友達とは一体どう言った定義の元成り立つものなのだろうか。
最近そんなことを考えてしまうのは、俺の腕を枕代りに使ってスヤスヤと寝息を立てているこの美少女が全ての原因。
考えても答えなんて出るはずがない事に思考を費やしていないと、正直どうにかなりそうなのだ。だって普通の友達同士で、しかも異性の友達で、添い寝なんてまずしないだろう。お泊りからして成り立たない。
若干慣れた感じはあるも、それでも邪な妄想が膨らんでしまうのは俺が男である以上仕方のないこと。
昨夜は夜更かしして二人でゲームに興じていたため、目が覚めたのは午前10時過ぎ。十分グッスリ眠れたのだが、しかし彼女は俺の腕を解放してくれない。俺が目を覚ましてから既に一時間は経過しただろうか。どんだけ寝るんだよこいつ。いい加減腹も減ってきたので起こそうかとも思うが、心地好さそうな寝顔を見てしまえばそれも憚れる。
どうしたもんかと思っていると、もぞもぞと動く気配が隣から。やがて寝返りを打った彼女は、俺との距離をさらに詰めて胸元に頭を置いた。ちょっとヤバい。何がヤバいって、まず寝顔が可愛すぎだし、それから腕が俺の体に回されたから柔らかな感触を全身で感じちゃってるし、完全に俺抱き枕にされてるし。
更に膨らむイケナイ妄想。けれど、どうしてかすぐ近くの寝顔を見るとそれも霧散してしまって。あまりに幼く、成人しているとは思えないようなあどけない表情を浮かべている彼女。それを見ていると、なんだか俺の心まで安らいでしまう。
彼女が寝返りを打ったことで動かすことが出来るようになった左腕を、彼女頭に持って行ってそのまま撫でてやる。
「んぅ......」
おい。やめろおい。そんな声出すな。なんで頭撫でただけでそんなエロい声出るんだ。エロいって言っちゃったよ。
尚も触り心地のいい綺麗な黒髪を撫でていると、またもぞもぞと動き出す。本当にやめて! 今密着してる状態で動かれたら刺激が強すぎてちょっとマジで色々のヤバいから! ただでさえ男性特有の朝の生理現象がヤバいのにそんなことされたら本当死ねるから!
そんな気持ちが伝わったのか、心地好さそうに閉じられていた目が開かれる。
「おう、おはよう雪ノ下」
「ん、比企谷くん......?」
「おう。比企谷くんだ。その比企谷くんは腹減ってるからちょっと退いてくれたら助かるんだが」
「んー......」
「いや二度寝しようとするな」
いやいやと言いたげにとろんとした寝惚け眼のまま、俺の胸板へと顔を擦り付ける彼女、雪ノ下雪乃。
なんで恋人でも友達でもないこいつと一緒に寝てるのかとか、正直もう考えるのすら疲れてきてるのだが、その思考を放棄することは非常によろしくない。なにがよろしくないかは知らんけど。
「ほれ、さっさと起きろ。マジで腹減ってるから」
「仕方ないわね......」
何故か渋々と言った様子で俺から離れ起き上がる。雪ノ下の感触がちょっと名残惜しい気もしたが気のせいだろう。
目元を両手で擦っている姿は、本当に幼い子供のようで。そんな姿にまたドキリとさせられる。何度も見ていると言うのに、やはり見慣れることはないようだ。
「ふあぁ......。おはよう、比企谷くん」
「おはよう。つっても、もう11時だけどな」
グッと猫のように伸びをする雪ノ下に苦笑しながら返した。雪ノ下も「そうね」と同じく苦笑していて、完全に覚醒しているようだ。
「休日くらいしか、こんなにゆっくり眠れないものだから、つい」
「仕事、忙しいのか?」
「ぼちぼちと言ったところよ。それに、あなたが一緒に居てくれると安心してしまうから。そのせいかも」
「......まあ、そりゃ良かったよ」
穏やかに微笑む彼女のその顔を直視してしまって、頬に熱が集まる。俺程度の存在で安心出来るなんて、こいつも物好きなやつだ。
一人暮らしには十分広い1LDKの家の中を歩いてリビングへ。
「朝ごはん、どうする?」
「もう昼前だし、時間ずらして昼飯ってことにしようぜ」
「お腹が空いているのではなかったの?」
「いや、もう、なんかお腹いっぱいだし」
「......? そ、そう?」
不思議そうに首を傾げる雪ノ下。可愛い。じゃなくて。
雪ノ下の寝起きの猫みたいな姿を見たら色々お腹いっぱいになりました、とか言えるはずもなく。辿り着いたリビングに適当に転がってる座布団を引き寄せてテレビの前に置きそこに座る。
テクテクと俺の後ろをついてきた雪ノ下はテレビの電源を入れた後、なんの躊躇いもなく俺の股座に腰を下ろした。
「お前、そこ座るの本当好きだな」
「いいじゃない。あなたもこうしているの、好きでしょう?」
「まあ、否定はせんけど......」
ふふっ、と機嫌良さそうに微笑んで、俺の両腕を掴んでから肩から回すようにする。
ふえぇ、なんか柔らかいのが当たってるよぉ......。とか思いはするも、これもいつも通り。どうやら雪ノ下さん、このポジションがお気に入りのようで、俺がリビングに座っていると必ずと言っていいほどスッポリ股座に収まっては自分の体を抱き締めさせるようにする。割とマジで勘弁して欲しいとは思うのだが、この時間が案外心地よく感じてしまっているのもまた事実。
抵抗は無駄だと既に悟り、その意思はないと示すように手を挙げる代わりに、少しだけ彼女に体重を掛ける。そうすると彼女の柔らかさとか甘い香りとかが余計に感じられて、少し頭がくらりとしてしまう。
雪ノ下は許してくれているから。そんな建前でもないとこう出来ないのは、俺たちの関係云々の前に、生来の性格ゆえだろう。
「今日はどっか行くか?」
「食材の買い出しには行きたいわね。今日の夕飯はなにがいいかしら?」
「待て、お前まさかとは思うけど、今日も泊まっていくのか?」
「そのつもりだけれど。何か問題でも?」
何かもクソも何もかもが問題なんだよ。
「別に、いつものことじゃない。それとも、比企谷くんは私でなにかよからぬ妄想でもしてしまったのかしら?」
「......」
からかい混じりの微笑みがすぐ横から向けられる。それがなんだか照れ臭くて、その視線から逃れるように、雪ノ下のうなじの辺りに頭を埋める。余計に恥ずかしいことをしている気がするが、まあそれも気のせいだろう。
「図星かしら?」
「......んなわけあるか。うなじのとこ真っ赤だぞ。無理すんなよ」
「そ、それは、あれよ。きっと比企谷菌が移ったのよ......」
言い訳が雑すぎる。なんでも俺のせいにしたらいいと思ってないこの子?
事実として、雪ノ下の雪のような肌は赤みが差していて、彼女もそれなりに羞恥を感じているらしい。
よかった。これで雪ノ下がなんとも思ってなくて俺が手玉に取られてるだけとか、なんか納得いかないし。
「まあ、取り敢えず泊まって行くのはいいけどよ、着替え残ってたか?」
「洗濯はしておいたから大丈夫。あとで干しておいたら夜までには乾くわ」
「そ、そうか......」
いや本当にね。平日とか家に一人でいる時、ふと洗濯してるとこいつの下着が紛れ込んでるのはマジで心臓に悪いから。あまりの驚きにショックで心臓が動きを再開しちゃうから。だからゾンビの類いじゃねぇよ。
セルフツッコミって悲しいな......。
「じゃあ今日は暫く家にいるか」
「そうね。特に用があると言うわけでもないし」
言って、二人してテレビに顔を向ける。流れているのは情報番組。やれ政治家の不祥事だの、やれ芸能人の不倫騒動だの、もうちょい明るいニュースはないのかと思ってしまう。世の中世知辛いのじゃ。
「なあ雪ノ下」
「なにかしら?」
ふと、テレビをぼーっと眺めながら、純粋な疑問を口に出した。
「俺とお前って、どう言う関係なんだ?」
「え?」
あまりにも唐突に過ぎたからか、雪ノ下は不思議そうな顔をこちらに向ける。
本当に、少しでも近づけば唇同士が触れ合ってしまう距離で。彼女は口元に弧を描いて、その端からクスクスと笑みを漏らした。
「あなたは、どう言う関係がいい?」
「......っ」
聞き返されてしまって、思わず言葉に詰まってしまう。俺は、一体この子とどう言った関係になりたいんだろうか。どう言った関係の女の子だと、思っていたいんだろうか。
「......友達、とか」
「ごめんなさいそれは無理」
「なんでだよっ!」
いやまあ知ってましたけどね! これまで雪ノ下へのフレンド申請は全て却下されてるし。フレンド申請ってソシャゲかよ。
俺は雪ノ下と友達になりたいのだろうか。多分、そうは思っていないのだろう。だと言うのにそんなことを口走ってしまうのは、ひとえに俺がヘタレだからか。
「じゃあ、お前はどんな関係がいいんだ?」
「ふふっ、ご想像にお任せするわ。さて、ご飯を作るから離して頂戴」
微笑みながら俺の股座からするりと抜けて、雪ノ下はキッチンへ。エプロンを着けるその姿を見て、頭の中に新婚と言う言葉が思い浮かんでしまうが、首を横に振って無理矢理追い出す。
「ご想像にお任せする、って言われてもなぁ......」
望めば、お前は応えてくれるのだろうか。
応えて、くれるのだろう。後は俺に、その度胸があるかどうかだ。