最近、世の中では一人でなにかをすると言うことが流行っているように思える。
一人焼肉なんかはいい例ではないだろうか。誰かとペースを合わせることなく、自分の好きなタイミングで好きな肉を焼くことが出来る。食事をメインに据えて焼肉に行きたい人には是非オススメだ。煩わしい人間関係に悩まされる必要もなく、ただ欲望のままに肉を食らう。実に有意義な時間を過ごせること間違いなしだろう。
他にも一人カラオケや一人キャンプ、一人ディスティニーに一人水族館と、ぼっちに脚光が浴びている気がする。闇属性のぼっちは光に弱いので是非干渉しないで頂きたい。
つーか流石に一人ディスティニーと一人水族館はないな。なにが悲しくて夢と希望の国にぼっちと言う絶望を背負って向かわねばならんのか。
閑話休題。なにはともあれ、そうしたぼっちに優しい世界へと変わっていくのは非常に良いことだ。
そして今日の俺もその類のものに来ている。
そう、一人映画だ。
昔読んだことのある小説がこの度映画化し、ちょっと気になってたし時間もあるからと満を持しての一人映画。リア充どもは映画を見終わったあとなんかは、友達や恋人と感想を語り合うのだろうが、ぼっちにそんなものは必要ない。ただ己の中とツイッターで感想を呟き、評価を下す。他人の意見なんてどうでもいいね。俺が面白いと思えば面白いんだよ。
そんな訳でやって来た駅前の映画館。前に足を運んだのは折本の一件でだったか。それ以降映画なんて観に来てないので、本当に久しぶりだ。
映画館の中へ向かうためのエレベーターの前でボケーっと突っ立っていると、隣に人が立つ気配が。特にそちらに目を向けることもなく、この人も映画観に来たのかー同じ映画観るのかなー混んでたらやだなーとか考えていたのだが。
「最近の3Dは凄いわね。まさかホラー映画のゾンビが映画館の外にまで飛び出してくるだなんて驚いたわ」
「残念だったな。俺のこの腐った目なら3Dどころじゃなく最早4DXの域に達してる。五感でこの腐り具合を味わえるぞ」
突然聞こえて来た聞き慣れた声の罵倒に、反射的にそんな返しをしてから隣を向いた。
そこにいたのは予想通りの人物。映画に出て来るどんな女優よりも綺麗に見えてしまうほどの美少女、雪ノ下雪乃。
「こんにちは。こんな所で奇遇ね」
「おう。なに、お前も一人で映画観に来たの?」
「そんなところよ」
意外、と言うほどでもないか。こいつだって映画くらい観るだろうし、パンさんの劇場版も今やってるし。
やってきたエレベーターに二人して乗り込めば、その中にもパンさん映画の告知ポスターが。とてもファンシーな世界観が描かれているそのポスターの隣には、とてもファンキーな世界観が描かれているゾンビ映画のポスター。太郎丸の悲劇再び。ポスターの配置ミスってない?
「言っておくけれど、今日はパンさんを観に来たわけじゃないから」
「えっ、違うの?」
「既に三回観たわ」
「えぇ……」
ヤバイでしょこのパンさんガチ勢。公開からまだ四日くらいしか経ってないんだけど。昨日まで毎日観に来てたのかよ。受験も終わって卒業もして大学始まるまで暇だからって、これから華のJDとして過ごす身としては結構キツイもんがあるぞ。
いやまあ、好きな映画を何回も観に来たくなるのは分からんでもないけどさ。俺は基本的にいつも金がないから、TSUTAYAで借りたDVDを期限まで何回も観るけど。プリキュアとか何回も観るけど。さすがの俺も、プリキュアの映画を何回も観に来る勇気はない。そこまでの上級者になるまで、まだまだ時間はかかりそうだ。なるつもりもないけども。
「んじゃなに観に来たんだよ。まさかゾンビ映画?」
「量産型比企谷くんが出てくるような映画を観る趣味はないわ」
「いや、ゾンビは量産型比企谷くんじゃないからね? 俺は世界に俺一人だからね?」
「まあ、こんなのが大量にいても世界にとって害悪にしかならないものね」
「お分りいただけたようでなによりだよ……」
思わず引きつった笑みを浮かべてしまう。なにも間違ったことを言われていないのがまた悔しい。でも量産型も捨てたもんじゃないんだぞ。量産されるということはそれ相応の需要があると言うことなのだから。
まあ、俺に需要があるのかと問われれば、最近妹にも需要がなさそうなダメ人間なのだけど。それどころか早く実家出て行けと言わんばかりの目で見てくるし。悲しいねバナージ。
いつも通りのふざけた会話を交わしていると、エレベーターが目的の階に到着した。扉が開いた先の映画館のホールは薄暗い照明がなされていて、大量の人で混雑している。
「いやになる人混みね……」
「まあ休日だしな。しょうがないだろ」
その人混みを掻き分けながら、券売機へと向かう。道中何度か隣をチラチラ確認しながら歩いていれば、ふと視線が合った彼女から不機嫌そうな目が向けられた。
「なに?」
「いや、人混みに呑まれてねぇかなと」
「別にあなたが心配する理由はないでしょう。迷子になるような場所でもなしに」
「まあ、そうだな」
雪ノ下の言う通り、迷子になる程ホールが広いわけでもない。映画を観るという目的は同じとは言え、そもそも俺たちは待ち合わせて一緒に来たとか、そんなのでもないのだから。雪ノ下がちゃんとついてこれてるかとか、そんなことは気にしなくていいのだ。
それでも、心配してしまうから。
そう素直に口に出来ればどれだけ楽か。それが出来ないならこその俺ではあるのだけど、やはり心配してしまうのは変えられない俺の心境で。
そろそろ券売機に辿り着くと言ったところで、入場開始の館内アナウンスが流れた。同時に動き出す周囲の人混み。ポップコーンや飲み物なんかを持ってる人もいるから、みな随分と歩きにくそうだ。
そしてその中には一人くらい、無駄に駆け足気味なやつもいるわけで。
「きゃっ……!」
「うぉ……」
誰かと肩がぶつかった雪ノ下が、俺の方へ倒れそうになる。それをなんとか受け止めて周囲に目をやるも、犯人と思わしきやつは既に見当たらない。謝罪の一つもないとか、最近の若者はどうなってるんですかね。
「大丈夫か?」
「ええ、ありがとう……」
素直に諦めて視線を下におろせば。
すぐそこに、雪ノ下の顔があった。長い睫毛に濡れた瞳、すっと通った鼻梁と小さな唇が。薄暗闇の中でもはっきりと、俺の視界に映し出される。
白い頬が若干朱に染まっているのは、効きすぎた空調のせいだろうか。
周囲の喧騒がどこか遠くに聞こえる。目の前の空を思わせる透き通った瞳に釘付けになる。今にもそこへ吸い込まれてしまいそうで、ある種の恐怖すらよぎる始末。
とても短い、数瞬の間だったはずなのに。まるで俺たち以外の時間が止まってしまったような。
それが動き出したのは、明らかに空調のせいとは思えないほど顔を赤く染めた雪ノ下が、視線を逸らしたから。
「あの、そろそろ離してもらえると……」
「あ、ああ、悪い……」
「いえ、助かったわ。ありがとう……」
抱きとめていた肩から腕を離す。掌にまだそのあたたかさが残っているように感じられて、それが俺の体温を余計にあげる。
雪ノ下の体に触れたことなんて、これまで一度もなかったけれど。初めて触れたその体は、まるで俺たち男とは違う細さで、ガラス細工のように脆そうで。
「……結局、お前なんの映画観に来たの?」
見られているわけでもないのに、自分の顔の色を誤魔化そうと話を振る。そうでもしないと、どうにかなりそうだったから。
ようやくたどり着いた券売機の列に二人で並べば、雪ノ下は上映作品一覧が映し出されたディスプレイに指を向けた。
「あれよ。最近原作の小説を読んだから、少し気になっていたの」
「マジか……」
雪ノ下が指し示したのは、俺が観る予定のものと全く同じ映画。大人気推理小説の実写映画だ。思わず頭を抱えそうになる。
そんな様子を感じ取ったのか、雪ノ下はキョトンとした顔で小首を傾げていた。可愛いなおい。
「それがなにか?」
「いや、俺も同じ」
「そう……」
それきり会話は途切れて、雪ノ下は考えるそぶりを見せる。あれかな、比企谷くんと同じ思考回路の末のうのうと映画を観に来てしまうなんて、とか思ってんのかな。
いやでもその場合俺は悪くないでしょ。俺と雪ノ下両人を映画館に連れて来させるくらいに面白い原作小説が悪い。俺はなにも悪くない。嘘、原作は面白かったから悪くない。やっぱり俺が悪いんじゃないか。
「……それじゃあ、一緒に観る?」
「えっ」
やがて口を開いた雪ノ下から飛び出したのは、そんな一言。
まさかあの雪ノ下からそんなお誘いをされるなんて思ってもいなくて、つい面食らってしまい言葉をすぐに返せない。
そうこうしているうちに列は進み、券売機の一つが空く。係員の「こちらの券売機にどうぞー」と言う声に急かされ、返事の前に足を進めれば、雪ノ下もてくてくとついて来やがった。
あ、これ拒否権ないやつなんですね。
「別に俺はいいけど、お前はいいのかよ」
「なにが?」
「いや、別に俺なんかと一緒に観なくても、元々一人で来たんだから」
「どうせ観るものは同じなのだから、一人だろうが二人だろうがなにも変わらないわよ」
ごもっともでございますね。観念して二千円を投入し、高校生チケット二枚を購入。その場を離れた後、内一枚を雪ノ下に渡し、代わりに千円を受け取った。
選んだ席は最後尾の二つ。もちろん隣同士。
「私も本当は、一人で観る方が気楽でいいのだけど」
「なら無理して俺を誘わなくても良かっただろ」
元々俺も雪ノ下も、一人を好む。今でこそあいつとかあいつとか、まあ周りには色々といるが、それでも生来の気質というのは変えられない。
そのはずの彼女が、どうしてか。
「でもね。誰かと一緒に映画を観た後、感想を言い合うのって、思っているより悪いものではないのよ」
言いながら浮かべた笑顔は、とても柔らかいものだ。
そしてその言葉は、いつかの俺たちなら馬鹿馬鹿しいと斬って捨てるようなもの。それが出来ないのは、誰かと一緒になにかを共有することの意味を、終わりを告げた高校生活で俺たちが知ったから。
「そうか……」
「ええ、そうよ」
どこか得意げなのは、きっと経験談だからだろう。こいつとあいつが一緒に恋愛映画でも観に行って、終わった後にどこぞの喫茶店でべた褒めするあいつと、容赦なく痛いとこを突くこいつが目に浮かぶ。
もしかしたら一度くらい、パンさん映画も一緒に観たのかもしれない。特典目的とかで誘ってそうだ。
「さて、そろそろ時間かしら」
雪ノ下がそう言った次の瞬間、俺たちが観る映画の入場案内が流れた。今時計見てなかったけど、こいつの体内時計どうなってんだ。
「今から始まると、終わった頃には丁度お昼時ね」
「どうせなら飯食えるとこでゆっくりしたいよな」
「それじゃあ私の部屋なんてどう? あなたの好きな紅茶もついてくるわよ」
「紅茶派に鞍替えした覚えはないんだが」
「あら、私の淹れる紅茶はお嫌いかしら」
「んなこと言ってないだろ」
映画が終わった後も一緒の時間を過ごすのは、なにも言わずとも決定してしまっていて。俺の中でも、無意識のうちに当たり前だと感じてしまっていて。
さて、こいつが納得出来るくらいの感想を考えることが出来るだろうか。
人混みに流されるように歩いていれば、服の袖に小さな重み。チケットを買う前よりも、隣に立つ雪ノ下の距離が近い。
「その、さっきみたいなことになるかも、しれないから……」
「……まあ、そうだな」
その距離のまま、入場口まで歩く。スクリーンに入って席に到着するまで、ずっとそのまま。だから多分、出る時もこうなるんだろうな、なんて。
二時間先の未来を想像してみれば、自然と口角が上がってしまった。
映画の感想。雪ノ下が可愛かった。以上。
いや映画ちゃんと見ろよ