兎。
諸君らはその動物に対して、どのようなイメージを持っているだろうか。丸っこい。なんかもぐもぐしてる。跳ねる。まあ、色々とあるだろう。
ペットとして飼っている家庭もあるし、兎専門店とかだってある時代だ。この世に存在している数多くの動物の中でも、かなりメジャーな方だと思う。
俺にとって兎と言えば戸塚だった。いつだかの会話で、戸塚が兎を猛プッシュしていたこともあったし、あの庇護欲をそそられる小動物じみた言動はまさしく兎だろう。
だから、兎と言えば戸塚だったのだ。
そう、だった、である。過去形だ。
何故そうなのか。それを説明するのにはそう時間は有さないし、難しい話でもない。
俺の目の前に、バニースーツ姿の雪ノ下雪乃がいる。
その一文で事足りるのだから。
「ひ、比企谷くん......。その......」
時は休日、場所は雪ノ下宅の寝室。いつものようにいつもの如く、リビングのソファの上でのんびりと恋人との穏やかな時間を過ごすはずだったのに、どうしてこうなっているのか。
誤解を招く前に言っておくが、なにも俺がそのような趣味の持ち主で、雪ノ下にこの格好を強制させたわけではない。それだけはどうかご理解頂けたら幸いだ。
そもそもバニースーツとは、由比ヶ浜や陽乃さんのようなナイスバデーの女性が着るからこそ魅力的に移るのであって、我が恋人のような、スレンダーな体型の女性には似合わない。それが俺の持論だった。
ここでも過去形であることから、察しはつくだろう。
そんな持論は、実際に目にしてしまえば跡形もなく消え去ってしまった。
バニースーツで最も目を惹く所はどこかと問われたら、迷わず網タイツであると即答する。雪ノ下の着ているバニースーツも例に漏れずしっかりと網タイツを着用しており、彼女の綺麗な腰から足先へのラインを、色気たっぷりに演出していた。細身な彼女ではあるが、その網目に沿うようにして女性らしい肉付きがあることがしっかりとわかる。
そして腰回り。特に網タイツとの境目である鼠蹊部は素晴らしい。雪ノ下のくびれは、抱きしめると折れてしまうのではないかと錯覚する程に細い。そこから上へと視線を遣ると、控えめながらもしっかりと存在を主張する谷間が。そここそが、雪ノ下のようなスレンダーな女性には似合わない所以だと俺は思っていた。だがそんな事はない。恐らく彼女自身、このバニースーツを着た時に最も不安になったであろう箇所ではあると思うが、無駄な膨らみが無いお陰で彼女のスタイルの良さを更に魅力的に見せている。
ここまで多くの言葉で目の前のバニのんの魅力を語ったが、なんだかんだで一番良いのは、その羞恥に染まった顔であろうか。
「何か言ってくれないと、困るのだけれど......」
最早泣きそうになりながら、しかし俺から目を逸らそうとはしない。随分と嗜虐心が唆られるが、まだちょっと我慢。
て言うか冷静に雪ノ下の今の服装について吟味してる場合じゃない。なんでこんな状況になっているのか、まだ聞いていないのだから。
「あー、雪ノ下、取り敢えず、なんでバニースーツ?」
そもそも先に述べた通り、兎と言えば戸塚なのだ。雪ノ下は猫。コスプレするなら猫耳に尻尾つけてにゃーって鳴いて欲しいじゃなくて、今は俺のそんな願望はどうでも良くて。
雪ノ下がバニースーツなんて、領土侵犯もいい所だろう。戸塚がバニースーツ着てるならまだしも。
「......」
「いや、そこで黙られると怖いんですけど」
なに、もしかして陽乃さんになんか言われたとか? ありそうだなぁ......。「この格好で迫れば比企谷くんなんてイチコロだよ!」とか言いそう。けれど悲しいかな。こんな格好しなくても、俺は雪ノ下に迫られてしまえばその時点でイチコロ。その辺りわかってるかは知らんけど。
「そ、それよりも、どう、かしら......?」
「めちゃくちゃ可愛い」
「あっ、そ、そう......。ありがとう......」
思わず即答してしまった。
ちょっとちょっと雪ノ下さん。そこで嬉しそうにハニカムの辞めてくれます? 余計に可愛くて理性の化け物ノックアウト寸前ですよ?
「で? 結局なんでそんな格好してるんだよ」
「......兎は、寂しかったら死んでしまうのよ」
質問に対する答えにしては適さないものが返ってきて、首を傾げざるを得ない。
......なに、つまりあれか。最近俺がちょっと忙しくて構ってやれなかったから、寂しかったのか? えー。なにそれ可愛すぎません? それでバニースーツを着ると言う発想は全くもって意味不明だけど。
これでもかと言うほどに顔を真っ赤に染めた雪ノ下が、ズン、とこちらに一歩踏み出す。自然と一歩後ずさる俺。それを繰り返すうちに、俺はベッドの上に座り込んでしまい、雪ノ下はしゃがみ込んで、俺の膝に手を這わせる。彼女の指の一本一本が動くたびに、背筋がゾクゾクとする。
視線を下に遣ると、最も露出している谷間に目が行ってしまう。
思わず、息を呑んだ。
潤んだ瞳は俺を捉え、艶やかな唇が言葉を紡ぐ。
「今の私は、兎なの」
「お、おう......」
こちらに身を乗り出してくる。雪ノ下の整いすぎた美しい顔が、すぐ近くにある。正直それだけでどうにかなってしまいそうなのに、彼女は俺の耳元に口を寄せて、囁いた。
「だから、この寂しさを、ちゃんと埋めて。じゃないと、死んじゃう、わよ?」
反射的に抱き締めていた。強く抱きしめると折れてしまいそうだと、先述したばかりにも関わらず。そんなもの関係ないとばかりに、強く、強く。
それに気を悪くするでもなく、雪ノ下も俺の背に手を回す。スンスンと首元の匂いを嗅いでるのは、やはり兎と言うよりも猫を思わせる。
「寂しかったのか?」
「......うん」
「そっか。それは、悪かったな......」
暫く抱き合い、それを解くと自然と唇を触れ合わせる。
常よりも幼い口調がなんとも可愛らしい。こうして兎の真似事でもしないと、素直に甘えられないその不器用さが、この上なく愛おしい。
そんな彼女に寂しい思いをさせてしまったと言うのなら、ちゃんとその寂しさを埋めるのが、恋人としての役割だろう。
「ふふっ」
「どうした?」
打って変わって穏やかな微笑みを見せる雪ノ下に、若干戸惑いを隠せない。顔の赤みも完全とは言わないものの、ある程度引いている。
「こうしていると、やっぱり大丈夫なんだって思えて」
「それは、寂しかったら云々の話か?」
「ええ。だって、私には比企谷くんがいるもの。寂しかったら、直ぐにそれを埋めてくれるのでしょう?」
「......まあ、そうだな」
「ならやっぱり大丈夫ね。......んっ」
もう一度短く口付けを交わし、雪ノ下は俺に全体重をかけて来た。それに為すがままにされて、ベッドの上へと押し倒される。
「だから、暫く寂しくないように、沢山あなたを感じさせてね?」
「......仰せのままに」
結局バニースーツの謎は解けなかったが、それを着用している姿と、俺に甘える彼女が見れたから、正直どうでもいい。
つーかこれ、脱がすの大変そうだなぁ......。