八幡と雪乃の恋物語   作:れーるがん

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有り触れた青春のワンシーン

「好きです!付き合ってください!」

 

 一つ下の後輩に校舎裏へと呼び出され、思いの丈を告げられる。

 高校生活と言う青春の舞台には有り触れたワンシーンだ。

 しかし、こと俺に関して言えば、それは全く異質なものへと変化する。

 まず最初に、俺が校内でも指折りの嫌われ者であると言うこと。他学年にどこまで広まっているかは知らないが、文実委員長を泣かせたヒキタニ、なんて話は探せば幾らでも出てくる。

 次に、中学での俺の経験。呼び出しを食らった時点でまず罰ゲームとかその類だろうと疑って行かない可能性が大。

 従って、俺に関しては青春ラブコメ的イベントなんて起こるはずも無いのだ。ソースは入部当初の俺と雪ノ下。美少女と密室で二人きりだと言うのに、あの時やってた事なんて互いの黒歴史をほじくり返しては、互いに傷を負うとか言う訳の分からん生産性皆無な事しかしてなかったし。

 それが俺だ。伊達にどこぞの大魔王に理性の化け物だか自意識の化け物だかと呼ばれてない。

 

 さて、ここで今現在の俺の状況を冷静に把握してみよう。

 場所は校舎裏。ベストプレイスに程近い所だ。ベストプレイスよりも更に人目のつかない奥の方となっている。

 時は放課後。授業もすべて終わり、これから部室へ行こうと言う時に、何故か二年F組の教室にやって来た一色いろはに言われるがままここに来てしまった。

 そして俺の目の前には、一年生である女子が。俺の目を見つめて先程の言葉を放った。

 一大事である。

 この名前も知らない一年生。どうやら彼女曰く、一ヶ月ほど前に階段から転げ落ちそうになっていた所を俺が助けたらしい。

 この俺の高度な頭脳による記憶力で過去を回想してみると、確かにそんな事があった。あの時も部室に行く途中だったか。

 

「その、返事を、お願いしてもいいですか......?」

 

 不安そうにこちらを見つめる目は小動物を思わせる。よく見れば可愛い子だ。短く切り揃えられたボブカット。クリッと大きな目。制服は規定通りに着用しており、彼女の真面目さが伺える。

 返事を、と言われたからには返事をするしか無いのだが、さてどうしたものか。

 何もこの告白を受けようかどうかで悩んでいる訳では無い。

 彼女には悪いが、どう断ろうかで悩んでいる。適当に嘘をでっち上げて適当に断るのは簡単な事だろう。

 しかし、彼女は罰ゲームで俺に告白している訳で無ければ、その想いは本気という事なのだろう。ありがたい話だ。こんな人間の屑を好きになってくれるなんて。

 ならばこそ、そんな不誠実な真似をするわけにはいかない。

 そりゃ俺だって健全な男子高校生なわけで、こんな可愛い子から告白されてしまっては心も揺れ動く。彼女だって欲しい年頃だ。

 

 

 ふと、視界の端であるものが揺れ動いた。

 風で靡いた艶やかな黒。その中を飛ぶ番いの赤い蝶。

 実際にその姿を見た訳でも、顔を見た訳でもない。校舎の影からチラリとそれが見えただけだ。

 けれど、それを見た途端に脳裏に過るのは、あいつの、雪ノ下の顔だった。

 ......断る理由、見つかっちまったなぁ。

 別に悪いことをしようという訳ではないのに、心が罪悪感で押しつぶされそうになる。それを必死で耐えながら、俺は目の前の女生徒をしっかりと見て、返事の言葉を口にした。

 

「悪い。俺、好きなやついるんだ」

「そう......、ですか......。あの、お話、聞いてくれてありがとうございました」

「いや、こっちこそ、悪い」

 

 短く言葉を交わした後、女生徒は俺を横切り、校舎の方へと駆けて行った。

 成る程、これはキツイ。

 自分に向けられた感情、しかも好意的なそれを、他の誰でもない自分自身の感情で踏み躙る。

 少し大げさな言い方かもしれないが、強ち的外れという訳でも無いだろう。

 どっと押し寄せて来た妙な気疲れを溜息で押し流し、女生徒が駆けて行った方とは逆方向に歩き出す。

 そこにはまだ、先ほど見た流麗な黒が残っていた。

 

「よう、奇遇だな」

「......そうね」

 

 校舎の角を曲がって直ぐの所に、雪ノ下は立っていた。

 いつものように背筋をピンと伸ばして、けれどその顔はどこか浮かないものだった。

 彼女のことだから、きっと覗き見してしまった事に対して申し訳なく思ってるとかそんなんだろう。別に気にしなくてもいいと言うのに。

 

「その、ごめんなさい。覗くつもりは無かったの」

「いい、気にすんな。それより部室行こうぜ。由比ヶ浜が待ってるかもしれん」

 

 この話はこれ以上続ける必要はない。事実、俺と彼女の間にはなんとも言えない微妙な雰囲気が漂っていた。

 確かに今考えたら、さっきの全部雪ノ下に聞かれてたって事だよな?

 っべー、今更ながらなんか恥ずかしくなって来た。しかも俺が断った時の言葉も聞いていたとすれば......。

 

「あなたにもいるのね。好きな人」

 

 ど真ん中ストレート160km/hの発言が飛んで来やがった。普通そこは流して何事もなかったかのように部室行くところじゃないの?

 

「いちゃ悪いかよ。俺だって一般的で健全な男子高校生なんだ。好きなやつの一人くらいいてもおかしくないだろ」

「あなたが一般的かつ健全なのかはさて置くとして」

「さて置かないで」

「そう、よね......。あなたにも、そう言う人がいてもおかしくはないものね」

 

 雪ノ下の表情が更に沈んで行く。

 このタイミングでそんな表情をされてしまえば勘違いしちゃうだろ、なんて言えるほど、こいつとの関係は浅くない。

 いや、寧ろ勘違いの可能性の方が高いかもしれないけれど。

 でも、ここで一歩、踏み込んで見ても、良いだろうか。

 

「なあ雪ノ下、ちょっと話に付き合ってくれよ」

「部室に行くのではないの?」

「まあその前にちょっとだけだ。ただの与太話だと思って聞き流してくれてもいいし、なんなら俺の独り言だと思ってくれてもいい」

「そんな言い方をされると更に聞く気が失せるのだけれど......」

「バッカお前、俺が今までどれだけお前に与太話を繰り返して来たと思ってんだよ。今から話すのも、それと同じだ」

 

 材木座のセリフを若干パクってしまったが、まあ気にしない。なにせ材木座だから。

 雪ノ下の隣に立って、壁にもたれ掛かる。その距離は人一人分くらい空いている。

 雲ひとつない晴れ空を見上げながら息をひとつ吐き、誰に言うでも無く、言葉を発した。

 

「俺の好きなやつな、凄いやつなんだよ。勉強も出来るし、運動だって出来る。しかも超美人と来た。俺なんかが逆立ちしたって敵わないようなやつだ」

 

 隣の雪ノ下の肩が震えたのが分かった。

 けれど、それに対して俺が反応することはない。彼女はこの話を聞き流しているから、数分後には忘れているだろうし。

 

「最初はそいつに憧れた。そいつの強さや正しさが俺に眩しかった。同じぼっちで、俺とそいつは似てると思っていたんだ。けれど、全然似てなかった。おかしいくらいに違ったんだよ、これが」

 

 地面を見つめる雪ノ下と、空を見上げている俺。

 普段なら逆だろうに。

 いつも下を向くくらい卑屈なのが比企谷八幡で、いつも上を向くくらい真っ直ぐなのが雪ノ下雪乃で。

 それが、いつもの俺たちだったのに。

 

「でも、そもそもの前提から間違えてた。べつにそいつは特別なやつなんかじゃなかった。本当は普通の女の子なんだよ。猫とパンさんが好きで、犬とか暗いところとかが苦手で、素直になれずに毒吐いて、姉にコンプレックスを持ってて、唯一の親友の為に頑張れる。そんな普通の女の子だったんだ」

 

 雪ノ下は何も言わない。

 だから、俺も彼女にかける言葉はない。

 ただ、独り言に似たような話を続けるだけ。

 

「多分、俺に見せてないだけで、もっと別の側面がそいつにもあるのかもしれない。それを知りたいと思った。そんで、そいつも俺のことを知りたいと思ってくれてる、と思うんだよ。まあ、いつもの勘違いかもしれんけど」

 

 最後に自虐的に笑って、話は終わりだとばかりに壁から背を離した。

 この話は本当にここで終わりだ。

 この後部室に行けば、またいつもの日常に戻るし、ここでの事は無かったかのように扱われる。

 それでいい。

 

「ほら、部室行こうぜ。マジで由比ヶ浜待ってるかもだし」

 

 雪ノ下の方を見向きもせず、背中を向けて歩き出そうとして、しかし、出来なかった。

 

「勘違いじゃないわよ」

 

 いつもの、鈴のような綺麗な音色が聞こえて来たから。

 

「勘違いでは、ないわ」

 

 振り返った先の雪ノ下は、先程までの沈んだ表情を消していて。

 もう随分と見慣れた、澄み渡った空を思わせる強い瞳で俺を見ていた。

 いつもその瞳に映されていたと言うのに、直前の出来事もあってかどこか気恥ずかしくなる。

 

「......そうか」

「ええ、そうよ」

 

 雪ノ下雪乃は嘘を吐かない。

 俺の中では最早定説と化したそれだが。

 その雪ノ下が、ここまで断言したのだから、勘違いではないのだろう。

 卒業までに、校舎裏へと呼べるだろうか。

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