窓から差し込む陽の光が暖かい。近頃は雨の影響などもあり少し冷えていたのだが、本日は雲一つない晴空が広がっている。
きっと、暖かく感じる要因はそれだけではないのだろう。
チラリと視線を少し横に移動させて受付の方を見れば、そこには私の片思いの相手が座っている。
未だ見慣れないメガネ姿に少し胸が跳ねる。彼の視線は手元の本へと落とされていて、表情は真剣そのものだ。
あの頃はライトノベルばかり読んでいたと思うのだけれど、今は私でも見たことのない海外文学を読んでいる。
他の利用客の為にその本を和訳するらしいという話は、先週訪れた時に聞かされた。その証拠に受付のカウンターの上にはノートパソコンが置かれており、偶に本から視線を上げたと思えばキーボードで何やら打ち込んでいる。
それは司書の仕事から外れているのではないのかと思っていたが、彼の性格から考えると嫌々ながらも結局やってしまっている、と言ったところかしら。
今もまさしくキーボードを打鍵しようと視線を上げた。
そうなると当然そちらを見ている私と目が合う訳で。
「......っ」
瞬時に目を逸らしてしまう。
おかしい。最近の私は少しおかしい。
彼への思いは高校時代から抱いていると言うのに。もう数年経っていると言うのに。
まるであの頃、初めて抱いたこの気持ちに戸惑っていた頃に戻ったかのようだ。
今も頬が熱い。胸が尋常じゃない程にドキドキしている。
お陰で本の内容が全く頭に入ってこない。
「よお。来てたのか」
「っ! 急に話しかけないで頂戴」
「悪い悪い」
気付かない内に私の座っている席の前まで彼が、比企谷くんがやって来ていた。全く悪びれた様子も無く向かいの席に座る。
「あなた、仕事中なのでしょう?」
「ちょっと休憩だ。流石に目が疲れて来たしな。休んで来いって言われたんだよ」
受付の方を再び見ると、ここに通うようになってから顔見知りとなった初老の女性司書さんがこちらに笑顔を向けて来た。
どうやら気を遣われたらしい。
嬉しいのは嬉しいのだが、少し恥ずかしい。
と言うか、ここの司書さんはこの目の前に座る鈍感な男以外全員が私の気持ちに気づいている節がある。事あるごとに私と彼を二人きりにしたがるのだ。
そもそも利用客があまり多いとは言えない小規模な私立図書館。今日も見渡した限りでは私以外の利用客は過去に何度か見たことのある顔触ればかり。所謂常連さんとやらしか基本的に来ない。
だからなのか、司書さん達は私と彼のやり取りをどこか娯楽のように楽しげに、しかし親のように優しい視線でいつも見ている。
彼女達からすれば、私達はちょうど息子や娘と同じくらいの年齢になるのだろう。
「それ、先週と同じ本だろ?」
「え? えぇ、そうだけれど。それが何か?」
思考の海に沈んでいた所を比企谷くんの少し小さめの声で引き上げられた。このボリュームで話していると、なんだか秘密の会話をしているみたいで楽しくなる。
確かにこの本は先週からずっと読んでいる。
と言うか、この男はそれに気付いていたのね。
「いや、雪ノ下にしては読むの遅いなと思ったもんだからさ。お前昔から読むの早かったからなんでかなー、と」
確かに私は何かしらの書き物を読む時はかなり早い方だと思う。出来る限り多くの本を読んでみたいから、速読の練習をした事もあった。
そんな私の読書のスピードが昔よりも遅い理由。
仕事は忙しくもあるが読書の時間は取れるし、他の本を買う余裕がない程金銭面で苦労してる訳でもない。
なら何故か。
「......そうね。最近はここでしか本を読んでいないからかしら」
「仕事忙しいとかか?」
「いえ、そうではなくて。ここでこうして本を読んだりするの、好きなのよ」
休日の昼下がり。あなたの顔が見える、陽の光が差し込むこの席で。
ここで本を読む事が最近の私の一番の楽しみ。
薄く微笑みながらそのような意図の言葉を伝えると、比企谷くんはバッと目を逸らした。心なしかその頬は赤くなってるようにも見える。
はて、私は何かおかしな事を言ったかしら?
............言った、わね。好きだと、ハッキリと。
いえ、別に比企谷くんに対して好きだと言った訳ではなくて、ここで本を読むのが好きだと、そう言っただけだ。何もおかしな事は言っていない。確かに比企谷くんの事は好きだけれど......。って、何を考えているのかしら私は。
あぁ、顔が熱い。多分今の私の頬は目の前の彼に負けないくらい赤く染まってる事だろう。
「あー、その、なんだ......。お客様がそう言って頂けて何よりでございます?」
「何故疑問形なのかしら......」
「何故って......。なんでだろうな?」
二人して吹き出す。何がおかしい訳でもないのだけれど、小さな声でクスクスと笑い合う。
図書館内でのルールには若干反している気もするが、利用客が少ない上に司書さん達も何も言って来ない。どころか微笑ましげにこちらを見ている。
「雪ノ下」
呼ばれて、正面の彼を見る。メガネでいつもの腐った目は見れない。
もういい歳だと言うのに、彼の笑顔は少年のようで。
「俺も好きだぞ。お前とここでこうしてるの」
そんな笑顔でそんな事を言われてしまった。
ハッキリと告げられた。
分かっている。別に私の事が好きだと言った訳ではない。でも、私とこうしている事が、彼にとっても大事な時間であるのならば。
ふふ、よく見ると耳が真っ赤ね。どうやらとても頑張って放ったセリフみたい。
「そう......」
口角が上がりそうになるのを必死に抑える。
彼が頑張ってくれたのだから、私ももう少し勇気を出してみようかしら。
「ねぇ、あなた。この後時間は空いてるかしら?」
「......まあ、閉館したら仕事終わりだけど」
「その、一緒に夕食でも、どう......?」
「あ、えっと、よろしくお願いします......」
「こ、こちらこそ......」
またお互いに真っ赤になってしまった。
これでももう25歳と言うのだから笑える話だ。
彼の顔を見るのもなんだか照れ臭くて、再び手元の本に視線を落とす。
何故だか自然と笑みが漏れてきた。
私は今、とても幸せを感じてるのだろう。
休日に好きな人に会えて、その人と同じ時間を共有出来て。
私にはとても過ぎた幸せだけれど。それを手放したくは無い。
だからきっと、これからもここに通い続ける。
今はとてもじゃないが怖くて告げることの出来ない想いを抱えて。