八幡と雪乃の恋物語   作:れーるがん

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ゲーガイル続ゆきのんルートの翌日のお話的な


刻む足跡

  窓の外は一面の銀世界。昨日から降り続く雪は千葉の交通網に大打撃を与え、結果我らが総武高校は無事に休校となってしまった。

  普段なら小躍りする勢いで喜んでいるのだけど、今日の俺はそうもいかない。

  リビングでコタツに足を突っ込み、机の上にぐでーっと体を預ける。現実に脳の理解が追いついていないと言うか、実は昨日のことは全部夢だったんじゃないかと言うか、まあ、そんな感じだ。や、どんな感じだよ。

 

「ちょっとお兄ちゃん、そこ邪魔なんだけど」

 

  顔を上げると、カマクラを抱えた小町が不服そうにこちらを睨んでいた。コタツのスペースはまだ余裕があるから、邪魔ということはないと思うのだが、小町がいいたいのはそう言うことではないらしい。

 

「朝からそんなじめっとした顔を見せられる小町の身にもなってよねー」

「そりゃ悪うござんした……」

 

  受験が終わった小町は、先日までの不安な様子をちっとも見せていない。合格発表まだだろとか言ったらまた機嫌を損ねる可能性があるので、間違っても小町の前でその話題を出してはいけない。

  そんな小町は俺の対面に座ると、抱えていたカマクラをコタツの中に放り出した。あ、足の先にふわふわした感触が。

 

「なに、またお兄ちゃんなんかやらかしたの?」

「いや、お兄ちゃんがいつもなにかしらやらかしてるみたいな言い方、やめてくれる?」

「だって事実じゃん」

「……」

 

  ぐうの音も出ないとはこのことか。

  しかしこれ、小町に言ってもいいものか。いや、言うべきだとは思うんだけど、そうしたらこいつ、変に騒ぎ出しそうだしなぁ……。

 

「ほれ、小町に言ってみそ」

「いや、別になんかやらかしたとか、そう言うんじゃないんだが……」

 

  どうしようかしらと俺が唸っていると、コタツの上に置かれた小町の携帯がブーっと着信を告げた。それを見て、兄から完全に携帯へと意識を向ける妹。ちょっと悲しいです。

  果たして誰からのメールなのかしらんと思いつつも、そこまで聞いてしまえば嫌われること間違いなし。小町が再び俺に意識を向けてくれるのを待ちながら、ふーんとかほーんとかよく分からん小町の鳴き声を聞き続ける。

 

「お兄ちゃんお兄ちゃん」

「ん?」

「小町、きのこの山食べたい」

「お兄ちゃん、たけのこの里派なんだけど?」

「そんなの今どうでもいいから。さっさと買ってきて。ほら今すぐに」

 

  え、今から? 今、雪降ってるよ? 寒いよ? 下手に外出たら死ぬよ?

 

「そうか、小町はお兄ちゃんを殺すつもりなんだな……」

「そういうのいいから。ほら、海浜幕張まで買いに行ってきて」

「ねえ、お菓子買うくらいならそこらのコンビニでよくない? なんで駅前まで行かなきゃダメなの?」

 

  そもそも俺は里の人間であるからして。そんな俺がきのこの山を買おうものなら、同志達になにをされるか分かったもんじゃない。

  やつらは裏切り者には容赦ないのだ。ソースは材木座。ゲーセン仲間が山の人間だと知った途端、めちゃくちゃ影で悪口言ってた。相変わらず小ちゃい男である。

 

「ごちゃごちゃ言わずにさっさと行くの!」

「へえへえ、分かりましたよ……」

 

  経験上、ここでゴネ続けても小町が折れないのは知っている。ならば可愛い妹のためにこの寒空に身を投じるしかあるまいて。お兄ちゃんな自分が恨めしい。

  部屋で適当に着替えてコートとマフラーと手袋で完全防寒。いざ極寒の千葉へ。

  家を一歩出ただけでもう帰りたさがハンパないのだが、受験を頑張った小町のためにと凍える体に鞭を打つ。

  駅まで向かうのにバスを使おうか迷ったが、体を温めさせる為にも徒歩で駅前まで。

  が、比企谷八幡痛恨のミス。体を温めるもクソもなかった。普通に寒い。だが結構歩いた今からバスに乗る気も起きず、素直に徒歩でなんとか駅前に辿り着いた。

  さて小町ちゃんのお気に召すきのこの山はどこで買えるかしらと辺りを見回して、予想外の人物を発見してしまった。

  いや、海浜幕張を指定された時点で、もしかしたら会えるかなーとか思ったりしたのだけど。でも、まさか本当にいるなんて思っていなくて。

  早くなる鼓動を自覚する。頬も緩んでしまって、さっきまでとは違ってむしろ熱いくらいだ。

  それらをなんとか落ち着かせ、駅の入り口に立つ彼女、雪ノ下雪乃のもとへと向かった。ああ、ダメだ。逸る気持ちが足取りに出てしまっている。

 

「雪ノ下」

「あっ……」

 

  俺の呼びかけに応えて振り向いた雪ノ下が、一瞬だけ。本当に一瞬だけ、表情を和らげた。迷子の中、見知った人物を見つけた時みたいに。それが堪らなく嬉しくて、またにやけそうになってしまう。

 

「よお」

「こんにちは……」

 

  彼女はいつもの白いコートを着ていて、チェックのフレアスカートから伸びる足は黒いタイツに包まれている。対して俺は適当なスウェットに防寒具を着込んだだけだ。待ち合わせた訳でもなくたまたま出会っただけだと言うのに、なんだか申し訳なくなる。

  て言うか、挨拶以降の会話が続かない。だって、どうしても思い出してしまうから。昨日交わした言葉と、唇に触れた柔らかい感触を。

  それは雪ノ下も同じなのか。恐らく頬が赤くなっているのは、寒さのせいだけではないのだろう。

 

「あー、お前、なんでこんなとこいんだ?」

「え?」

「いや、こんな寒い中こんなとこいるんだから、誰かと待ち合わせとかか?」

 

  沈黙がさすがにつらくて、俺から尋ねてみた。ただでさえ今日は寒いのに、こんな朝早くから。シスコンの鑑である俺と違って、まさか雪ノ下が陽乃さんに言われてなんか買いに出てきた、なんてあり得るわけもないだろうし。

  由比ヶ浜あたりと待ち合わせてるのかにゃーと思いきや、雪ノ下の手袋で包まれた指は、何故か俺を指している。

 

「あなたを、その、待っていたのよ……」

「へ? 俺?」

「小町さんに、ここにいれば会えるって言われたから……」

「そ、そうか……」

 

  つまりなにか。俺に会う為だけに、雪ノ下はこの寒い中、外まで出てきてくれて。さっき小町のもとに届いたメールは、雪ノ下からで。

  しかし、それにしても、である。

 

「こんなとこいたら、風邪引くだろ」

「しょうがないじゃない。あなたに、会いたかったのだから……」

 

  どうしよう。やばい。改めて言葉にされると、全身に嬉しさが駆け巡る。なんだか照れ臭いような、小っ恥ずかしいような。けれど、それを上回るほど嬉しさが。

 

「昨日からずっと、夢見心地で……。本当に夢だったんじゃないかって、不安になって……」

 

  だから会いたかったと、雪ノ下が告げる。

  昨日あんなことがあっても、連絡先すら知らない俺たちだから。会おうと思っても直ぐに会えるわけじゃなくて。きっとそれは、お互いの素直とは言い難い性格もあるのだろうけど。

 

「小町さんに、あなたに会いたいからってメールしたら、ここで待ってればいいって言われたから……」

 

  やはり、小町が一枚噛んでいたか。それにしても雪ノ下さん、小町にそこまで素直に言っちゃったの? 俺にももうちょっと素直になってくれるよね? 現在進行形で結構素直に色々白状してくれてるけど。

  となるとやっぱり、俺だって少しは素直に色々言いたい訳で。

 

「俺も……」

「……?」

「俺も、同じだよ。お前に会いたかった……」

 

  言葉尻は酷く掠れてしまって、彼女の耳に届いたのかは定かではない。けれど、花のように微笑むその顔を見る限り、ちゃんと聞こえていたのだろう。

  自分でも、かなり恥ずかしいことを言っている自覚はある。他のやつらなら、もっとスマートにやるのだろうし、そもそも会うだけで妹を介するとか、そんな真似もしないのだろう。そこはもう仕方ない。それが俺たちだから。

  でも、そのままでは嫌なのだと。変わっていきたいのだと思っている自分もいて。

 

「連絡先、交換しとくか」

「……ええ」

 

  会いたい時に会えないのは、会う為の連絡手段がないのは、嫌だから。

  ちゃんと、俺自身から言いたくて、彼女自身から聞きたいから。

 

「でもその前に、どっか移動するか。さすがに寒い」

「それもそうね」

 

  近くのコンビニでも喫茶店でもファミレスでもどこでもいいから、取り敢えずこの寒さから解放されたい。雪ノ下だって名前の割に寒さが得意というわけではないのだろうし、本当に風邪を引きかねない。

  どこに移動しようかしらとちょっと頭を悩ませていると、何故か手袋を外した左手をこちらに差し出された。その意味がイマイチ分からなくて首を傾げていると、真っ赤な顔の雪ノ下が、恥ずかしそうに視線を斜め下に下げて言う。

 

「その、一応、私とあなたはそう言う関係になったのだし、手を繋ぐくらいは、してもらってもいいと思うのだけれど……」

 

  放たれた言葉が予想外過ぎて、一瞬理解が追いつかなかった。顔を下に向けた雪ノ下が、視線だけでちらりとこちらを見やる。

  そんな様が酷くもどかしくて、けれど結局、俺だって似たようなものだ。

  おずおずと、まるで割れ物でも扱うかのように慎重に、差し出された左手の上に、手袋を外した右手を乗せた。

 

「まあ、寒いからな……」

「ええ、そうね……」

 

  寒いなら手袋をしたままの方がいいに決まってる。だけどそんな言い訳がないと行動に移せないのは、最早俺の癖のようなものだろう。

  さて、そんなわけでどこに行こうかと言う悩みに再びぶち当たるわけだが。折角こうして会えたのだから、出来る限り長く一緒にいたい。今日と言う時間を過ごしたい。そう思ってしまうのは、別に欲張りと言うわけでもないだろう。

  手を繋いだはいいものの、それが決まらないことには動きようがない。そんな折、雪ノ下の方から提案された。

 

「あの、比企谷くん……」

「ん?」

「よければ、だけれど、うちに来ないかしら……?」

「え」

「あ、その、別に変な意味ではなくて……」

「分かってる、分かってるから」

 

  一々言わなかったら意識しなかったのになんでそんなこと言っちゃうかなこの子は! うん、まあ、雪ノ下もそれだけテンション上がってるってことなのだろう。多分。知らんけど。

  しかし、願ってもいない提案だ。ここから近くて、寒さを凌げて、雪ノ下と一緒にいられる。俺の望む条件を全て満たしている。ただひとつの懸念事項は、お互いこんな状態でいきなり完全な二人きりになって、まともな会話が出来るかどうかと言うことなのだが……。

 

「じゃあ、行きましょうか。お昼ご飯、ご馳走してあげるわ」

「……お世話になります」

 

  結局、雪ノ下の手料理と言う甘言に釣られて承諾してしまうのであった。

  手を繋いで、二人並んで、駅から彼女の家への道を歩く。

  でも、手を繋いでるだけじゃ満足出来なくて。この短時間で冷えてしまったその左手を、自分の右手ごとポケットに突っ込む。

 

「……寒いから、な」

「……そうね」

 

  降り積もった白い絨毯には、二人分の足跡。乾いた空には、何故か俺たちの足音だけがやけに響いているように感じて。

  本当に、まるで夢物語のようだけど。

  きっとこれからも、この平行線なままの足跡を二人分、どこまでも刻んでいくんだろう。

 

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