八幡と雪乃の恋物語   作:れーるがん

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Accident Kiss

「ちょっと、もう少し詰めなさい」

「無茶言うな、こっちだって限界なんだっつの」

 

  満員電車に雪ノ下と二人、おしくらまんじゅうみたいな状態の車内で目的の駅まで我慢比べ。

  なんでこんな状態になってるかって? そんなもんこっちが聞きたい。と言っても、放課後になって酷くなった降雪故、電車で帰るのを余儀なくされた俺と、元から電車で通学してる雪ノ下が同じ電車に乗っているのはさしておかしなことではないだろう。

  だから、俺が一緒に帰ろうなんて言ってしまった事実は然程関係ないし、その時ちょっと嬉しそうに笑ってた雪ノ下なんてみていない。

  ある程度予想はしていたものの、電車の中は超満員。この雪で仕事が早く終わったのか、むさ苦しいスーツのおじさまが何人も見受けられる。千葉県はホワイト企業ばかりのようで安心です。まあ俺は働かないけど。

 

「少し時間をずらすべきだったわね......」

「これの後って言ったらもう動いてないと思うけどな」

 

  俺たちの今乗ってるこの各駅停車の電車だって、現在は道中で立往生してる状態なのだ。

  お陰様で車内は揺れていないが、出来れば早く運転再開して欲しい。早く帰りたいのも勿論あるし、四方八方から押されているのもあるのだが、それより何より、目の前の超至近距離に滅茶苦茶綺麗な顔があることの方が重大である。しかも俺の胸に手を置いてるし。

  なんなのこの子。さりげないボディタッチとかお前童貞クソ野郎には効果抜群なんですけど? お陰でこいつの顔を正面から見ることすら出来ない。完全に密着してないだけ、まだマシなのかね。

 

「心臓、凄いことになってるわよ?」

「......っ」

 

  揶揄うような笑みを向けられて、言葉に詰まってしまった。その原因が何を言うのか。

  周囲にどれだけ汗臭いおじさま達がいようと、雪ノ下の髪から匂うサボンの香りはその清涼感を全く損なわない。正直それだけで頭がクラクラしてたりするのだが。

 

「悪かったな。こちとら万年ぼっちだったから、女子との接触になれてないんですよ」

「ぼっちだった、ね」

「一々言葉のあげ足取らんでいい」

 

  自分でも特に意識せず発言していたのだから驚きだ。まさか、過去形で語るなんて。

  目の前でクスクスと可愛らしく笑うこのお嬢様は気付いているのだろうか。他の誰でもない、こいつ自身が、俺がぼっちで無くなった原因の一人だなんて。

  知らなかったとしても、それを教えてやる義理はないのだが。

  雪ノ下が楽しそうに笑う様は見ていて飽きるものではないのだが、こちらとしては恥ずかしいやら何やらなのでさっさと運転再開して欲しい。

  その思いが通じたのかどうかは分からないが、運転手からアナウンスが。

 

「漸く運転再開みたいね」

「ああ、やっと小町の待つ家に帰れる......」

「それはそうと、電車が動き出す前にもっと詰めなさい」

「いやだから、今で限界だって言っただろ」

「そうではなくて。もっとこちらに詰めなさいと言っているの。私が気付かないとでも思った?」

「......そこは気付いても言わない方が助かったんだけどな」

 

  どうやら、ぎゅうぎゅうと押し寄せてくる周りの人間を押しとどめていたのはバレバレのようで。そうでもないと、この状況で雪ノ下と完全に密着しないとか無理だし。彼女に負担がいかないようにとの考えは勿論あるが、それよりも自分のためと言うのが大きいので、素直に頷けるわけもない。

  さてどうしようかと悩んでいると、運転を再開した電車が揺れ動いた。今まで止まっていたものがいきなり動き出したのだから、中にいる人間までも一緒になって揺れてしまう。

  その結果、俺の胸を唯一の支えにしていた雪ノ下は見事にバランスを崩してしまい。

 

「きゃっ」

「うぉっ」

 

  すっぽりと俺の胸の中に全身が収まったのでした! しかも咄嗟に雪ノ下の腰に手を回してしまう俺。なにやっちゃってんだマジで。これ痴漢って言われても反論出来ないぞおい!

 

「わ、悪いっ......!」

「......この状況だもの。仕方ないから不問とするわ」

 

  しかし俯いた雪ノ下の口から出たのは、俺を罵る言葉ではなく。意外や意外、なんのお咎めもなし。え、マジで?

 

「だから、降りる駅が来るまではちゃんと支えてなさい」

「......分かりましたよ、お嬢様」

 

  今更手を退かせと言われても、この満員電車の中では中々難しい。だから、仕方ないから言われた通り、目的地まではしっかりと支えておいてやろう。

  しかし困った。なにが困ったって、密着してしまったせいで感じてしまう雪ノ下の体の柔らかさとか、さっきよりも強烈に香る雪ノ下の髪の匂いとか、手を腰に回してしまったことで分かってしまう華奢な体とか、なんか色々困った。中でも一番困ってるのはあれだ。周りの人間どもが少しでも雪ノ下に触れてると思うと、訳のわからない怒りやらなにやらが胸の奥で燻ってることか。そんな感情を抱いてる自分が、気持ち悪いことこの上ない。

  しかも俺たちの降りる駅って、まだ三つくらい先なんだけど。

  流石の俺もそんな長い時間理性が持つかは分からない。さらに言えば、そこに辿り着くまでにまた電車が止まる可能性だってある。

  やっぱり腰に回してる左手退かせて貰おうかしら、と思って胸の中の雪ノ下に顔を向けた瞬間。

 

「ぁ......」

「っ......」

 

  ほんの一瞬だけ、唇になにか柔らかい感触が掠めた。見ると、雪ノ下もこちらに顔を向けている。

  澄んだ空を思わせる濡れた瞳、透き通った綺麗な鼻梁、そして、柔らかそうな紅い唇。その美しい顔から、目が離せない。

  さっきまで電車の揺れる音が煩いくらい耳に響いていたのに、今はなんの音も聞こえない。ただ、先ほど起きてしまった事実を脳内で反芻するのに精一杯だった。

  やがて次の駅に到着した電車は扉を開き、俺たちは弾かれたように外に出される。

  お互い呆けてしまっていたのか、乗っていた電車の扉が閉まり発車してしまっても、一歩も動けずにいた。

  元々利用者の少ない駅なのか、この雪のせいなのか、駅の構内には俺たち以外の人は見当たらない。電光掲示板に表示された次の電車は、運転見合わせと示されている。

  現実逃避するかのように、脳内にはそんなどうでもいい情報ばかりが巡る。起きてしまった出来事が無かったことにはならないと言うのに。

 

「その......。取り敢えず、ベンチに座りましょう?」

「......あぁ」

 

  最初に動いたのは雪ノ下だった。言われるがまま、二人で近くのベンチの端と端に腰掛ける。

  謝るべき、なのだろうか。

  例え故意に触れたわけでなかったとしても、彼女の美しいそれを汚してしまったのに変わりない。

  一体無言の時間がどれだけ続いただろうか。その間に次の電車が来ることも、誰かが構内に入って来ることも無かった。

  時計をチラと見ると、俺たちが降りてから30分は経過しているらしい。まさかそんなに経っていたとは。

 

「......やり直しを所望するわ」

「は?」

 

  そんな折に、またしても雪ノ下から口火を切った。しかしその発言は、到底理解しがたいものでもあって。

  思わずバカみたいな顔でバカみたいな声を発してしまった俺を、同じベンチに座る彼女は、顔を赤くしながらキッと睨む。なんだよそれ可愛いなオイ。

 

「だから、やり直しを所望すると言っているの。私だって女の子なのだから、初めては好きな人と、ちゃんとした形でしたいと言う幻想を抱いていたのだから。あなたはそれを、あんな満員電車の中でサラリと奪ったの。それは本来なら万死に値するわ。だから、ここで、もう一度、ちゃんとやり直してくれたら全て不問にすると言っているの」

「待て雪ノ下、一旦落ち着け」

「私は落ち着いているけれど?」

「いや確実に落ち着いてなんかないだろ待てマジで待てこっちににじり寄って来るな!」

 

  熟れたトマトみたいに真っ赤になった顔で、俺との距離をジワジワと詰めて来る。

  つい数秒前まではしっかりと空いていた筈なのに、今や満員電車の中と同じくらいまで接近されてしまった。

 

「もう一度言うわよ、比企谷くん」

 

  まるで金縛りにあったかのように、目の前にある雪ノ下の顔から目が離せない。

  思わずゴクリと息を呑んでしまった。

  俺の胸に手を添え、完全に逃げ場を塞いだ雪ノ下の唇は、トドメの言葉を紡ぎ出す。

 

「私は、好きな人と、ちゃんとした形で、キスをしたいの。ダメ?」

「......ダメじゃ、ない」

 

  絞り出した声は掠れていて、上手く言葉になっていたのか分からない。

  けれど、目の前で微笑む彼女を見る限り、俺の言葉は伝わったようで。

  どちらからともなく、互いの距離をゼロにした。

 

「んっ......」

「......」

 

  ファーストキスはレモンの味だなんて眉唾だ。完全に無味。味なんて全くしない。

  けれど、彼女の唇はどこまでも甘く、どこまでも柔らかく、溺れてしまいそうになる感触だった。

 

「......好きな人とのキスって、気持ちいいものなのね」

「雪ノ下?」

「......もう一回」

「ちょっ! 待て雪ノ下場所を考えんむっ!」

 

  ......俺まだお前に好きって言ってないんだけど。まあ、もうなんでもいいか。今はこの感触に、溺れてしまおう。

 

 

 

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