八幡と雪乃の恋物語   作:れーるがん

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放課後デートは突然に

「比企谷くん」

 

 名前を、呼んだ。

 これまで何度呼んだのかも覚えていないような、彼の名前。苗字でしか呼べないのは仕方がない。私と彼はそう言った関係ではないのだし、仮にそうなのだとしても、そんな勇気が今の私にはない。

 向かいからは返事の声が聞こえてこない。もしかして聞こえていなかったのかと思うも、さして広くもない部室で二人きり。どれだけ小さな声だったとしても、聞こえないわけがない。

 

「比企谷くん」

 

 もう一度、呼ぶ。

 私は彼の名前を呼ぶのが好きだ。上手く言語化出来はいないけれど、「比企谷くん」と呼ぶその響きが好きだ。別に彼の名前が好きという訳ではない。なによ八幡って。語呂が悪いにも程があるのではなくて? まあ、嫌いな訳ではないのだけれど。

 恋は盲目と言う言葉がある。きっと、今の私はそう言われてもおかしくないだろう。

 名前を呼べば、返事がある。そんな当たり前のことが、どうしても嬉しい。

 けれど、長机の対面に位置している男からは未だに返事の声がなくて。

 

「比企谷くん」

 

 三度、彼の名を呼んだ。

 少しムッとしたようなニュアンスが含まれていたかもしれない。呼んでいると言うのに視線を下へ落としている私にも非はあるのかもしれないけれど、ここまで無反応だと少し悲しい。だから今度は、ちゃんと彼の方を見て名前を呼んだ。視界に入った彼の横顔は、どうしてか常よりも大人びて見えて、不覚にもときめかされてしまう。

 それが良かったのだろうか。彼は漸く顔を上げて、視線をこちらへ寄越してくる。ここからでは何を読んでいたのかまでは見えないが、本の大きさから考えて漫画だろうか。そう言えば、昔は少女漫画をよく持ってきていた気がする。

 

「比企谷くん」

「どうかしたか?」

 

 改めて呼ぶと、返事が返ってきた。

 その事がやっぱりとても嬉しくて、つい顔が綻んでしまいそうになるのを必死に耐える。我慢するのよ私の表情筋。帰ったら幾らでもニヤケさせてあげるから。

 けれどどうやら私の表情筋は私が思っている以上に根性がないらしく。

 

「お前、なにニヤケてんの......?」

「......っ!」

 

 若干引き気味の彼に指摘されてしまった。その気持ち悪いものをみるような目はやめて欲しいのだけれど。いえ、目の前の同級生が突然意味不明な笑みを浮かべ始めたら引くに決まってるわよね。

 

「こっ、これはっ、あれよ。あなたの顔があまりにもおかしかったからつい笑ってしまっただけよ。他意はないわ」

「言い訳下手過ぎるだろ。いやまあ、なんでもいいんだけどさ」

 

 なんでもいいってなによ。そもそも悪いのは無駄にかっこいい比企谷くんであって私ではないじゃない。この失敗美少年! 残念イケメン! でもそんなところがいいのよね......。

 ああ、今の私、絶対顔が赤いわよね。どうしてくれるのよ、これ。全然収まる気配がないのだけれど。そもそも私の表情筋はいつからそんな情けなくなったの? いつもの仏頂面はどこに消えたのよ。こういう時こそ氷の女王の見せ場でしょう。誰が氷の女王よ失礼ね。

 

「雪ノ下?」

「なっ、なにかしら?」

 

 比企谷くんに名前を呼ばれた。

 名前を呼ぶのも好きだけど、呼ばれるのも好き。呼ばれただけで胸の内にあたたかいものが広がって、なんだかとても嬉しくなる。また表情筋が私の意思に反して動き出すけれど、今度は無理矢理にでも無表情になってみせる。

 

「いや、なにかしらじゃなくて。最初に俺を呼んだの、お前だろ」

「え? あ、あぁ、確かにそうだったわね」

「で、結局何の用だったんだよ」

「えっと......」

 

 ......私、どうして比企谷くんを呼んだのだったかしら。確か、なにかお話がしたくて彼の名前を呼んだのだけれど。呼びたかっただけ、と言うのも勿論ある。

 途中で色々と考え過ぎて、彼を呼んだ理由を完全に忘れてしまった。もしかすると、お話がしたいだけでその内容までは考えていなかったとか? だとしたら数分前の私は馬鹿すぎるでしょう。

 比企谷くんは訝しげに私の方を見ている。なにか、何か言わなければ。なんでもいい。彼とお話し出来るだけで。それだけでいいから。

 

「そ、その、比企谷くん」

「おう。だからなんだよ?」

「こっ、このあと、デートしましょう?」

「は?」

 

 

 

 

************

 

 

 

 

 どうしてこうなってしまったのかしら......。

 コメカミを抑えてため息を吐くも、状況はなにも変わらない。

 時は放課後、場所は駅前のモール。

 自分でもどうかと思うあの発言から一時間は過ぎている。

 私の隣に立つ彼は、未だに頬を薄く染めていて。まあ、私の顔も似たようなものだとは思うけれど。

 何故私は、デートをしようなどと言ったのかしら。

 そう、デートだ。デートである。

 その言葉の意味するところを語るのは些か羞恥心が湧き上がるので省略するが、私と比企谷くんは、このモールにデートへ来たのだ。

 目的なんてなにもない。買いたいものも、買うべきものも。目的もなく適当にぶらぶらするなんて、それこそ本当に恋人同士のデートみたいで......。

 

「あー、雪ノ下......?」

「ひゃっ! は、はいっ?」

「......取り敢えず今のは聞かなかったことにする」

「そうして頂戴......」

 

 我ながら随分と可愛らしい声が漏れたものだ。なによ今の裏返った声。こんなもので比企谷くんが落ちるとでも思ってたらその考えは浅ましいとしか言いようがないわね。まあ、その声を出したのは私なのだけれど。

 

「こほんっ! それで、なにかしら比企谷くん?」

 

 態とらしく大きく咳払いを一つ。頬の熱は未だ持って収まらないけれど。

 

「あーっとだな......。この後どうする?」

「えっ、あ、そうね、どうしましょうか......」

「おい、まさか特に目的もなく連れ出したわけじゃないだろうな?」

「そ、そんな事はないけれど......」

 

 目的なんてあるに決まってるじゃない。けれど、正直こうしてここに二人で来ている時点で目的は達せられたと言うか。あなたとデートをするのが目的です、なんて言えるわけもない。

 どう答えようかと迷って、視線をあちらこちらへと忙しなく動かしていると、それが目に入った。

 

「比企谷くん、ねえ比企谷くん」

「ん?」

「私、あれが食べてみたいのだけれど」

「......クレープ?」

 

 指差した先にあるのはクレープ屋。なんて事はない、ショッピングモールのフードコート内であれば普通に存在している程度の普通のクレープ屋さんだ。

 恥ずかしながら、私はクレープと言うものを食べたことがない。ファミレスのドリンクバーですら知らなかったのだから、クレープなんて食べたことなくて当然。

 折角比企谷くんと来たのだし、初めては比企谷くんとがいいし。

 

「まあ、別に構わんけど。んじゃさっさと行こうぜ。結構並んでるっぽいし」

「あっ......」

 

 フートーコート内へと足を進めようとする彼を、私の漏らしたか細い声が止めてしまった。平日とは言え、モール内は人で溢れかえっていて、そこかしこで様々な声や音が鳴り響いていると言うのに。彼は私の声を拾ってくれた。

 

「なに、今度はどうした?」

「いえ、その......」

 

 言ってしまってもいいのかしら。

 そんな気持ちが私の言葉を喉から出る寸前で押し留めてしまう。でも、言う。言えるようにならないとダメなのよ。少しずつでもいいから、ほんの些細なことでもいいから。

 私なりの我儘を。

 

「あの、折角のデートなのだきゃらっ......」

「......」

「折角のデートなのだから、手を繋ぐくらい、してもいいと思うのだけれど?」

「......お、おう」

 

 は、恥ずかしいっ......! なによ今の! 盛大に噛んでしまったのだけれど! 穴があったら入りたいのだけれどっ!!

 しかも目の前の男は肩を震わせて笑いを堪えている様子。私が勇気を出して手を差し出したと言うのに、失礼過ぎない?

 差し出した手をおずおずと握る比企谷くん。その手はとても大きくて。初めて触れた彼の手はとてもあたたかい。そのあたたかさは私の胸へと伝播して、正体不明のポカポカしたものが湧き上がる。

 正体不明だなんて、少し白々しいかしら。そのあたたかさの正体を、私は知っている。彼に、教えてもらったのだから。

 

「んじゃ、行くか」

「ええ」

 

 二人して真っ赤な顔のまま、フードコート内に足を向ける。彼の顔はそっぽを向いていて。けれどチラチラと繋がれた手を見ている。そんな様子がどこか可愛らしくて、つい笑みが零れる。

 

「......随分ご機嫌だな」

「そうかしら? ......いえ、そうかもしれないわね」

 

 クレープ屋さんの列に並んでいると、そんな風に声をかけられた。

 どうやら、今日の私は傍目から見て分かるくらいにはテンションが上がっているらしい。それも当たり前なのだけれど。だって比企谷くんと手を繋いでデートだなんて、明日死ぬと言われてもなんらおかしくない程の出来事だ。これも全て部室での失言から齎されたものなのだから、世の中本当になにがあるのかわからない。

 

「ほら、私達の番みたいよ。行きましょう?」

「あ、ああ、そうだな」

 

 ぎゅっと手を握る力を少し強めて、レジの前へと進む。

 彼の顔が更に赤くなったのを見て、意図せずまた笑みが漏れてしまう。

 

「いらっしゃいませ」

「えっと、イチゴチョコ一つと、お前はなににする?」

「私は......。ではこの、バナナブラウニーと言うのを一つ」

「イチゴチョコおひとつ、バナナブラウニーおひとつですね。合計で880円になります」

 

 イチゴチョコが390円で、バナナブラウニーが490円。まあ、安いとも高いとも言えない微妙な値段ね。これなら材料を揃えて自分で作った方が安くつくかもしれない。

 などと考えていると、繋がれていた手がスルリと解かれる。一抹の寂しさを覚えるが、それよりも彼の行動を止める方が先だ。

 

「ちょっと、自分のくらいは自分で払うわよ」

「こう言う時は男に払わせときゃいいんだよ」

「施しを受けるつもりはないのだけれど」

「はぁ......。今日はデートなんだろ? だったら、俺にもちょっとくらい格好つけさせろ......」

 

 その言葉についなにも言い返せないでいると、彼は真っ赤な顔をそのままに支払いを済ませてしまった。

 どうしてこの男はこんな不意打ちで私をときめかせるのかしら......。ちょっと卑怯じゃない?

 二人分のクレープを受け取った彼はレジの前から退散する。店員の人からもなんだか生温かい目で見られていたので、私もさっさとこの場を離れたかった。

 けれど、彼の手が塞がっているのは問題ね。これでは手を繋げないじゃない。

 

「空いてる席ねぇな......。仕方ない、立って食うか」

「あまりお行儀がいいとは言えないわね」

「文句を言うなら平日なのに満席なフードコートに言ってくれ。ほれ、これお前の」

「ありがとう」

 

 通行人の邪魔にならない所に立ち、彼からクレープを受け取る。私が頼んだバナナブラウニーは、チョコクリームとバナナとブラウニーが入っているらしい。対して比企谷くんの頼んだイチゴチョコは、生クリームとイチゴの上からチョコソースを掛けただけのシンプルなものだ。

 一応食事中ということで、手を繋ぐのは自重。両手で掴んだクレープに、勢いよくはむっと口をつけた。

 

「......美味しいわね」

「だろ?」

 

 私の言葉に同意を示しながら、彼も自分のクレープを頬張る。男性の割にはあまり大きな一口ではない。なんだかクレープを食べてる比企谷くんって、名状しがたい可愛さがあるわね。

 何はともあれ、折角彼が買ってくれた初めてのクレープ。しっかり味わって食べよう。

 

「はむっ......」

「......」

「......? どうかした?」

 

 クレープの中に入ったブラウニーの甘さに舌鼓を打っていると、比企谷くんがこちらをマジマジと見つめているのに気がついて。口の中に残っていたのを嚥下した後、小首を傾げて問う。

 

「いや、なんでも......」

 

 しかし彼はプイッと顔を逸らしてしまって。どうしてか、さっきから彼の頬は赤みが取れていない。その紅潮を紛らわす為だろうか。またクレープに口をつけた。

 ああ、もしかして。

 

「こっちも食べてみる?」

「は?」

「いえ、あなた、甘いものが好きでしょう? だから私のものも食べたいのかと思って」

「いや、確かに甘いもんは好きだけど......。お前はいいのかよ?」

「なにが?」

 

 そもそもお金を払ったのは比企谷くんなのだし、遠慮する必要もないでしょうに。この男はなにを躊躇っているのかしら?

 

「なにを躊躇しているのかは知らないけれど、もし良ければ私もあなたのを一口貰ってもいいかしら? それなら等価交換になるでしょう?」

「......分かった」

 

 ほれ、と私の目の前に差し出される彼のクレープ。それを遠慮なくはむっ、と咥えて、比企谷くんよりも一層小さな一口を頂いた。

 私のバナナブラウニーとはまた違った甘さで、シンプル故に食べやすく、生クリームとチョコソースが口の中で溶けていく感触を楽しむ。

 うん、美味しい。どうしてか彼の顔は更に赤くなっているけれど。

 

「では、はい。どうぞ」

 

 今度は私のクレープを差し出す。それをしげしげと見つめる比企谷くん。別に毒が入っているわけでもないと言うのに。

 やがて意を決したのか、ふう、と一つ息を吐いた後、がぶっとクレープに噛み付いた。

 

「どう? こちらも美味しいでしょう?」

「......まあ、そうだな」

 

 言葉では肯定しているくせに、その声音はどこか落ち込んだものになっている。本当は美味しくなかったのかしら? いえ、彼は極度の甘党の筈だし、それはあり得ないはず。

 不思議に思い首を傾げながらもクレープを食べようとして、気づく。

 つい今しがた、私のクレープに比企谷くんが口をつけていたことを。

 同時に、彼がどうしてそこまで顔を赤くしているのか、どうして私のクレープを食べることを、私にクレープを食べさせることを躊躇っていたのか。全て理解してしまった。

 そう、つまり。これは、れっきとした。

 間接キスである。

 

「ぁ......」

 

 それを理解してしまえば、私の頬が熱を持つのは最早必然であり、その速度は光の速度同然であった。

 そ、そう、私、比企谷くんと、か、かん、間接、キス、してしまったのね......。しかも、意図せず私から誘う形で......。

 どうしましょう。一度意識してしまったら、このクレープが値千金の価値があるように思えてしまう。このまま持ち帰って保存とか出来ないかしら? 出来ないわよね。そうよね。この場で食べるしか、ないのよね......。

 視線をチラリと隣へ動かしてみる。それで状況が変わるわけではないのに彼の方を見てみると、タイミングがいいのか悪いのか、彼も丁度こちらを盗み見ようとしていたようで。

 パチリと、彼の瞳と視線がぶつかってしまった。

 

「っ......」

「......なんだよ」

「いえ、なにも......。それより、クレープ、食べないの?」

「お前こそ、さっさと食わないと遅くなるぞ......」

「そう、ね......」

 

 さっきまでは普通に会話出来ていたのに、今は彼を直視することすら出来ない。けれど彼の言う通り、あまりここで時間を使っては遅くなってしまうのも事実で、そうなれば彼とのデートの時間が減ってしまうのも事実。

 それは嫌だから、さっさと食べてしまおう。

 この後、クレープの味なんて碌に分からなかったのは言うまでもない。

 

 

 

 

************

 

 

 

 

「悪い、待たせたな」

「いえ、お手洗いなら仕方ないわ」

 

 モール内を粗方ウインドウショッピングで楽しんだ後、帰る前に比企谷くんがお手洗いに向かった。10分もしないうちに戻って来たので、二人で帰路に着く。私の右手も彼の左手も空いているので、勿論手は繋いで。

 いっそのこと腕に抱きついたりしてみたいのだけれど、正直今は手を繋ぐだけで精一杯だ。クレープで間接キスの件もそうだが、その他にも、雑貨屋でエプロンを試着した時に、

 

「似合ってるな」

「そう?」

「おう、将来お前のそのエプロン姿を毎日見れるやつが羨ましいくらいにはな」

「そ、そう......」

 

 みたいなやり取りがあったり。

 フラリと立ち寄ったメガネ屋さんで、彼がメガネをつけようか悩んでいると言った際、

 

「試しに付けてみてはどうかしら?」

「まあ、試しにな......。どうだ?」

「......」

「え、無言? なに、似合ってない?」

「いえ、そんな事はないわ。とても似合ってると思う。けれどメガネはダメね。コンタクトにしたらどうかしら? 若しくは私のようにブルーライトカットのメガネで、特定の時にだけ使う、とか」

「うーん、まあ、そこら辺はおいおい考えるか」

 

 比企谷くんのメガネ姿が思いの外格好良くてときめいてしまったり、他の女にその姿を見せたくないと思ったり。

 そう言ったことがあった故に、手を繋いで歩くと言うことが、デート開始時に比べてとても恥ずかしいような気がして、でも嬉しいから離したくなくて。

 これらを含めて今日一日を総括するなら、比企谷くんに惚れ直してしまった、と言ったところか。私、どれだけ彼のことを好きになれば気がすむのかしら。まあ、そんな自分が嫌ではないのも事実ではあるのだし。寧ろ好ましいまであるわね。

 そんな風に今日のデートを回想していると、あっという間に私の家の前へ着いてしまった。特になにか言うでもなく、極々自然に彼はここまで私を送ってくれて。もしかしたら、比企谷くんも、少しでも私と一緒にいたい、とか。考えてくれているのかしら。そうだとしたら、とても嬉しい。

 

「雪ノ下」

 

 名前を、呼ばれた。

 彼に名前を呼ばれることが、とても好きで。

 その口で、その声で、いつでもいつまでも、私のことを呼んで欲しいと思ってしまう。

 

「なあに、比企谷くん?」

 

 名前を、呼んだ。

 彼の名前を呼ぶことが、とても好きで。

 私が呼べば、彼は返事をしてくれる。私の隣に居てくれているんだと、実感することが出来る。

 

「その、だな。これ、さっき買ったんだが......」

「これは?」

 

 繋がれていた手が解かれ、彼が制服のポケットから取り出したのは、私がエプロンの試着をした雑貨屋の袋。それがここにある理由が分からなくて、それを私に差し出す理由はもっと分からなくて、首を傾げてしまう。

 

「折角のデートだし、一つくらい、なんかプレゼントでもと思って、な......。受け取ってくれたら、嬉しいんだが......」

「プレゼント......」

 

 いつの間に、と疑問が浮かぶも、それよりも彼がそんなものを用意してくれた嬉しさが勝った。

 嬉しい。嬉しいのは確かなのだけれど、私は彼にそんなもの用意していない。だと言うのに、受け取ってしまってもいいのだろうか。

 突然デートをしようなんて突飛なことを言った私に付き合ってくれて、手を繋ぎたいと言う我儘も聞いてくれて、クレープも買ってくれて。挙句こうして、プレゼントまで用意してくれているなんて。

 彼にそこまでしてもらったのに、私は彼に返せるものをなにも持ち得ない。

 だから、これは受け取れない。

 でも、そんな理性による思考は、胸の内から込み上げる本能と欲望に屈しそうになっていて。彼が、私の為に用意してくれたこのプレゼントを受け取りたくて、おずおずと手を伸ばす。

 中々受け取ろうとしない私にしびれを切らしたのか、比企谷くんはその袋を強引に私の手に握らせた。

 

「......なんか面倒くさいこと考えてそうだから言っとくが、俺がお前に上げたいと思ったから買ったんだ。それがお前に似合うと思ったから......。まあ、要は俺の自己満足の押し付けってやつだ。だから、お前はなにも悩まなくていいし、本当に嫌なだけだってんなら無理に受け取らなくても──」

「い、嫌じゃないっ!」

「なら素直に受け取れって。その方が、俺も、なんだ、嬉しいっていうか、そんな感じだし......」

「そ、そう......。その、空けても?」

「ん」

 

 返事になっていないような曖昧な言葉を肯定と受け取り、袋の中身を取り出す。

 その中に入っていたのは、ピンク色のリボンが二つ。大きさとその個数から察するに、私の髪の毛を結んでいるこの赤いリボンの代わりに、という事かしら?

 

「あー、なんだ、要らないんだったら本当に捨てていいから」

「......捨てないわよ。折角の、あなたからのプレゼントなのだから」

 

 ぎゅっとそのリボンを胸元で抱きしめる。

 こうしてまた、私の宝物が一つ増えてしまった。

 

「ありがとう、比企谷くん。とても、とても嬉しいわ」

「......どういたしまして」

 

 ぽりぽりと赤い頬を掻きながらも、やっぱり彼の視線は明後日の方向を向いてしまっている。そういう所は、大変可愛らしいと思うけれど。

 

「......やっぱり、なにかお返しを用意したいのだけれど」

 

 こんなに嬉しい気持ちで満たしてくれたのだ。彼に少しでも返したい。そう思うのはなんら間違ったことではない筈。

 しかし今の私に出来ることなんてないし、上げられるものなんてもっとない。私自身をプレゼントしてあげる、なんて頭の悪いセリフが言えたら楽なのだけれど、そんなことを言う勇気があるわけもないし。

 

「お返しってんなら、一個だけお願いを聞いてもらっていいか?」

「お願い?」

「おう。その、明日からは毎日、そのリボン使ってくれたら、俺としても嬉しいんだが......」

 

 それはつまり。彼の小さな独占欲の発露で。

 断る理由なんて、私には無かった。

 

「ええ、勿論よ。言われずともそうさせて頂くわ」

「......そうか」

 

 本来ならアクセサリーなどの身につけるものを異性へのプレゼントに選ぶのは、それなりの関係性でないと敬遠されがちだ。

 しかし彼はこのようにリボンをプレゼントしてくれて、更にはそれを毎日身につけてくれと言ってくれた。

 明らかに、私に一歩、踏み込んできてくれている。今日、私が彼に少しでも踏み込んだように。

 

「ふう......。じゃあ、また明日、な」

「ええ、また明日」

 

 緊張が解けたようにお互い笑みを浮かべて、別れの挨拶を交わす。また明日、と言ったにも関わらずそこから動こうとしないのを見て、私をマンションに入るまで見送るらしいと察した。

 比企谷くんに背を向けて、マンションのエントランスへと入っていく。エントランスの扉はすぐに閉まってしまったので、彼がまだそこにいるのか、それとも直ぐに帰ったのかは分からない。

 ただ、どちらにしても、今現在のとてもだらし無くにやけてしまっている顔を見られないのは幸いなことだ。

 

「ふふっ、ふふふっ......」

 

 明日からは、このピンクのリボンをつけて。

 あなたの私として、登校してあげる。

 それ相応の覚悟は、出来ているのよね?

 

 

 

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