八幡と雪乃の恋物語   作:れーるがん

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にゃんにゃんにゃん

 トリック・オア・トリート、とは、別にリア充どもがイチャイチャするための魔法の言葉などではない。

 小さな子供が大人から御菓子を貰うための口上である。

 いや、本来はその時点で俺的には異を唱えたいのだ。バレンタイン同様、お菓子会社の策略が見え隠れしているハロウィン。しかし、それを声を大にして言った所で無意味なのは知っている。

 言いたいことも言えないこんな世の中だから仕方がない。

 それは最早日本という国の一種の特性のようなものなのだから。

 ハロウィンに限らず、バレンタインやクリスマスがその最たる例だろう。

 何か行事があるごとに、パーティーやらなんやらと騒ぎ出すリア充ども。まあ構わん。それで俺に害を及ぼさないと言うのなら存分にやりたまえ。俺とて、クリスマスにパーティーをやらされ、バレンタインにイベントを企画させられた身だ。今更ハロウィン程度見逃してやろうではないか。

 しかし。しかし、である。

 そんなハロウィンの日に、見慣れた部室で、見慣れた制服姿の恋人が、猫耳と尻尾をつけていた時、果たして俺はどのような反応をすればいいのだろうか?

 

 

 

 

「ト、トリックオアトリート、だ、にゃ......」

 

 放課後の奉仕部の部室を開くと、そこには猫がいた。

 全身真っ赤なのではないかと疑ってしまう程に紅潮した顔。しかしその目はそんな顔の色と言葉とは裏腹にこちらをキッと睨み付けている。

 その目を見て、こいつが誰なのかを漸く思い出した。

 そもそも、18年生きて来た中でこんなデカくて、二足歩行で歩いて、羞恥に震える猫なんて見た事も聞いた事もない。あるとしたら化け猫とか猫又とかそんなんだ。

 さて、目の前のこの生物の正体が判明した訳なのだが、俺は一体どのような反応をすれば良いのだろう。

 冷静に何事かと突っ込むか、トリックオアトリートと言うその質問にトリックで返すか、何も言わず無言で愛でるか。

 この三択だ。俺にしては珍しく選択肢が多い。

 いや、悩むまでも無いだろう。

 まずは無言を貫き視覚で愛でつつ、その後トリックを選んで、それから何事かと突っ込めばいい。

 そうと決まれば善は急げ。

 部室の扉を後ろ手で閉め、目の前に立っている猫の隣をすり抜けてからいつもの席へと座った。

 俺にスルーされたのが予想外だったのか、その猫は固まったまま動かない。

 ふむ、今が好機と見たり。

 この間に目の前の飛び切り可愛くて美人な猫を詳細に描写しようではないか。

 まず目に飛び込んで来るのは、頭の上に屹立した二つの黒い三角。黒というのが素晴らしい。彼女の白磁のような肌と見事にマッチングし、その耳だけでも既にこの上ない美しさを醸し出している。

 そして次に、スカートの中から伸びた尾。こちらも色は黒だ。一体どのようにしてそれを垂らしているのか。そのことだけで妄想を掻き立てられる。

 更に本来の色から懸け離れてしまっている肌。彼女の肌はその名の通り雪のような白さを誇り、太腿なんて見ただけで明らかに弾力があると分かるほどの艶やかさを持っている。その肌が、今は羞恥からか真っ赤に染まっていた。普段の彼女も頬を薄く染めることはあったが、ここまで赤くなってるのは初めてみる。熱でもあるんじゃないかと心配になるほどだ。

 最後に、いつものように強い光を携えた綺麗な瞳。澄んだ空を思わせるその瞳は、ドロっと腐った俺のものとは正反対で。その光は羞恥に震える今もなお変わらない。若干キツい印象を与える目尻は、彼女が血統書付きの猫なのかと思わせる。

 さて、多くの言葉でこの猫の魅力を語った訳だが、まだまだ伝え切れない。俺程度の語彙力ではこれが限界だ。それがもどかしく、歯痒い。

 しかし、それで良いと思っている俺もいる。そもそもこの美しさと可愛さは言葉で表す事すらが不遜に思えるほどなのだ。俺程度が言葉を尽くしたら、逆にその価値を貶めてしまうのではと不安になってしまう。

 同時に、この猫の魅力を自分だけのものにしたいと言う独占欲も湧いている。

 そんなどうしようもない心境で引き続き愛でていると、どうやら黒猫さんは再起動を果たしたらしく、まるで錆びた機械のようにぎこちない動きでこちらに振り返った。

 

「な、何か言ってもらわないと困るのだけれど、にゃぁ......」

 

 取って付けたような語尾が可愛過ぎて今心の中で300回くらい萌え死んだ。

 俺からなんの反応もない事が不安になったのか、先程まで携えていた瞳の光は消え失せ、忙しなくあちこちに泳いでいる。ともすれば泣きそうなまである。

 泣き顔も見てみたいとか思ってもみたが、流石に自重。ここの俺は断じてドSでは無いし、ここのこいつも泣かされて喜ぶドMではない。

 って、なんの話してんだ俺?

 何はともあれ、折角我が愛しの恋人様がこんなことをしてくれているのだから、そろそろ何かしら反応を返してやろう。

 

「雪ノ下」

「な、何かしら、にゃぁ......」

「取り敢えずトリックで。いや、寧ろ俺がトリックする」

「え、ちょっと、比企谷くん......⁉︎」

 

 一度立ち上がって雪ノ下の手を取り、また自分の席へと戻って、雪ノ下を俺の膝の上へと座らせた。

 余りに突然で鮮やかなその手並に、雪ノ下は驚いて語尾をつけるのも忘れている。

 

「あ、あなた、一体何を......」

「別に変なことは何もしねぇよ」

 

 首から上だけ振り向いてこちらに抗議の視線を向けてくるが、俺の膝に座っていることで自然と上目遣いになるので、残念ながらその行動は俺を萌え殺すことしかできない。

 今も500人くらいの俺が萌え死んだ。

 吐血しそうになるのをなんとか死ぬ気で押さえ込み、雪ノ下の顎の下をこしょこしょと優しく撫でる。

 

「あっ、ふにゃぁ......」

 

 ......えっと、その声はわざと出してるわけじゃ無いですよね?

 気持ちよさそうに目を細め、甘い声を上げる雪ノ下。どうやら仮装がどうとか関係なく猫になってしまっている様子で。

 そんな声を聞いたら変な事したくなっちゃうでしょうが。

 暫くそうして俺に身を預けていたが、突然ハッとなって正気に戻り、抗議の声を上げた。

 

「な、なにをしているのかしらあなたは。早くこの手を止めないと通報するわよ?」

「語尾、忘れてるぞ」

「あ、あれは別に好きで付けていたわけでは......」

「いいじゃん。可愛かったからもっとやってくれよ、猫の真似」

「か、かわ......。そう。あなたがそう言うのなら......」

 

 コホン、と咳払いを一つ。

 その間も俺は顎を撫でる手を止めない。

 そうして開かれた雪ノ下の小さな口。

 そこから、とてもか細い、少し上擦ったような鳴き声が漏れる。

 

「に、にゃぁ......」

 

 衝撃が走った。

 頬を赤らめ恥じらいつつも、俺を喜ばそうとその羞恥心を押し殺して猫になる雪ノ下。

 また心の中で700人くらいの俺が萌え死んだ。

 何か、新たな性癖の扉を開いてしまった様な気がする。

 最早一心不乱とでも呼ぶべき有様で雪ノ下の顎を撫でていると、その手に頬ずりをしてきた。それが余りに突然だったので、少し驚いて手を離してしまうと、追撃するように、指の先にザラッとした感触。

 雪ノ下が、俺の指先を舐めていた。

 ......こいつマジで猫になってやがる。

 

「ちょ、待て雪ノ下っ......!」

「にゃぁにゃぁ」

 

 攻守逆転。数秒前まで俺が雪ノ下のことを良いように弄んでいたのに、気がつけばこの猫のんに責められている。

 猫のんは指だけに飽き足らず、クルリと体全体で振り返る。所謂対面なんちゃらの姿勢。

 そのまま俺の首を舐めてきやがった。

 

「ゆ、きの、しっ......!」

「にゃぁ」

 

 どうやらこいつは俺が何を言っても猫で通すらしい。ここまで見事に開き直ってしまうとは。

 雪ノ下の舌は俺の首筋を這っていき、徐々に上へと移動していく。

 

「くっ......、このっ!」

「にゃん」

「ひっ......!」

 

 全身に電流が迸ったかのように感じた。

 今まで感じたことのないような擽ったさ。

 一体何事なのかと状況を把握してみると、雪ノ下は俺の耳朶を甘く噛んでいた。

 かつて陽乃さんから逃れるように、耳が弱いんです、とホラを吹いた事があったが、まさか本当に耳が弱いとは......。自分の事なのに超びっくり。

 そして俺の反応に気を良くした猫のんは、ニヤリと嫌な笑みを浮かべる。

 

「ま、待て雪ノ下。お前一体何を考え」

「にゃー」

「っ......!」

 

 なんとか声を出すのは我慢できた。俺の喘ぎ声とかマジで誰得だよって感じだし。

 しかし、雪ノ下の攻めの手は緩まない。耳朶を甘く噛んだと思いきや、今度は耳の中に舌を侵入させ、耳の裏を卑猥に舐める。それだけならなんとか大丈夫だったのかもしれないが、雪ノ下の綺麗な声が耳元でにゃーと鳴いているのだ。

 その事が俺の興奮を加速させる。

 マズイマズイ。このままだと本当に最後までヤりかねない。ここは学校で、しかも部室で、こんな所で、とかそれどこの薄い本だよってツッコミが各所から殺到しかねない。

 なんとか反撃してこいつの攻めを辞めさせなければ。て言うかここまで来たら攻めと言うか責めだよね。

 

「くそッ......! 良い加減に......!」

「ひゃああッ......!」

 

 目の前にある、綺麗な白い首筋に思いっきり齧り付いたら、より一層甘い声が部室に響いた。

 その声に若干驚きながらも、俺は尚も強く雪ノ下の首筋に吸い付く。

 

「ひっ......ああっ......ひきがや、くんっ......!」

 

 猫の真似をする余裕はもう無いのか、嬌声を上げながらも、しかし抵抗の素ぶりは見せない。

 口を離すと、そこには赤い痕がくっきりと残っていた。元の肌の色が白いので、それはとてもよく目立つ。

 今の俺の責めで雪ノ下は力が抜けてしまったのか、こちらに全体重を預けてグデっとしている。

 そんな彼女の顎にもう一度触れ、少しクイっと上げてから、軽く口づけを交わした。

 

「ひきがやくん......、とりっく、おあ、とりーと?」

 

 トロンとした蕩けた目と、呂律の回っていない口調で、もう一度そう聞かれた。

 勿論、俺の返す言葉なんて決まっている。

 

「トリックで」

 

 

 

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