八幡と雪乃の恋物語   作:れーるがん

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俺は14巻がすでに発売されていて八雪エンドを迎えた世界線から来たのでこの作品は未来予知になっちゃいます。


あなたに、会いたい

 夏休みと比べると、春休みというのはとても短い。いや、そもそも比べることすら間違っているのかもしれないけれど、大きすぎるその差はどうしても目についてしまう。

 私自身、そこまで休日を欲しているわけではないし、彼や彼女と会えるのだから、学校がある平日の方が好ましい。

 長期連休で生活のリズムが崩れてしまう可能性もあるから、尚更。

 いくら春休みが短いとは言え、それでも二週間は休みになる。私は元々、進んで外に出るような人間ではないから、その大半を自宅で過ごすことになる。由比ヶ浜さんや一色さんとは遊ぶ約束をしているけど、そこに彼はいない。個別で約束を取り付けているわけでもない。

 だからこの二週間、彼と。比企谷くんと会うことはない。卒業式とプロムを経て、変化を見せた私達の関係だけど。それでも、私はあなたに一言、会いたいと告げることすらできなかった。

 言い訳がないと、自分の望み一つろくに言えない。

 

「はぁ……」

 

 ため息を零し、手元のティーカップを口元に運ぶ。次いで視線を向けた先は、テーブルの上に置いてあるスマートフォン。ラインのアプリを起動していて、画面には真っ新なトークルームが。

 つい最近交換したばかりの、彼のライン。けれどそこにはなにひとつやり取りが記録されていなくて、またしてもため息が漏れる。

 直接会えば軽口と皮肉がいくらでも出てくるのに、スマートフォンを挟んだだけでこの始末。相手の顔が見えない、文字でしか言葉が伝わらないというのも、不便なものだ。

 ティーカップを置いて、代わりにスマホを手に取る。

 別に、理由なんてものは必要ないはずなのだ。世間一般的な私達の関係性だと、わざわざそんなもの用意せずとも、会いたい時に会って、会えない時でもラインや電話などでお話して。そうやって互いの仲をさらに深めるものなのだろう。

 けれど残念なことに、私も彼も世間一般とはあまりにも乖離している。

 おふざけのつもりで文字を打ち込んでいき、書き出されたのは『会いたい』の四文字。

 

「こんなの、送れるはずもないのだけど……」

 

 自嘲気味な笑みを漏らして、文字を消そうとし。

 シュポンッ、と。

 どこか間抜けな音が鳴った。はて、この音はなんだったか。たしか、ラインでメッセージを送信した時に、スマホから鳴る音だ。そのはずだ。

 ならば何故今このタイミングで? それは、私がなにかしらメッセージを送信したからだろう。その時に鳴る音なのだから、そうじゃないとおかしい。

 問題は、私自身にそんなことをした自覚がないわけで。

 

「あっ」

 

 スマホの画面を見て、絶句した。もはや戦慄した。この雪ノ下雪乃が、恐れ慄いた。

 なににって、今まさしく、自分のしでかした愚かなミスに。

 

『会いたい』

 

 その、消すことのできない四文字が、はっきりとトークルームに表示されているのだ。

 えっ、まっ、ちょっ……ゑ???

 待って、待ってちょうだい、なに、なにがあったの? 私はなにをしたの???

 おかしい、たしかに消したはずの文字が、ちゃっかり送信されてしまっている。バグなの? インターネットが壊れたの?

 いやそんな、インターネットが壊れるなんてそんなことあるはずない。その程度なら私でも知ってる。仮に壊れたら世紀の大事件よ。ゆっくりお湯に浸かってる早坂も慌てるわよ! 早坂って誰よ!

 お、おち、おちけつ、もちつきましょう……。今更取り乱したところで、送信してしまった事実は変わらないのだから。餅ついてどうするのよ。

 ええ、素直に認めましょう。これは私が間違えた。バックスペースをタップしようとして、送信をタップしてしまった。

 けれど私が悪いわけではない。バックスペースと送信がこんなに近いスマホが悪い。

 本当、なに、なんなのこのスマホ? つっかえないわね。もうちょっと持ち主の意思を汲み取ろうって気概はないわけ? あるはずないわねそんなの。あったら世紀の大発明よ。ゆっくりお湯に浸かってる早坂も慌てるわよ。だから早坂って誰よ!

 ダメね、全然落ち着けてないわ……。慌てることはないわよ私。この前由比ヶ浜さんに教えてもらったじゃない。送信したメッセージは取り消すことができる、って。

 たしか、メッセージを長押しして……。

 

「ひゃっ……!」

 

 な、鳴った! スマホが! スマホが鳴った!

 しかも比企谷くんからの電話! ラインじゃなくてスマホに直接! なんで⁉︎ ラインは既読ついてなかったじゃない!

 どうするべき? いえ、選択肢が一つしかないことは分かっているのだけれど。でも、えぇ……これ、出なきゃダメよね、やっぱり……あんな意味不明なラインを送った後だから、出づらいというか、出てどうしたらいいのか……。

 でも、出るしかないわよね。迷ってる暇なんてない。ラインに既読はついていなかったから、もしかしたら別件かもしれない。ええ、そうよ。きっとそうだわ。別件に違いない。……別件よね? 今のラインは関係ないわよね?

 心の中で何度もそう唱えながら、ついに私は、通話ボタンをタップした。

 

「もしもし、雪ノ下で──」

『なにかあったのか?』

 

 開口一番、食い気味に。私が名乗り終わるよりも早く、心配げな優しい声が届いた。

 優しいけれど、どこか慌ててるような、見えない何かに急かされているような。

 予想外の言葉と声音に、思わず二の句を継げなくなる。

 

『雪ノ下?』

「……いえ、ごめんなさい。なんでもないわ。こんにちは比企谷くん」

『おう。それで、いきなりどうしたんだよ。あんなライン急に送ってくるなんて』

「いえ、その……」

 

 遅れて、嬉しさが込み上げてくる。比企谷くんの懸念は彼お得意の勘違いだし、その心配は全くの杞憂なのだけれど。

 それでも、あのメッセージを見て、私を心配してくれて。私のことを、そんなにも考えてくれているんだと思ってしまえば、胸の中が勝手に満たされてしまう。

 数日ぶりに聞いた彼の声も、その一因だろうか。比企谷くんの声は、なぜかいつも私の心を落ち着かせてくれる。不思議だ。

 だから、特に迷うこともなく、本当のことを話せた。

 

「あなたが心配するようなことは、なにも起きていないわ」

『本当か……?』

「ええ。忘れたの? 私、嘘は吐かないのよ」

『そうか……ならよかった……』

 

 はぁ、と重めのため息が、電話越しに聞こえてきた。なんだか、本当に耳側で彼に息を吹きかけられてるみたいで、背中のあたりがゾワゾワする。

 そこまで安堵してくれるのが嬉しい。重たい女だと思われるだろうか。そうだとしても構わない。だって、彼の中ではそれ程までに、私の存在が大きくなっている証拠なのだから。きっと、由比ヶ浜さんや一色さんよりも。小町さんは、どうかしら。シスコンな彼のことだから、小町さんの方が上だと言うかもしれない。

 とても小さくて、子供みたいな独占欲。

 でも、それを受け止めてくれるあなただから、私は。

 

「だから、ね。比企谷くん。私は今すぐ、あなたに会いたい」

『……っ』

 

 電話の向こうで、息を飲む気配があった。少なからず驚いているんだろう。私も、こんな言葉が簡単に出てきた私自身に驚いている。

 

「私は嘘を吐かないわ。だから、あなたに会いたいと送ったそのメッセージも、嘘なんかじゃない」

『……珍しいな。なんつーか、お前がそんなこと言うなんて』

「たまにはいいでしょう? その、私達はもう、恋人同士、なのだから」

 

 あなたの恋人になれた実感が、未だに湧いてこない。胸の内にあるこの喜びが、全て泡沫の幻がごとく消えてしまわないか、不安になるときもある。

 けれどきっと、それはこれから積み重ねる時間の中で、自然と消えていくものだ。

 歩く道も目指す場所も違うのかもしれない。

 それでも私は、あなたと同じ景色を見たいから。そう願ったのだから。

 

『……すぐ行くから、待ってろ』

 

 それだけ告げられ、通話が切れた。耳に届くのはツーツーという電子音のみ。

 これからここに、比企谷くんが来る。家の中だけどちょっとオシャレしたいし、おもてなしの準備もしないといけない。

 でも、その前に。

 

「あなたのそういうところ、好きよ」

 

 届かないと分かっていても、言葉にせずにはいられなかった。

 本当に、心の底から、とっても好きだから。

 彼が来たら、面と向かって直接言えるように頑張ろう。

 だから、あなたからも聞かせてね? 不器用で捻くれていてもいいから。あなたの言葉を。

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