八幡と雪乃の恋物語   作:れーるがん

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猫の日。つまりはゆきのんの日。即ち八雪の日。にゃ。


幸せを呼ぶ黒い猫

 最近、校内で野良猫をよく見かけるので、どうにかして欲しい。

 昨日の部活で、生徒会長殿から依頼されたものだ。なんでも、数週間前から校内の至るところで野良猫の目撃情報があるらしく。一匹や二匹迷い込んだ程度ならば問題なかったのだろうが、ここまで目撃情報が相次いでいると、まさか校内を住処にしているのでは、との危惧からだ。

 平塚先生が生徒会にどうにかしろと指示したらしいのだが、どうも決算やらなんやらで立て込んでいるらしく。珍しく一色もそちらの仕事に追われているらしいので、そこで俺たちに白羽の矢が立ったわけだ。

 受験生ですらこき使うあたり流石は一色と言わざるを得ない。

 まあ、こちらには猫のスペシャリストこと雪ノ下がいるのだ。この依頼もそう日数をかけずとも解決するだろう。

 そんなふうに思いながら歩いていた昼休み。ベストプレイスへと続く道を、購買での戦利品片手に優雅な歩みを進めていたのだが、そんな俺の視界の端にチラつく影が。

 

「ん?」

「にゃー」

 

 猫だ。

 真っ黒な猫。黒猫だ。横切られたら不幸になるとか言う説を持っている、黒い猫だ。

 これは僥倖。英語で言うとナイスタイミング。別に英語にする必要ないな。ともあれ、昨日の今日で早速件の野良猫を発見出来たのだ。こいつの後を追っていけば、猫の住処となってしまっているであろう場所を突き止める事ができる。あとは平塚先生なり一色なりに連絡を入れれば、俺たちの仕事も終わりだろう。

 綺麗な顔した美人な黒猫の後を追い掛けると、ベストプレイスを通り抜け校庭を通過し、今は使われていない体育倉庫付近までやって来た。

 俺のベストプレイスよりも更に人通りの少ない場所だ。黒猫はその裏手へと周り、俺もそれに続いたのだが。

 

「にゃー」

「にゃー」

「にゃー」

「ふふっ、ほら、お昼ご飯よ」

「にゃー」

「にゃー」

 

 猫の鳴き声の中に、ひとつだけ人間の声が混ざって聞こえて来た。

 聞き覚えのある声だ。それは、ともすれば残酷なまでに美しく、天使のソプラノとはこう言った音を言うのだろうと、巫山戯た考えが過ぎるほどに。酷く耳障りがいいのは当たり前だろう。俺は高2の春から、ずっとその音を聞いて来たのだから。

 体育倉庫の陰に身を隠しながらも奥を覗き込むと、そこには十数匹にも及ぶ猫と、一人の女子生徒がいた。

 名を、雪ノ下雪乃。

 彼女は猫たちに餌をやり、寄り集まって食べているその光景を微笑ましく眺めていた。

 そしてその光景を見て俺がどう思うかなんて、説明せずとも分かるようなものだろう。

 いや、一色からの話をあの場で一緒に聞いていた由比ヶ浜だって、こんな場面を目撃してしまっては同じことを思うかもしれない。

 だが、敢えて言わせてもらおう。寧ろ心の中で叫ばせてもらおう。

 お前が犯人なのかよ!!

 

「まだまだご飯はいっぱいあるから、たくさん食べなさい」

 

 しかし参った。いやはや、まさか犯人がこんなに身近な人物だったとは。

 いやなに、ある程度予想は出来ていたのだ。昨日、この依頼の話を聞いた時の雪ノ下の反応はどこかおかしかった。アドリブに弱いことに定評のある彼女だ。もしかしたら、何か隠し事でもあるのかと睨んでいたが、まさか犯人だったとは。

 

「遂に生徒会にもバレてしまったし、どうにかして手を打たないといけないわね......」

 

 にこやかな微笑みを消し、真剣な表情でなにやら思案する雪ノ下。いや、手を打たないといけないわね、じゃねぇよ。なにやってんだよ部長。

 呆れて最早なにも言えなくなっていると、先程俺をここまで導いてくれた黒猫が雪ノ下の足に擦り寄った。

 

「あら、どうしたのクロ?」

 

 名前つけちゃってるし......。これ余計に手放せなくなるパターンだよおい

 雪ノ下にクロと呼ばれた猫は、彼女の注意を引けたことを確認すると、スタコラと歩き始めた。俺の方に向かって。

 え、ちょっ、待て待てこっち来んな!

 

「にゃーっ!」

「うおっ!」

 

 鳴き声を上げながら俺に飛びついて来るクロ。突然の出来事に、驚いて声を出してしまった。なんとかクロはキャッチ出来たからいいものの、割と大きめの声を出してしまった。そうなればどうなるかと言うと。

 

「あ、あなたっ......! どうしてここに......⁉︎」

 

 勿論直ぐそこにいた雪ノ下に気づかれてしまう。

 俺に見られていたのが恥ずかしかったのか、顔を赤くしてアタフタとしている姿は珍しい。可愛らしくて結構なのだが、気づかれてしまった以上はこの状況に対して苦言を呈するしかない。

 

「はぁ......。おい雪ノ下、お前、昨日の依頼は勿論覚えてるよな?」

「......えぇ、覚えているわ」

「で、これはなんだ?」

「待って、違うのよ。この子達にはなんの罪もないの。悪いのは私よ。だからせめてこの子達は見逃してあげれないかしら? 罰なら私が受けるわ。ええ、この子達のためならどんな辱めも受けてあげるから。だから平塚先生に連絡するのだけは辞めてちょうだい。お願い比企谷くん。お願いだから」

「ちょっと落ち着け」

 

 あまりの取り乱しように若干引いた。

 まさかあの雪ノ下雪乃が、俺にここまで下手に出るなんて。珍しいどころの騒ぎではない。明日から猛暑日と言われても信じてしまうくらい、あり得ない姿だ。

 しかし、雪ノ下の想像は見当違いと言うほかない。俺は別に、今すぐどうこうしようと言うわけではないのだ。

 

「雪ノ下、いくつか質問するが、まずこの猫達はどこから連れてきた?」

「別に連れてきたわけではないわ。最初は一匹だけだったのだけれど、お昼休みに毎日その子に餌を与えていたら、気づけば増えていってたのよ......」

「なら次。こいつら、まさかとは思うがここを寝床にしてんのか?」

「......」

「おい」

 

 ツーっと視線を逸らされた。どうやらそのまさからしい。更に奥の方を覗き込むと、ダンボールやら綺麗な布やらが置いてある。おまけにちょっと高級な猫缶まで。雪ノ下が用意したものだろうか。

 

「......しょうがないじゃない。放っておくわけにもいかないのだから」

 

 開き直りやがったよこのお嬢さん......。こいつが猫のことになると、途端に視野狭窄になるのは理解していたが、まさかここまでしているとは。

 

「まあ、ここに住み着いちまってるってんなら仕方ない。最後にもう一つ質問だが、お前、俺たちが卒業した後、こいつらをどうするのか決めてるのか?」

「......あっ」

 

 やっぱりな。目先の快楽に囚われて先のことを見越さないとは、幾ら何でもポンコツ化しすぎじゃありませんこと?

 まあいい。ある程度予想は出来ていたことだし。

 

「決めてないんだな?」

「......」

「はぁ......」

 

 ため息を吐きながらも、雪ノ下の隣にしゃがみ込んで指先を猫達に差し出す。見れば何匹か子猫も混ざっていて、幾つもの無垢な瞳が俺を捉える。やっぱ猫って可愛いな。

 そんな可愛い猫達だが、いつまでもここに置いといてやる事は出来ない。当たり前の話だ。俺達はもう一ヶ月もしないうちに卒業してしまう。雪ノ下がいなくなった後、この猫達の面倒を見る物好きなんていない。

 なにより、ここは学校の敷地内だ。野良猫とは言え、放置することも出来ない。

 

「取り敢えず、平塚先生には連絡する」

「......そうね。それが妥当な判断よ。正しい選択だわ」

「こう言う場合、野良猫達がどうなるのかはよく知らないが、まあ平塚先生のことだ。悪いようにはしないだろう」

 

 急に保健所の人間を呼ぶなんてことはないはずだ。仮に他の先生ならそうするかもしれないが、あの人なら大丈夫だろう。

 猫達の処遇、強いては昨日やってきた奉仕部の依頼についてはそれで解決。平塚先生へ連絡を入れたらもう俺たちにやる事はない。

 けれど、奉仕部としてではなく、俺個人としては、まだやるべきことが残っている。

 クロを腕の中に抱いた彼女の表情には陰が差している。

 雪ノ下雪乃を、そんな悲しい表情のままでいさせたくない。

 

「それと、もし今度、猫と戯れたくなったら、俺に言ってこい」

「......え?」

「うちで良かったら提供する。ペットショップと違ってもふり放題だぞ?」

 

 顔を上げた雪ノ下は、今自分の耳に届いた言葉の意味をイマイチ理解していない風だった。

 俺自身、柄でもないことを言っている自覚はある。けれど、それでも俺は言葉を続ける。

 

「いつでも言ってくれればいい。そしたらうちのカマクラを貸してやるよ。今なら小町の手料理付きだ」

「いつでも......」

「ああ、いつでもだ」

「そう......。なら、お言葉に甘えさせてもらおうかしら」

 

 雪ノ下がそう言って微笑んだと同時、昼休み終了のチャイムが聞こえてきた。結局昼飯は食えなかったが、まあ、それに見合うだけの報酬はあっただろう。

 子猫をひと撫でして立ち上がる。それに倣って雪ノ下もクロを手放し、最後に撫でてから俺に続いた。

 

「この子達と離れ離れになるのは悲しいけれど、これからはあなたが相手をしてくれるのよね?」

「俺じゃなくてカマクラな」

「......まあ、今はそう言うことにしておいてあげるわ」

 

 何故か不満気な顔をして、そそくさと俺の先を歩いていく。何故か、だなんて白々しいか。でももうちょい待ってくれ。今は、カマクラという建前でもなければ、正気であんな風に誘えない。

 俺も彼女に続いて校舎へ戻るかと思ったが、一歩踏み出す寸前で背後からにゃーっと鳴き声が聞こえた。

 振り返ると、俺をこの場に導いてくれた黒猫が。

 

「お前には感謝しないとな」

 

 こいつを見つけなければ、ここに来ることもなかったし、必然的にあんな誘いをすることもなかっただろう。

 自他共に認めるヘタレで捻くれた俺が、なんとか一歩踏み出せたのも、こいつのお陰だ。

 

「比企谷くん、何をやっているの? 後ろ髪引かれる気持ちはわかるけれど、早く戻らないと次の授業に間に合わないわよ」

「分かってる。すぐ行くよ」

 

 心の中で猫達に別れを告げ、小走りで雪ノ下の隣に並んだ。

 さて、雪ノ下がカマクラをもふりに来るのはいつになることやら。クロと名付けられたあの黒猫の為にも、彼女が家に来た時は、あともう一歩くらい踏み出しても、いいのかもしれない。

 黒猫が不幸の象徴だなんてのも、いい加減な話だ。なにせ、今の俺は不幸なんてものとは正反対の位置にいるのだから。

 

 

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