「なあ比企谷。頼むから今日は来てくれよ!」
「ならん。行かん。絶対断る」
大学生と言えば。個人的な偏見で言わせてもらうと、勉強してるイメージなど全くなく、年中遊んでいる。高校の頃はそんなイメージを抱いていた。いかんせん、当時のサンプルが神出鬼没の魔王しかいなかったので、そのイメージには多分に偏見が含まれているが。
だが実際に自分が大学生になってみるとどうか。まあ、確かに遊ぶ暇くらいある。バイトをしていてもなお余裕が出来るくらいには。一回生だった去年は色々と慣れないことがあったものの、二回生の今年は本当に時間が余る。
その余った時間で大学生がなにをするのか。俺を例に挙げるのは些か以上に間違いだと思うので、先程から俺にペコペコと頭を下げては懇願している同期の知り合いを見てみよう。
「今日はマジで逃したくないんだって! 向こう、めっちゃ美人の子連れてくるって言ってんだよ!」
「他を当たれ」
この大学に入学してから何故かやたらと俺に構う目の前の知人(イケメン)は、今にも土下座しそうな勢いだ。まさか葉山みたいな見た目で戸部みたいなチャランポランのやつがこの世に存在するとは。
そして今の会話でなんとなく察してくれただろう。そう、合コンである。
彼らは女を求めて幾多の戦場を駆け回り、そして散っていく。ただの一度も勝利はなく、ただの一度も理解されないのだ。
俺もこれまで何度か誘われているが、どれも断り続けている。彼と飲みに行くのが嫌いとかではない。寧ろこいつにはどちらかと言うと好ましい感情を持ってすらいる。
しかし、俺は合コンの誘いだけは一度も乗ったことがないのだ。
「お前に彼女いるのは分かってる! でも俺を助けると思って!」
それが、いつも誘いを断る理由だった。勿論それだけと言うわけでもないのだが、家に帰ればあいつがいるのに、どうしてわざわざ他の女がいるとこまで出向かなきゃならんのか。
だがしかし、こうも助けてくれと懇願されてしまっては、八幡くんの優しい心は揺れ動くと言うもので。
途上国にはODAを。ホームレスには炊き出しを。モテない男子には、女子との会話を。
「はぁ……。今回だけだぞ」
「っしゃあ!」
それが俺たちの、活動方針だったはずだ。だからあいつも、怒りはしないだろう。
他のやつらに連絡してくると言う知人(友人ではない)を尻目に、俺も家で待ってるであろうあいつに連絡するために携帯を取り出す。
だがどうも、連絡するまでもなかったようで。『今日は大学の友人に誘われて外に食べに行くから、晩御飯用意できません』とラインが来ていた。ふむ、珍しいことだが、まあそう言うこともあるだろう。あいつが大学で友好的な人間関係を築けているのが分かっただけ良しとしよう。それに『了解、俺も大学のやつらと食いに行く』とだけ返して、携帯をポケットにしまった。
「よし、行こうぜ比企谷! いざ戦場へ!」
「分かったからくっつくな」
さて、根暗ぼっちの合コンデビュー戦。戦果を挙げるつもりなど毛頭ないが、せめて自己紹介とかで噛まないようにはしよう。
今回戦場となったのは、駅前のダイニング居酒屋。普通の居酒屋よりもちょっとオシャレな感じで、全席個室になっている。初めて入ったそんなお店の雰囲気に既に呑まれかけているのだけど、俺以外の参加者である他の三人はそんなことなく。どころか、ワクワクと目を輝かせてすらいる。
正直、合コンなんて参加したことないから、最近見たアニメでの知識しかないわけで。大丈夫だろうか。向こう全員ケバ子とかそんなオチじゃないことを祈りたいけど。
「いいか比企谷、彼女持ちのお前は、今回俺たちのサポートに努めてくれ。裏でこそこそするのとか、お前得意だろ?」
「ぼっちにそんなん期待すんな。こっちは普通に喋れるのかどうかすら不安なんだぞ」
「彼女いるくせに?」
「その彼女が特殊すぎただけだ」
などと会話していると、個室の扉がガラリと開かれた。どうやら、相手さんのお出ましのようだ。
「お待たせしましたー」
間延びした声で入ってくるのはイマドキって感じの女子。髪は茶色に染めていて、服もなんかオシャレで。そしてその子から遅れて入ってきた子も似たような子だったが、その後ろにいるであろう女子の手を引っ張っている。
「ちょっと、合コンだなんて聞いてないわよ」
「だって言ってないんだもん」
「ほらほら、諦めて楽しんじゃおーよ」
さらに一番後ろの子から押されて入って来たのは、黒くて長い髪に、その中で踊る番いの赤い蝶、雪のような白い肌と、美しすぎるその顔。見覚えがあるどころではない。だって、毎日家で会っている。て言うか、一緒に住んでいるのだから。
隣に座っている、俺をこの場に誘った奴が、脇腹を肘で小突いてきた。ああ、そう言えばお前は、彼女と会ったことがあったな。
彼女も俺を視認したのか、一瞬目を丸くして驚いていた。しかしそれも本当に一瞬。次の瞬間にはニヤリと愉快そうに口元を歪めていて。
おい。待ておい今何を企んだ。
「そうね、ここまで来たら諦めるとするわ」
「お、ようやく乗り気になってくれた?」
「それじゃ早速始めよっかー」
席に着く女性陣。ご丁寧に彼女、雪ノ下雪乃は俺の前に着席。そのニコニコ笑顔が超怖い。
ふと、男性陣の方に視線を向けてみると、俺と隣に座るやつ以外の二人の箸が、雪ノ下の方に向いていた。八幡知ってる! あれ、自分が狙ってる女子の方に向けるやつでしょ! この前ダイビングアニメで見た! こいつらふざけんなよぶっ殺すぞ。
「じゃあ俺から順番に自己紹介してこっか!」
俺の逆端に座る同じ学科のノッポが、いいところを見せようと率先して動く。名前、大学名、趣味、そして最後にお茶目な一言。え、面接かなにかですか?
俺以外の三人が終わり、ついに順番が回って来た。まあ、適当に済ませばいいだろう。この場を穏便に済ますため、あくまでも雪ノ下とは無関係を装い、彼女がいるとかそんなことも言わずに。他の二人は俺と雪ノ下が付き合ってることはおろか、俺に彼女がいることすら知らないからね。
「えー、比企谷八幡です。大学はこいつらと一緒、趣味は読書。以上」
とまあ、こんな感じで当たり障りないことを適当に言っておけばなんとかなる。ほら見ろ、女性陣もこの自己紹介になんら突っ込むこともせず、わー、とかよろしくねー、とか言ってるしってちょっと待ってなんですか雪ノ下さんなんでそんなジト目を向けてるんですか嫌な予感するんですけど。
「じゃー次、そのまま雪ノ下さん行こっか」
「ええ」
俺の対角に座る女子が言い、雪ノ下がこちらに流し目を送ってくる。このタイミングでそんなことされても嫌な予感が確信に変わるだけなのでやめて頂きたい。
「雪ノ下雪乃です。C大に通っていて、趣味は読書と、それから最近は、彼氏に手料理を振る舞うことかしら」
ふふっ、ととても幸せそうな顔で微笑む雪ノ下。ちょっと、意味深な視線をこちらに寄越すのやめて下さい。普段なら嬉しいけど今はちょっと状況が違うからね。バレたら俺、後で他の二人にタコ殴りされるかもしれないからね。
しかし、彼氏がいることを教えたんだ。これで奴らの端の向きも変わって……ないっ⁉︎ マジかこいつら。どんだけハート強いんだよ……。おい俺の二つ隣のやつ。メガネスチャッとかやってんじゃねぇぞ。カッコつけんなクソ野郎。
その後は自己紹介も滞りなく終わり、やって来た飲み物で乾杯。俺の隣に座ってるイケメンは持ち前の軽さとコミュ力で雪ノ下以外の女子に話しかけている。しかし残った二人の男どもは、俺に席を変われとばかりに視線をよこしてきた。勿論無視。
「はいはい、しつもーん! 雪ノ下さんの彼氏ってどんなやつ?」
端っこに座るノッポが、身を乗り出して対角の雪ノ下に質問を投げかけた。その質問はマズイ。非常にマズイ。彼女の返答いかんによっては、俺とバレてしまう可能性が大いにある。
だから目の前の雪ノ下にアイコンタクトをとる。頼むから、当たり障りない答えで頼むぞ、と。それをどういう風に受け取ったのか、雪ノ下はニコリと微笑み、口を開いた。
「そうね。彼はまず目が腐っているわ」
「え、目が……?」
「ええ。それから根性もねじ曲がってるし、将来の夢は専業主夫とかふざけたことをまだ言い続けているし、屁理屈ばかり捏ねて、家ではずっとダラダラしてる覇気のないダメ人間ね」
ちょっと心が折れそう。当たり障りのないこと言えってアイコンタクトしたじゃん。やっぱり言わなくても分かるってのは幻想じゃったか……。いや、この場合は分かっててあんなことを言ってるんだろうけど。
隣のイケメン君なんて必死に笑いこらえてるし。全部知ってる傍観者の君は楽しそうでいいですね。
「そんなやつなら別れちゃえば? 雪ノ下さんに相応しい人ならもっといるって! 例えば俺とか!」
「おいおい調子乗りすぎだろそれは!」
笑いに包まれる俺以外の面々。約2名ほど別種の笑みを浮かべているが。
てか、このノッポはマジで何を調子に乗ってんの? お前程度が相応しいわけないだろ? 削ぐぞ?
「ふふっ、面白い冗談ね」
あの、目が笑ってませんけど雪ノ下さん。その言葉の後に続くのは「殺すのは最後にしてやる」的なあれじゃないですよね? しかしそれに気づかないノッポとメガネは気をよくしてまだ笑っている。
「でもね、そんな彼でもいいところはあるのよ? 誰よりも優しい癖に、不器用だからその伝え方を知らなくて、多くの人に勘違いされながらも、私を助けてくれた、そんな人なの」
その幸せそうな笑顔に、誰もが見惚れ、息を呑んだ。男連中だけならず、女性陣までも。
俺はと言うと、正直照れ臭いやら恥ずかしいやらで絶賛死にそうになっているのだが。隣のイケメン君に小声で良かったなと囁かれた。やめろゾワッとするから。
「そ、そうだ! えっと、比企谷君だっけ? 比企谷君は彼女とかいるのかな?」
「え、俺?」
一瞬静まり返った場を再び盛り上げるように、雪ノ下の隣に座った女子が聞いてくる。確か、雪ノ下を引っ張ってた人だ。
てか、何故俺に聞く? これなんて答えたら正解なのん?
「ああ、比企谷ならいるよ、彼女。それも飛び切り美人な子がね」
「おいお前なにを勝手に……」
勝手にバラすイケメンに苦言を呈そうと思えば、そのイケメン越しに殺気を感じた。どう言うことだ、聞いてないぞと、ノッポとメガネが睨んでくる。
そして状況は更にややこしいことになり。
「へぇー。それって雪ノ下さんとどっちが美人なの?」
本当に、単純な好奇心故の質問だったんだろう。今度は俺に質問してきた子の隣、雪ノ下の背中を押しながら入ってきた子に尋ねられた。
今度は前方から視線を感じる。そちらに目を向けると、ニコニコ笑顔の雪ノ下が。だから、これどう答えたらいいんだよ。むしろどう答えても正解なのでは?
「あー、雪ノ下、さんの方が美人なんじゃないか? うん。多分。恐らく。きっと。知らんけど」
「ははっ、なにそれー」
「ウケるー」
「彼女さんに怒られるよー?」
今折本いなかった? 気のせいか。ウケるとか誰でも言うもんな。
しかし彼女さんに怒られると言われても、その彼女さんは今まさしくあなた達の隣でニコニコ笑ってらっしゃるのですが。怖いんですが。
「あなたみたいな目の腐った影の薄い人にも彼女はいるのね。世の中不思議だわ」
「おい、目の腐ったはまだしも、影の薄いは余計だろ。むしろこの目のお陰で無駄に存在感が増してるまであるぞ」
そもそもその彼女とやらはあなたなんですがあの。
「良かったわね、マイナスしかないあなたの目もこれで役に立つじゃない。けれど、他の人にとってはどうかしらね……」
「俺の存在、邪魔者扱いするのやめてくれる? こう見えても俺はバイト先でも重宝されてんだぞ。知ってんだろそれくらい」
「別に邪魔だなんて一言も言っていないのだけれど。流石の妄想力ね、尊敬するわ」
「まあな。俺ほどの妄想力を手に入れれば、思い浮かべられないことなんてなにもないんだよ。ところで、初めて参加した合コンに恋人様がいらっしゃるのは俺の妄想ってことでオーケー?」
「現実逃避まで一級品だなんて、尊敬を通り越して軽蔑するわ」
「そこは尊敬したままにしといて」
と、ここまでいつものような会話を繰り広げたところで、他のやつらがぽかんと口を開けているのに気がついた。隣のイケメンはくつくつと笑みを漏らしているけど。
あー、これはやっちゃったパターンかな? 高2の文化祭ん時と同じようなパターンかな? この場をどう乗り切ろうか考えていると、向かいの雪ノ下がクスリと笑みを一つ落とし、堂々と宣言した。
「そう言えば、紹介がまだだったわね。私の彼氏の比企谷八幡よ」
この後、作戦会議と称して連行されたトイレで、タコ殴りされかけたのは言うまでもない。
お前らそんなに人の幸せが憎いか。
「じゃあな比企谷、雪ノ下さん。俺らは二次会行ってくるわ」
「おう、さっさと行ってこい」
手を払うように振って、俺と雪ノ下以外の6人を見送る。果たしてあの中で、何人が上手くいくのやら。考えたら少し悲しくなる。
さて、後は帰るだけとなったわけだが。
「で、お前なにしてんの?」
「それはこっちのセリフよ。あんなところにいるなんて聞いていないのだけれど」
隣に立っている恋人様に胡乱な目を向けると、向こうからも同じ眼差しが返ってきた。
「俺はあいつに頼まれて人数合わせ。お前はどうせ、騙されて来たクチだろ?」
「そうよ。日頃レポート見せてるお礼にと言われたから、ありがたくご馳走になろうとおもったのだけれど、蓋を開けてみればあれだもの」
嘆かわしいとばかりにため息を吐くが、それよりも俺には聞きたいことがある。
「俺が聞きたいのは、なんでいたのかじゃなくて。なんであんな真似したんだって話。あの後大変だったんだぞ」
いや本当。イケメン君が助けてくれなかったらメガネとノッポに殺されてるところだった。しかもなにに対抗してんのか、結局箸の向きは雪ノ下から変わらなかったし。飯ちゃんと食えよ。
「少しからかってあげようと思っただけよ。お気に召さなかったかしら?」
「お気に召したように見えたか?」
「どうかしらね」
ちょっとくらいは嬉しいこともあったけど。それでもやっぱり、ああ言うのは心臓に悪い。
こう言うとこ本当姉に似てるなこいつ。雪ノ下の血筋マジ怖い。
「さて、帰りましょうか」
「だな。ああそうだ、帰ったら軽くなんか作ってくれよ。微妙に小腹が空いてる。彼氏に手料理作るのが趣味なんだろ?」
「ええ、その通りよ。だって、私の彼氏は既に私に胃袋を掴まれてるもの。作り甲斐があるわ」
仕返しに揶揄ってやろうかと思えば、柔らかな微笑で反撃された。それ一つでノックアウトされるあたり、掴まれてるのは胃袋だけではないらしい。
「それよりも、合コンに行くだなんて聞いていなかったのだけれど、どうして素直に言わなかったのかしら?」
「えっ」
「どうしてかしら?」
まだ九月なのに寒くない? やっぱ合コンとか参加するもんじゃねぇな……。