実は今日誕生日なんで自分のためだけに八雪書きました。おめでとう俺!
購買で買った惣菜パンとマックスコーヒー。
これさえあれば、というかマックスコーヒーさえあれば俺はどんな苦境に立たされても生き残れる自信がある。
そう思う程度には、今現在学校で摂っている昼食には満足していた。なにせマッカンがあるのだ。マッカンはいい。荒んだ心を落ち着かせてくれる。これがあれば放課後の罵倒旋風にも耐えられると言うもの。リリンが生み出した文化の極みだよ。
今日も今日とてベストプレイスで食す昼食。離れたところにいる戸塚の姿はマッカン並みの癒しを俺に与えてくれる。
なんだかんだで購買人気一番の焼きそばパンを貪り、マッカンをチロチロとゆっくり舐めるように味わうように飲み、俺は昼休みの時間を過ごしていく。
一年の時から続けて来た一種のルーチンワークのようなものだ。いや、戸塚をこの目に収めている以上、儀式と呼んでも過言ではないかもしれない。
そんな大事な儀式の途中、人の気配を感じて不意に振り返っると、それが視界に映った。
艶やかな黒の中で踊る番いの蝶と、凛とした歩き姿。
彼女のその姿を不意打ちのように見てしまうと、どうしても見惚れてしまうのは毎度のことだ。もう慣れた。嘘、全然慣れない。いつもあいつの美少女っぷりを再確認させられて、その度に「どうしてあんな可愛い女の子が俺の......」とか考えちゃう。もっとも、本人にそれを言えば怒られること間違いなしだが。
「あら」
「よお」
向こうも俺の視線に気がついたのか、挨拶がわりに軽く手を挙げればこちらにてこてこと歩み寄ってくる。なんだよてこてこってお前可愛いなおい。
「こんにちは。こんな所でなにしているの?」
「見ればわかんだろ。天使の姿を拝みながら昼飯食ってんだよ」
「冬は過ぎ去った筈なのだけれど、あなたの人間関係に春は訪れなさそうね......」
「いや、お前がそれを言うのか......」
冬の気配がまだ残ってる頃合いに春を訪れさせたやつがなにを言うのか。
雪ノ下の両手を見てみると、そこには紙パックのジュースが握られていた。あー、なんか既視感のある光景だぞ。待て待て、なんだったか......。えっと、確か......。
「あぁ、なに、お前由比ヶ浜に負けたの?」
「なっ、なぜそれを......!」
驚愕の表情で俺を見つめる雪ノ下。その後両腕で控えめな胸を抱いて後ずさった。おい、またストーカーかなんかとか思ってるだろ。恋人に対してそれはどうなんですか? やだ、恋人とか言っちゃった、恥ずかしい!
「丁度一年前くらいにも由比ヶ浜がお前に負けてここ通ったからな」
「なんだ、そうだったのね」
「てか、部室に紅茶あるだろ。それ飲めよ」
「たまにこうした遊びをしているのよ。由比ヶ浜さんがどうしてもと言うから」
ふふっ、と困ったような笑顔を浮かべる雪ノ下自身、満更でもなさそうだ。まあ、こいつ由比ヶ浜にはとことん甘いし優しいし。それを少しでもいいから俺に向けてくれてもいいのよ?
つーか、今まで雪ノ下の姿をここから見たことなかったってことは、こいつこれまで無敗だったのか。それはそれでヤバイな。何連勝だよ。
未だ俺を見下ろすように立った雪ノ下は、俺の手元の惣菜パンを見て眉を顰めた。
「それよりあなた、お昼ご飯はそれで足りるの?」
「ん? ああ、まあ足りるって事もないけど、二年以上ずっと続けてるから体がもう慣れた」
「そう言う問題ではないでしょう......。成長期の男の子が、そんな栄養の偏ったものを食べるのはあまり良いとは言えないわよ」
「そうは言われても、こっちは小遣い掛かってるからな」
いや本当、育ち盛りの息子に渡す昼飯代が五百円ってどうなんですかねお母様。その割に小町ちゃんには二千円渡してたけどその辺りどう言う事なんですかねお母様。
まあ、育ち盛りって言うと小町の方が絶賛育ち盛りの可愛い盛り。なんなら一生涯かけて小町は可愛い盛りが続く。俺の家庭内ヒエラルキーなど無視しても、小町が優先されるのは当たり前と言えるだろう。
それにほら、ちゃんと栄養取っとかないとダメって言う反面教師がいらっしゃるし。今まさしく俺の目の前に。
「今何か、とても不快な視線を感じたのだけれど」
「気のせいだ」
こちらを胡乱な目で見つめるまな板ノ下さんを適当にはぐらかすと、その目のまま俺の隣に腰掛けてきた。いや、お前、早く由比ヶ浜のとこ戻ってやれよ。
「それ、美味しい?」
「ん?」
雪ノ下が指差したのは、俺が今食べている焼きそばパン。因みに今日のヒッキーランチは焼きそばパンとコロッケパンだ。焼きそばパンはパンから焼きそばがはみ出す上にちょこんと乗っけられた紅生姜が常に落ちてしまいそうになるし、コロッケパンなんて食べてもなんのコロッケか分からない。学校の購買で売ってる惣菜パンなんてそんなものだろうと割り切ってるが。
「まあ、味は悪くないな。食いにくい上に、お前の言った通り栄養にいいとは言えないが」
「そう。......一口貰ってもいいかしら?」
「は? お前自分の弁当あるんじゃねぇのかよ」
「購買でパンを買ったことはなかったから、試しに食べてみたいのよ」
明日自分で買え、と言う言葉は、どうしても出てこなかった。いや、喉まで出かかって、引っ込めざるを得なかった。
だって、そう言った雪ノ下は直ぐに目を閉じて、その小さな口を開いてこちらに向けているのだから。
そこから覗く白く綺麗な歯に、妖艶な雰囲気を醸し出す舌。そして僅かに見て取れる唾液。普段なら絶対に見ることの叶わない恋人のその光景に、思わず喉を鳴らす。
こいつは、今自分がなにをしているのか理解しているのだろうか。本人としては、俺に焼きそばパンを食べさせてほしいだけなのかもしれないが。
ここが学校で、今は全校生徒が校内に揃っている昼休みだと言うのに、たった一瞬だけだったとしても彼女のその行動が卑猥なものに見えてしまうのは、悲しい男の性。
そもそも、こんな餌付けするように雪ノ下へと食べ物を献上することなんて経験ないわけで、つまり、俗に言う「あーん」と言うやつをやったことなんてないわけで。
しかし邪な思考を捩じ伏せるのに必死だった俺は、そんなこと考える暇もなく雪ノ下の小さな口へと焼きそばパンを運んでやる。
「あむっ、んくっ。......これ、美味しい?」
「......不味くはないだろ」
「それもそうね」
ポケットから取り出したハンカチで上品に口元を拭う雪ノ下だが、俺は彼女の顔を直視する余裕などなかった。
どうして焼きそばパン一つでそこまで色っぽく、それでいてどこか幼さを感じさせる食べ方が出来るんだ。俺が紳士じゃなかったら襲われてたぞ。襲われた挙句男が返り討ちにあってその後社会的に抹殺されるまであるぞ。
「けれど、やはりこのような食生活はオススメできないわ」
「オススメされても困るけどな」
「そうね。......ならこうしましょう」
俯き顎に手を当てて考える素振りを見せた雪ノ下は、やがて顔を上げてさも冴え冴えとした瞳で俺を見つめて、いかにも名案が思い浮かんだと言わんばかりの笑顔で言った。
「明日からは私がお弁当を作ってきてあげる」
「は?」
突飛とも言えるその提案に、思わず間抜けた顔で疑問符を浮かべてしまった。そんな俺の反応が気に食わなかったのか、ちょっとムッとした表情で睨んでくる。
「なによ、その顔は」
「いや、なによもなにも、お前からそうして貰う理由がないんだが......」
こうして惣菜パンを毎日貪ってるのも、ようは俺の勝手なわけで。五百円貰えればコンビニ弁当くらい買えるのに、浮いた金を懐に収めようなんて馬鹿な思いつき故にこうしているだけで。つまり、彼女がそんな労力を使う理由なんてないのだ。
そんな俺の考えを知ってか知らずか、いや、ある程度は察しているのだろうが、雪ノ下は少し頬を赤らめた後、そっぽを向いて呟く。
「恋人にお弁当を作ってあげるくらい、理由なんて必要ないじゃない......」
「......っ」
強いて言えば、それが彼女の理由なのだろう。
恋人だから。
比企谷八幡の恋人、雪ノ下雪乃として、俺のことが本気で心配だから、昼飯を用意したいと。
そう言ってくれてる。
そのことが、なんだろう、とても胸を締め付けた。痛いわけでもないし、鼓動が高鳴ったわけでもない。
確実に分かったことはただ一つ。
俺はまた、この女の子のことをより好きになってしまったと言う事実だけだ。
「じゃあ、明日から頼む......」
そんな返事をすると、雪ノ下が華やいだ笑顔を浮かべてこちらを見る。やっばりその顔は直視出来なくて、今度は俺が明後日の方向を向いてしまったけれど。
「ええ、任せなさい。腕によりをかけて作ってあげる。あなたはなにが食べたいかしら?」
「お前が作るのなら、なんでもいい。絶対に美味いだろうからな」
「なんでもいいが一番困るのだけれど」
本当に困ったように言いながらも、その顔には未だ変わらぬ笑顔があって。
ふふっ、と上機嫌な笑い声を漏らしながら、明日のお弁当の献立を考えている。
「卵焼きに唐揚げ、あとはパンさんウィンナーとかかしら?」
パンさんウィンナーってなに。タコさんじゃないの? パンさんの形したウィンナーとかあるの? て言うか野菜。栄養バランスが云々と言うなら野菜もどうするのか考えろ。
「あ、トマトだけは勘弁な」
「なるほど、トマトね。分かったわ。......桜でんぶでハートマークとか、した方がいいのかしら?」
「......勘弁してください」
隣で浮かれている彼女を横目にしながら、恐らくは人生最後になるであろう学校の購買で買える惣菜パンを口に含んだ。
なんだかんだで、俺も明日が楽しみだ。
翌日、ミニトマトと桜でんぶのハートマークがその姿をしっかりと俺の目の前に現したのは言うまでもない。