魔法使いで黒猫だった私 作:オズオズ
日本の警察は優秀なのか、無能なのか分かりません。
轢き逃げした車は、後日現場に残っていた塗装の破片から割り出して無事逮捕したようです。まぁ、私が飛び出したせいですが、逃げたのはよくないことなのでプラマイゼロとしましょう。
そこに関しては、素直に評価します。
しかし、私を助けてくれた男の人を執拗に疑って、署に連れていこうとしたのは看破できません。
勿論、私は何度もその人は何もしていないと主張しました。証拠も何もなかったので、結局逮捕はされませんでしたが、最後まで警察は疑っていました。
気に入りません。もし魔法が使えたら、警察署を破壊したくなるくらいイラつきました。
まぁ、もう出来ませんが。
そう力を失った私は、ただのちょっと長生きした女の子でしかありません。
昔みたく、城を爆破させたり、箒に乗って空も飛べなくなりました。
それが顕著になったのは、警察が帰ったあとでした。
着る服もなく、寝床もなく、勿論お金もない。三ない状態の私は、これからどうすればいいのか途方にくれていました。
そんなとき、男の人がこんなことを言ってきました。
「あー。すまん。そんな格好で外にいるのはあれだし……人も集まってきてるようだから、一旦俺の仕事場に行かないか? ここから歩いて5分かからないとこにある」
男の人は罰が悪そうに辺りを見回しました。それにつられて確認してみると、たしかに人がちらりほらりと集まっているようでした。
まぁ、パトカーのサイレンが聞こえたら、気になるのは人の性ですよね。
それにどっち道行くところのない私は、少しでも頼れる人を増やさないと野垂れ死んでしまいますから、断る理由がありません。
「そうですね。行きましょう」
「ああ。そこなら、多分着れる服くらいストックしてあるからな。だから素直に着替えてくれよ!」
「は、はぁ。分かりました」
この人、私に露出癖があると勘違いしてませんかね? 別に裸を見せたいわけじゃありません、ただ見られても羞恥心が沸かないだけという話です。積極的に見せたい人なんて、いるはずないでしょう。
まぁ、彼が渡してきた上着を罪悪感で躊躇した事が、その評価を助長したんだと思いますが。
それでも反応が初過ぎませんかね? 女性経験に乏しいのでしょうか?
◇
そうして来たのは大きな大きなビルでした。346プロという、テレビに出ている人たちが所属する事務所らしいです。
私は猫でしたので、街頭にあるテレビを時々覗くぐらいでしたから、そんなにテレビのことは詳しくありません。
でも、魔女は人気があるのは知っています。前に何千人もの男の人が集まって、画面の中の魔法少女という魔女に大声援をおくっていたのを見たことがあります。
おそらく、あんな感じでしょう。
朝早いせいなのか、敷地の中は人の姿はあまり多くありません。なのに彼は、異常なくらい周りを警戒してます。よく見ると、そんなに暑くもないのに、目に見えるほどの汗をかいていました。
見られたらまずいものでも、あるのでしょうか?
正面の大きな入り口はスルーして、わざわざ裏口に回って中に入りました。この人は、今から泥棒でもする気なのかってくらいの念のいれようです。
本当に入っていいのか、少し不安になりました。
どうにかビルに侵入した私たちは、エレベーターに乗って、30階で降りました。
その際も、彼は警戒を怠りませんでした。何だか、常に命を狙われている国の要人の気分でした。
そうして案内された部屋に入ると、彼は息を吐いてへなへなと座り込みました。
しかし、何かを思い立ったのか、すぐに立ち上がり、奥の部屋に入っていきました。
ごぞごそと物音が聞こえてくるところから、さっき言っていた服を探しているのでしょう。私的には、そんなに寒くないので、このままでも悪くないのですが。
伸びをしながら、彼を待っていると、部屋のドアがノックされました。
「Pさん。千川ですが、今大丈夫ですか?」
Pさんというのは、私を助けてくれた男の人でしょうか? そう言えば名前を聞くのを忘れていました。長い間、人の名前なんて聞いたことなかったので。
しかし、それは後で聞けばいいでしょう。
今はドアの外の人をいれてあげましょう、Pさんはあちらにいますし。
「どうぞ」
「え? 女声?」
女の声に驚いたのか、戸惑った声が聞こえてきた。
ドアが開かれるやいなや、入ってきた千川と名乗る緑の服を着た女の人は、私を見て身体を一歩二歩引いた。
「だ、誰ですか!? というか、何でそんな薄着!?」
説明したいところだけど、不審者扱いされている私が何を言おうと、変に捉えられてしまうかもしれない。
ここは第3者のPさんに、話を任せた方が懸命だろう。
「私から言うことはありません。事情は、Pさんに聞いてください」
「……分かりました」
奥の部屋を指さすと、その意味を理解した千川さんは、ツカツカと歩いていった。
雰囲気からは怒りと困惑が見てとれたが、私にはよく分からない。
「Pさん! あの子はどこから連れてきたんですか! あんなほぼ裸の格好で事務所に連れ込んで、何考えているんですか!?」
「ち、ちひろさん!? ちちちち、違います! あの子は……その……俺が助けた黒猫です」
「ふざけてるんですか?」
ドスのきいた声に、Pさんの悲鳴はおろか、私も少し恐怖を抱いた。1000年生きてきた私をビビらせるなんて、千川さんは何者なんでしょう。
なりふり構っていられなくなったPさんは、必死に事情を説明します。
「本当なんですよ! 信じられないでしょう、俺も信じられません! ですが、真実なんです! 今日出勤前に、轢かれそうになってた黒猫を庇って俺は死んでしまったんです! しかし、その黒猫は実は魔女だったようで、俺を生き返らせたたんですよ! だけど、その時使った魔法のせいで魔法が使えなくなって、人間の姿に戻ってしまったようでして……」
「だから、あんな姿だと?」
「はい。そうなんです」
Pさんは言い切りました。
この話は、ついさっきまで、話したPさん本人ですら信じていなかったのですが。
それなのに信じてくれとは、些か矛盾がある気がします。まぁ、それだけ千川さんが怖いのでしょうね。気持ちは分かります。
「それで心優しい俺は、彼女に上着を貸してあげ! それでは足りないので、服を着せるためにここまで必死に連れてきたというわけです!」
大方本当の話なのですが、変な修飾語のせいで胡散臭く聞こえます。自分は間違ったことはしていないと強調したいのでしょうが、それ逆効果ですよ。
この先の言葉は目に見えていたので、私は静かに言い争いの聞こえる奥の部屋に向かいました。
「まったく信じられないんですけど……」
「Pさんの言っていることは本当ですよ」
「……!? け、気配を消して近づかないでください!」
跳ね上がるほど驚いた千川さんは、肩で息をしながら睨んできました。
そんなに驚かなくても……。警戒するのは分かりますが。
「はぁ。そんなつもりはなかったのですが、驚かせてしまったようですいません」
「いいえ。私もつい取り乱してしまいました」
素直に頭を下げると、千川さんは気にするなと言ってくれました。
普通にいい人でした。
「今Pさんが言っていた通り、私は魔女です。いや、もう魔法は使えないので、魔女だったと言うのが正確ですね」
「そう言われましても……」
千川さんは困った顔になってしまいました。
仕方ありませんね。この世界に魔法という概念は存在しないことになっています。お伽噺やファンタジーな世界でしか聞いたことがないものを、現実で信じろと言われて、素直に信じる人など普通いないでしょう。
ではここでどうするのが最善なのか。
簡単です。見たことないなら、見せてしまえホトトギス作戦です!
私は口の中から、小さな指輪を取り出しました。猫になっていても、肌見離さず持っていたものです。
「今からこの指輪を使って、魔法を見せます。それなら信じてもらえるでしょうか?」
「魔法を……ですか?」
「はい。魔法をです」
千川さんは、怪訝な視線を向けてきます。ちなみにPさんも疑い顔です。信じると言っていたのは、嘘だったようです。
そんな視線を受けながら、私は左手の薬指に指輪をいれます。
「
そして呪文を唱えると、指輪の紅い宝石部分が眩い光を放ち始めた。
「……え? きゃ、きゃああ!!
千川さんの身体が宙に浮きました。
私が今使ったのは浮遊魔法です。箒に使って空を飛ぶのが本来の使い方ですが、指輪だけの力だと人を一人浮かせるのが精一杯ですね。
私自身は魔法を使えませんが、この魔法道具である指輪を通せば弱い魔法は使えるようです。これは緊急時のために作っておいた物でしたが、思わぬ形で役にたちました。
あとPさん。気持ちは分かりますが、宙に浮いてる千川さんの下着を覗くのはやめた方がいいですよ。千川さんばっちり気がついてますから。
数十秒ほど浮いてもらったあと、千川さんを下ろしました。
そして千川さんは、Pさんに制裁を加えたあと、私の方を見ました。
「信じてもらえましたか?」
「は、はい。今のを見せられたら、信じるしかないですよね」
「それは嬉しいです。ですが極力秘密でお願いします。魔法を使えるとばれると、色々面倒ですので。今は、命の恩人があらぬ嫌疑をかけられていたのを助けるために使いましたが」
「……これが恩人ですか?」
「はい。それがです」
下を向いて倒れている変態を指さす千川さんに、私は肯定します。
「……事情は把握しました。それで、あなたはこれからどうするんしょう? 先程の話だと、行くところがないようですが」
「そうですね……。しばらくは働き口を探そうと思います。もう猫には戻れませんから、働かないと生きていけないんです」
「寝床などは?」
「ダンボールにでもくるまって、野宿する気です」
「バカなんですか!? もうイヴちゃんといい、あなたといい、何で女の子がそんな普通にダンボールにくるまるとか言えるんですか!?」
長く生きてると、羞恥心とかなくなっちゃうんですよ。なんて軽口が叩けるほど、私は命知らずではない。
そんなことを言ったら、そこで寝ている変態と同じ末路を辿ることになるでしょう。
「なら、うちの事務所でアイドルやればいいじゃないか」
「アイドルですか?」
Pさんは起き上がるとそんなことを言ってきました。
アイドルとは何でしょうか? テレビに出る人でしょうか?
まぁ、口を挟まず聞くだけ聞きましょう。
「ああ。アイドルをやれば仕事も決まって、寮にも入れるから寝床も確保できるぞ」
「やりましょう」
「そ、そんな簡単に決めていいんですか?」
「はい。断る理由がありませんから」
何をするかはまったく知りません。でも、私は心は広い方なので、大概のことは受け入れられます。そんなに大きな問題はないでしょう。
「よし。じゃあ、早速クール担当Pにお願いしに行こう」
「何言ってるんですか? 本物の魔女なんてPさん以外に誰が担当するんですか?」
「えぇ!? しかし、黒猫は明らかにクール枠ですから! そこは専門家に任せようかと!」
「これ以上担当アイドル増やしたくないからって、適当なこと言わないでください」
「はい。すいません。……また色物枠が増えるのか」
折れるの早!
よく状況が理解できませんが、私はPさんとお仕事をするようですね。事情を知っている人が近くにいると、私も心強いですし。
「はぁ……まぁ、しゃーないか。これからよろしくな黒猫」
「はい。お願いします」
「午後から俺の担当してるメンバーがミーティングをやる。その時お前を紹介するから、心の準備しておけよ」
「はい。……どんな人たちでしょうか?」
「え、それ聞いちゃう?」
何で言いよどむのでしょうか? 不安になってしまいますよ。魔女の私にですら、伝えるのを躊躇するような無法者の集まりなんですか?
「えーと。……自称超能力者、キノコメタル、霊感少女、机がマイホーム、カワイイボク、唯一のつっこみ役だ」
「すいません。まともな人類はいないのですか?」
「安心しろ。一応、みんな人類だから!」
何もかも諦めているのか投げやりに言ってきます。いらん指のグーサインが、ムカつきます。
どういうことかと、千川さんを横目に見ると。
「Pさんの部署は、変わった子が多く集まるんですよ。みんな個性が強くて、一癖ありますが、いい子達ですよ」
「でもそれだけ手間がかかるんじゃないですか?」
あ、目をそらしやがりました。Pさんも明後日の方を見て口笛を吹いています。
どうやら、もう後戻りは出来ないようです。
……どうしましょう。始まってもいませんが、先行きがとても不安です。
……自称超能力者、キノコメタル、霊感少女、机がマイホーム、カワイイボク、唯一のつっこみ役。
いやー、誰なんだろうなぁ(棒読み)。