八幡と雪乃の恋物語   作:れーるがん

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love letter

『今日はキスの日らしいよ』

 

 先程届いたメールを見て、溜息を吐く。

 差出人は姉。なんの脈絡もなく唐突に送られて来たそれの意図は、まあ、面白半分と言ったところだろう。

 放課後の部室には私以外に誰もいない。由比ヶ浜さんは飼い犬であるサブレの散髪に行くと言っていたし、比企谷くんは一色さんに手伝いを頼まれたらしく、姉さんのメールの前に連絡があった。

 彼と今の関係になってから漸く手に入れたアドレスは、今のところ事務的な最低限の連絡にしか使われていない。しかしそんなメールでも、差出人のところに彼の名前が表示されるだけで嬉しくなってしまうのだから。私も存外に単純な女だ。

 閑話休題。

 姉さんから届いた、この全くもって意味の分からないメール。なにを思ってこのメールを届けたのかは考えないでおこう。どうせ碌でもないことなのは確かなのだし。

 問題は、その文面。キスの日、とは果たして一体全体どう言うことなのだろうか。

 後ろの机に置いてあるパソコンを引っ張り出して来て、インターネットで検索をかけてみる。私は部室の備品でなにを調べているのだろうと思わないでもないが、疑問に思ってしまったので仕方がない。そう、これは仕方のないことなのよ。いわば部活動の一環でもあるわ。なにより私には部長としての権限があるのだし、この行為を咎めることの出来る人は校内、いや世界中に一人として存在しない。

 そんな誰に向けるでもない言い訳を頭の中で言い募ってから、目ぼしいサイトを開く。

 

「日本で初めてキスシーンの入った映画が公開された日、ね」

 

 そこに書かれていた文章を、なんとなしに読み上げる。どうやらたったそれだけの理由らしい。

 他にも今日は、ラブレターの日だったり亀の日だったり、よく分からない記念日が名を連ねていた。

 いや、待て。待つのよ私。このままキスの日と言うよく分からない記念日に困惑して姉さんの手のひらで踊らされるつもり? いいえ、そうは行かないわ。姉さんはきっと私がキスの日と言うのを口実に比企谷くんと色々やらかすのを期待している筈。その期待を裏切るために、ここはラブレターの日と亀の日のどちらかに焦点を当てた方が良いのではないかしら。

 そうと決まれば話は早い。カバンの中からルーズリーフと筆箱を取り出し、早速なにを書こうかと思考を巡らせる。

 ......何を書けばいいのかしら? そもそもラブレターってなに? 今まで男子から手紙で告白されたことは何度かあったけれど、改めて自分が書くとなると、どう言ったものを書けばいいのか全く分からなくなる。

 いや、ラブレターと言うからには、相手への愛を綴ればいいのだろう。私の、比企谷くんへの、あ、愛、を......。

 

「ふう......」

 

 よし、少し落ち着きましょう。頬がなんだか熱い気もするけれど、きっと気のせいね。最近気温も上がって来たし、それが原因よ。

 そう、別にそんなもの書かなくてもいいのよ。日頃の感謝の気持ちとか、そう言うのを書けばいい。そもそも、書いたところでこれを比企谷くんに渡すとも決まっていないし。渡さないならどうして書いたんだと言う話ではあるけれど。

 比企谷くんへの感謝の気持ち。感謝の気持ちね。その方向性で行きましょう。うん。

 ......私、比企谷くんから感謝するようなことされたかしら?

 いえ、されてるわ。比企谷くんには本当に感謝している。けれどそれを書こうとすると、結局彼への愛を綴る、と言うところに帰結してしまうわけで......。

 これもう書かなくてもいいんじゃないかしら。いえ、そう言うわけにはいかないわ。一度書くと決めたのだもの。ならちゃんと書き切らないと失礼というものよ。誰にかは知らないけれど。

 取り敢えず書き出しは拝啓からでいいのかしら。それだと少し堅苦しいような気もするけれど。いえ、明らかに堅苦しいわね。普通の高校生の書くラブレターでそんなものは書かないだろうし、季語を使った挨拶の言葉なんかもいらないはず。シンプルに。シンプルに行きましょう。

 

「比企谷くんへ......」

 

 

 

 

 

 突然の手紙ですが、出来れば最後まで読んでくれると嬉しいです。

 

 

 今日はラブレターの日、と言う情報を得たので、今日はあなたへの感謝をここに綴ろうと思います。

 堅苦しいのはあなたも苦手だと思うし、私もあまり得意ではないから、そう重く受け取らないで貰えたら幸いよ。

 

 

 いつも、私の辛辣な言葉を聞いてくれてありがとう。

 あなたはどれだけ罵詈雑言を浴びされようと、お得意の屁理屈で返してくれる。そんなやり取りを心地よく思う私もいて、それが楽しくていつも止められない。本当は嫌だったりするのかしら? それだったら言ってください。あなたが嫌がることはあまりしたくないから。

 

 

 毎日休まずに部活に来てくれてありがとう。

 あなたが部室に来て、それを私が迎える。それだけの事だけれど、私にとっては、学校にいる時に一番楽しみにしていることなの。今でこそ、今の関係があるからいつでも会えるけれど、それまではあなたとの接点はここだけだったから。実は、ちゃんと来てくれるのかと毎日不安だったりしてました。けれどあなたは部室に来てくれて。とても嬉しいです。

 

 

 私の紅茶を美味しいと言ってくれてありがとう。

 紅茶を淹れるのは数少ない私の趣味。それであなたが喜んでくれるのは、私にとっても嬉しい事です。この部室であなたに美味しいと言ってもらうために、毎日淹れていると言っても過言ではないわね。もう、あの甘すぎるコーヒーは必要ないのではなくて? もしあなたが望むのであれば、平日だけじゃなくて休日も、これから毎日振舞ってあげても構わないと思っているわ。

 

 

 私を好きになってくれてありがとう。

 私の好意を受け入れてくれてありがとう。

 あなたのことがとても好き。こうして手紙に言葉として綴るだけでは物足りないくらい。それくらいに、あなたの事が好きなの。あなたも同じ気持ちだと知った時、本当は嬉しくて泣きたかったわ。けれどあなたにそんな見っともない姿を見られたくなかった。今考えると、あなたならそんな私すらも受け入れてくれるのかしら。

 

 

 私を助けてくれて、ありがとう。

 いつも、いつもあなたに助けられていた。気がつけばずっと。あなたはそんな事ないと言うかもしれないけれど、それを判断するのはあなたではなく私。助けた自覚はなくても、助けられた自覚はある。いつかの約束とも言えない私のワガママを、あなたら聞き届けてくれた。それだけで、どれほど私が救われたか。

 

 

 次は、私があなたを助ける番ね。少しでもいい。ただ、あなたの力になりたい。あなたの為に、なにかを成したい。こう思うのは間違っているかしら?

 けれど、私はあなたの恋人だから。あなたは人に弱みを見せないけれど、私にくらいは見せてくれると嬉しいです。

 だからきっと、いつか、私があなたを助けるわ。

 

 雪ノ下雪乃

 

 

 

 

 

 

 

 部室には誰もいない。ただ、長机の上にルーズリーフが一枚置いてあっただけ。由比ヶ浜が部活不参加と言うのは聞いているし、雪ノ下のカバンはあるのでたまたま誰もいなかっただけだろう。

 生徒会の手伝いから漸く解放され、雪ノ下に紅茶を淹れてもらおうと重い足を引きずってやってきたのはいいが。

 つい出来心で、そのルーズリーフの上を躍る文字に目を走らせてしまった。

 

「なんだこれ......」

 

 頬が熱いのは気温の高さのせいではないだろう。手に持ったルーズリーフに書かれているのは、多くの感謝と、好意の言葉。素直とはとても言えない彼女の、本当の気持ち。

 生徒会室で「今日はキスの日ですねー」とか一色に散々からかわれた後ではあるが、まさかラブレターの日でもあるとは知らなかった。さらに言えば、雪ノ下がこんなものを書くと言うのも、想像がつかなかった。それも、俺の知らない彼女の一面と言うやつなのだろうか。

 

「ひ、比企谷、くん......?」

 

 不意に背後から名前を呼ばれた。その声を聞いて、ピクリと肩を震わせてしまう。

 振り向いた先にいたのは、雪ノ下雪乃。このラブレターたら言うものを書いた張本人。そしてそれは今現在俺の手の中にあり、本人の許可なく勝手に読んでしまったと言うのを決定づけている。

 

「よ、よお、雪ノ下。どこ行ってたんだ?」

「......お手洗いよ。そんなことよりも、それ......」

 

 彼女が指で示すのは、俺が持っているルーズリーフ。雪ノ下の顔は真っ赤に染まっていて、そんな表情を見てしまえば俺の顔もつられて赤くなってしまう。

 

「み、見た......?」

 

 無言で頷いた。嘘を吐いても仕方がない。なにより、彼女の気持ちをこんな形であれ知れたのは、俺にとって嬉しい事ではあるのだし。

 そう、とだけ呟いて俯く雪ノ下。あれ、もしかしてゆきのん泣いちゃった? 嘘を吐いてでも読んでないと言うべきだったのだろうか。でもそれをしてしまえば、ここに書かれている彼女の気持ちすらも否定してしまうような気がして。それは嫌だった。

 

「比企谷くん」

「な、なんだ......?」

 

 顔を上げてキッとこちらを睨むように見据える雪ノ下。怒られそうで怖い。

 再び名前を呼ばれた後、彼女らしからぬ大股で下品とも言える所作で俺との距離を詰めてくる。やがて彼女が立ち止まったのは、殆どゼロ距離とも言えるほどの近さ。腕を回せば直ぐに抱き締めることが出来てしまうほどの。

 

「雪ノ下......?」

 

 眼下には彼女の頭があって、こちらを上目遣いで見つめる濡れた瞳と視線がぶつかる。

 そんな距離まで肉薄されたのは初めてのことで、心臓が煩いくらいに高鳴ってしまう。この距離だと、その音が聞こえてしまわないだろうか。なんて、あり得るわけもないことの心配までしてしまう始末。

 

「今日は、キスの日、らしいのよ......」

 

 やがて発した一言は、そんな確認するかのようなもの。未だ頬を真っ赤に染めたまま、彼女は俺の胸に手を添える。

 ああ、これで俺の心臓の鼓動は隠せなくなってしまった。白魚のような指の感触がどこか擽ったく、けれど何故かとても愛おしく感じてしまって。

 徐々に近づいてくる雪ノ下の綺麗な顔。間抜けにもそれに見惚れてしまっていた俺は、実に呆気なく、彼女に唇を奪われた。

 

「んっ......」

「......っ」

 

 一瞬、なにが起こったのか理解が遅れた。

 離れていった柔らかい感触は、しかしまだ残っている気がして、だけどとても名残惜しい。

 あの雪ノ下雪乃と、キスをした。

 その事実を認識したと同時に、顔が焼けるように熱くなる。

 

「おま、えっ......! なんでいきなりっ......!」

 

 慌てて後ろに飛び退こうとするも、即座に制服の裾を摘まれてそれも叶わず。ただ、俺の顔を見上げる彼女の視線を、彼女と同じ真っ赤な顔で受け止めることしか出来ない。

 

「キスしたかったから......。それでは、ダメ、かしら......?」

「......ダメじゃない」

 

 なんとか絞り出した言葉は、明後日の方を向いて発してしまったけれど。目だけでチラリと盗み見た彼女は笑っていたから、間違った返答ではなかったようで一安心。

 

「これ......」

「......ぁ」

 

 そう言えばと思い、手に持ったままだったルーズリーフを彼女に差し出す。キスをされた衝撃で頭から抜け落ちていたが、元はと言えば俺がこれを読んでしまったせいだろう。

 とは言え、流石にそこからキスをすることになるのは、些か以上に脈絡がなさすぎるが。

 

「......あなたに上げるわ」

「いいのか?」

「元々、あなたへの、その、ラブレター、なのだから。それが当然でしょう」

「......そうか」

 

 改めてその文章を読み返そうとして、パッと取り上げられた。

 

「さ、流石に恥ずかしいから、読むのは帰ってからにして頂戴......」

「ああ、うん。そうだな」

 

 斜め下に視線をやりながら言うその姿がとても可愛らしい。

 取り敢えず、帰ったら俺も書いてみよう。我が恋人へのラブレターと言うやつを。

 どんな風に書けばいいのかは分からないから、雪ノ下に倣って、まずは感謝の言葉でも綴ろうか。彼女に感謝することなんて多すぎて、絞り切るのが大変そうだ。

 柄にもなく、それを書くのが少し楽しみな自分がいて、自然と笑みが漏れてしまった。

 

「なにを笑っているのかしら?」

「いや、なんでもない。それより紅茶、淹れてくれよ」

 

 美味しいって、今日も言いたいから。

 

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