「でねっ、美羽ったらすぐに私にぷりん作ってーってせがむのよ。あと周々に乗せて乗せてってしっつこーいくらいせがむし!
まったくどーいう教育されていたらあんなわがままに育つのかしら」
君も同類だよね、そう思いながらも口には出さない。
畳で寝転びながらぱり、ぽり、とシャオしゃんがせんべいを頬張る。
甘辛い香ばしい匂いと網の上で焼けるせんべいの音、そしてシャオちゃんのせんべいを噛み砕く音。
シャオちゃんのお茶請けというリクエストに答え、流琉と協力して囲炉裏でせんべいを作っているのだ。
「兄様、このせんべいというお菓子はとてもいいですね。意外と簡単に作れますし、多少保存もできそうです」
「うんうん、焼きたてが美味しいんだよねー。お茶漬けの上にこれを砕いてちらしてもまた美味しいし」
「お茶漬け・・・ですか?」
「ああ、お茶漬けってなかったっけ?今度材料が食料BOXから出てきたら作ってみようか」
「はいっ。お願いします」
「ちょっと、シャオの話聞いてる?!」
すっかりと畳に馴染んでらっしゃるお二人。
俺の行動を真似てか、たった数日でかなりここの生活に慣れているようだ。
「ほら、寝転んで食べるから食べカスが溢れてる。ほっぺたにもくっついてるしだらしないなぁ」
「なら一刀がとってよ。ほら、んー」
そういって目をつむって唇を出す。まるでキスを待つような仕草だ。
残念ながら普通に取るけど。
「ほりゃ、綺麗になったぞ」
「一刀、そこは唇で取らなきゃ。女の子の方から誘ってるんだからきちんとしなきゃ駄目よ」
「シャオ、はしたない」
どう答えるか迷っていると流琉ちゃんが注意してくれる。
流琉ちゃんは見た目は子供だけど、こういうところはしっかりしてるし調理も家事もできる。
たまに口うるさいと思うときもあるけどきっといいお嫁さんになるだろうね。
「兄様、なんか変なこと考えませんでした?」
「もちろん」
「そこは否定するとことじゃないんですか!?」
ノリツッコミもこなすし、なかなかお目にかかれないよこんなに優秀な人材は。
「ぶーぶー。流琉は堅いのよ。そんなんじゃいつまでたってもいい旦那は捕まらないわよ」
「だ、旦那様だなんて、もっと先の話ですし・・・そ、それにっ・・・」
赤い顔してこちらをちらちらと覗き見る姿可愛いな。俺の方が背が高いから、上目遣いになりかなりぐっとくる。
だがしかし!
「ごめんな流琉ちゃん。俺には既に心に決めた人が」
「「どこのどいつだ!!!」」
「いたいいたい苦しい苦しい、えりとか掴むのやめて、折れちゃう肋骨折れちゃう!」
シャオちゃんがえりを掴み締め上げ、流琉ちゃんが抱きついて肋骨を締め上げる。
駄目だ、現代でほぼお馴染みになっているような冗談が通用しない。
特に流琉ちゃん、君のパワーはやばいんだって。
しかし残念ながら骨がきしみ、意識が落ちるまで二人の猛攻は続いたのだった。
目が覚めると布団の上だった。
肋骨が痛いが折れてはいないようだ。ここには医者はいないため怪我や病気はできる限り避けなければならない。
嫉妬が元で死ぬとかどんだけ間抜けな死に方だよホント!
「あ、兄様。ようやく目を覚ましたんですね」
エプロン姿の流琉ちゃんが俺の元にきてそばに腰を下ろす。流琉ちゃんからほのかに暖かい匂いがしたから料理でもしていたのだろう。
「まったく、もう夕食ですよ。シャオはとっくに帰っちゃったし、兄様はもう少し身体を鍛えたほうがいいんじゃないでしょうか。女の子に絞め落とされるとか問題外です」
「善処しよう。まぁ無理だと思うけど」
あれ俺に受け止めろっていうのはなかなか酷だと思うよ。しかし女の子がこれだけ強いなら男はどれほど強いんだ三国志!
もし敵意を持つ者がここにやって来たとしたら・・・俺はいったいどうすればいいのだろうか。
「流琉ちゃん、俺一体どうしたらいいんだろう?」
「なに急に真面目な顔してしんみりしたこといってるんですか。とりあえず説明してください」
やれやれといったような、呆れたような顔でため息をついた。
「いやね、もしここに敵意を持つ奴がきたらどうすればいいかなって。俺こんなだし。逃げたくても俺ここから出られないし」
「なんだそんなことですか。兄様なら私が守ってあげますから心配せず、いつもどおりヘタレていてください」
「ヘタレ?!誰がそんなこといってたの?!」
「シャオですけど。なんかシャオの前でかなり恥ずかしい宣言してたって言ってました。シャオ、ちょこっと涙ぐんでましたよ、『シャオの王子様がヘタレたっだどうしよう』って私に相談してきましたから」
うわぁ、初めて会った時のあれか。軽い冗談だったのに。
でも王子様扱いされなくなったのは、俺にとってありがたいことだし、今のシャオちゃんとの関係がちょうどいい。そういう意味ではあの発言にもちゃんと意味はあったわけだ。
「もう、兄様はもう少ししっかりしてくださいね。外では最近妙な噂とか、危ないことになってますし」
「噂?危険なこと?」
「はい。詳しくは知らないんですけど、天の御使いがどうのこうの・・・」
流琉ちゃんが言い終わる前にけたたましい音で扉が開く音が聞こえる。あの方向と音の大きさから恐らく玄関だろう。
「兄様、私が見てきますから。ここから動かないでくださいね」
「いや、ここは俺が」
「もしかしたら危ないかもしれませんし、私に任せてください。それに兄様は先ほど起きたばかりでしょう」
そういって立ち上がり、すぐさま出て行った。
身体は多少痛むが別に動けないほどじゃない。もちろん痩せ我慢などではないですよ?事実ですから。
それに女の子一人向かわせた―――なんてまるで流琉ちゃんが嫌悪した邑の人そのものじゃないか。さすがにそこでヘタレるほど腐ってはいない。
しかし流琉ちゃんは自分が季衣ちゃんと同じような状況で同じような行動をとっているなんて思ってもいないだろう。それだけ大切に想われているのがちょっと嬉しかった。
「兄様、逃げてください!」
腰を上げすぐさま追いかけようとしたとき流琉ちゃんの叫び声が旅館に響き渡る。
そしてだんだんと近づいてくる大きな足音。かなり早いステップから相当な速さだと当たりを付ける。
逃げるか否か。
流琉ちゃんが突破されたということはそれなりの手練、だと思う。
けどわざわざ流琉ちゃんを突破してこちらに向かってきてるということがまず不可解だ。
こちらに来て恨みを買った覚えはないし、まず出会っているのが4人足らず。
朱里ちゃん
雛里ちゃん
シャオちゃん
流琉ちゃん
シャオちゃんなら流琉ちゃんが慌てるはずないしもちろん流琉ちゃんは論外。
朱里ちゃんと雛里ちゃんが流琉ちゃんを突破できるとは思えない、いや思いたくない。
別れてから鍛えて?とかドーピングだよそれ!
可能性として高いのはシャオちゃんの関係者。小覇王とかまじやめてください死にますから。
うちの妹になにしてくれての?とかいいえなにもしてませんされてませんから!
「おらぁ北郷一刀てめーどーゆうことだごるぁあああ!!!」
目の前に現れたのは小柄でフードを被った女の子。顔は見えないけど声からして恐らく間違いない。
侵入者は右の拳を引いて見事なテレフォンパンチ。美味しいです。
突き出された腕を両手で掴み引き寄せ、そのまま懐に入る。
「ぐふっ」
軸足をずらし、殴りかかってきた勢いを利用、最小限の動きで相手を制する。
そしてそのまま華麗なる一本背負い・・・
短い悲痛な悲鳴と、床に何かが叩きつけられる音が響く。
タイミング、スピード、力加減とどれをとっても文句のつけようがない。
過去にさかのぼってもこれほど見事に決まったのは初めてだ。
思わず一仕事終えた職人のように汗を拭う仕草をしてしまう。
「に、兄様、大丈夫ですか?!」
慌てた様子で流琉が駆けつける。
そしてやり遂げたとてもいい顔をしているであろう俺と投げられて目を回している少女を見て疲れたようにため息をついた。
「兄様、今度はどこのどなたですか?」
「いや俺知らない。初対面だよ。ほんと、ほんとだって。いやいやその嘘ついてんじゃねぇよって目で見られても真実だから。
神に、いや帝に誓って俺何もしてないって。無意識に?いやいやそもそも俺この森から出られないしその時点でどうしようもないから。
俺には流琉たちのような妹がいて大満足してます。え、たちってどうゆうことだって?
あ、いけね。
ああ、睨まないで怒らないで伝磁葉々取り出さないで、それ当たると死ぬし室内じゃ避けきれないし、ね、建物壊れたら貂蝉にも申し訳が立たないし。え、また女?いやあれおっさん。そう筋肉ムキムキのおっさんだから!あったことないけどきっとそう。ちゃんと説明する。説明するから
落ち着こう、うん深呼吸して深呼吸。すってー、はいてー、すってー、はいてー「ううっ、いたぃぃ・・・」ほらこの娘起きたしとりあえずごめんなさい!」
畳に額をこすりつけての土下座だった。
この世界に土下座の文化はないだろうから伝わるかどうかはわからないが雰囲気だけでも誠意を感じ取ってもらえるだろうか。
「そういえば兄様って結構強いですよね?何か武術でも学んでいるんですか?」
「うちの実家は道場やっててね、とりあえずいろいろやらされた」
「なるほど、それが理由なんですね」
「でもねー単純な力比べとか体力とか足の速さとかじゃきっと流琉には勝てないんだよね。あるのは技術だし。
俺にはどうあがいても流琉みたいに片手で林檎握りつぶせないもん」
「え、あの、兄様?」
「あれ見た瞬間俺思ったもん。この細腕にゴリラ並みの力があるとかヤバイって、手とかつないだらそのまま握り潰されるんじゃないかってさ。
人は見かけによらないって身にしみたよ。これからは子供だからって侮ったら死を招くってね」
「ゴリラというのは何かわかりませんけど、後半から完全に馬鹿にされてますよね?私」
「流琉はすごいなー、かっこいいなー」
「棒読みで褒めたって許しませんよ?」
ごめんなさい。
そんなコントのようなことをやっていると足音からか細い泣き声が聞こえてくる。
見ると両手で顔を隠しながら泣いている侵入者だった。
流琉ちゃんを顔を見合わせる。無音で兄様の馬鹿、と罵られた。
「えっと、あなた大丈夫?」
流琉ちゃんが恐る恐るといった感じで声をかける。俺は二人の様子を少し離れてじっと見つめる。
「っほん、ごう、か、ずと。あなっ、あなたのせい、で、・・・」
鼻をすする音、涙声でそう話す。
流琉ちゃんの俺への視線が一層厳しくなる。
俺は必死で首を振る。冤罪!冤罪だって!
「兄様のせいでって、兄様がなにかしたんですか?」
「わ、わたし、の占い、が変化、しちゃった、のぉ・・・」
彼女は泣きながらゆっくりと、ゆっくりと話しだした。
『黒点を引き裂いて、天より飛来する一筋の流星。その流星は天の御遣いを乗せ、乱世を鎮静す』
管輅と名乗った彼女の占いでは本来そう出るはずだった。
しかし出た占いは彼女の予想外のもの。
『幻の旅館、天の御使いと共に現れる。迷いし者、傷つきし者、壊れし者、導き、癒し、治す理想郷となろう』
ここで一区切りです ここまで読んできただきありがとうございました
本編ではほぼ出番がなかった管輅さんの登場です 見た目はロリです
次回から本格的に旅館として機能していく予定です
読んでいただいてわかるかと思いますが、今のところ従業員になり得るのが流琉のみという状況
いずれ増えていくと思います たぶんですが
余談ですが、張三姉妹はここで後の黄巾党の基礎である、歌や踊りを一刀から伝授されるというシナリオを考えていたのですが、時系列的とか様々な要因で加えることができませんでした ホントごめんね天和たち
あと最後の占いの内容ですがもう少しそれっぽい言い回しができればよかったと後悔があります
でも思いつかないところが私の限界なんだなと自分の無力さを痛感しています