八幡と雪乃の恋物語   作:れーるがん

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いつまでも移ろわない

 花の金曜日

 通称花金と呼ばれるそれは、翌日からの休みを良いことに社会人達が日頃仕事で溜まったストレスを飲み屋なりカラオケなりで発散したり、恋人と仲睦まじく愛を語り合ったりする日だ。

 更にこの四月と言う時期になると仕事終わりにでも花見で一杯、なんて輩も出てくる訳で

 

「どうだい比企谷君、我々はこれからそこの公園に花見に行くんだが。君も来るかい?」

「いや、まだ仕事が残ってるので遠慮しときます。すんません」

 

 それは我が母校であり現在の勤め先である総武高校でも変わらない訳で。

 先輩教師からの申し出はありがたいのだが、先に述べた通りまだ仕事が残ってる。

 高校時代、若手だからと厄介ごとを抱えさせられていた平塚先生の気持ちがこれでもかと言うくらい思い知らされた。

 しかも今年は初めて担任としてクラスを一つ受け持っている為、担当教科のプリントやらの整理などなどだけでは仕事は終わらない。

 いや、一つのクラスの担任になるってのはそれはそれで楽しいんだよ。同居人から言わせて見ると

「比企谷君の場合は高校時代に学ぶべき青春を学べなかったのだから良い機会だと思って生徒達に青春とは何か教えて貰えばいいわ」

 らしいのだが、残念なことに「青春とは嘘であり、悪である」という高校時代の考えは未だ持ってして変わっていない。

 ただ、そんな嘘と欺瞞で塗り固められた生活の中にも、彼ら彼女らなりに守りたいものがあると言う事も高校時代に知った事だ。

 

 なんてある種の感慨に耽っているとスマホがメールを知らせる為に震える。

 メーラーを起動させてその文面を読み、溜息を一つ零す。

 

『お疲れ様です。今日はお仕事何時頃に終わりますか?

 夕食の都合もあるので連絡くれれば幸いです。

 お仕事頑張ってください』

 

 

「はぁ、さっさと仕事終わらせるか」

 

 これでやる気が出てしまう俺も単純だよなぁ。

 

 

 

 

 

************

 

 

 

 

 

 結局太陽が昇ってる間には仕事は終わらずお月様がお空にこんばんはしている時間まで学校にいた。

 職員室の戸締りをまだ残っていた先生に任せ徒歩で帰路に着く。

 普段ならば自転車で通勤するのだが、本日は徒歩で行けとの同居人からのお達しがあったのだ。

 別に現在居を構えているマンションからは歩いてもそんなに時間はかから無いから良いんだけど。途中の道なんか桜の木が結構な数植えられているから、それをゆっくり見ながら通勤と言うのもシャレオツだし。

 そんな帰り道。夜桜を楽しみながら歩いていると、街灯に照らされた一人の女性が目に入る。

 決して強くはない街灯の光に当てられ、桜の木を見上げる彼女はただただ美しかった。

 絵画じみている、なんて言葉を彼女に対して思ってしまうのはこれで何度目だろうか。

 

「あら、ようやく桜の木の下から這い上がって来たのかしら。だとしたら少し遅いのではなくて?」

「いやゾンビの類じゃねぇから......」

 

 ゲンナリとした様子で返す俺を見て満足そうに微笑む我が同居人。雪ノ下雪乃。

 高校時代から変わらない美しさとキレのある毒舌を惜しみなく放出する彼女とは何がどう転んでそうなったのかは俺でも分からないのだが、同じ屋根の下で暮らしている。人はそれを同棲と呼ぶ。

 だが俺と雪ノ下の間に浮ついた話があるのかと聞かれるとイエスとは答えられないし、ノーとも答えられない曖昧な関係に落ち着いてるのが現状だ。

 曖昧なのに落ち着いてるとはこれいかに。

 

「んで、なんでこんな所にいんの」

「貴方と夜桜を楽しみたかったから、じゃダメかしら」

「ダメじゃない、けど......」

 

 そんな微笑みながら首をコテンと傾けるな可愛いから。

 

「あれだ、こんな夜道に女一人で出歩いてたら色々と危ないだろ」

 

 て言うかメールには飯作って待ってる的な事書いてましたよね?

 

「心配してくれるのかしら?」

「そりゃまぁ、一応同じ家に住んでる身としてはな」

 

 相変わらず素直じゃないのね、なんて言いながら俺の隣に並んで歩く。

 彼女とこうして二人で肩を並べて歩くことなんて今までも何度もあったはずの事なのに未だに慣れなくて、幸せそうに頬を緩ませる彼女の顔を直視できない。

 視線を逸らすように桜の木に目をやるが、正直桜よりも美しい彼女が隣にいては桜の美しさなんて今はカケラも理解できるはずもなく

 

「桜花 とく散りぬとも おもほえず 人の心ぞ 風も吹きあへぬ」

「どしたのいきなり?」

 

 古今和歌集だかなんだかの詩だったか。

 確か人の心を花に例えて、風が吹かなくても散ってしまうその花を嘆いた詩のはずだ。

 

「似たような詩が他にも古今和歌集にはあるのだけれど、私、どうにも納得出来ないのよね」

「その心は?」

「自分で考えなさい」

 

 イタズラそうに笑って不意に俺の腕に抱きついて来る。ちょっとイキナリ何してくれてるんですかね?なんか凄い良い匂いするしその見た目に反してやっぱり柔らかいんだなぁなんて思っちゃったりしちゃうし。いや別に見た目通り硬いなんて思ってはなかったけど「比企谷君」はいすいませんでした。

 

「つーかお前本当にどうしたの今日は。なに、甘えたいデーなの?俺のお兄ちゃんスキルが炸裂しちゃう日なの?」

「何を訳のわからないことを言ってるのかしら?」

 

 あれ違いましたか?まぁでもこいつは学生卒業して今の暮らしになってから随分と他人に、と言うか俺に甘えると言う行為に躊躇いがなくなった気がする。なんなら毎日甘えたいデーだし。毎日俺のお兄ちゃんスキル炸裂しちゃってるし。

 ただ問題があるとすれば、炸裂してしまうお兄ちゃんスキルに籠められた感情が兄と妹なんてものよりももっと下世話なものだってことだよなぁ。

 

「別に、貴方と夜桜を見たいと言うのは本当のことよ。ただ......」

「ただ?」

「周りの目を気にしないでこうして腕を組んで歩くなんて事、この時間帯じゃなきゃ中々出来ないから......」

 

 耳まで赤くなった顔を隠すように俺の腕に擦り付けて来るその姿が余りにも可愛くて、つい抱きしめたくなる衝動に駆られるが理性でそれを押さえつける。

 俺と彼女は付き合っているわけではないのだからそんな無責任なことは出来ない。

 だが一方で俺の顔も負けじと真っ赤になってるだろう。

 だってあの雪ノ下のデレだよ?並の男なら一発で轟沈。並以下の俺なら最早心臓が動きを再開するまである。いやだからゾンビの類じゃねぇって。

 自分で言ってて悲しくなってきた。

 

「なぁ雪ノ下」

 

 俺の肩口に顔を埋めていた雪ノ下が見上げる形で俺の顔を覗き込んで来る。自然と上目遣いになってしまい一瞬ドキリと心臓が高鳴る。

 

「さっきの詩、やっぱり俺も納得いかねぇわ。だって本当にそんな簡単に散っていってしまうもんだってなら、お前とここでこうしてねぇし」

「それってどういう......」

「知らん、ほらさっさと帰るぞ」

「あ、ちょっと!」

 

 照れ隠しをするかのように足早に帰路に着く。

 

 人の心は簡単に移ろいゆく。ああ確かにそれは間違っていないだろう。だからこそ人は嘘と偽りに塗り固められた青春などと言うものを謳歌せしめるのだ。

 でも、そこに嘘や偽りが欠片ほども無いとしたなら、移ろいゆく暇すら与えられない程に心という花が満開に咲き誇ってしまったのなら。

 きっとその花は風が吹いたとしても散っていくことはないのだろう。

 

 

 

 

 

「あ、あなた、って、人は、はぁはぁ......」

「いや、正直すまんかった......」

 

 雪ノ下の体力のなさを全く忘れてそのまま家まで早足で帰ってしまったものだからなんか上気した頬とかはぁはぁいってる雪ノ下エロいなぁなんて思っちゃったりしたのは別の話。

 

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