姫ノ湯始めました   作:成宮

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書きたい、といってたわりにとても遅くなりました
今回のは賛否両論あると思います



私を見て

私の最大の失敗は、袁紹の逆鱗に触れてしまったこと。

袁家という名の下で好き勝手してきたわがままなお嬢様。

周りは何もかも肯定し称賛し、頭を垂れるだけ、世界は自分中心に回っている、そんな状況がずっと続いていた者にとって1番許せなかったのは否定されることよりも無視されることのようだった。

優雅さがない、華麗さがないと政策を否定され、限界に達した私は袁本初を無視し無理やりゴリ押ししようとした。上手くやれる自信はあったし、結果さえ出ればそれで満足するだろう、そう考えていた故だった。

 

「きぃぃぃ!荀彧さん!よくもこの袁本初を無視してくださいましたわね!そうですわ、あなたも私と同じ目に遭いなさい!」

 

その行動が完全に裏目に出てしまう。まさか結果が出る前にこの馬鹿が気づくとは思わなかった。おそらく何処からか入れ知恵があったに違いなかった。

 

そしてとあるお触れが出る。

 

『今後、特例以外すべての人間が荀彧と接触してはならない』

 

正直馬鹿馬鹿しいと思った。そんな子供みたいなこと通用するはずがないと。

しかし予想に反し忠実に実行され、私はこの街で孤独となった。

 

誰も姿を見せない自宅、視線をそらすならばまだいい方で、露骨なものであれば強引に身体をぶつけ、そのまま笑い去るものすらいる。

こうした嫌がらせは日に日に増すばかり。

負けるものかと意気込んでいたが、精神は徐々にすり減ってゆく。

何より会話ができないことが1番厳しい。状況を打破するきっかけすら作ることができないからだ。

 

 

誰か、誰か!誰か!!!

 

 

そして狂いかけた。衛兵に話しかけても無視される状況では街から出ることすらかなわなかったため逃げ出すことも出来なかったのだ。

ぎりぎりのところで、顔良が手引きをしてくれたため脱出することができたが、結局私の誇りはズタズタに切り裂かれた。

ふらふらと浮浪者のような足並みで街を離れる。

 

とにかく誰でもいい。

私を見て!無視しないで!

 

残っていたのはそれだけだった。

そんな足取りで他の街にたどり着くなどできるはずもなく、私はへたれこむ。

 

そして声をかけられた。私の運命の人に。

 

 

 

 

 

 

 

膝を曲げ腰を下ろし、そっと肩を叩きうずくまっている少女に大丈夫、と声をかけた。

少女はびくっと身体を震わせたあと、恐る恐る顔を上げる。猫耳フードで見えなかったがウェーブのかかった綺麗な髪、整った可愛らしい顔、しかしその顔は呆然とこちらを見つめていた。

 

なぜ呆然とされるのだろうか?あまりの少女の様子に驚き、言葉が出ない。

 

お互い無言で見つめ合う。

 

そして少女は次第に目に涙を浮かべ、決壊すると同時に抱きついてきた。

勢いに押され体勢を崩し、尻餅をつくという失態を犯したが、何とか抱きとめることができた。少女は俺を押し倒したあとすがりつくように俺の胸に顔を押し付けた。細かく震え、震えに比例するように俺の服は強く握りしめられ、涙で濡れていく。俺はそんな背中をさすることしか俺はできなかった。

 

やがて落ち着いたのかそっと胸から顔を離し、上目遣いにこちらを見る姿は、不謹慎ながら可愛いと思ってしまった。整った顔、潤んだ瞳、顔は朱に染まり、そっとこちらを伺うような小動物のような仕草と上目遣いに思わずぎゅっと抱きしめたい衝動に駆られるがどうにか自重できた。

 

「落ち着いた?」

 

できるだけ優しく聞こえるよう、ゆっくり小さな声で尋ねた。少女はその言葉に口を開き何かを伝えようとするが、2、3度口をぱくぱくしたあと舌を向き力なく首を縦に振った。

とりあえずいつまでもこんな体勢をとっている訳にはいかない。話をするにしても一度戻った方がきっと良い。

肩を掴んで少女と身体を離す。一瞬傷ついた顔をしたが―――素直に服から手を離してくれた。そして立ち上がり、そっと少女に向けて手を差し出す。恐る恐る握られた手を支えに彼女はしっかりとした足取りで立ち上がった。

その様子を見て、怪我とかで座り込んで途方に暮れていた、というわけではないことを悟り一安心といったところだ。

 

「こんなところもなんだから、とりあえずうちに行こうか」

 

どう考えてもナンパです、本当に有難うございます。

時、場所によってはものすごい誤解されそうなセリフだが、この少女をここにおいて立ち去るという選択肢は俺にはできなかった。なぜなら先ほど差し出した手は立ち上がったあとも離されてはおらず、無意識なのかより強く握られていた。そして少女の瞳にははっきりと見て取れる怯え。

 

この少女を1人にしちゃいけない、そう強く思った。

 

「よし、じゃあ行こうか」

 

少女がコクリと頷くのを見て、努めて明るい声で俺はそっと手を引いて歩き出す。

少女の小さな歩幅に合わせながら。

 

 

 

十数分も歩いた所で無事に旅館に到着し、早速この少女を休ませお茶を出そうと思ったが一向に離れてくれる様子がない。

抱きつく、とか積極的な行動を起こしているわけではないのだが、服の一部をちょこん、と摘んでいたりと小さな意思表示を見せるのだ。その間ずっと無言を貫いているのでおそらく相当内気なのではないだろうか。

無理やり離そうにも、涙目の上目遣いにこちらが折れるしかなかった。

 

「とりあえず自己紹介からしようかな。俺の名前は北郷一刀、北郷が性で一刀が名だ。一応ここ、旅館に一時的に住まわせてもらってる」

 

加えて軽くここの説明も付け加えた。といってもあまりわかっていることなど多くはないのだが、それでも少女はこちらの言葉を聞き逃すまい、というようにしっかりと話しを聞いていてくれた。

 

「こんなところかな。それじゃ君の名前から、いいかな?」

 

すると少女は下を向いた。悔しそうな表情を浮かべながら。

 

「もしかして言いたくない?」

 

最初はそう考えた。こちらではどうかわからないが、現代では個人情報に敏感な人は多い。初めて合う人をいきなり信用することはなかなかできないものである。実は及川もおちゃらけているようでありながらそのへんはかなり慎重だったりする。昔それでひどい目に遭ったとか遭わなかったとか。そういう俺もちょっとした目に遭ってるためそれなりに慎重に行動しているつもりだが、まだまだ、らしい。

しかし少女は横に首を振る。どうやら別の事情らしい。

そこで俺はようやくある可能性に気づく。

もしかしたら言葉を発することができないのでは、と。

口をパクパクと動かす喋ろうとする動作。

その後の悔しそうな表情。

あれほど強い悲しみにあふれていたのに、一切聞こえなかった泣き声。

 

「ごめん。もしかして声が・・・」

 

彼女が見せた表情は、肯定だった。

そう、とつぶやき俺まで下を向いてしまうと、二人の間に重い空気が漂った。

 

どのくらい沈黙していただろうか。

いつの間にか袖を引っ張られていることに気づき顔を上げると、彼女が何か畳に指を走らせ始めた。しばらくしてようやく気づく。文字を書いているのだと。

 

「ちょっとまってて」

 

そう言って立ち上がり、隅に置いてあったカバンへと向かい、入れっぱなしにしてあったペンとメモ帳を取り出す。色は黒、メモ帳は1枚づつ千切れるようなタイプ。そして彼女のもとへ戻り、メモ紙に試し書きを行った。

彼女は紙の上に線が引かれていくのを驚いた様子で見ていた。旅館でも、料理でもそうだが未知のものに驚いてもらえるっていうのはちょっと楽しい。

朱里ちゃんや雛里ちゃんなんかはいちいちリアクションが素晴らしい。はわわ、あわわといいながら目を回す姿はそれだけでお金が取れそうなくらい愛くるしかった。

 

「これで字がかけるから使ってみて」

 

そして目を丸くして驚いている彼女に向けてペンを差し出した。

震えた手でゆっくりとペンを握り、まじまじと覗き見る。そしてぎこちないながらも線を引き、次第に夢中になって色々書きまくり始めた。予想通りのリアクション、本当に有難うございます。まるで子供が新しいおもちゃを買ってもらえた時のような、新鮮な驚きと楽しさの入り混じった表情は、ここに来てから初めて見ることができた笑顔だった。

 

ひと通り楽しんだのか、ぴたっとペンが止まり、伺うようにこちらを見る。頷くと文字を書き始めた。使い出したのはつい先程なのにもかかわらず俺よりも上手く、流れるように文字を書いていく。

そして書き終わったのかペンを置き、こちらに紙を差し出した。

 

「・・・ごめん」

 

それを見て俺は彼女に頭を下げざる負えなかった。

何故ならば、俺は文字を読み取ることができなかったから。書かれた文字はどう見ても日本語ではない、彼女の国の言葉。ぶっちゃけどうすることもできなかった。

 

「俺、字、読めないんだ」

 

そういった瞬間、彼女の表情に落胆が見て取れた。それもそのはずだろう、筆談、という手段が取れるかとおもいきや一方が読めないのでは全くの無用の長物だ。がっかりするのも当然だろう。

 

 

「日本語だったら良かったんだけどなぁ」

 

思わずつぶやいた言葉に、彼女が首を傾げた。それもそのはず、この時代に日本という単語は存在しないのだから。

 

「俺の国の言葉なんだ。具体的にはね・・・」

 

なんとなく、興味がありそうだったので、ひらがなを説明していく。

理由はよくわからないが幸いにも言葉は日本語で通じるのだ。紙にひらがなを書き、一つ一つ指さしながら発音していく。熱心に紙を見ている姿は、昔短い間だけれど勉強を教えていた近所の子にダブって見えた。

 

この時俺はちょこっとでも興味が湧いてくれると嬉しいな、と軽い気持ちで考えていただけで、まさか彼女の能力をまざまざと見せつけられる結果になるとは思いもよらなかったのである。

 

ぐ~という音は何処からなったのだろうか。

目の前には真っ赤な顔してこちらを覗き見る少女が1人。

答えは明白であった。

疲れているだろうからできるまで待っててと言って席をたち、台所に向かったのだが、後ろについてきた彼女は、料理をしている間も俺の側を片時も離れなかった。

さすがに刃物を持っている時は危ないとわかっているのか服の裾を掴んでいたりなどはしていなかったが、じっとこちらを見つめておりとてもやりづらい。視線の耐性ならそれなりにあると自負していたが、ここ最近の自由な生活でろくに機能しなくなってしまったようだ。しかたがないので料理を解説しながら作るという荒業に出ることにした。

作る料理はハンバーグ。これが嫌いな人なんてほとんどいない鉄板メニュー。

材料の紹介、独特のこね方、微妙な焼き加減、解説できそうなところは冗談話も交えてどんどん喋っていく。相槌がないのはちょっと寂しいが、テレビの出演者とかはこんなかんじでテレビの前の君へ語りかけているのだろうか、とちょっと同情してみたり。

時間にして45分、夕飯メニューの完成だった。

 

箸で割ると中から湯気と肉汁が溢れ出す。口に含むと肉本来の旨さに加え、ソースのこってりとした味が肉汁と混ざり、旨味は増すばかり。もう一口、もう一口と止まることを知らず、次々と口の中へと消えてゆく。

そして僅か5分、見事にお皿は空になった。

そりゃろくに会話もせすせっせと箸を動かしていたのだから仕方がない。よほどお腹が減っていたのか、食の細そうな小さい体ながら、俺と同じくらいの量を平らげた。

作り手からしてみれば、これ程嬉しいことはない。

食事を終えた彼女は何やらメモ帳に書いている。そういえば渡したままだったが、よほど気に入ってたのだろうか。

そして差し出された一枚の紙。

『ごちそうさま』

ひらがなで書かれたその文字を見て、俺は絶句してしまった。

マジか?!頭よすぎだろう。

朱里ちゃんや雛里ちゃんも頭の良さ、回転の速さが半端無かったが彼女の記憶力も相当なものだ。初めて見たと思われるひらがなを僅かの間に使いこなしているのだから。

しかし次に書かれた言葉に納得し、驚く。

 

『わたしのなまえはじゅんゆう まなをけいふぁ けいふぁとよんで』

 

次に渡された紙にはそう書かれていた。

 

 

 

 

いつから声が出ていなかったのだろうか。

無視されるのならば、声なんて出ても出ていなくても変わらない。故に声がでなくなってしまったんだと思う。

私がはっきりと認識したのは顔良に街から連れだされた時だった。

私の腕を引っ張っていく顔良に、痛いと何度も何度も言った。武将である彼女の握力は文官である私とはは桁違いといってもいい。故に加減されていなかった。しかし顔良は無視し続けた。さすがに限界が来て足が止まると、こちらに気づいた顔良は私の真っ赤になった手を見てごめんなさい、と謝った。そこで気づく。

私を無視していたのではなく、声が出ていないのではないか、と。

一度認識してしまうと、はっきりと出ていないのが分かる。なぜ私は気づかなかったのだろうかと涙が出てしまった。

もしかしたら顔良は以前から知っていたかもしれない。だからこうして逃がしてくれたのだろうか、私を哀れに思って。

 

悔しかった。

私をギリギリのところで繋ぎ止めてくれた人に名前を告げることすらできないことに。

私に声を掛けてきたのは以前ならば声を掛けられただけでも嫌悪感を顕にするだろう男だった。しかし柔らかい声と優しげな瞳、何より人とのふれあいに飢えていた私は嫌悪感をも気にする余裕などなく、彼にしがみつき、わんわんと声を上げて泣いた。実際には声は出てはいなかったが。

ようやく落ち着いた今では直接触れることに少し躊躇いがあるものの、それは他の男達に感じていた汚らわしいといったものではなく、嫌がられたら、うざがられたらどうしようというものだった。

そんな心境の変化に驚きつつ、彼との会話、否、一方的に喋ってもらうことによる意思疎通を進めていく上で自己紹介になった。そこで私は『荀彧』という名前を告げられなかった。もし袁紹の命令がここにもきていたとしたら、また孤独になってしまう。それだけは避けたい、もう一人は嫌だった。

私の悔しそうな表情を見てか、彼は喋れないから告げられないと勘違いしているようだった。正直心苦しさはあったがほんの少しだけ安堵してしまった。しかし意思疎通ができないのは不便だ。書くものさえあれば、となんとなく指で文字をなぞる。

そしたらなんと彼は待っててといい立ち上がり、戻ると不思議なものを私に渡してきた。それは筆と違い、そのまま文字がかけ、竹簡や普段使っていた紙とは明らかに違うものだった。

安堵したのもつかの間、伝える手段を得てしまい、考えた末に姪の名である『荀攸』をと偽名を名乗ることにした。結局彼は字が読めず伝わらなかったが、こんなすごいものを持っているのに字が読めないとはと、あまりのちぐはぐさと意思疎通の機会を逃したことにため息をついてしまった。まあその後直ぐに私の字が読めない理由を知ったのだが。

 

そして久々の人との会話や食事に暖かさ、心地よさを思い出した。この気持を思い出させてくれた彼には名前で呼んでほしい、そう想い先ほど教わったひらがなを用いて彼に紙を渡す。荀彧の名前は出せないから、先ほど書いた偽名である荀攸と私の大切な真名を添えて。

彼には桂花と呼んで欲しいから。




ここまで読んでいただきありがとうございます

とりあえず一言
ごめんなさい桂花 ひどい目に合わせてしまって

もちろん嫌いなわけがありません 大好きです
しかし出そうにもなかなかいい出し方が思い浮かばず、こんな形となってしまいました
桂花好きーには不快感を与えてしまったかもしれません 本当に申し訳ありません
一応このあと徐々にらしさとデレを出していってくれるはずなのでご容赦を

あと麗羽さん なんかものすごい悪役ですがここまでの目に合わせようとするつもりはなかったはず
周りの家臣団が色々と吹き込んだ結果です 桂花は恐らくやっかみも多かったでしょうし

もうしばらく続きますので この挿入話ももうしばらくお付き合いお願いします


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