八幡と雪乃の恋物語   作:れーるがん

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最近こっちに上がるの忘れてたんで、またピクシブからちょいちょい持ってきます。とりあえずはゆきのん誕生日のをどうぞ。


Everlasting

 こたつでぬくぬくしながら、ぬぼーっとスマホを眺める。ラインの差出人である小太りのワナビは、どうやら年が明ける少し前に有明へ行っていたようで。20万人くらい集まったらしい人混みや、えっちなコスプレのお姉さんなんかを写メで送ってきていた。

 コスプレの方はレイヤーさんに許可貰わないとダメだと思うのだが、俺に勝るとも劣らないコミュ障の剣豪将軍が果たして許可を取れたのか。アングル的に無許可で撮ってそう。

 しかし、俺たちも高校三年生だ。材木座の心配をするわけではないが、そろそろ受験と言うこの時期にコミケに行っていていいのだろうか。てかそもそも俺の場合は、あの人混みの中を歩くのが無理なので、コミケなんて今後も一生行く機会がないんだろうけど。

 

「うわー、お兄ちゃんなに見てんの?」

 

 声が降ってきた頭上を見上げれば、小町がゴミを見る目で俺と俺のスマホを見ていた。どうやら随分な勘違いをされているらしい。

 

「違うぞ小町、これは材木座が勝手に送ってきたものだ。お兄ちゃんはこんなのに興味ないぞ。安心しろ」

「ふーん」

「ねえ、信じてくれてるよね? お兄ちゃんの言葉、ちゃんと信じてるよね?」

 

 尚もゴミを見る目をやめない小町。やだ、なにか新しい扉を開いちゃいそう! まあ、その目で見られること自体には慣れているのだけど。や、慣れちゃダメだろ。

 しかし悲しいかな。約二年間部室で割と殆ど毎日くらいの頻度で似たような視線を向けられてしまっていては、逆に慣れない方がおかしいし、新しい扉を未だ開いていない俺は結構頑張ってる方だと思います。

 

「ま、受験勉強で疲れてるだろうし、お兄ちゃんの息抜きの方法には小町も口を挟まないけどさ」

「おっと信じてないな?」

「お兄ちゃん、明日はなんもないの?」

「……」

 

 長く吐いたため息は、果たしてどう言う類のものなのだろう。呆れか、それとも諦めか。小町には何度も同じことを言ってるはずなのだが、どうして同じ問答を繰り返すのか。

 

「なんもねぇよ。あっちは実家の方で色々やってるだろうし、そもそも受験生だし。そう言うのは、学校始まってからみんなでって決めてんだよ」

「ふーん……なら良いけど、ちょっとは二人きりで過ごしたいって思ってるんじゃないかな、雪乃さんも」

「どうだかな」

 

 年は明けた。今年も無事にお年玉を貰うことが出来、残るイベントはただ一つのみ。けれど結局、俺と彼女が冬休み中に会う予定なんて、立てていなくて。

 ただお互いが臆病なだけなのだ。初めて出来た恋人と言う大切な相手に、距離感を測りかねている。クリスマスは問題なかった。普通にあいつの家に行って、普通に恋人らしいことをして。

 だけど、明日は。雪ノ下雪乃の誕生日は、俺も彼女も、会わない理由づけが出来る。出来てしまう。

 だけど、その逆もまた然りなのだ。俺と雪ノ下の関係は、もう明確に定義づけされてしまって。だからこそ、彼女に明日、会う理由も作ることが出来る。

 だって、誕生日だぞ? らしくなく本気で人を好きになった俺に、初めて出来た彼女の。

 会いたいと、たった一言伝えられれば、きっと雪ノ下は会ってくれるのだろうけど。

 それが出来ない、俺達だから。

 

「ま、どっちでもいいけどね。そんな事より、コタツで寝たらダメだよ。明日家族で出掛けるんだから、体調崩しても知らないからねー」

「おーう」

 

 言い残して部屋に去っていく小町。俺は今受験勉強の最中なのだ。コタツで寝るなんて、そんな馬鹿な真似はするまい。そもそも、俺はそんなに風邪を引かない健康優良児なので。目以外はね。

 去年一年も風邪引かなかったし、まあコタツで寝るくらいで体調崩すわけないっしょ!

 

 

 

 

 

 

 

 今日、一月三日は私の誕生日だ。去年に比べると、実家との折り合いもついて幾分かマシになり、今年は実家で過ごすつもりだった日。なんだかんだで、久し振りに過ごす家族との時間を楽しみにしていた。

 それを言い訳に彼との予定を立てなかったのは、単に私が臆病だからか。でも、今年は実家で過ごすと伝えた時の彼には、少しくらい物申したい。もう少し引き止めるとか、そういうのがあっても良かったのではないかしら。なによ、楽しんでこいって。あなたに言われるまでもないわよ全く。

 さて。そんな私が今現在いる場所は、自宅のマンションでもなければ実家でもなく。表札に「比企谷」と書かれた、一軒家の前だった。

 

「全く、あの男は……」

 

 思わず漏れてしまうため息。同時に出た言葉を向けた先の彼は、きっとこの家の中でダウンしてることなのでしょう。

 今日の朝、小町さんから連絡があった。なんでも、比企谷くんがコタツで居眠りしてしまって、風邪を引いたらしい。しかも今日は、家族で出かける予定があったとかで。小町さんもご両親もいらっしゃらない。

 姉さんに事情を説明して、許可を貰うよりも前に自宅を出発したのはいいのだけれど、さすがに後先考えなさすぎたかしら? 父さんと母さんも、忙しい中私のために時間を割いてくれていたと言うのに。

 けれど、今の私にとっては。そんな実家の家族達よりも優先したいと思うのだ。あれやこれやと理由を付けて、会う予定なんて立てていなかったのに。それでもやっぱり、会いたいと思う気持ちは嘘ではなかったから。

 それに、比企谷くんは今家に一人だと聞いた。病人を一人で放っておくのは、あまりいいこととは言えないでしょう。

 

「よし……」

 

 小さく拳を握りしめ、気合を入れる。

 小町さんから聞いた話によれば、確かポストに鍵を入れているとのことだったはず。言われた場所を確認すれば、そこにはたしかにこの家の鍵が。それをポストから取り出し、ガチャリと家の鍵を開く。どうして比企谷くんのお家の鍵を私が開いているのかとか、よく考えなくても疑問しか湧かないのだけれど、気にしたら負けだろう。

 

「お邪魔します……」

 

 家の中は灯りが点いておらず、廊下は薄暗くて少しだけ気味が悪い。冬の寒さや、この家に人がいないことも、その一因になってはいるのだろう。

 比企谷くんの家に上がるのは、これが初めてのことではない。何度か招かれたことがあるから、ある程度の間取りは頭に入っている。いかに方向音痴の私とは言え、この家の中で迷うなんてことはない、はずだ。あり得ないと言い切れないのが悔しいところだけれど。

 まず二階のリビングに上がり、持ってきていた荷物を置かせてもらう。ここに来る前に買ってきた、お昼ご飯の材料。

 冷蔵庫を拝借してそれを片付け、取り敢えず彼の部屋へ行くことにした。寝顔が見たいとかそう言うのではなくて、そう、ただ体調がどの程度のものなのか確認しておかないといけないから。起きていたら挨拶もしなければならないし。

 誰に向けたわけでもない言い訳を脳内でつらつらと並べていると、ガチャリと扉の開く音がした。

 まさかと思いそちらに振り向けば、そのまさか。いや、予想以上に破壊力の高い光景がそこに。

 

「……雪ノ下?」

 

 あまり顔色がよろしいとは言えず、イマイチ目も開いていない眠たそうな比企谷くんが、腕にカマクラを抱えて現れたのだ。

 

「かっ……」

「……?」

 

 かわいいぃぃぃぃ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!

 なにあれなにあれ! ちょっと待ちなさいよなによあれ! えっ、ちょっと待って、本当に待って、寝ぼけ眼の比企谷くんに猫とかそれもう最早暴力じゃないの! 可愛いの暴力よ! こんなの聞いてないわ!

 ……一旦落ち着きましょう。取り乱すべきではないわ。思わず声が出てしまいそうだったけど、それもギリギリセーフっぽかったし。そもそも、比企谷くんは私が来ることを聞いてるのかしら? 小町さんが伝えてくれていると思うのだけれど、小町さんから比企谷くんに伝えていると聞いたわけでもないし。

 深呼吸、ええそれがいいわ深呼吸しましょうそうしましょう。

 長く息を吸って吐いてを繰り返し、激しくうるさい心音を落ち着かせていると。足元に擦り寄る、小さな影が。

 

「あら?」

 

 カマクラだ。カーくんだ。可愛い。モフモフ。じゃなくて。

 今すぐにこの冬毛でモフモフ毛ダルマ状態のカマクラをもふりたいのは山々なのだけれど、この子は今の今まで比企谷くんの腕に抱かれていたはずだ。

 この子が自分の足で歩いていると言うことは、比企谷くんがカマクラを手放したと言うことで。もしかしたら、風邪で体調の悪い比企谷くんが後ろで倒れてしまっているかもしれないと言うことで。

 冷静になるとあまりに突飛な思考なのはあとから気づいたのだけれど、今の私にそのような余裕のある思考なんて出来るはずもなく。

 

「比企谷く──」

 

 振り向いた矢先。体が何かに包まれた。

 それは私の体よりも大きくて、熱くて、重くて。比企谷くんに抱き締められているのだと気がつくのに、そう時間は必要なかった。

 

「ひ、比企谷くん……⁉︎」

「雪ノ下……」

 

 私よりも大きいとは言っても、彼は特別身長が高いわけではない。私とは丁度10センチほど違うだけで、その身長差であれば、抱き締めた時に彼の口が私の耳元へ触れそうになってしまうのも、また必然で。

 熱を持った囁きに、ゾクゾクとしたナニカが背中を駆け巡る。熱のせいで高い体温は、外の寒さで冷えていた私に丁度良くて。

 つい、首筋のあたりの匂いを、すんっ、と嗅いでしまったり。

 少しの汗の匂いと、いつもの比企谷くんの匂いがした。客観的に見るとヤバい行動にしか思えないのだけれど、いきなり抱きついてきた比企谷くんが悪いと言うことにしましょう。私は悪くないわ。そもそも、こんな思いっきり抱きしめられるの初めてなのだけれど。どうしてシラフの時にしないのよこのヘタレ八幡。

 いや、それよりも。問題はこの状況をどうするかよ。そりゃいつまでもずっと抱き締めていてほしいけれど、今の比企谷くんは病人なわけで。泣く泣く渋々不承不承かつ断腸の思いではあるのだけれど、取り敢えず離れてもらうために声を上げようとすれば、それよりも先にまた。私の耳を彼の吐息が擽った。

 

「会いたかった……」

 

 とても彼から発せられたとは思えない、熱に浮かされた言葉。

 驚くよりも先に、どうしても胸にこみ上げるものがあって。私の体を抱きしめる彼が、とても愛おしくて。

 

「私も。会いたかったわ」

 

 ギュッと抱きしめ返し、後頭部を右手で優しく撫でてあげる。まるで幼い子供をあやすような動作だけれど、今の比企谷くんはそれと変わりない。

 私だって、本当は家のことなんて全部放り出して、彼と一日を過ごしたかった。すれ違いも勘違いも何度となく繰り返し、果てしない程の遠回りを経た末に、漸く結ばれたのだ。少しでも長く。一日でも多く。そう考えるのは当然で。

 それが、自分の誕生日ともなれば、願わないわけがない。

 けれど私達は、どうしようもなく不器用で、弱くて、怖がりだから。体のいい口実についつい甘えてしまう。

 今だってきっとそう。比企谷くんが心配で、居ても立っても居られなくなったのは確かだけれど。それでも、彼に会うための都合のいい口実が出来たと、思わなかったわけではない。

 だから、こうして会いに来て、彼からその言葉を聞かされて。もうそれだけで、この日は忘れられない誕生日になることは間違いなかった。

 

「……あー、雪ノ下……」

 

 私が幸せな気分に浸っていると、控えめに上げられる声。先程までのような、どこか地に足のつかないものではなくて、いつもの、どことなくジメッとした陰気を纏った、聞きなれた声。

 横目で比企谷くんの顔を伺えば、その耳は熱とはまた違った要因で赤くなっているのは明らかだった。

 あっ、これ正気に戻ったわね。

 

「その、そろそろ離れても、よろしいでしょうか……」

「ダメと言ったら?」

「え゛」

「冗談よ」

 

 冗談だけれど、なにもそんな反応することないじゃない。どこから出したのよ今の声。

 体を離し、改めて彼の顔を見上げると、とんでもなく赤くなっていた。顔はこちらに向けられず、視線もあいこちを彷徨うばかり。そんな姿が可愛らしい。

 

「おはよう、比企谷くん。体調はもう大丈夫なの?」

「あー、まあ、な。熱もある程度下がったし。てか、なんでお前ここにいんの。不法侵入?」

「酷い言い草ね。あなたが体調を崩したと小町さんから連絡があったから、急いで飛んで来たんじゃない」

「そうか……悪いな、心配かけて。それに、用事もあったんだろ?」

「いいのよ。あっちは姉さんに任せたから」

「あとでなんか要求されそうで怖いな……」

 

 それは考えていなかった。たしかに、割と無理矢理と言うか、結構適当に事情を説明しただけで飛び出して来たから、帰った時が怖い。

 いえ、そんな先のことを考えても仕方ないわ。別に、比企谷くんと交際していることは母も知っているのだし、帰った時に説明すればいいだけ。なんなら比企谷くんも巻き添えにしよう。

 

「さて。取り敢えずは熱を測りなさい。それから昼食かしら。食欲はどう? うどんを作ろうと思うのだけれど」

「ん、一応食える」

「よろしい。ならあなたは部屋で休んでなさい。出来上がったら持って行くから」

 

 さすがの比企谷くんも、風邪を引いていたら私に反論する元気もないのか。もしくは単純に、甘えてくれているのか。いつもより比較的曲がってる背筋で、カマクラを抱きかかえてリビングを出て行こうとした。が。

 

「待ちなさい」

「……なんだよ」

「あなた、どうしてカマクラも連れて行くの?」

「いや、だってこいついた方があったかいし」

「置いていきなさい」

「いやでも」

「いいから」

「はい……」

 

 私の目の前から猫を取り上げるなんて、どう言う了見なのかしらこの男。いくら病人とは言え容赦しないわよ。

 比企谷くんの腕から降ろされ、私に寄ってくるカマクラ。ゴロゴロと喉を鳴らしながら私の手に擦りつく姿は、この私の語彙を持ってしても言葉に出来ない程の可愛さを醸し出していた。

 

「なんだかなぁ……」

「あら、まだいたの? さっさと部屋に戻りなさい」

「うっす……」

 

 熱は下がってるとは自己申告されたが、それでも比企谷くんは病人に違いない。いつまでもリビングにいず、早く部屋で横になるべきなのに。

 なんとも言えない難しい表情を浮かべて部屋に戻った比企谷くんを見送り、カマクラを愛でるのも早々に切り上げて、キッチンへ向かう。

 ごめんなさいカマクラ。あとでいっぱい遊んであげるから、少しだけ我慢していてね。

 

 

 

 

 

 

 お昼ご飯のうどんを作ったあと、買ってきた市販の薬と飲み物と一緒にお盆に乗せ、一路比企谷くんの部屋へ。カマクラも連れて行こうと思ったけれど、あの子にもご飯を食べさせなくてはならない。猫缶の中身を皿に移して床におけば、カマクラはそちらに釘付けになってしまった。

 さて。彼は寝てしまっているだろうか。本当はその方がいいのだけれど、少しでもお話したいから、起きていてほしいと言うのが本音。

 果たして三回ノックした扉の向こうからは、入っていいぞ、と聞き慣れた声で返事が。

 

「熱、どうだった?」

「七度三分。まあ、ほっといたら下がるだろ」

「気を抜いてはダメよ。またいつぶり返すか分からないんだから」

 

 なんて会話をしながら、持ってきたお盆を部屋の中央にある丸机の上に置いた。

 比企谷くんはベッドで横になっていたのか、下半身にだけ毛布を被せて上体を起こしている。私はベッドの端に腰掛けさせてもらった。

 

「ほら、うどん作ったから食べなさい」

「悪いな……」

「いいのよ」

 

 うどんの入った器を取って、箸で掬い上げてふーふーと息を吹きかける。三度ほどそれを繰り返した後、彼へ箸の先端を差し向けた。

 

「はい、どうぞ」

「……」

 

 しかし、どう言うわけか比企谷くんはうどんを食べようとしない。まさか、なにか嫌いなものが入っていたとか? いえ、ただの素うどんにトマトなんて入れるわけがないし。もしくは、やっぱり食欲がないとか?

 不思議に思って彼の顔を見つめていると、その頬がポッと赤くなった。

 

「いや、自分で食えるんだけど……」

 

 言われて、理解する。なるほどこれは、恋人同士がよくやると言う、俗に言うところのあーんと言うやつではないかと。

 自然と顔に熱が集まるのを自覚したが、なにを恥ずかしがることがあるのか。ご飯を食べさせてあげるなんて、別に恋人同士に限った話ではないだろう。母親が我が子にするように、看護師が怪我人にするように。

 そう、これは恥ずかしいことじゃない。むしろ、病人の比企谷くんとその看病をする私であれば、この行いを咎められるものは誰もいないのだ。

 

「いいから、食べなさい」

「いやでも、それだとお前が食えないだろ」

「あなたは病人なのだから、余計な気遣いは不要よ。こう言う時くらい素直に甘えなさい」

 

 納得いかなさそうに眉根を寄せる比企谷くんだが、ついに観念してうどんを啜った。最初からそうしていればいいのよ。

 

「美味い……」

「ただの素うどんなのだから、誰が作っても同じよ」

 

 その後も比企谷くんに食べさせながら、彼が咀嚼中に私も自分のうどんを食べる。

 なんだか餌付けしてるみたいで楽しい。

 やがてうどんを食べ終えたのは、十五分ほど経ってから。さすがに食べさせながらだから時間がかかってしまったけれど、そう急ぐ用事もない。

 強いて言うなら、比企谷くんにさっさと寝て欲しいくらいだけれど、そうなると比企谷くんとお話できなくなる。とんでもない二律背反だ。

 

「雪ノ下、ちょっといいか?」

 

 うどんを食べ終え薬も飲ませた後に、そんな声がかかった。改まった様子の比企谷くんにどうしたのかと視線で問えば、布団の中から、小さなナイロンの袋を取り出した。

 どうしてそんな所にそんなものが入っているのかしら。ドラえもんのポケットかなにかなの?

 

「それは?」

「……プレゼントだよ。お前、今日誕生日だろ」

「あ……」

 

 ぶっきらぼうな顔で、視線も泳いだままな彼に、その袋を差し出される。

 忘れていたわけじゃない。今日は忘れられない誕生日になるだろうと、ついさっき思ったばかりなのだから。

 それでもまさか、今日、こうしてプレゼントを渡されるなんて、思っていなかったわけで。

 意を決したように深呼吸した比企谷くんが、私と目を合わせ、薄く微笑んだ。

 

「誕生日おめでとう」

 

 その笑顔に見惚れてしまう。いつも仏頂面で、その上今日は体調も悪いから、心なしかいつもより目も腐っていたと思っていたけれど。

 その微笑みから、彼の私への想いが、これでもかと伝わってくるから。

 言葉にしなくても分かるなんて幻想で、でも、言葉にしてもすれ違ってしまっていた私達だけれど。

 今は、ただその表情だけが、伝えてくる。

 込み上げてくる、「好き」と言うただ一つの感情。けれど私は、それを言語化出来なくて。

 

「……ありがとう」

 

 漸く口から溢れたのは、シンプルな感謝の言葉のみ。そこに込められた万感の想いを、果たして彼も受け取ってくれだろうか。受け取って、くれたのだろう。

 少し面食らったように目を丸め、すぐに逸らされてしまった赤い顔を見れば、考えずともすぐに分かる。

 

「開けてもいいかしら?」

「お好きにどうぞ……」

 

 受け取った袋を丁寧に開き、中に入っているものを取り出す。出てきたのは、ピンクのリボンが二つ。丁度、私がいつも髪につけている赤いリボンと、同じくらいの長さの。

 

「クリスマスにマフラー贈ったばっかだし、なに渡せばいいのか分かんなかったから、取り敢えずリボンにしてみたんだが……」

 

 言い訳じみた言葉が聞こえてくる。可愛い人だ。そんな不安にならずとも、あなたから贈られるものなら、私はなんだって嬉しいと言うのに。

 今つけているリボンを解いて、代わりにこのピンクのリボンをつけてみる。鏡がないと難しいのだけれど、不思議と簡単に結ぶことが出来た。

 

「どうかしら?」

「似合ってる、と思う……」

 

 微妙に挙動不審なのが面白くて、ついクスクスと笑みが漏れてしまう。確か、クリスマスの日も、貰ったマフラーをその場で巻いてみれば、似たような反応をしていたか。

 

「ふふっ、ありがとう比企谷くん。本当に、嬉しいわ」

「まあ、それなら良かったよ」

 

 安堵するようにはっと息を吐いた比企谷くんは、その直後にゴホゴホと咳き込んだ。

 プレゼントが嬉しすぎて、うっかり忘れてしまいそうになっていたが、彼は病人だ。あまり長く起こしているのも悪いだろう。

 

「私はこれを片付けてくるから、その間に寝ておきなさい」

「そうさせてもらうわ。悪いな、折角の誕生日なのに、ろくなおもてなしもできなくて」

「気にしなくていいわ。だって、あなた言ってたじゃない。会いたかった、って」

「忘れてくれ……」

「人間、忘れようと思ったことほど忘れられないものよ。あなたの黒歴史のようにね」

「んぐっ……」

「では、おやすみなさい」

 

 空の器を乗せたお盆を持ち、部屋を出る。リビングまで辿り着いてキッチンの流しにお盆を置いた瞬間、気が抜けてしまったのか、つい顔がにやけてしまった。

 だって、しょうがないじゃない。こんな嬉しいこと、そうそうないもの。会いたかったって言ってくれて、プレゼントも貰って、あんな笑顔も見れて、ちゃんと私の誕生日を祝いたかったって思ってくれてて。

 

「ふふっ、ふふふふっ」

 

 側から見た今の私は、きっと不審者にしか思われないかもしれない。比企谷菌が移ってしまったのね。ええ、きっとそうよ。

 

「にゃー」

「あら」

 

 怪しい笑みを浮かべる私に、カマクラが擦り寄ってきた。しゃがんで撫でてやれば、ペロリと指先を舐められる。

 

「ふふっ、見てカマクラ。比企谷くんに貰ったの」

「にゃー」

「それに、似合ってるって言ってくれたのよ? 今日は来てよかったわ」

「にゃー」

 

 ふわふわ。もふもふ。冬毛のカマクラをその場で堪能しながら話しかける。やはり猫は賢い生き物ね。ちゃんと私の言葉に返事をしてくれるわ。

 

「今日から毎日、これを着けて過ごさないとダメね」

「にゃー」

「あら、カマクラもそう思う?」

「にゃー」

 

 カマクラも賛成らしい。次からは、会う度に彼の視線がこのリボンに向けられて、そのあとちょっと恥ずかしそうにするんだろうか。

 そんな可愛らしい姿を想像していると、ビクッとなにかに反応したカマクラが、リビングの外へと駆けていった。遅れて聞こえてくる、ただいまー、と間延びした声。恐らく小町さんの声でしょう。続けて聞こえた女性と男性の声は、聞き覚えがない。

 と言うことは、つまり。

 ああ、やっぱり。今日は、忘れられない誕生日になりそうだ。

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