八幡と雪乃の恋物語   作:れーるがん

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ゆきのんからかい上手なのん!


からかい上手の雪乃さん

 午前の授業が全て終わり、昼休み開始のチャイムが鳴る。高校三年生故か、教室の中には先の授業の復習をしている生徒もチラホラ見かけるが、しかし大半は昼休みの開放感からかバカのように騒いでいる。特に戸部。メッチャうるさい。お前そのバンダナうさ耳とかに変えるぞ。誰得だよ。

 その喧騒がなんだか嫌で、さっさと購買へ向かおうと教室を出る。

 その道中、廊下の向こうから、もう随分と見慣れてしまった歩き姿を発見した。

 迷いのない真っ直ぐな足取りに、ピンと伸びた背筋。艶のある黒髪を靡かせて歩く雪ノ下雪乃は、そのまま俺を無視してすれ違うのかと思いきや、ピタリと足を止めてこちらに向かってくる。なんで?

 

「比企谷くん、そこで止まりなさい」

「は?」

「いいから動かないで」

「え、ちょっ......!」

 

 ふわりと、サボンの香りが舞った。

 そのまま俺の方へと向かう足を止めなかった雪ノ下は、俺との距離を殆どゼロに近いところまで接近して来たのだ。

 ちょいちょいちょい、え、なに? マジでどうしたのこの子? 髪の毛からめっちゃいい匂いするし横顔が凄い綺麗だしなんか肩に手を乗せて来たし! 動かないでとか言われるまでもなく動けるわけがないだろこんなの!

 

「ちょっ、雪ノ下ッ......⁉︎」

 

 学校のアイドルどころか女神として崇められてる彼女の突然の奇行に、廊下にいた生徒達が湧く。

 あちらこちらからキャーキャーと言う黄色い声が上がりながらも、俺に向けられる嫉妬の視線。

 雪ノ下の髪の毛から香るサボンの心地いい匂いと、野次馬からの声や視線に板挟みにされて俺の腐った目がバタフライで泳ぎまくっていると、肩に乗せられた雪ノ下の手が離れていった。名残惜しいとか思ってない。

 

「......はい、取れた」

「......っ」

 

 その穏やかな微笑みを直視してしまい、何故だか顔に熱が集まってくる。

 どうやら雪ノ下は、俺の制服に着いていたゴミをわざわざ取ってくれたらしい。

 

「全く、もう少し身だしなみには気を配りなさい?」

「......悪かったよ」

「ふふっ、分かればいいのよ」

 

 別に一声掛けて教えてくれれば良いものを、こいつは何故か俺に急接近した後に体を触れてゴミを取ってくれた。どうしてそんな勘違いするような行動を一々取るのか。

 これはあれですね。もう完全にあれ。

 

「そんなに顔を赤くして、もしかして、何か期待させてしまったかしら?」

「......んなわけねぇだろ。訓練されたぼっち舐めんな」

「あらそう?」

 

 クスリと笑って見せる雪ノ下は非常に楽しそうだ。そうしていると、どこか彼女の姉に似てるな、なんて思ってしまう。本人に言えば確実に激怒するだろうが。

 

「では比企谷くん。また放課後に部室で、ね?」

 

 その笑みを崩さぬまま胸の前で手を振って、雪ノ下は去っていった。

 なんなんですかその悪戯な笑みは!

 これやっぱり完全に揶揄われてるよなぁ......。

 

 

 

 

 

 

 雪ノ下が昼休みのような奇行に走り出したのは、今週の始めの頃からだった。

 由比ヶ浜が先生達の組んだ特別プログラムとやらに強制参加させられ、今週から部室には俺と雪ノ下の二人のみ。騒がしいアホの子がいないから勉強や読書が捗るなーなんて思っていたのも束の間。敵はどうやらアホの子だけでは無かったらしい。

 この一週間、雪ノ下は俺を揶揄い、その反応を見ては実に楽しそうにクスクスと笑うのだ。その笑顔がまた可愛いもんだから俺も文句を言えずにいる。

 例えば、数学を教えてやると言って椅子同士をくっつけて座ったり。

 例えば、急に「二人きりね」なんて言ってその距離のまま微笑み掛けてきたり。

 とまあ色々と揶揄われてしまった。なんか今の雪ノ下は陽乃さんと同じくらいの性能を獲得してる気がする。実に俺の心臓に悪いことこの上ない。

 しかし、それも今日ここまでだ。

 雪ノ下に一方的に揶揄われるのもうんざりしていた。今日は、俺が雪ノ下を揶揄ってやろうではないか。

 

「......全問正解ね。お疲れ様」

「ん、サンキューな」

「これくらいなら全然構わないわよ」

 

 俺が解いていた数学の問題の丸つけをしてくれていた雪ノ下は、本当になんと言うことはないと言った風に首を横に振る。

 その顔は、今週に入ってずっと見てきた穏やかな、そしてどこか悪戯な笑みを浮かべていた。そんな表情を浮かべていられるのも今のうちだぜ!

 

「いや、本当に助かった。なんかお礼がしたいんだが......」

「......あなたが素直に厚意を示すだなんて怪しいわね」

「俺だって礼くらいはするっての」

 

 くっ、まさかここに来て普段の俺の捻くれ具合が仇となるとは......。いやしかし、ここでめげてはダメだ。めげないしょげないドラゲナイ。

 

「そういやこの前テレビで見たんだが、ハグをすると疲れとかストレスが吹っ飛ぶらしいぞ?」

 

 そう言った時の俺の口元は、それはそれは邪悪に歪んでいたことだろう。

 普段の雪ノ下であれば、俺の今の言葉に対して顔を少し赤くしながらも俺に対して早口で罵詈雑言を捲し立てた挙句、そんなものは迷信だの信憑性が無いだのとボロクソに言うことだろう。

 そんな雪ノ下を見て、俺は言うのだ。「そんな早口で捲し立てて、一体何を想像したんですかねーニヤニヤ」ってな!!

 さあ雪ノ下、いつもの早口を発動するがいい!

 

「あら、それはいい事を聞いたわね」

 

 ......ん?

 

「確かにあなたに数学を教えるのは少し疲れることではあったし、早速実践してみようかしら」

 

 ......んん?

 

「何をしているの比企谷くん? さあ、早く私をハグしなさい」

 

 んんん⁉︎

 待て待ておかいし待て落ち着け待て。

 いやマジで落ち着け俺。

 え? ちょっとなにこの展開? 八幡こんなの聞いてないよ? なんで雪ノ下は俺に向かって手を広げてるのん? 赤面は? 早口は? 罵詈雑言は⁉︎ こいつ、本当にあの雪ノ下雪乃か⁉︎

 

「あら、もしかしてお礼はしてくれないと言うのかしら。あなたの数学を見てあげた結果私は疲れていると言うのに」

「いや、そのだな......」

「お礼をすると言ったのはあなたでしょう? そしてこのタイミングでハグの話を持ち出して来たと言うことはあなたにはそうする意思があると言うこと。違う?」

「違わなくは、ないんだが......」

「それとも、訓練されたぼっちとやらはこの程度で陥落してしまうのかしら?」

「..................わかったよ、やればいいんだろ」

「ふふっ。では、どうぞ」

 

 結局頷いてしまった。

 小町、お兄ちゃん頑張ったけど、雪ノ下には勝てなかったよ......。

 観念して両手を広げる雪ノ下の前に立つ。

 やばい、心臓めっちゃ煩い。本当にハグしちゃって大丈夫なんだよな? したらしたで通報とかされないよな? いや、寧ろハグした後コンマ1秒で、逆に気分が優れなくなったからもういいわお疲れ様みたいな感じになるかもしれない。うわぁ、ガチであり得そうでちょっと凹むな......。

 

「なにをしているの? ほら、早く」

「お、おう......」

 

 俺が中々動かないからか、雪ノ下はちょっと拗ねたような表情で急かしてくる。

 ここまで来てしまったらもう腹をくくるしかない。

 意を決して、俺よりも一回り小さな雪ノ下の体を恐る恐る抱き締める。

 

「はふぅ......」

「うわっ......」

 

 思わず声が漏れてしまった。

 初めて抱き締めた女の子の体は、想像よりもずっと柔らかく、ずっと小さかった。

 その感触と、髪の毛から香るサボンの香りで頭がクラクラしそうになる。

 一方で俺の胸の中の雪ノ下はと言えば、スーハーと深く息を吸っては吐いてを繰り返し、やがて俺の顔を上目遣いで見上げてくる。その表情はやはり、俺の反応を見て愉快そうに笑う小悪魔のようなものだった。

 恥ずかしくて顔を逸らしたかったが、今の態勢ではそれも叶わない。

 

「あなた、心臓の音が凄いわよ?」

「......緊張してるんだよ、察しろ」

「それはごめんなさい」

 

 全く悪びれた様子もなく、クスクスと笑いながら、雪ノ下は俺の背に回した腕に更に力を込めて来た。

 やめて! それ以上がっつりくっ付かれたら八幡のハチマンがとんでもないことになっちゃうから!

 と、俺のそんな男子特有の悲しい感情に雪ノ下が気付くはずもなく、いや、もしかしたら気づいていてわざと抱きしめる力を強めてるのかもしれないが、尚も笑みを浮かべたまま、彼女はどこか恍惚とした声を上げる。

 

「ふふっ、どうやらハグで疲れやストレスを解消できると言うのは本当みたいね」

「あの、雪ノ下さん......? 一体いつまで俺はこうしていたらいいのでしょうか?」

「あなたはいつまでこうしていたい?」

「えぇ......」

「ほら、素直に言ってごらんなさい」

 

 背中に回された雪ノ下の指がススッと蠢く。

 それに背筋がゾクリとして、気を抜けば彼女にどこまでも溺れてしまいそうだ。

 そうは行くまいと必死に理性を総動員させていたはずなのに、口から漏れた言葉は真逆のものだった。

 

「......ずっと」

「あら、それは奇遇ね。私もずっとこうしてたいと思っていたの。どうする? 私の家に場所を変える?」

「いや、流石にそれはちょっと......」

「見事なヘタレっぷりをどうもありがとう。けれど、時間はタップリとあるのだし、折角だから場所を変えてもっと楽しみましょう、ね?」

 

 こちらを揶揄うような可愛い微笑みに充てられ、俺は頷く以外の選択肢を剥奪されてしまった。

 あぁ、全く、こんなにもからかい上手の雪ノ下には、どうあっても勝てそうもない。

 きっとこの後もいいように弄ばれてしまうのだろうが、それも悪くはないのかもしれない、なんて思ってしまう始末。

 俺が雪ノ下に一矢報いることが出来る日は、果たして来るのだろうか。来ないだろうなぁ......。

 

 

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