「秒速5センチメートルらしいわよ」
まだ満開には程遠い桜並木。
と言うか今歩いている道も桜並木と言うには少し物寂しい感じのする道なのだが、そこには確かに桜が咲き、その花弁が散っていた。
そんな道すがらに肩を並べて隣を歩く彼女が唐突に口に出した。
常から散歩というものを嗜んでいた俺たちだが、そんな時は彼女からの罵倒でもない限り基本的に会話の無い俺たちだ。
その沈黙に対して気分を害すような事はなく、寧ろ心地いいまであるそれは他の誰でもない隣を歩く彼女が破った。
「桜の花弁が落ちる速度だったか」
「知っていたの?」
「昔、それを題材にしたアニメーション映画があったんだよ。ま、秒速5センチなんて早いのか遅いのかイマイチ分からんがな」
「分速で300センチ、時速に直すと18000センチ、メートルに直すと180メートル、kmに直すなら」
「いや、もういい。理数系壊滅的な俺が悪かった。て言うか二年時の年度末考査は理数系もいい点数言ってたと思うぞ?」
数学は75点だし、物理などその他の理数系も70点以上を叩き出した。
それ以前の俺に比べれば天と地の差、月とスッポンだろ。
しかしそれで満足してくれるような彼女ではないのは俺もよく知っている。
「平均点にも届いてないわね」
「それJ組の平均と比べてない?数学だけなら学年平均上回ったよ?」
寧ろ三年になったと言うのに学年平均が70点台とか進学校としていいのかとは思ったりもしたけど。
そこは気にしたら負けだろう。
何せその平均点と言う括りで大きく足を引っ張っている生徒を約1名知っているのだから。
それが部活メイトで俺の数少ない友人だと言うのだから始末に負えない。
「本当、あれだけ教えたのに何故平均点を40点も下回るのかしら......」
恒例のアタマイターのポーズ。
我が親愛なる友人は料理だけでなく勉強も壊滅的なようで、それはさしもの学年一位様でもどうにもならなかったようだ。
「ま、今はその話題はいいじゃねぇか。折角一色達が企画してくれたんだしさ」
一色いろは率いる生徒会が初めて生徒会のみで企画、進行したイベント。
それが今回行われているお花見イベントだった。
クリスマス、バレンタインデーと奉仕部を頼りにして来た生徒会長だったが、今回のイベントは生徒会だけで頑張ったらしい。
らしい、と言うのも今回は本当に事前になってからイベントの開催を告げられていたからだ。
雪ノ下や由比ヶ浜、小町なんかは結構前から知っていたっぽいけどね。
「まさか私がああ言っただけで本当にやってしまうとはね」
「基本的に一色はお前のこと大好きだからな」
雪ノ下の『偶には生徒会だけで頑張って私達を楽しませてくれないかしら』と言う鶴の一声。
たったその一言だけで一色は自分一人の、と言うのは烏滸がましいか。一色たち生徒会のみの力で今回のイベントをやってのせた。
そして例に漏れず海浜総合との合同で向こうから予算をふんだくったらしい。
今も向こうからウケるー!とか意識高い系の言葉とかが聞こえてくる。
「んで、何の話だっけ?俺が数学めっちゃ頑張ったって話?」
「寝言は永眠してから言いなさい。桜の落ちる速度の話よ」
「永眠しないと寝言言えないのかよ......」
なんならこの時期は桜の木の下に埋められちゃうまである。
「んで、その速度がどうしたんだよ?」
「いえ、ね。人の心の距離が近づくスピードはそれよりも早いのか遅いのか、なんて考えてしまって。らしくないわね」
「別に、そんなもん人それぞれだろ。何かのイベントで急激にその速度が早くなったり、遅くなったりするもんだ。何より、終着点が必ずしも互いの心が触れ合う距離とは限らない」
どれだけ近づいても、結局はその心の奥にまで触れることが出来ないことだってある。
口ではどれだけ友達だの恋人だのと言っていてもそこに辿り着けない関係なんてのは数多い。それは家族と言う関係性を持ってしても例外ではないのだ。
「でも、貴方とはこうして触れ合えたわ」
俺の空いた右手をそっと掴んで来る雪ノ下。
つい数ヶ月前まで袖を掴むのでも恥じらっていたと言うのに、今ではとても幸せそうな顔で俺の手を離しはしまいとしっかりと握って来る。
そんな顔されては言葉に詰まると言うもので、何も言い返せないで居たら雪ノ下は頬を染めて俯きながら呟いた。
「何か言ってもらわないと困るのだけれど......」
「あぁ、いや、うん。そうか......」
何か言ってもらわないとって言われても俺だって困る。
ここで歯の浮くようなセリフを言うのは俺のキャラじゃないし、て言うか恥ずかしいなら言わなきゃ良いんじゃないですかねぇ......。