雪ノ下雪乃と比企谷八幡が交際を始めた。
何も知らない第三者がそれを聞けば、先ずは嘘だと決めつけにかかるだろう。
かたや学校中の嫌われ者(自称)で、かたや校内一の美少女にして完璧超人。
釣り合うとかそれ以前の問題だ。
だが残念なことにそれは事実であり、だからと言って俺と雪ノ下の間に大きな変化があった訳でもない。
付き合う以前と何も変わらない日常が、今日も部室で繰り広げられている。
由比ヶ浜が話を振り、雪ノ下が少々鬱陶しそうにしながらも楽しげに話に乗って、何故かいる一色もそこに混じる。俺はそれを遠目から眺めているだけ。
幸せってのはこう言ういつもの日常の事を言うのだろう、なんて、らしくない考えが過ぎるほどだ。
しかし、そんな日常は突然に、儚くも崩れ去ってしまう。
「そう言えば、先輩と雪乃先輩ってどこまでいったんですかー?」
小悪魔のそんな何気無い一言が、日常の終わりを告げるものとなったのだ。
「あ、それあたしも気になるかも! 二人とも付き合い出してからも前までと全然変わらないんだもん」
悪ノリしたアホの子が興味津々と言った様子で俺と雪ノ下を見比べる。
「別にそんな気になるようなことでもねぇだろ。つか、逆に聞くけどな。俺と雪ノ下がそこら辺の一般的なリア充どもみたいに人目も憚らずイチャイチャしてる姿が想像できるか?」
「彼の言う通りよ。そもそもその男は一般的な高校生とはかけ離れた存在なのだから」
「ちょっと、その一言今必要だった?」
とまあこんな風に、彼氏彼女の間柄になったからと言って雪ノ下の罵倒が収まることはないのだ。寧ろこれこそが俺たちの付き合い方と言える。
「所でお二人とも、今まで何回デートしましたか?」
「学校帰りに寄り道したりとかなら何度か」
「あ、それは無しね」
澄ました顔で答えた雪ノ下だったが、由比ヶ浜が即座に口を挟んで言葉に詰まっている。
おいおい、そこで無言になられたらこいつら更に調子乗っちゃうぞ。
「お二人とも、もう少し普通のお付き合いをすべきですよ」
「一色さん、それは比企谷くんにとって余りに酷な話ではないかしら。彼に普通を求めるだなんて、太陽に逆から昇れ、と言ってるようなものよ」
「いやいやいや、お前自分のこと棚に上げてんじゃねぇよ。どう考えても俺よりお前の方が無理だろ」
健全な男子高校生舐めるなよ。こちとら既にデートのシミュレーションは完璧だ。何せ俺には『ときメモ』と『ラブプラス』があるからな。
そもそも、雪ノ下だって十分過ぎる程にそこらへんの女子高生とかけ離れた価値観を持っている。これは彼女自身も昔言っていたことだ。
そんな雪ノ下と、ごく普通のカップルのように振る舞う? ふっ、おかしすぎて思わず鼻で笑ってしまうね。
「聞き捨てならないわね。バカも休み休み言った方がいいわよ、妄言谷くん」
「それはこっちのセリフだな。お前がそこら辺のリア充よろしく甘えた声でベタベタしてきたらまず偽物かどうか疑うまであるぞ」
「いいでしょう。そこまで言うのなら明日の土曜日、空けておきなさい。あぁ、ごめんなさい。言うまでもなくあなたの休日に予定があるわけないわよね」
「バカお前俺だって休日の予定くらいない事はないし」
「何はともあれ、覚悟しておくことね」
「お前の方こそな」
とまあ、そんな感じで、初デートの予定が決まってしまったのである。
「これって二人とも素直になれないだけじゃ......?」
「結衣先輩、それは言わぬが花ですよ......」
************
さて、やって参りました決戦の土曜日。
金曜日じゃなくて申し訳ないが、そこは目を瞑って頂きたい。
昨日、帰った後冷静になって振り返ってみると、雪ノ下とデートすると言う事の大きさに遅まきながらも気がついてしまい、急いで小町に相談した。服も全部小町がコーディネートした。流石は俺の妹だ。
更に言えば、楽しみ半分緊張半分で全然寝れなかった。今も絶賛睡眠不足である。
あんな啖呵を切った手前超情けない。
現在待ち合わせ予定の午前九時、よりも三十分ほど早い時間。待ち合わせ場所である海浜幕張駅前にて雪ノ下の到着を待っている。
と言っても、彼女の家はここから直ぐ近くなのだが。
て言うかデートコースとか全く考えてないんだけどいいんだろうか。小町に相談したものの、自分で考えなよごみぃちゃんと一蹴されてしまったし。
雪ノ下の事を考えるなら、近場の猫カフェとかでもいいかなー、と思ったのだが、今日の目的はあくまでも『一般的なカップルらしい振る舞い』をすることだ。一般的なカップルはデートで猫カフェとか行かないだろう。知らんけど。
だからと言ってモールでウィンドウショッピングと言うのも味気ない。折角の初デートなのだから、もうちょっと他に良い感じの場所に行きたい。
そもそも一般的なカップルってなんなんだ? 先ずはそこを定義しないと始まらないのでは? 少なくとも俺と雪ノ下が一般的なカップルと言うものではないのは確かなのだが、ならばどの様にしたら一般的なカップルと呼ばれるのだろうか。
あ、ヤバイ、一般的なカップルがゲシュタルト崩壊を起こしてきた。
「ごめんなさい、待たせてしまったかしら?」
俺が一般的とは何かと哲学的な事を考えていると、前方から声がかかった。
顔を上げてそちらを見て、全然待っていないとお約束の返事をしようとして。
息が、止まりかけた。
今日は休日なので、勿論雪ノ下は私服姿だ。
何度か見た事はあるものの、そのどれとも一線を画すものが、そこにはあった。
雪ノ下はマキシ丈の白いワンピースの上から、薄いピンクのカーディガンを羽織っていた。
言葉にすればただそれだけでしか無いファッションなのだが、秋らしいその装いは、お嬢様然としている雪ノ下の魅力を150%引き出していると言えるだろう。
余りにも綺麗なその立ち姿に何も言えないでいると、雪ノ下がこちらの顔を覗き込んで来る。
「どうかした?」
「え、あー、いや......」
唐突に距離を詰められたので吃る俺。控えめに言って超ダサい。
せめて何か言わなければと考え、しかし思考を中断させる。別に考える必要はない。思った事を言葉にすればいい。これもある意味カップルのお約束のようなやり取りだし。
小さな決意を一つして、俺は口を開いた。
「その、なんだ......。その服、いいな。似合ってるってか、その、可愛いと思う......」
滅茶苦茶恥ずかしいのでソッポを向いて、頭をガシガシ掻きながらの発言となってしまった。
それを聞いた雪ノ下も、何を言われたのか分からないと言った感じにポカンとしていたが、見る見るうちに表情が和らいでいき、薄く頬を染めながらも花のような笑顔を浮かべた。
「ありがとう、とても嬉しいわ」
「......おう」
言葉の通り、本当に嬉しそうに笑う雪ノ下。
その笑顔が俺の言葉によって引き出されたと思うと、なんだか恥ずかしいような、けれどどこか誇らしいような、不思議な感じだ。
「それで、今日はどこに連れて行ってくれるのかしら? まさか何も考えていない訳ではないでしょう?」
その笑顔そのままにして俺に問うて来るが、残念なことにその期待には添えられそうに無い。
考えていない事はないが、結局結論が出ていないのだから同じ事だ。それを口にするのは憚れたので、何も言えずにいると、雪ノ下の表情から笑顔が消えた。もうちょっとその笑顔を見てたかったけど、しかしそれを消したのは他の誰でもない俺なのが悲しい。
シラーっとした目で俺を睨め付けた後、コメカミに手を当てる。いつものやつである。
「はぁ......。呆れた、まさか本当に何も考えていなかったの?」
「いや待て雪ノ下、違うんだ。これは本当に違うんだ」
なんだか浮気が発覚した彼氏の言い訳みたいになってしまった。雪ノ下は尚もこちらをジト目で睨んでいる。その視線に促され、言い訳を続行した。
「俺だって考えはした。小町に相談もした。でもどこが良いかとか考えてるうちに、気がつけば朝だったんだよ。これは俺が悪いんじゃない。無情にも時が過ぎてしまう世界が悪い」
「相変わらず変な屁理屈ばかり......。それで、結論は出たの?」
「......」
「ある意味期待を裏切らなくてホッとするわ」
最早一周回って安堵されちゃったよ。
いや、まぁ、こんなのが彼氏で本当ごめんなさいと言うか、なんと言うか......。
俺が申し訳なさでありふれた哀しみの果てへと辿り着いていると、雪ノ下は何やら思案顔になっていた。
「そうね......。なら遊園地なんてどう? 初デートとしては間違いはないと思うけれど」
「遊園地か。別にそれでもいいぞ」
そこなら二人でアトラクションを楽しめるし、中で昼食を摂る事もできる。幸いにして、月初めなため財布の中も潤っているし。
「んじゃ早速行こうぜ」
「待ちなさい」
行き先も決まった事だしさっさと目的地へ行こうと思っていたのだが、雪ノ下から待ったがかかった。
待てと言われればそりゃ待つけども。なんなら特技なまである。最長で五時間ほど待たされた事もあるし、結局幾ら待っても誰も来なかった事だって......。おっと、これ以上はいけない。何が悲しくてこれからデートって時に黒歴史を掘り返さにゃならんのだ。
そんな事より今は雪ノ下の事だ。出発寸前に呼び止めるとは果たしてどのような要件かしらと思っていると、俺の目の前に白く綺麗な手が差し出された。
「その、手を、繋ぎましょう......?」
どこかぎこちない感じで、頬を真っ赤に染めながら、俺を上目遣いに見上げて、雪ノ下はそう言った。
え、何この可愛い子。
ヤバイ。雪ノ下の可愛さが今まさに天元突破してる。
こんな可愛い子が本当に俺の彼女なのか疑うレベル。
可愛さのあまり何も言えない俺を見て不安に思ったのか、雪ノ下の表情に陰が差した。
「あの、ごめんなさい。嫌だった、かしら......」
「......そんなわけねぇだろ」
差し出されている白い手に、そっと自分の手を重ねる。ギュッと力を入れて握ると、雪ノ下の肩が少し跳ねた。
とても小さくて、とても柔らかくて、とても温かい。
「ふふっ」
一転してとても幸せそうに笑う雪ノ下を見ていると、今日の本来の目的なんて忘れてしまった。
今日は彼女とのデートを名一杯楽しもう。
今の俺は、その事で頭がいっぱいだった。
************
海浜幕張から電車で移動し、辿り着いた遊園地。
休日という事もあってか、そこはそれなりに繁盛していた。勿論ディスティニーランドのように何時間も待たされるアトラクションがある訳ではなかったが。
しかし、存分に堪能したと言えるだろう。
いや、マジで。この歳で遊園地って楽しめるのかと不安だったのだが、かなり楽しかった。
例えばメリーゴーランドで
「これって何が楽しいのかしら?」
「それ言っちゃったらおしまいだろ」
「だって同じ場所を回っているだけでしょう?」
「相変わらずのリアリストだな。女子ならもうちょい無いのかよ。ほら、俺乗ってるの白馬だぞ? 白馬の王子さま的トキメキは無いの?」
「......ふっ」
「鼻で笑うな哀れだろうが」
雪ノ下にバカにされたり。
例えばコーヒーカップで
「これってアニメとかだとめっちゃ早く回転してるけど、実際可能なのか?」
「可能よ」
「え」
「可能だと言ったの。なんなら試してみる?」
「いや、いい......。て言うかなんで知ってるんだよ」
「昔、姉さんがね......」
「あぁ、納得したわ......」
幼き日の雪ノ下が陽乃さんの餌食となってたり。
例えばゴーカートで
「俺の運転テクニックを見せてやるぜ」
「あら、それは楽しみね。どうせ私には劣るだろうけれど」
「お、言ったな? 知らねぇぞ? 掟破りの地元走り見せちゃうぞ?」
「少なくともルールに則って運転しなさいな......」
よく分からない勝負をおっ始めたり。
例えばお化け屋敷で
「ひ、比企谷くん、キビキビ歩きなさい!」
「いや歩いてるから。ちゃんと歩いてるから服引っ張んな」
「ひっ! い、今そこに何か......!」
「何も無い。何も無いから安心しろ。俺まで不安になっちゃうでしょうが」
「なんだ、比企谷くんか......」
「おい」
雪ノ下に超密着された挙句幽霊扱いされたり。
例えばジェットコースターで
「お前本当に大丈夫なのか?」
「何度もしつこいわね。大丈夫と言っているでしょう」
「いやそんな震えながら言われても説得力無いんだけど」
「こ、これは武者震いと言うやつよ」
「言い訳下手すぎるだろ。あ、もう落ちるっぽいぞ」
「え」
最早絶叫をあげる事すら出来なかった雪ノ下が真っ白な灰になってしまったり。
とまぁ、色々と回った。勿論アトラクションに乗っていない間はずっと手を繋いでた。
偶に繋がれた手を見て微笑む雪ノ下だったが、俺はその微笑みを見るたびに心臓がドッタンバッタン大騒ぎで大変だった。
改めて先程までのことを思い返してみると、俺も雪ノ下もテンション上がりすぎだろこれ。特にゴーカートの辺り。もう雪ノ下がゴーカート乗ってるの絵だけで面白かった。
「お疲れさん」
「えぇ、ありがとう......」
今は園内のベンチで休憩中。ジェットコースターに乗って体力の切れた雪ノ下を休ませて、今しがた飲み物を買ってきたところ。
時間もいい感じに過ぎ、来園した頃にはてっぺんにいた太陽も、今はもう沈みかけている。
11月ともなると日の入りも早くなる。
「そんなになるの分かってたんだから、乗らなきゃ良かっただろ」
「でも、それだとあなたがつまらないでしょう?」
「んな事ねぇよ。気ぃ遣い過ぎだ」
俺よりも先ずは自分の事が優先だろうに。
けれど、俺のことを考えてくれていると言う事実が、どうしようもなく嬉しい。
「十分楽しんでるから安心しろ。て言うか、そうじゃなきゃ、あんなにはしゃがないだろ」
「そうね。今日のあなたは、随分とテンションが上がっていたようだし」
そう言って笑う雪ノ下は、本当に楽しそうだ。
確か何か目的があって初デートとなったと思うのだが、彼女を見ているとそんな事どうでも良くなってくる。
「どうする、そろそろ帰るか?」
彼女の体力の事を考えると、そろそろ退散した方が良さそうだろう。
そう思っての提案だったのだが、雪ノ下は俺の後ろに目をやった、
「......最後に、あれに乗っても構わないかしら?」
雪ノ下の視線の先にあったのは、遊園地の花形の一つである観覧車だった。
一度でも乗ったことのある人なら分かる通り、観覧車は座席が向かい合わせで二つ用意されている。
けれど、俺たちは当然のように隣り合わせで座っていた。
乗る前から繋がれていた手もそのままに。
「綺麗ね」
「......そうだな」
高くまで昇った観覧車からは、沈み行く太陽と千葉の街が一望出来た。
成る程確かに、オレンジの夕焼けは風情がある。これから訪れる夜への入り口。その間際に見せる、最後の輝き。
夜が明ければまた太陽は登ってくるが、何かの終わりと言うのはその悉くが美しいものだ。
けれど、その景色が霞むほどに綺麗な横顔が、俺の視界を支配していた。
「比企谷くん、今日はとても楽しかったわ。ありがとう」
夕焼けを背景に、雪ノ下がこちらに微笑みかける。繋ぐ手の力が少し増したのは気のせいではないだろう。
「別に俺はなんもしてねぇよ。ここに来ようって言ったのはお前だし、デート自体もなんか流れで決まったしな」
「それでも、よ。あなたと来ることが出来て、本当に良かった」
小さな幸福を噛み締めるように呟き、それをそっと抱くように繋いでいない左手を胸の前へと持って来る。まるで祈りをする少女のようだ。
そんな彼女の事を直視できなくて、つい軽口を吐いてしまう。
「お前が素直とかなんか怖いな。明日は槍でも降るんじゃねぇの?」
「死ぬときは一緒ね」
「もっと怖いわ」
残念ながらヤンデレはNG。そこまで重い愛は流石に背負いきれないのである。
雪ノ下がそっちの道に行かない事を願わずにはいられない。
「......でも、そうね。今日は、せめて今日だけは、素直になろうと思っていたから」
スッとこちらとの距離を詰めてくる。突然の事だったので、思わず後ろに下がろうとしてしまったが、狭い観覧車の中でそれが叶うはずも無く。
互いの肩を触れ合わせた状態で、雪ノ下は俺を見つめる。
「だから、最後に。いつも素直になれない私のワガママを、一つだけ聞いてくれるかしら?」
とても綺麗な顔がすぐ近くにあって息がつまる。言葉を発する事は出来なくて、なんとか首肯する事で返事が出来た。
なんと無く、雪ノ下のワガママとやらを察する事が出来た。こう言う雰囲気は本や映像なんかで感じ取ったことはあったけれど、まさか自分がその当事者となるなんて。いや、俺の勘違いかもしれないけれど。
果たして、それは俺の勘違いなどではなく。
その口先をこちらへと伸ばしてきた。
「......んっ」
「......っ」
人生で初めて触れたそれは、甘く、柔らかかった。
本当に同じ人間の同じ部位なのかと疑いたくなるほどだ。
雪ノ下も、恐らくは俺も、今日一番の頬の紅潮を記録していることだろう。
「......愛してるわ、八幡」
きっと、今日という日は、一生涯忘れられない。
************
太陽はとっくに沈み、空にはお月様が今晩はしている。
今日は満月のように見えて、よく見たら少し欠けているようだ。
「......」
「......」
帰路についた俺たちの間には、なんとも言えない雰囲気が漂っていた。と言うか、観覧車を降りた時からこんな感じだった。
それも当たり前である。
だって、あの観覧車の中で、俺と雪ノ下は......。って、思い出したらまた顔から火が出そうになって来た。やめやめ! 思い出すのはやめ!
......雪ノ下の唇、柔らかかったな。
「あの......」
「ん?」
観覧車を降りてから必要最低限の会話しかしていなかったのだが、ここで遂に雪ノ下が口を開いた。
いや、俺からなんか話しかけろって思うかもしれんけど、ぼっちの俺にはそんなん無理ゲーだし。
「もう、着いたのだけれど......」
「え、あぁ......」
目の前には雪ノ下の住む高層マンションが。
どうやらいつの間にか目的地に到着してしまったらしい。
今日一日で繋がれる事が当たり前になっていた雪ノ下の手が、スルリと俺の手から離れた。
ただそれだけで、何故か寂しく感じてしまう。
その寂しさを埋めたくて、帰る途中ずっと考えていた事を実行した。
「......雪乃」
「え......?」
雪ノ下の本気で驚いた顔、と言うのも珍しい。鳩が豆鉄砲を食ったような、間抜けな面を晒している。
数瞬後、自分が何と呼ばれたのかようやく理解したのか、徐々に顔が熱を帯びいくのが見て取れた。
「......不意打ちなんて、卑怯よ」
「お前に言われたくはないよ」
デートの最中は完全に忘れていたが、今日の目的は『一般的なカップルのように振る舞う』だったはずだ。
なら、互いに名前で呼び合うことはそれに合致するのではないだろうか。
恐らく、そんな理由でも付けなければ、恥ずかしくて彼女のことを名前でなんて呼べない。
「でも、名前で呼んでくれて嬉しいわ」
「そりゃどうも......」
名前で呼ばれたくらいでそんなに嬉しいものなのだろうか。......いや、普通に嬉しいな。さっき観覧車の中で、名前で呼んで貰う+愛してるのお言葉を頂いたけど、超嬉しかったもんな。
......もう一度呼んでくれないだろうか。
「じゃあ、そろそろ......」
「ん、あぁ。そうだな」
そんな風に考えていると、お別れの時間がやって来てしまったようで。
雪ノ下は胸の前まで持って来た手を控えめに振って、
「では、また学校でね。八幡」
最後に、そう言ってくれた。
「あぁ、また学校でな。雪乃」
嬉しくて叫び出しそうな衝動を何とか抑え、別れの挨拶を返すことが出来た。
今日はベッドの上で悶えてしまうことだろう。
多分眠れないので、明日が日曜日で良かった。