八幡と雪乃の恋物語   作:れーるがん

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彼の友達

 その日は特に予定も無かった休日。

 新刊の発売日でもあつたので本屋へと向かい、その足でどこかでお茶でもして帰ろうかと考えて、行きつけのとある喫茶店に行った時の出来事だった。

 

「あら」

「あっ」

「げっ」

 

 いつも座っている窓際の席に座らせてもらおうかと思いそこへ足を向けると、二人の見知った顔が。

 彼の友達である戸塚彩加君と材木座義輝君だ。

 

「こんにちは雪ノ下さん!」

「こんにちは戸塚君、奇遇ね」

 

 元気に挨拶してくるその姿は一見して少女のようにも見えるが、彼は列記とした男性である。

 一方で先程失礼な声を上げていた小太りの男の方はと言うと、時と場所も考えずに大きな声を上げた。

 

「もはははは! これはこれは部長殿ではあらぬか!」

「大きな声を上げないでくれるかしら。それとその喋り方も辞めて」

「あ、はい。すいません」

 

 そう言えば、この場にいるのはこの二人だけなのだろうか?

 私が彼らと関わる時はいつも彼がいた。それも当たり前。彼にとっては友達かもしれないが、私にとっては元依頼人の知り合い程度の関係性だ。

 だから、この戸塚君と材木座君が二人だけでいると言うのはなんだか不思議な光景に見える。

 その割には机の上にはグラスが三つ置いてあり、この場にもう一人いる事を示唆している。

 あの男の事だから、戸塚君と材木座君を二人きりになんてしておけない、とか言いそうなものだけれど。

 その姿は店を見回してみてもどこにもない。

 

「折角だから一緒しないかな? 八幡もさっき帰っちゃったし、二人で暇してたんだ」

「え、戸塚氏。八幡ならトイ」

「まあまあ材木座君! こんな機会滅多に無いんだしさ!」

「私は別に構わないけれど......」

 

 やけにグイグイと押してくる戸塚君と言うのもなんだか珍しい気がする。材木座君が何か言おうとしていたみたいだが、まあそれはスルーで良いだろう。

 材木座君の隣に移動してくれた戸塚君と入れ替わるように、彼らと向き合う形でボックス席のシートに腰を下ろした。

 店員が注文を取りに来てくれたので、取り敢えず紅茶を頼んでおく。

 頼んだ紅茶は直ぐにテーブルに運ばれて来た。それを口に含みながら少し考える。

 こうして彼らと席を共にしたのはいいが、何か話の話題でもあっただろうか?

 あぁ、そう言えば。一つだけ彼らに尋ねたい事があるのだった。

 

「つかぬ事をお伺いするのだけれど」

「何かな?」

「あなた達から見た比企谷くんはどう映るのかしら?」

 

 ずっと、私と彼女以外の誰かに聞いてみたかった。

 彼がどのような手を取ろうと、どのような立場に立たされようと、この二人は決して離れなかった。

 情けなくも一度拒絶してしまった私とは違い、彼らは比企谷八幡と言う人間の味方であり続けていた。

 そんな二人には、一体比企谷くんがどのように映っているのだろう。

 

「僕達から見た八幡、か......。材木座君はどう?」

「ふむ。我と奴は前世を共に戦った仲。我らの主従の関係は何人にも犯せぬ不可侵の」

「あなたとの関係なんて聞いていないわ。彼がどう見えるかと聞いているの。その程度の読解力も無いから毎度あのようなプロットもどきを書き上げるのではなくて? それと、その喋り方は辞めなさいと言ったでしょう」

「ご、ごめんなさい」

 

 巨体を萎縮させてしまった材木座君と、苦笑いを浮かべる戸塚君。

 ついイラっとなって関係のない話まで引き出してしまったのは少し反省。

 

「でも、改めて考えてみると難しいね。八幡の事はかっこいいとは思うけど、どう映ってるのかなんて考えた事無かったし」

「かっこいい? 彼が?」

 

 戸塚君の発言には思わず首を傾げてしまった。

 確かに彼の顔は整っている方だとは思う。それをあの腐った目が全て台無しにしているのだけれど。

 容姿についてでは無く、彼の行動について考えてみても、かっこいい、とは少し違う気がする。

 問題をスマートに解決出来るわけでは無く、嫌々ながらもあの重たすぎる腰を上げ、常に少ない選択肢の中で最悪かつ最善の方法をなんの躊躇いも無しに取ってみせる。

 彼にスポットライトが当たる事は無く、その裏でコソコソと動く姿は宛らネズミやゴキブリのよう。

 ......少し言いすぎたかしら? でもこれ以外に適切かつ妥当な表現が見当たらない。

 自分の語彙では残念ながらどう頑張っても彼をかっこよく表現する事は出来なさそうだ。

 

「八幡はさ、何かあったら全部自分で抱え込んで、それで何事もなかったかのように全部解決しちゃう。泣き言なんて一つも言わないで、誰かの為に頑張れる。それって凄いかっこいい事だと僕は思うんだ。そう言うところは憧れるんだけど、同時に少し悲しくなっちゃう......」

 

 戸塚君の微笑みに少し影が差す。

 隣の材木座君も大仰に頷いて同意を示した。

 

「生徒会選挙の時は特に酷かったな。あの頃の奴は常に何かに追われているかのような焦燥感に駆られていた。我が何を言っても聞く耳持たず。最終的に我や戸塚氏にも話してくはしたが、我の場合は頼ったと言うより利用した側面が強かっただろう。戸塚氏に話したのも、奴の妹殿の尽力故のようだったしな」

 

 胸を奥をチクリと何かで刺されたような痛みが走る。

 あの時、彼が一色さんを説得させる為に色々としていたのは察せられた。けれど、彼がどれ程悩んでいたのかまでは勘案出来なかった。

 それは私の心の弱さ故に。

 あの時の事を悔いたことは一度もない。こうして過去として振り返り、省みることはあれど、後悔なんて微塵も抱いていない。

 それでも、あの時。

 彼が苦しんでいたことは覆しようのない事実だ。それに気がつけず、誰かを救う為だなんて言いながらその『誰か』すら曖昧で、自分のことすら模糊として。

 分かるものだとばかり思っていたなんて、どの口が言うのか。

 

「でも、さ」

 

 そんな私の暗い思考を切ったのは戸塚君の言葉だった。

 

「最近になって、少しだけだけど、八幡も自分の事を話してくれるようになったんだ。家での小町ちゃんとの事とか、材木座君の小説が面白く無かったとか、奉仕部で何をやったかとか」

 

 とても嬉しそうに、言葉を紡いでいく。

 先程までの影のある笑顔ではなく、その事実に幸福を感じてるかのような。

 成る程、確かに戸塚君のこんな笑顔を見てしまえば道を踏み外しそうになるのも頷ける。

 なんてどうでもいい思考が過った。

 

「その中でも、雪ノ下さんの話をしてる時の八幡が一番楽しそうで、幸せそうな笑顔を見せるんだよ」

「私の?」

 

 何故そこで私が出てくるのかしら? 先程奉仕部の話、と一括りにしていたのに。

 

「ふむ。戸塚氏の言う通り、部長殿の話をしている時の彼奴は憎っくきリア充オーラをプンプン漂わせておるわ」

「まあ話してる内容は雪ノ下さんが怖いとか罵倒が酷いとかそんなのばかりだけどね」

 

 あはは、と苦笑いを漏らす戸塚君とチッ、と小さく舌打ちをする材木座君。

 話の内容は兎も角として、彼がこの二人にそんな風に喋っているだなんて。

 何故だろう、特に暑い訳でも恥ずかしい訳でもないのに頬が段々と熱を持ってしまう。

 

「あ、そうだ。雪ノ下さんはどうなの?」

「どう、とは?」

「雪ノ下さんから見た八幡って、どんな風なのかなって。多分雪ノ下さんの方が僕たちよりもずっと近くで八幡のの事を見てるし。僕もちょっと気になるんだ」

 

 今日の戸塚君はいつになくグイグイ来るわね......。こう言うところは男の子らしい、と言う事かしら。

 まあ、彼らだけに喋らせて私は何も言わないと言うのもフェアではないだろう。

 戸塚君なら口外するような真似はしないだろうし、材木座君にはそもそもそんな相手がいないだろうから。話してしまっても、構わないか。

 

「そうね......。時折急に挙動不審になるのは気持ち悪いし、本を読んでる時に急に笑い出すのも気持ち悪いし、屁理屈ばかり捏ねているのも気持ち悪いし、視線が由比ヶ浜さんの胸に良く行っているのも気持ち悪い。あとはシスコンを拗らせ過ぎて気持ち悪い、と言ったところかしら?」

「あ、あはは......」

「関係のない我でも心が折れそうになった......」

 

 少し言い過ぎたかしら? でも事実だもの。仕方ないわよね。

 特に三つ目。

 確かに由比ヶ浜さんの胸部は目を引かれるだけのモノを兼ね備えているとは言え、流石にあれは見過ぎだと思うのよね。出会った頃なら通報していたわ。

 でも。

 

「でも、その全てに目を瞑っても良いほどに、彼には沢山の魅力がある」

 

 その殆どが、私には無いもので。

 それらに今までどれだけ救われて来たのか。

 どれだけ私が惹かれているのか。

 きっと、本人にはなんの自覚も無いのでしょうね。

 

「そっか。雪ノ下さんも、八幡のこと好きなんだね」

 

 そう言われた途端、先程とは比べものにならないくらい、顔全体に熱が集まるのを自覚する。

 今の私は誰が見ても分かるくらいに顔が真っ赤に染まっているだろう。

 

「すっ......! 好きとか、別にそう言う事では無いわ。ただ、彼の今までの奉仕部員としての働きを評価したまでよ」

「ツンデレ乙」

「何か?」

「いえ、なんでも、無いです......」

 

 何か妄言を吐いていた材木座君を一瞥して黙らせる。

 確か、ツンデレとは素直になれないヒロインの事を指すのだったか。

 強ち否定出来ない自分が悲しい。

 素直になれずつい彼を罵ってしまうのも事実ではあるところだし。

 

「うん。雪ノ下さんからお話聞けて良かったよ。それじゃあ僕たちはそろそろ行くね」

「え、戸塚氏。八幡は」

「じゃあ行こっか材木座君!」

 

 またも謎の押しの強さを発揮した戸塚君が材木座君を無理矢理席から立たせる。

 

「それじゃあ、また学校でね」

「ええ。また学校で」

 

 別れの挨拶を済ませた後、二人はそそくさと喫茶店から出て行った。

 自分の事を語る羽目になったのは予想外だったけれど、彼らからは有意義な話が聞けた。

 それを十分に咀嚼するのは後として、今は他にやらねばならない事がある。

 

「盗み聞きとは良いご身分ね、比企谷くん?」

「ひゃいっっっ!」

 

 私の座っている真後ろのボックス席。背中合わせで座っていた盗聴犯に声をかける。

 随分と情けない声が帰って来たものだ。突然客が大きな声をあげるから店員の方々も驚いている。

 背後に振り返り、下手人であり先の話題の中心人物である男に目を合わせた。

 

「こんな所で奇遇ね」

「ソウデスネ」

「取り敢えずこっちに来て座ったら? どうやらお友達には見捨てられたようだし」

「ソウデスネ」

 

 あいつら後で覚えてろよ、とかなんとかブツブツと呟きながらも、先程まで戸塚君達が座っていた私の向かいに腰を下ろす。

 改めてその顔を見ると、若干朱の混じった色をしている。

 それは周りの注目を一身に浴びる程の奇声を発してしまったが故か、それとも別の理由からか。

 そこを問い詰めて行くと私まで赤面する羽目になってしまいそうね。

 

「......なんでいるって分かったんだよ」

「彼らの目線で気がついたわ。材木座君が言いかけていた通りならば、お手洗いに行っていたのでしょう? あなたが戻って来たであろう瞬間に彼らの目線が一瞬だけ私の後ろに行ったかと思えば、真後ろに誰かが座る気配があるもの。それからも材木座君が時折私の背後をチラチラ見ていたのだから、証拠はそれで十分ではなくて?」

 

 後は後ろに座るように私に見えないようメールか何かを送っていたのだろう。

 これくらいなら少し頭を働かせただけで分かる。

 

「お前、探偵かなんかにでもなれば?」

「お断りだわ。探偵では直接犯人を断罪出来ないじゃない」

「お前が断罪するの前提なのかよ」

 

 呆れたような彼の溜息を聞きながらも、少し冷めてしまった紅茶を飲む。

 さて、彼をこちら側に座らせたのはいいものの、これからどうしようかしら。

 なんて考えていると、彼の方から話を振って来た。

 

「つかお前、俺のこと気持ち悪いって言い過ぎだから。あれ俺じゃなかったら泣いて帰ってるぞ」

「事実を口にしただけじゃない。それとも、あなたに否定出来る程の材料があるとでも?」

「少なくとも最後の一つに関してはな」

 

 最後の一つ、とはシスコンを拗らせ過ぎて気持ち悪いというやつだろうか。

 いや、違うだろう。彼は自他共に認めるシスコンだ。

 ならば、本当に私が最後に口走った方のことか。

 

「あら、それは気になるわね。ぜひ話して聞かせてくれるかしら」

「良いだろう。俺がいかにクズでダメな人間かを分からせてやる」

「別にそこまで卑下する必要もないと思うのだけれど......」

「バッカお前あれだぞ。俺なんかあれだからな。クズさ加減がやば過ぎて一周回って人間国宝に指定されるまであるからな」

「そんな国に住んでると思うとゾッとするわね」

「て言うか、お前の方こそそんな俺なんかの魅力を上げろって言われて出来るのか?」

「............ごめんなさい」

「ちょっと、そこで諦めないで。出来ればもうちょっと頑張って」

 

 他愛のないいつものやり取り。

 こんなやり取りが途轍もなく心地いい。

 きっとこんな風に思える相手なんて、今までもこれからも彼一人だろう。

 だから、言っておかなければならない。

 ちゃんと、否定しておとかなければならない。

 

「比企谷くん」

「お、おう。なんだ雪ノ下」

 

 改まって名前を呼んだせいか、少し身構える彼。

 それが少し可笑しくて笑ってしまいそうになるのをなんとか抑え、口を開く。

 

「あなたに魅力が一つもないだなんて、あなた自身にも言わせないわ」

 

 その腐った双眸を見つめ、言葉を続ける。

 

「あなたは優しい人」

 

 その優しさに救われた人は沢山いる。

 

「あなたは強い人」

 

 何があってもその信念を曲げない強さを持ってる。

 

「あなたは真っ直ぐな人」

 

 大切な事は決して言い訳したり捻くれたりしない愚直さがある。

 

「そのどれもがあなたにしかない魅力よ。私がここまで言っても、あなたはまだ自分を卑下するのかしら?」

 

 これは私の主観から見た彼だ。

 きっと、彼の主観にはまた違った彼が映っているのだろう。

 どうせ今も心の中で捻くれた言い訳を考えているに違いない。

 

「まあ、お前がそこまで言うのなら、そうなのかもな......」

 

 返ってきたのは予想外に素直な言葉だった。

 ポリポリと朱に染まった頬を掻きながら、目もこちらに合わせようとせずに泳いだままだけれど。

 

「驚いた。てっきりまた屁理屈捏ねて私の言葉を否定するものだとばかり」

「俺もそうしたいんだけどな。まあでも、そんな事しても今更だろ」

 

 言葉の意味がイマイチ掴めず首を傾げてしまった。

 そんな私の様子を見て、一転して意地悪な笑みを浮かべた彼が続ける。

 

「今は俺を知ってくれてるんだろ?」

「......っ」

 

 心臓がドキリと跳ねる。本日何度目かの頬の紅潮も自覚できた。

 いつか彼に送った言葉だ。

 今思えばどの口がそんなことを、とも思うが。

 

「そう、ね。今はあなたを知っている。でも、もっとあなたの事を知りたいとも、思ってる」

 

 自然と微笑んで言葉を返せた。比企谷くんはまた顔を赤くしてそっぽを向いてしまう。

 私は行きつけの喫茶店で何故彼とこんな事をしているのだろうかと疑問に思うも、それも些細な疑問だろう。

 彼と出会ってから一年は経過した。その中で理解できた事も、出来なかった事もある。

 知った事があればまだ知らない事だってある。

 その全てを知りたいと、思っている。

 そんな風に思ってしまうほどに、私は。

 

「......まあ、頑張ってみたらいいんじゃねぇの?」

「随分と他人事のように話すわね」

「うっせ」

 

 私は、彼のことが好きになってしまっているのだ。

 

 

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