八幡と雪乃の恋物語   作:れーるがん

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ポッキーの日に書いた八雪です


お茶請けにはポッキーを

 高校三年の11月ともなると、寒さすらも気にならない程に勉学へと没頭する。どうやらそれは学年一位をキープし続けている雪ノ下も例外ではないらしく、ここ最近の部室は単なるお勉強部屋と化していた。

 いや、部室だけなら俺も文句は無いのだが、雪ノ下は休日にも関わらず俺を自宅へ呼び出し、勉強をしましょうとにっこり笑顔で言ってくる。

 本来はドキドキワクワクの心躍る恋人の部屋であるはずなのに、俺に勉強を教える雪ノ下はまるで鬼や悪魔のよう。別の意味でドキドキしちゃう。

 そんな訳で、付き合い出して数ヶ月経っていると言うのに、俺と雪ノ下の間には浮ついた話など一つたりとありはしないのだ。

 勿論タイミングの問題もある。付き合い出したのが二学期に入ってからとか、これから忙しくなるぞって時だったし、そもそも世間一般から乖離した俺と雪ノ下でそこら辺のリア充のような普通のお付き合いができるとも思っていない。

 ただ、もうちょい、なんかこう、色々あっても良いんじゃないですか? とは期待しちゃうわけで。

 今日だって部室で二人きり。自身の危うさに気がついていない由比ヶ浜は三浦達と遊びに行っている。

 だと言うのにも関わらず、長机の向かい側に座っている俺の恋人様は今も熱心に問題を解いていた。

 ハラリと落ちる長い髪を耳にかける仕草や、真剣に問題を解いている綺麗な横顔。それら彼女の美しさはまるで浮世離れした一枚の絵画を思わせる。

 しかし、少し考え事をする際にシャーペンで頬をぷにっと押す姿に、年相応の可愛らしさが見て取れる。

 自分の勉強のことなんて忘れて雪ノ下に見惚れていると、彼女はシャーペンを机に置いてんっ、と伸びをした。その動きは彼女が愛してやまない猫のようだ。

 

「少し休憩しましょうか。どうやらあなたの方はあまり進んでいないようだし」

「......まぁ、そうな」

 

 どうやら余りにも不躾に見過ぎたらしい。雪ノ下は俺の視線に感づいていたようで、クスクスと面白そうに笑っている。

 その笑顔は大変可愛らしくてよろしいのですが、こちらとしては気恥ずかしいやら何やらでついソッポを向いてしまう。紛らわすようにして、何かお茶請けとなるものはないかとカバンの中を漁っていると、赤い箱が奥の方に見えた。

 これはラッキーと思いそれを取り出して机の上に置く。

 

「お前も食うか?」

 

 ポットの方へと向かい紅茶の用意をしている雪ノ下に尋ねると、何故か考えるそぶりを見せた。

 ガハマクッキーじゃあるまいし、こいつを食うのに何も考えるべきことなんぞないと思うのだが。それでも雪ノ下は何やら深く考え込んでおり、と思えばいきなり顔を赤くしたりしている。なんかよう知らんが可愛いなオイ。

 特に勿体ぶる必要もないので、一応変なものは取り出している訳ではないと言う弁明の意味も含めて説明すると、俺がカバンから取り出したのはポッキーである。

 単なるポッキー。赤い箱で、30本くらい入ってる袋が二つあって、イチゴ味や抹茶味でもなければ、極細40本とかそんなんでもない。

 本当に一般的なポッキーだ。

 なんか頬を染める要素あります? いや可愛いからいいんだけど。寧ろもっと恥ずかしそうにしててもいいんですよ?

 ポッキーの箱へと向けていた視線をこちらに戻すと、雪ノ下は首を横に振った。

 

「いえ、遠慮しておくわ」

「一応言っとくけど、別に変なもんは入ってないからな」

「そんなこと疑ってないわよ。それとも、事前にそう言うなんて、本当は何か仕込んでいるのかしら?」

「んなわけねぇだろ」

 

 まあ彼女がいらないというのであれば、俺が一人で食うことにしよう。別にお茶請けなんて無くても紅茶は飲めるしな。

 

「どうぞ」

「さんきゅ」

 

 雪ノ下から湯呑みを受け取り、勉強道具を一旦隅に置く。なんなら今日はこのままお勉強会お開きで放課後ティータイムと洒落込みたいのだが、それを許す彼女ではないだろう。

 俺も由比ヶ浜みたいにもっと気楽に構えられたらいいのだが、と考えてやはり思い直す。あれは流石に気楽過ぎるし。どうせ明日の部活で彼女を待ち受けているのは、いつも以上にスパルタな鬼ノ下さんによる教育だ。自業自得ここに極まれりである。

 なんて考えていると、その鬼ノ下さんが椅子を持ってこちらへテクテクと歩いてきた。もうテクテクって歩き方が可愛い。

 なんじゃろなと思うと、俺の座っている椅子にピタリとくっつけ、そこに腰を下ろす。

 あまりにも急な接近に思わずたじろいでしまった。

 

「雪ノ下......?」

「なにかしら」

「なんでそんなに近いの?」

「あら、なにかご不満?」

「いや、別に不満とかじゃねぇけど......」

 

 ほんのりと頬を染めつつも、俺に体重をかけてくる。触れている左肩から、紅茶よりも温かい何かが俺の体を包み込んで行く。

 まぁ、こう言うのも悪くはないですね、うん。

 紅茶は暫く冷まさせるために机に置き、代わりにポッキーの箱を手に取って開封。更にその中に入ってある袋も開き、取り敢えず一本取って口に含んだ。

 ガジガジとポッキーを食べ進めていると、不意に視線を感じた。

 ぼっちは視線に敏感である。今まで俺が向けられた視線の種類は数知れず。以前は嫌悪的なものばかりだったが、最近では嫉妬や好奇心から来るものも。一番キツイのはなんか生暖かいやつ。

 しかし、今向けられているそれはそのどれとも違う。ともすればどこか熱を含んでいるようにも感じるものだ。

 今この状況、二人きりの部室で俺に視線を向けるやつなんて、勿論雪ノ下しかいない。

 

「......なんだよ」

「......いえ、別に」

 

 気になってそちらに振り向けば、やはり雪ノ下は俺を見つめていた。体勢のせいか、自然と上目遣いになる上に顔と顔の距離も近いので、なんだか恥ずかしくて頬に熱が集まる。

 俺に質問を投げかけられた雪ノ下は直ぐに顔を逸らしてしまったが、それでもこちらをチラチラと見ていた。

 いや、よく観察してみると見ているのは俺だけではないご様子。

 俺を見て、机の上のポッキーを見て、また俺を見て、それからまたポッキーを見る。それの繰り返し。

 なに、やっぱりポッキー欲しかったの?

 

「欲しいのか?」

「いらないわ」

 

 手元にある食べかけのポッキーを雪ノ下の目の前でヒラヒラとさせてみるも、返ってきたのは否定の言葉。

 しかし何が気になるのか、雪ノ下は尚も俺とポッキーを交互にチラ見する。

 俺がポッキーを食べる姿が気にくわないとかそんなんじゃないだろうし。一度断った手前受け取りにくいとかだろうか。もしくは食い意地を張ってると思われるのが嫌だとか。

 別に気にしなくてもいいとは思うが。寧ろ、食い意地を張る雪ノ下と言うのもギャップがあって大変可愛らしいかと思います。てか俺今日だけで何回雪ノ下に可愛いって言ってんだよ。(言ってない)

 

「欲しいんなら素直にそう言えよ。別になんとも思わないからさ」

 

 あまりにもチラチラ見てくるので、耐え切れずにそう言ってみる。

 実際、今更そんなことでとやかく言うような仲でも無いだろう。

 

「そうではないのだけれど......。いえ、やはり一本頂いてもいいかしら」

 

 一瞬だけ雪ノ下は逡巡して、結果俺にポッキーを求めた。うん、素直な女の子は八幡好きだぞ。うわ......、好きとか恥ずかしい......。

 

「ほれ」

「ありがとう」

 

 そんな俺の純情な感情なんぞ三分の一も伝わってる様子はないようで、雪ノ下は偉く澄ました顔で礼を言った。

 ポッキーを受け取った雪ノ下は、何故かそれを食べることもなくしげしげと観察している。

 いや、別に普通のポッキーですよ? 本当に変なものは入って無いですよ?

 やがて彼女は意を決したようにうん、と一つ頷くと、何故か俺にポッキーを突き出す。

 

「咥えなさい」

 

 ............?

 

「はい?」

「だから、これを咥えなさい。あぁ、食べてはダメよ。口に咥えるだけ」

「いや、俺まだ食いかけのポッキーあるんだけど」

「いいから」

 

 有無を言わさぬ謎の圧力に屈して、結局突き出されたポッキーを口に挟む。言われた通りそれを咀嚼することなく、取り敢えず次の指示を待つ。

 雪ノ下はそんな俺の顔を見て、深呼吸を一つした。

 一体何が始まると言うのか。八幡ドキドキ。

 

「そのままこちらを向いていて。顔は動かさないように」

 

 声は出せないので首肯を返す。

 マジで何をされるのか不思議に思っていると、あろうことか、雪ノ下は俺の咥えてるポッキーを反対側から食べ始めた。

 

「っ⁉︎」

 

 驚いて咄嗟に口を離そうとしたが、その気配を察知した雪ノ下の両手が俺の頬に添えられる。

 決して強い力では無いが、それだけで抵抗する力が失われた。

 少しずつ、とても小さく食べ進める雪ノ下。

 触れてしまいそうな距離にその綺麗な顔があり、彼女の目はパッチリと開かれて俺を見つめている。

 そんな状況でこちらが目を閉じられる訳もなく、それどころかそんな彼女に見惚れてしまっていて、目を閉じるなんて選択肢は元から無かった。

 互いを繋ぐ茶色い橋が残り僅かとなった所で、彼女は瞼を閉じる。

 それにつられるように俺も目を閉じた数秒後、とても柔らかい感触が口先に訪れた。

 刹那の間だけの、とても短い、不器用なキス。

 当たり前だ。だって、俺も、恐らくは雪ノ下も、今まで生きてきた中でキスなんてしたことがないのだから。

 記念すべきファーストキスはよく分からないままに終わり、しかし壮絶な甘さを残した。

 彼女の両手が俺の頬から離れ、顔も遠ざかっていく。

 改めて見た雪ノ下の顔は、これでもかと言うくらいに紅潮していた。頬だけでなく、顔全体が。勿論俺も真っ赤になってるだろう。

 そんな有様だと言うのに、雪ノ下はもう一本ポッキーを抜き取って、こちらに差し出してきた。

 どこか振り切れたように俺の目を見つめ、薄い微笑みを携えて問い掛けてくる。

 

「もう一本、どうかしら?」

 

 今日の日付と雪ノ下の行動の意味に気がついたのは、互いに口の周りをドロドロにさせた後のことだった。

 

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