男子はバスケットボール、女子はバレーボールと1つの体育館を半分ずつ使って授業が行われている。 ゴールを決めた梅とハイタッチを交わすと、丁度視界に絢辻がアタックをする場面が目に入った。

 

「おっ、絢辻さん流石だな」

 

  梅が褒める通り、絢辻も運動神経が良い。 勉強も出来、運動も出来、性格も良い……と言いきれるか分からないが、猫を被っている状態の絢辻は間違いなく大多数から好感を持たれるような人物だ。 居るんだな、文武両道を素で行く様な人間が。 絢辻の場合は、その裏でとてつもない努力をしているので尚更凄いように思うが。 努力が出来るのも一種の才能だからな。

  マサからパスを受け、スリーポイントラインをしっかりと確認。 肘の角度を意識しながら放たれたシュートは、そのままゴールリングへと吸い込まれる様に入っていった。

  良し、完璧。 やっぱりどの競技でも自分で得点した時は格段に嬉しいものがある。

  ケンが反撃にと、ボールを回し始めるが終了を知らせるブザーが鳴り響いた。 純一が恨めしそうに得点板に視線を移すが、得点が変わることは無い。 俺たちの勝利だ。

 

「純一、勝負は俺たちの勝ちだな」

「大将の奢り、待ってるぜ」

「もう……勘弁してくれ」

 

  試合にも勝って、純一との賭けにも勝って、尚且つ自分は得点を決めた。 今日の体育は文句無しの良い授業だったと思う。

 

「主人くん、ちょっといいかな?」

 

  授業の終了を知らせるチャイムが鳴り響き、体育館シューズから校舎用の上履きに履き替えていると後ろから絢辻が話しかけてきた。

 

「別にいいけど、どうかしたか?」

「うん、ちょっとね……こっちに来てもらえるかな?」

 

  この後に別に用事がある訳でもないので、そのまま言葉に従って体育館裏へと向かうことに。 話の内容は恐らくアレだろうと容易に想像出来る。

 

「面倒だから単刀直入に言うわ。さっき、ずっとあたしの方見てたでしょ」

「深い意味は無いさ。絢辻やっぱ運動神経良いなって」

「それだけじゃないでしょ?」

「……はぁ、アレか?」

「ええ。箱の中の猫が生きているか何て蓋を開けてみないとわからないでしょ?」

 

  ほら来た。 昨日の今日何だし、思わず目で追ってしまうことくらい許して欲しいものだが、駄目なんだろうな。

 

「ごめんなさいね。猫被ってて」

「駄目だ、なんて一言も言ってないだろ」

「でも、視線はこちら側を知らなければ良かったって言うのを物語ってるわ。目は口ほどに物を言うのよ」

 

  ジト目で見つめるのは辞めていただきたい、心臓に悪いんだ。 とは言え、絢辻が心配する気持ちも分からなくは無い。 ここはお互いの為にもはっきりと言う必要がありそうだ。

 

「誤解だ誤解。俺は寧ろ、今の絢辻を知れて良かったと思ってるよ」

「……え?」

「手帳を拾ったのが俺で良かったと思ってるくらいさ。こっちの絢辻の方が話しやすいしな」

 

  本当にそう思っている。 以前の絢辻も話しやすかったが、こっちの絢辻の方がフランクに話が出来るように思う。 まぁまだ2日目なので、何とも言えないところもあるが。

 

「そ、そう」

「俺がこんなつまらない嘘を付く様に見えるか?」

「う〜ん」

「……悩むんかい」

 

  正直ここは悩むこと無く“見えない”と言ってもらいたかったが、まぁ仕方の無い事なのだろう。

 

「はぁ……主人くんと話してると、どうも調子が狂うのよね」

 

  調子が狂うか、初めて言われたなそんな事。

 

「すみませんでした。変な深読みして、勝手に怒って」

「ああ、良いよ。気にしなくていい、それより着替え無いとそろそろやばくないか?」

「それもそうね。じゃああたしはこっちだから」

 

  絢辻が女子更衣室へ向かって行くのを見送った後、自分も着替えなければいけないと言うことに気が付き急いで教室に戻ることになった。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

「良し、今日はここまで。みんな、お疲れさん」

 

  夜長さんが打ち上げたキャッチャーフライを、椎名がしっかりと捕球したところで今日の部活が終わった。 相変わらず夜長さんはノックが上手い。 何でも出来すぎて怖いくらいだ。

  今日の部活はいつもより早く終わった為、絢辻を手伝いに会議室に向かうが電気は付いていない。 来る前に見た教室も人気が無かったことから今日はもう帰っているのかもしれないと予想が出来る。 案の定下駄箱に絢辻の靴は無かった。

  こういう日は素直に帰るべきだ。 下手に作業に手を出して、事態を悪化させるなんかしたら絢辻に何を言われるか溜まったもんじゃない。

 

  絢辻の裏側を見てから1週間が経った。

  そのうちの何日かを、放課後残って一緒に作業を進めていると段々と馴染んで来るものがある。 今の絢辻なら遠慮すること無く言葉を選べる、それが一番大きい。

  のんびりと家に向かって足を進めていく。

  こうして独りで家に帰るのは久しぶりかもしれない。

  色褪せた葉を地面に落としている桜坂を降りていき、ゆっくりと辺りを見渡しながら歩いて行く。 いつもの時間より早く終わったとは言え、日が落ちるのも日に日に早くなっている。 気が付けば、夕日はかなり落ち込んでいた。

  不思議な感覚だ。

  見慣れている筈なのに、どこか違う様に映る。 黄昏時のこの町は、普段とは違う雰囲気を纏っているように感じた。 このまま歩いて行けば、後10分もしないうちに家に辿り着く事だろう。 しかし、それはどこか勿体無い気がする。 時折吹き抜ける風が、季節が冬と言うことを実感させていた。

 

「きゃあ!」

 

  散歩気分で足を進めていると、突如甲高い声が耳に入って来た。 声の主は恐らく女性。

  声も自分が足を進めていた公園の方からとなれば、向かわないという選択肢は無い。

  鞄をしっかりと担ぎ直し、出せる限りの速度でその場に向かった。

 

  やや息を切らしながら辺りを眺める。

  公園に目立った人影は無い。 あれは気の所為だったのか、と大きく息を吐いたところで木陰に佇んでいる女性を見つけた。

 

「よっ、絢辻」

「あぁ主人くん」

「さっきこの辺りから悲鳴が聞こえてきた様に思ったんだが、何か知らないか?」

 

  閑散としているこの場に居るのは絢辻のみ。

  訊かなくてもほぼほぼ絢辻の悲鳴で確定なのだが、敢えて訊いてみることにした。

 

「おーい絢辻」

「煩いわね……さっさと帰りなさいよ」

 

  本当に予想通り過ぎて面白い。

  以前に絢辻が使っていた“箱の中の猫”という言い回しを使う事も考えたのだが、その必要は無かったようだ。

 

「足濡らしたままにしておくと風邪ひくぞ」

「あのね、好きでこんな風にしてる様に見えるかしら?」

 

  相変わらず鋭い眼力なこと。

  だけどそれに一々動じていては一瞬で攻守を入れ替えられてしまうのでここは踏ん張りどころだ。

 

「……おしっこを引っ掛けられたのよ!」

「は? ……え、誰にだよ!」

「誰? バカじゃないの! 犬よ、犬!」

「あ、あぁ、犬ね……あいつか」

 

 言ったそばから丁度タイミング良く、遊具の影から高そうな犬が姿を見せた。

 

「一度病院で頭を診察して貰った方がいいかもね。腐ってるかもしれないし」

「そこまで言わなくてもいいだろ。でもなんだ、……すまん」

「謝ったって許さない。傷ついた、凄く傷ついた、とっても傷ついた」

「棒読みじゃねぇか……」

 

  傷ついたのは寧ろ俺の方だと言うのに。

  脳が腐っているかもと言われることなど、普通の人生なら早々ない経験だろう。

 

「……でだ。何でそうなった?」

「別に大したことじゃないわ。帰りがけに高そうな犬を見つけたから、何か使い道があるんじゃないかと思って捕まえようとしたの」

 

  流石裏辻……相も変わらず打算的すぎる。

 

「で、お弁当の残りをチラつかせながら近寄ったらこのザマよ」

「くっくっく、そりゃあ大変だったな」

「笑い事じゃ無いんですけど〜」

 

  いやいや、これを笑わずにいつ笑えと言うのだろうか。 中々起こり得ない現象だと言うのに。

 

「んで、どうやって帰るんだ?そのままだとキツいだろ」

「良いわよ別に」

「良い訳無いだろ、ほら靴と靴下脱げ」

「ちょ、ちょっと!」

「そんなの履いてたら気持ち悪いだろ。靴下は野球用だけど俺の換えがあるからそれを履けばいい」

 

  鞄からビニール袋と換えの靴下を取り出し、絢辻の手にあるものと入れ替え洗う為に蛇口へと向かう。 当然この時期なので水は刺すように冷たい。 早く絞って、カイロで冷えた手を温めないとな。

 

「靴は、ここで洗う訳には行かないから家に帰ってからだな」

「しくじった。あの犬にここまでされる何て思ってなかったわ」

「ま、そりゃそうだろ。靴も濡れてる事だし、ほら、背中に捕まれ」

「……あたし、そこまでして貰う覚えは無い」

「絢辻に無くても、俺にはあるんだよ」

 

  流石に年頃の女子はおぶられることに抵抗があるらしい。 仕方ないとは言え、早く折れてくれないと色々と困るのだが。

  という心配も他所に、思っていたよりも早く絢辻は結論を出してくれた。 その答えが大人しくおぶられること。 とは言え、おぶられている状態では身体が冷える。 そして絢辻は女性と言うこともあり、スカートを着用している。 言わずもがな、問答無用でウインドブレーカーを履かせることにした。

 

「さてと、絢辻の家はどっちだっけ?」

「……こんなところ見られたら、何を言われるか分からないじゃない」

「別にいいさ」

「あたしが良くないの! だから……途中まででいい」

 

  途中まではいいんかい、とツッコミたくなるのをグッと堪える。 何かの拍子で気に触ったら首を絞められかねないからな。

 

「きゃっ、変なところ触らないでよ」

「今のは自転車が悪い。でもまぁ、すまん」

 

  後ろから来た自転車を避ける為に横に動いただけなんだが、絢辻がそう言うのでそう言う事なのだろう。 手の位置は初めから動かしてないんだが。

 

「……変態」

「お好きにどうぞ」

 

  何を言っても絢辻の認識は変わらないと思ったのでそう言ったのだが、数秒後に激しく後悔させられることになった。

 

「みなさ〜ん! ここに変態が居ますよ〜っ!!」

「あのなぁ……流石にそれは勘弁してくれ」

「ダーメ」

「でもそれは絢辻の為でもあるんだぞ?騒いでいたら誰かに見られるリスクも高くなる」

「うっ……」

 

  絢辻の中で激しく天秤が揺れているのが手に取る様に分かる気がする。

  俺を弄るか、他人に見られるリスクを減らすか。 どうやらその天秤はリスクを減らす方に傾いたらしい。 俺にとってもその方が良いし、助かった。

  こうしてこの後も後ろから叩かれたり、耳元で怒鳴られたり、不平不満を聞かされたりと大変だったが無事に絢辻を家に送り届けた。 最初は途中までと言っていた癖に結局最後まで送る事になった。 まぁ別に自分から言い出した事だし、不満があるとかそういう訳では無いが。

 

「ご苦労様、乗り心地悪く無かったわ」

「まぁそれなりに気を遣ったからな。ほら靴、早めに洗えよ」

「分かってるわよそんな事」

 

  そんな会話をした後に、絢辻から靴下とウインドブレーカーを返してもらった。 洗って返すと言われたが、今から俺の物も洗濯する訳だしそこまでしなくていいと断っておいた。

 

「じゃあ、また明日な」

「ええ、また明日」

 

  軽い別れの挨拶を交わしてから、自宅に向かって足を進める。 先程までと違い、完全に日は落ちている。

  これからもっと日が落ちるのが早くなるのだろうな、とそんな事を考えながらのんびりと帰路に着いた。

 

 

 

 

 

 

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