八幡と雪乃の恋物語   作:れーるがん

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鬼たちだって福が欲しい

 お皿洗いを終えて台所からリビングへ戻ると、ソファの上にうつ伏せで倒れ伏した旦那の姿を発見した。どうやら、夕飯前の一騒ぎでかなり疲れているようだ。つい先程までリビングの掃除を命じていたから、それも疲労に拍車をかけているのかもしれない。

 もう就寝した子供達の前ではそんな姿を見せないのも、彼らしくてつい笑みが漏れる。

 

「お疲れ様、あなた」

 

 同じソファに座って頭を膝の上に乗せる。

 ん、と返事にもなっていないような声を返し、寝返りをうって仰向けになった。

 露わになった彼の目は、なんだかいつも以上に腐って見える。

 

「あいつら、情け容赦なく俺に落花生当てて来やがったな......」

「愛されている証拠じゃない」

「お父さん的には反抗期が来たのかと勘違いしちゃうんだよ」

 

 今日は節分。豆撒きをして、恵方巻きを食べて願い事をする日。

 我が家でもその例に漏れず、毎年の恒例として豆撒きをした後恵方巻きを食べているのだが、今年は娘がどこからか落花生を調達してきた。

 曰く、千葉県民たるものここで落花生を使わないでいつ使うのか、らしい。旦那の千葉愛が着実に受け継がれているのを痛感してしまった。

 因みに落花生は美味しく頂いたわ。子供達に歳の数だけ食べさせて、私達はほんのつまむ程度だったけれど。流石にこんな所で自分の歳を再確認して落ち込むなんて真似はしたくなかったし。なにより40個近くも食べられない。

 

「姉弟揃って俺を狙い撃ちにしやがって......。我が家には俺よりも鬼に相応しい人材がいるってのに」

「あら、それは誰のことかしら?」

「それそれ、その笑顔が鬼っぽくて怖いって言ってんの」

 

 少し笑顔で凄んだら、うんざりしたような顔でそう返される。まあ、私も分かっていてわざとやった節はあるのだし、当たり前の反応なのだけれど。

 鬼役は私と彼で引き受けたのだけれど、子供達は私に向かって投げるような真似はしなかった。その代わりに彼がこんなボロ雑巾のようになってしまったわけだが。

 数刻前の地獄のような光景を思い出していると、彼がそう言えば、と思い出したかのように切り出す。

 

「お前、恵方巻き食べた時なんかお願い事した?」

「あなたはしたの?」

 

 随分と藪から棒な質問に、思わず質問で返してしまう。私自身、そんな大層な願い事なんてしていないのだし。

 

「んー、お前が教えてくれたら教えてやるよ」

「家内安全。以上よ。で、あなたは?」

「思ったよりシンプルだったな......」

 

 一体何を想像していたと言うのかしら。

 私達ももうそれなりの歳なのだし、あまり欲深くなることもないでしょう。願う事なんて、家族の幸せだけで十分よ。

 

「まず娘が嫁に行かないことだろ?」

「待ちなさい」

「待たん。他には息子の目が腐らないことと、娘の高校受験合格、後はまあ、お前に捨てられないように、くらいか」

「全く、あなたは......」

 

 内容は兎も角として、概ね私と願う事は変わらない。どうか、私達一家に幸せを。そんな感じの一言で纏められるものだ。

 

「今更捨てるわけないでしょう。毒を食わらば、よ」

「俺は毒だったのか」

「ええ、猛毒よ」

 

 ボサボサになった彼の髪をかきあげて笑いかけると、ちょっと擽ったそうに顔を逸らそうとする。そろそろ40の数字が見えてきていると言うのに、そんな姿が未だに可愛らしい。

 幸せと言う甘美な毒。それはもう私の奥深くへと侵食してしまって、解毒なんて出来るはずもなく。

 そんな私が、彼を捨てるなんてあり得るはずがない。子供達が生まれる前は、寧ろ私の方が捨てられるのではと、戦々恐々としていた程だ。

 

「つか、お前本当は何願ったんだよ」

 

 照れているのか、話を逸らされた。別にいいけれど。

 

「言った通りよ。家内安全。それ以上でもそれ以下でもないわ」

「ざっくりとしててよく分からんから聞いてんでしょうが。具体的には?」

「子供達が幸せになりますように、かしら」

「家内という単語の中に俺は含まれていないのか」

「今日のあなたは鬼なのだから、当然よ」

「えぇ......」

「ところで鬼谷くん」

「なんだ鬼ノ下」

 

 膝上の彼に小さくキスを落とす。赤くなった頬を見ると、混乱と照れが彼を支配しているのが如実に分かる。いい加減、これくらいはいい加減慣れて欲しいのだけれど。

 

「鬼だって福を願っても構わないと思うのだけれど、どうかしら?」

「......まあ、そうな」

 

 眼下の赤鬼さんはプイとそっぽを向いてしまった。

 今以上の幸福を願うなんて、贅沢過ぎると誰かに咎められそうなものだけれど。でも、福を呼び寄せるこの日くらい、願ってもバチは当たらないでしょう。

 

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