八幡と雪乃の恋物語   作:れーるがん

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愛を込めて

 ここ最近にしては暖かい気候の中。

 窓から差し込む日差しを受けながら、リノリウムの床を歩く。

 生徒たちの喧騒を背に特別棟へと入ると、廊下の向こうから、見慣れた腐った目の男が歩いて来た。男の手には赤い薔薇の花束がある。

 彼が持つには似つかわしくないもので、そもそもそんなものを持っている事自体が珍しいので、ついすれ違いざまに声をかけてしまった。

 

「あら、誰かに愛の告白でもするの?」

 

 イタズラ混じりに少し笑いながら問いかける。

 薔薇の花言葉は「愛」 その中でも赤い薔薇は特にそれについて謳ったものだ。

 愛だなんて言葉、彼には本当に似合わない。そもそも、誰かに対して愛している、だなんて素直に言うような人でもないでしょう。

 私の言葉を聞いた彼は、何処か恥ずかしげにぽりぽりと頬を掻いていた。

 

「まあ、そんなとこ....」

 

 返ってきたのはまさかの肯定。

 思わず耳を疑ってしまった。

 誰に、と言う疑問は出てこなかった。

 私の脳内に浮かぶのは、あのお団子頭の少女。私の親友で、私の、恋敵。

 花束を渡すなんて、らしくない事も、彼女のためなら躊躇いもなく行える。いつもは捻くれているけれど、大切なことはどこまでも真っ直ぐで、愚直とも取られるほどの彼。

 そんな彼なら、あの子のためにここまでするのも頷ける。

 

「......そう。精々頑張りなさい。骨くらいなら拾ってあげる」

 

 声に動揺が出ていなかっただろうか。いつも通り振舞えているだろうか。

 自他共に認める負けず嫌いな私ではあるけれど、この負けは仕方のないことかもしれない。

 彼女は私よりもずっと魅力的な女性だもの。

 いつかは終わる恋心だとは思っていたけれど、まさか今日、こうも唐突に終わってしまうなんて。

 それでも、悔しい気持ちがないわけではない。彼には、私に振り向いて欲しかった。私だけを見て欲しかった。

 そんな醜い欲望が、顔を覗かせる。

 せめて、せめてもう少し素直に自分の気持ちを伝える事が出来ていたら、何か変わっていただろうか。

 でも、そう思っても全ては後の祭り。

 これ以上この場にいたら、いつものように振舞えなくなる。泣き出してしまうかもしれない。

 そんな姿は見せるわけにはいかない。見せてしまったら、彼の決意を揺るがすかもしれない。

 私のこの想いはここで潔く終わらせるべきだ。彼と彼女が結ばれる事を、素直に祝福出来る私でいたいから。

 だから、早くこの場から離れなければ。

 

「......お前、なんで泣いてるんだよ」

「ぇ?」

 

 言われて、目元に手を当てる。

 確かに彼の言う通り、私の目からは熱を持った液体が流れていた。

 それを止めようと何度も制服の裾で拭うが、一向に止まってくれる気配を見せてくれない。

 ハッとなって見上げると、彼は困惑と驚きが綯い交ぜになったような表情で、けれどどこか気遣わしげにこちらを見ている。

 なんとか誤魔化さないと。

 

「こ、これは、あれよ。あなたがこれから無様に振られる姿を考えたら、可笑しくて涙が出ただけよ」

「それは流石に無理があるだろ......」

「いいから、さっさと行きなさい。それともあなたは女の子が泣いている姿を見て興奮するような変態なのかしら? まあ、あなたがここを動かないのなら私が去ればいい話なのだけれど」

 

 嗚咽を噛み殺しながら、彼の横を通り抜けようとして、出来なかった。

 

「これは、なんのつもりかしら?」

 

 薔薇の花束が差し出されている。

 勿論、この場には私と彼しかいない。

 

「さっき言っただろうが。愛の告白をしに行くって」

 

 彼は、何を言っているの?

 だって、その花束は彼女に送るものの筈で、私は、たった今失恋したばかりで

 

「お前、なんか勘違いしてるだろ」

 

 勘違いも何も、だってあなたは

 

「はぁ......。いいか、一度しか言わないからな」

 

 どこか呆れたような溜息。

 待って頂戴、状況が上手く飲み込めないのだけれど

 

「雪ノ下雪乃さん」

「......はい」

 

 聞き慣れた声で、聞き慣れない話し方で、私の名を呼ぶ。

 不器用でぎこちない、けれど、とても優しい笑みが、廊下の窓から差し込む日差しに彩られる。

 

「あなたを愛しています」

 

 胸の奥から何かが込み上げてきた。

 それは流れる涙の意味を変えてくれる。

 差し出された薔薇の花束も受け取らず、最早衝動に身を任せて。

 

「わた、しも......、あなたを、愛してます......」

 

 抱きついた彼の胸の中で、私は静かに嗚咽を漏らした。

 

 

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