チラリと時計を見ると、気がつけば全ての針が頂点で重なろうとしていた。
例年通り一人暮らしの家でガキ使を見て笑い転げてたわけだが、もうそんな時間になっていたのか。昔はその瞬間にジャンプして「俺空で年越しを迎えたんだぜ!」とかしょーもないことをやっていたが(一人で)、大学生にもなればそんなこともなく。
折角だし2017年が終わる瞬間をこの目で見てやろうと時計と睨めっこ。
あと数秒でその瞬間がやってくると言うその時に。
「......誰だよこんな時間に」
携帯が着信を知らせた。
ウンザリしながらも画面を見ると、そこに表示されている名前は意外な人物。向こうから俺に掛けてくるなんて片手で数えて足りるのではないだろうか。
そんな相手だからこそ、もしや何かあったのではと少し心配になり電話を取る。
「もしもし」
『こんばんは。今少しいいかしら?』
電話越しでもその透き通るような美しい声色は健在なようで。電話の相手、雪ノ下雪乃は言葉とは裏腹に有無を言わせぬ口調をしていた。
「別に大丈夫だけど。なに、なんかあったのか?」
『いえ、特に何かあったと言うわけでは無いのだけれど......』
「じゃあなんで電話して来たんだよ。ちょっと心配しちゃっただろ」
『心配?』
「お前から掛けてくるとか、なんか面倒ごとでもあったのかと」
元来特に用も無いのに会話をするようなやつでも関係でもない。そりゃ会ったら他愛のない話の一つや二つはするけども。
果たして雪ノ下の要件はなんじゃらほい、と耳を傾けていたのだが、聞こえて来たのはなんとも要領を得ない言葉だった。
『本当に大した用事は無かったのよ。その、なんと言うか......』
「お前が言い渋るなんて珍しいな。マジでなんかあったんじゃないだろうな?」
『......よくよく考えると、大した用事ではない、と言うことも無いわね』
「ん?」
『今からあなたの家にお邪魔しても構わないかしら?』
「は?」
家のチャイムが鳴ったのはその瞬間だった。
おい、こいつマジか。
電話を切って盛大にため息を一つ吐いてから、玄関へ向かう。全く、今何時だと思ってるんだか。
玄関の扉を開くと、そこにいたのは高校を卒業して時間を重ねるごとにその美しさを増している元同級生が笑顔で立っていた。
「こんばんは比企谷くん。それと、あけましておめでとう」
「......あけましておめでとう」
そう言えば年明けたんだった、なんてどうでも良い事が頭を過る。
その笑顔に見惚れていたなんて、悟られるわけにはいかない。
「何しに来たのお前......」
「取り敢えず上げてもらっていいかしら?」
「あぁ、うん、いいけどさ......」
俺の質問に答える気はゼロなのね......。まあそれも今に始まった事ではないからいいんだけどさ。
雪ノ下は俺の家に上がると、先ずは台所で何やらゴソゴソとしだした。そしてこちらを振り返ったと思うと、その手に持っているのはさっき食べたどん兵衛のゴミ。
ちょっとバツが悪くて目を逸らしてしまう。
「あなた、相変わらずこんな食生活をしているのね」
「男子大学生の一人暮らしなんてそんなもんだろ」
「呆れた、小町さんからは何も言われないの?」
「甘いな雪ノ下、小町は俺が一人暮らしするってなった時親父と同じくらい喜んでたんだ。その小町が俺の食生活の心配なんてするかよ」
「その、悪いことを聞いたわね......?」
「疑問形になるくらい謝らんでいい。で、お前何してんの?」
「台所借りるわね。お蕎麦を持って来たから」
鍋に水を入れて手際よく年越しそばを作る準備をしだす。ところで年越しそばって年越してから食べるもんなの? 普通年越す前じゃ無い?
「いや、どん兵衛食ったから良いんだけど......」
「黙って待ってなさい」
「はい......」
おかしいなー、ここ俺の家なんだけどなー、なんで家主より客の方が発言権上なの?
暫くテレビを観ながらぬぼーっと待っていると、雪ノ下がお盆に皿を二つ乗っけて来た。
勿論お皿の中には年越しそばが。海老の天ぷらと油揚げも入ってる。
「おぉ、めっちゃ美味そう......」
「普通のお蕎麦を普通に湯がいただけよ。ほら、頂きましょう」
「そうだな。んじゃ、頂きます」
「頂きます」
二人揃って手を合わせてから蕎麦を口に運ぶ。
美味い。
これを普通の蕎麦だなんて認めないぞ。神様仏様が認めたとしても八幡は認めない。え、て言うかこれマジで何入ってんの? めっちゃ美味いんだけど。
半ば夢中で蕎麦を口に運んでいると、向かいから視線を感じた。
「ふふっ、そんな美味しそうに食べてくれると作った甲斐があるわね」
「......っ。見てんじゃねぇよ」
「あら、これはごめんなさい」
薄く微笑みを浮かべる雪ノ下。俺の食べてる姿なんて見て何が面白いんだか。
「んで? お前マジで何しに来たの?」
「あら、折角美少女と共に新年を迎えられたと言うのに、何か文句があるのかしら?」
「文句はない。だから、なんか用があったんじゃねぇのかって聞いてんの」
「......そうね。強いて言うなら、年が明けてあなたに一番に会いたかった、とかではダメかしら?」
「......」
こいつは本当に......。どうしてそう、俺の心を揺らすような事をなんの躊躇いもなく言ってくるのか。最近の雪ノ下は段々陽乃さんと同じ性能を搭載してて恐ろしい事この上ない。
「はぁ......。別にダメじゃねぇよ」
「あらそう? それは良かったわ」
雪ノ下は尚もその端正な顔で笑みを作っている。その笑顔を向けられているだけだと言うのに、頬が熱を持ってしまう。
「ところで比企谷くん」
「ん?」
「あなた、今年の目標とかは無いの?」
「随分と藪から棒だな」
「いつもやる気皆無な比企谷くんと言えど、新年が始まってすぐくらいは何かしら目標を掲げているのかな、と」
「おい、お前の言い方じゃ俺が三日坊主する前提じゃねぇか」
「それで? 何かあるのかしら?」
話聞けよ。
しかし、今年の目標ねぇ......。
「まあ、あるにはあるけど......」
「それは気になるわね。是非聞かせていただけるかしら?」
本当ならこいつに言う義理なんて無いのだが、その余裕そうな笑みを崩す意味も含めて教えてやっても良いだろう。
覚悟しとけよオイ。今にその笑顔を驚きに染めてやるからな。
「そうだな。好きなやつに気持ちを伝える、とかか」
「えっ......?」
こうかはばつぐんのようだ。
俺の言葉が雪ノ下の耳に届いたであろう瞬間、彼女は目を見開いて、先程までの可愛らしい笑顔は引っ込んでしまった。驚愕と言う感情をこれでもかと言うくらい表現してる。
見ていて面白くはあるけれど、さっきの笑顔の方がまだ見ていたかったかなぁ、なんて少し後悔。
「あなた、好きな人なんていたの......?」
恐る恐ると言った風にこちらに問いかけてくる。俯いてしまってその表情は見えないが、明るいものではないだろうことは容易に想像出来る。
まあ、これもいきなり電話かけて来たり家に凸って来た罰だと思って貰おう。
「おう、いるぞ。高校の時からずっと好きなやつがな。こりゃまた偉く美人でその上鈍感なやつがな」
「そう、だったのね......」
「雪ノ下......?」
「いえ、なんでも無いわ。あなたなら、その目標も直ぐに達成出来るんじゃないかしら?」
「さて、それはどうだか」
なにせ、本当に相手が鈍感だからな。俺なりに好意を示して来たつもりなんだが、カケラも伝わってる気がしない。
何より、こんな面倒な性格してる男が突然やって来た女を追い返しもせず家にあげる時点で、気づいて欲しいもんなんだが。
「いえ、きっと直ぐにでも。だって、由比ヶ浜さんも......」
「は? 由比ヶ浜? なんであいつが出てくんの?」
「え? だってあなた、高校の時からと......」
おっと? これは話が噛み合っていないな?
顔を上げた雪ノ下は本当に訳がわからないと言った風で。
そもそも本当になんで由比ヶ浜の名前が出ちゃうんだよ。いや、まあ彼女の名前が出るのは納得っちゃ納得だが......。
「はぁ......。違うよ」
「え?」
「だから、由比ヶ浜じゃない」
全く、新年一発目からどうしてこんな目に合わなければならないのか。けれど、俺の想い人の面倒な勘違いを正すには、こうする意外に方法はないわけで。
「俺の好きなやつは、新年一発目から人の家に来るような図々しいやつで、でも美味い蕎麦を振舞ってくれるような優しいやつだ」
「それって......」
「本当、今年中に達成できたら良いんだけどな、この目標」
ハッ、と無理矢理口元を歪めてみせる。そうでもしなければ、今直ぐ叫びながらこの場から逃げてしまいそうになる。
なんで俺はこんな事を口走ってるんだか。それもこれも、目の前で顔を真っ赤にしているお嬢様が悪いんだけど。
そのお嬢様はと言うと、顔を赤く染めたままで、けれどこちらを見ながら、少し前までと同じ柔らかい笑みを携えて。
「それでも、よ。その目標、今年中に達成出来るわ。えぇ、あなたなら、きっと」
「......そうか」
「そうよ」
聡明な彼女が言うならその通りなのだろう。
はてさて、一体いつ達成出来ることになるやら。まあ、思いの外早く達成出来る気がするが、そこは俺が頑張るとしよう。
「そういやお前どうやって帰んの?」
「泊まらせてもらうけれど?」
この後一波乱あったのは、また別の話って事で。