八幡と雪乃の恋物語   作:れーるがん

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拗ねのん可愛いよ拗ねのん。



拗ねるな危険!

 俺の休日の過ごし方と言えば決まっている。

 本を読み、ゲームに興じ、日曜朝はプリキュアを見て、時間が余れば勉強。これは大人になっても決して変わらぬものだろう。

 勉強が仕事になる可能性が微粒子レベルで存在しているかもしれないが、俺の志望職種は未だに専業主夫なので本当に微粒子レベルだ。

 そんな休日の過ごし方に一つだけ変化が生じたとすれば、それは休日を過ごす場所。

 いつもなら自宅のソファに寝そべりゆっくりまったりとしていた俺も、ここ最近の休日は毎日の様にとある高級マンションの一室で過ごす様になっていた。別にお引越ししたとかそんなんではない。

 

「紅茶、淹れたわよ」

「ん、サンキュー」

 

 プリキュアもエンディングに差し掛かったところで、キッチンの方から綺麗な声が届いた。

 マキシ丈のロングスカートと暖かそうなセーターを着て、長い黒髪をピンクのシュシュで一つにまとめて垂らしている雪ノ下が紅茶を持ってきてくれた。

 どうして日曜のこんな時間からこいつの家にいるのかとか、そこら辺はまあ、察してください。

 テーブルの上にティーカップを二つ置いた後、ソファに座っている俺の隣へと腰掛ける。互いの距離は10センチも離れていないほど近く、ごく自然に手と手が重なる。

 

「今日はどうする? どっか行くか?」

「そうね......。特に買いたいものがあると言う訳ではないけれど、毎週の様に家に篭っていると言うのもあまり体によろしくないと思うし。どこか出掛けましょうか」

「りょーかい。んじゃ紅茶飲んだら出掛ける準備するか」

 

 紅茶を味わいつつもちょっと急ぎめに、と言う器用な飲み方をして、さっさと準備しますかねと思っていると、重なっていただけだった手が、ギュッと握られた。

 

「まだ、もう少しゆっくりしていましょう?」

 

 そんな幸せそうに微笑みかけられると、首肯するしかなくなる。

 プリキュアの後に時間変更した仮面ライダーを二人で見ながら、ゆっくり紅茶を味わう。

 果たして仮面ライダーなんて見て雪ノ下が楽しんでるのかは分からないが、それでも、その微笑みが絶えていないのを見ていると、少なくとも不満に思ってはいなさそうだ。

 こう言う瞬間は、柄にもなく、とても幸せだと感じる。

 そりゃこんな綺麗な顔がこんな近くにある事に些かの緊張はあれど、それも付き合い始めた時に比べると全然マシになったものだ。挙動不審と手汗で危うく通報されかけたのも良い思い出......、では無いな。苦すぎるだろその思い出は。

 ただ、隣で雪ノ下が笑っている。雪ノ下の淹れた紅茶を飲むことが出来る。そんな、なんでも無い事に、この上ない幸福を感じてしまう。

 

「出掛けるって言ってもどこ行くよ?」

「そうね......。この間行った猫カフェはどうかしら?」

「先週行ったところだっけか?」

「ええ。あそこのアメリカンショートヘアの猫が可愛かったから」

「んじゃそこで決まりだな」

「その帰りに夕飯の買い物もして帰りましょうか」

「どんだけ猫カフェに滞在するつもりだよ......」

 

 取り敢えず行き先は決まったので良しとしよう。先週、件の猫カフェに行った時なんて、結局五時間くらいそこにいたし。猫相手にちょっとだけ嫉妬してたりしなかったり。

 今日は猫だけじゃなく俺の相手もしてくれるかにゃー、と数時間先の未来に想いを馳せていると、ピリリリリ、と着信音が鳴った。

 テーブルの上に置いてある俺の携帯からのようだ。

 

「悪い、電話だわ」

 

 出ても大丈夫か、と言う意図を込めて隣に声を掛けると、頷きが返ってきたので携帯を取る。そこに表示されている名前を見て、思わずウンザリとしてしまった。

 

「もしもし」

『もしもし。おはようございます先輩』

 

 電話の相手は何を隠そう、我らが後輩一色いろはである。休日のこんな時間に果たして何の用があって俺の携帯に掛けてきたのだろうか。もしかして先輩は先輩でも別の先輩と間違えて掛けちゃったとかそんなオチじゃないよね? そうだったらいいなぁ......。

 そんな希望を込めて、俺は電話の向こうに言葉を投げかけた。

 

「人違いです」

『いやいや、先輩の番号に掛けてるんだから、そんなわけ無いじゃないですか』

 

 ダメだったかー。まあ分かってたけどね。こいつが名前をつけずに先輩とだけ呼ぶ時は大体俺だし。

 やだ、俺っていろはすにとって特別な存在⁉︎

 扱き使える扱いやすい先輩と言う意味では特別かもしれない。俺と戸部、後は副会長なんかが特別扱いされている。

 

「何の用だよ、一色」

『それがー、先輩にお願いしたい事がありましてー』

「断る」

『ちょっ、早くないですか⁉︎ でも、先輩今日暇じゃないですかー?』

「暇じゃない暇じゃない。やる事あるから。てかなんでお前が俺の予定を知ってる風なんだよ......」

『えー? だって先輩ですよ?』

「酷い言われようだが否定できん......」

 

 そんな風に一色と会話していると、手を握られる力がちょっと増した気がした。どうしたのかと隣を見るも、雪ノ下の視線はテレビに向けられている。

 向けられているのだが、ちょいちょいチラチラとこちらを見てくるのだ。しかもさっきよりなんか距離近くなってるし。もう殆どゼロ距離ですよお嬢さん?

 

「あー、悪い一色、ちょっと待ってくれ」

『は? はぁ......』

 

 マイクの部分を手で覆って、一応向こうに声が聞こえない様にしてから、なんだか様子のおかしい雪ノ下に話しかける。

 

「なに、お前どうしたの?」

「......別に、何でもないわ」

 

 そうは言うものの、明らかに電話を取る前と取った後では様子が違う。

 まず微笑みは途絶えているし、なんかソッポ向いてるし、若干口尖らせてるし。

 うーん、これはもしかしなくてもあれかな? こいつ、拗ねてるな?

 ......え、なにそれ超可愛いんですけど。

 ヤバイヤバイ。雪ノ下がめっちゃ可愛い。今すぐ撫で回したい。思いっきり抱き締めたい。でもそんな事いきなりしちゃったら恥ずかしいやらなんやらでオーバーヒートしてしまうのでしないけど。

 でもまぁ、そこまでは出来なくとも、少しくらいはご機嫌を取るための行動はしておかないとな。

 

「あー、もしもし、一色?」

『はいはーい、なんですか先輩?』

「悪いが今日はマジで無理だ。なんか仕事あるんなら明日部室に持ってこい」

『えー......。まあそこまで言うなら仕方ないですけど。あ、そうだ先輩』

「ん?」

『昨夜はお楽しみでしたね!』

「はぁ......⁉︎」

『ではでは〜』

 

 プツンッと、無慈悲にも通話は切れてしまった。

 なーんであの後輩は色々と察しちゃってるんですかねぇ......。いや、別に良いんだけどさ。良いんだけど、なんか恥ずかしいから分かってても言わないで貰いたかった。

 そんな諸々の気持ちを溜息で押し流し、携帯をテーブルの上に置く。

 

「随分楽しそうに話していたわね」

 

 数分前よりも冷たい声色だ。明らかに不機嫌になっている、と言うか拗ねている。

 こう言う感情表現は豊かなんだよなぁこいつ。さっきまでみたいによく笑ったり、今みたいに見るからに拗ねてたり。そうやってコロコロ変わる表情がとても可愛らしいのだが。

 それに、こうして拗ねていると言うことは、こいつが俺に対して独占欲を発揮してくれていると言うことで。

 その事が堪らなく嬉しい。

 

「別に楽しそうには話してねぇよ。また仕事の話っぽかったしな」

「その仕事も、結局受けてしまうのでしょう? 相変わらず一色さんには甘いのね」

「そりゃ唯一の後輩だからな。要は妹みたいなもんだ。世話も焼いてやりたくなる。だけどまぁ、なんだ......」

 

 繋いでいる右手を一旦離す。

 その時に、とても不安そうな顔をこちらに向けられたが、すかさず離した右手で彼女の肩を抱き寄せた。

 

「その、ごめんな......」

「......何に対する謝罪なのかハッキリさせなさいな」

「うっ......」

 

 全く仰る通りで。そこを明確にしない謝罪なんて、これっぽっちの価値もない。

 俺は改めて謝るために口を開こうとしたが、言葉を発するよりも前に、物理的に塞がれてしまった。

 雪ノ下の唇で。

 

「......んっ。大丈夫、ちゃんと伝わってたから。だから大丈夫よ」

 

 薄く微笑んで、そう言った。

 その表情に、胸がどうしようもない程の高鳴りを覚えて、半ば衝動的に雪ノ下のことを抱き締めてしまっていた。

 力を込めれば折れてしまうのではと思える程に華奢なその体を、しかし力強く抱き締める。

 恥ずかしいとかそんなもんは気にならない。

 

「きゃっ......!」

「悪い、雪ノ下。暫くこうさせていてくれ......」

「......ええ、構わないわ、甘えん坊さん」

 

 雪ノ下の白く細い腕が俺の背後に回される。右手は背中に、左手は後頭部に当てられ、そのまま俺の頭を撫でるように動かす。

 一時間ほど前まで寝ていたので、眠気がまだ残っていたのか、こうされていると心地良くてそのまま眠ってしまいそうになる。

 

「私の方こそ、ごめんなさい......」

 

 雪ノ下が何に対して謝罪しているのかは、直ぐに分かった。だからこそ、俺は返す言葉もすんなりと出てくる。

 

「いや、いい。元はと言えば俺が悪い事だしな。それに、お前のそう言うの、もっと見せてくれよ。その方が、俺も嬉しい」

「......メンドくさいとか言って捨てないかしら?」

「それはあり得ないな」

 

 抱擁を解いて、互いに視線を合わせてクスリと笑い合う。

 明日死ぬのではと思えるくらいに幸せな時間だ。愛してる相手と心を通わせられて、抱き締めて互いの熱を感じる事ができて、口づけを交わす事だって出来るのだから。

 本当に、俺には過ぎた幸せだ。

 

「肩、借りるわね」

「おう」

 

 こちらの肩に頭を預けて来る雪ノ下。その頭を優しく撫でてやると、気持ちよさそうに目を細める。

 

「やっぱり、今日は家でゆっくりしていましょうか」

「そうだな」

 

 出来ることなら、この幸せがいつまでも続くように、願わずにはいられない。

 

 

 

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