東方魂恋録 The Second Existed   作:狼々

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夏休みに入って福岡に帰りました。
PCでゲームしてたら、今度はパッドでゲームが難しくなってました。


明日の平穏を知らぬ今日

 諦めるとは、つまるところ。

 

「見放せってのかよ」

「そうだね、そうなるかな」

 

 栞は静かに同意した。

 彼女の中で、既にその「諦め」がついていることをひしひしと感じさせる言葉だった。

 

「俺に、お前の姉を殺せってのか?」

「酷なお願いかもしれない。でも、間違っても天が死ぬようなことはあっちゃならない。君は幻想郷の希望なんだ。君の有り無しで運命が変わる、私はそう確信してるよ」

「そんなことを聞きたいんじゃない」

 

 俺の慰めの言葉を望んでいるわけではない。

 価値、俺が生きていることの影響、そんなものは枠外の話に過ぎない。

 

「わかってるでしょ。お姉ちゃんの生死は、最悪どっちでもいいってこと」

「…………」

 

 否定の一言でも出せたらよかったのだが、そうにもいかなかった。

 第三勢力である彼女を、幻想郷に仇なす存在であると現状では断定できない。

 曰く、「幻想郷の存続はどうでもいい」と。俺への復習を原動力としていて、時雨の野望にも興味を示していない様子だった。

 

 全ての発言が真実とは限らない。

 だがもし事実と食い違いがないならば、幻想郷を守るという目標において直接的な壁とはなりえない。

 つまり、彼女の存在自体はさして驚異ではない。

 換言すれば、わざわざ朱里を殺す必要も生かす必要もなく、どちらに転ぼうが死人こそ増えど幻想郷に影響は少ないということだ。

 

「それでも、見捨てるわけにはいかないだろ」

「この際だから言っとくよ。その優しさは素晴らしいと思うし、大切にすべきだとも思う。けど一歩でも間違えれば大きな隙になって自分自身を殺しえる」

 

 俺は何も言えなかった。それが俺を擁護する故の発言だから。

 自分の姉と俺を天秤にかけた上での、姉の犠牲を選んだ発言だから。

 無論、一番辛いのは栞に他ならない。

 心に傷を負いながら捻り出した警告に対して、無責任に反対するような真似はできなかった。

 

「生かすか殺すかは君に任せる。だけど、天を失うことが一番の不利益であり避けるべき未来であることは肝に銘じるべきだよ。先に言うけど、謙遜や遠慮は無意味だからね」

「……わかった。でも可能なら、救ってみせる」

 

 結論は、虚数の彼方に存在する確率を追い求める非現実は捨てるべきだということだった。

 俺の中で、朱里の救出が不可能でないならば、合理性を無視し、現実的でなくとも遂行するべきだと考えていた。

 だが彼女の妹である栞が(はかり)にかけた以上、それがどんな考えだろうと尊重すべきだ。

 よって現状、朱里を殺める路線で進むということだ。

 

 

 

 ──翌朝の目覚めは悪かった。

 納得いかない現実を受け入れる覚悟は形は違えど何度もしてきたつもりだ。

 だが、ここまで残酷で合理的な選択を迫られたことはなかった。

 

 以前にルーティンと化した時間外訓練を、剣を握ることすら億劫に感じた。

 しかし、妖夢監修の訓練は身が入った。

 責任を背負う以前に自身の腕を磨かなければ意味がないと思うと、自然と必死になれた。

 

 だからこそ、妖夢の心に気付くことはできなかった。

 

「天君」

 

 鍛錬が終わって、妖夢から声をかけられた。

 考えてこそいないものの、頭に靄がかかったままであることに変わりはない。

 どうした、という返事は混濁と困惑が一緒くたになっていた。

 

「今夜、少しお話しませんか?」

「……悪い。今はちょっと」

「栞ちゃんとも話しておきたいことがあるんです。確約はできませんが、天君の力になれるかもしれません。お節介だと思って聞くだけでも」

 

 この時改めて、妖夢には敵わないと思った。

 幻想郷に再来してからというもの、妖夢は俺の心を読んでいるのではないかと思うときがある。

 相談する前に悩みを聞いてくれる。悩み人にとっては、この上なく希望の存在であり天使にも思えるだろう。

 

 だが、それは妖夢が俺を常に気にかけてくれている故のことだ。

 意図せず彼女の心配をかけていたことを後悔すると同時に、この問題が俺一人だけのものではないとようやく理解できた。

 

 

 

 夕食が終わって、自室で待っていた。

 入室の断りが聞こえ、どうぞと促す。

 役者は揃った。後は口を開くだけ。

 流れる静寂とは裏腹に、心が妙にざわついていた。

 

「朱里は──昨日戦った女の子は、私の姉。天は制圧にとどめようとしてくれた。でも、私が殺すべきだって提案したんだ」

 

 均衡を破ったのは意外にも栞だった。

 本来は俺が先導しなければならないはずだったのに、情けない。

 

「そうですか」

 

 妖夢が口にしたのはそれだけだった。

 どちらに味方するわけでもなく、あくまでも全体を俯瞰する立場を保っていた。

 

「天君の気持ちはわかりました。じゃあ、栞ちゃんはどうなんですか?」

「私? いや、私は──」

「介入する感情を優先なんてしてはいけない。正論ではありますが、それよりも前に、栞ちゃんはどうしたいと思ってるんですか?」

 

 結論を急がない。話が迷わないように。

 妖夢は諭すように栞へ語りかける。

 

「私は……助けたい。当然だよ」

「そうでしょうね」

 

 優しく相槌を打つ。

 単純なやり取りの中に、太陽に似た眩しさを感じる。

 徐に目を閉じ、受け身になってくれる妖夢は慈愛に満ちていた。

 

「では、それでいいではありませんか」

「間違ってるよ。この際だからはっきり言う。相手は格段に強くなってる。手加減なんて自殺行為だ」

「ええ。でも、()()()()()

 

 自信がこもった一言だった。

 笑顔を崩すことはなく、柔らかに答えてみせたのだ。

 

「姉の命を断つ。悲惨なことには違いありません。助けられる命ならば助ける。その過程で二人が危なくなったら、師として私が守ります。守ってみせます」

 

 何事も心配するな、と目が静かに言っていた。

 強固たる芯を持った言葉が、これほどまでに優しい表情から紡がれるものなのか。

 不思議な感覚に包まれた上で、彼女の言葉を心から信頼できた。

 

「今回みたいに皆がいなくとも、私はいます。そもそも、天君が彼女に匹敵する力を持っているとは思いません」

「厳しい現実ですね……」

「ええ。ですから、万が一の場合は()()()()()()()()()

 

 明確な意志はまだ消え去らない。

 この言葉も例外ではなく、確固たる信念の顕れだった。

 

「特に貴方達には負担が大きい、二人に任せること自体が。ならば、私が黄泉へ送るべきです」

転嫁(てんか)しろってことかよ」

「悪く言えばそうです。ですが、確実性に欠けることも考慮すると私が適任かと。貴方達は何も深慮(しんりょ)はせず、彼女を救うことだけを考えて剣を取るべきだ」

 

 妖夢の言葉は正しい。

 実行できるほどの力がないと断言された以上、俺が担うべきではない役であることは確かだ。

 そこに保険という余裕が介在する余地はない。

 彼女が総合的に判断した上で発言したのであれば、俺や栞が口を挟むことにあまり意味はない。

 

「わかった。生殺の判断は任せることにするよ」

「お任せください。では、栞ちゃんには悪いのですが、次は二人の話をさせてください」

「はいよ~、私のことは気にせずどうぞ気が済むまで」

 

 正面で正座を組んでいた妖夢は、隣に移って頭を預ける。

 わずかな重みを肩に感じつつ、耳を傾ける。

 

「私は天君が好きです」

「知ってる。俺もだ」

 

 そこで会話が終わった。

 何の話がしたかったんだ、と切り出す前に話は再開した。

 

「ですが……本当に良いのでしょうか」

「どういうことだよ」

 

 話に脈絡がない。

 そも、恋愛に良し悪しはほぼ存在しない。

 当人間の価値観による問題であり、他人に迷惑がかからないのであればそれは共通して「良」だろう。

 

 俺の見立てでは、俺と妖夢の間に特別な壁があると感じた覚えはない。

 強いて言うのであれば、空白の一年間が該当するくらいだが、互いの情報が欠落しているため何とも言い難い。

 

「天君は人間。私は半分は人間ではありますが、半分は妖怪なんです」

「それがどうしたんだ?」

 

 妖夢は、はぁっと重くも軽くもあるため息をつく。

 吐息に込められたのは唖然か。それとも羨望か。

 

「簡単に言いますね」

「簡単だからな」

「……わからないのですか。私はもう五十年は生きています」

「らしいな」

 

 俺が結界の外へ帰る前の話だ。

 妖夢が若く見えると形容できない程度に年齢を積んでいることは本人から聞いた覚えがあった。

 深刻な雰囲気に飲まれることもなく、それほど驚く話でもない。

 

 確かに女性として気にする問題かもしれない。

 が、妖怪と人間の寿命はかなりの差があり、その辺りの基準も違うはずだ。

 犬猫と同じように、妖夢の年齢は「()()()()()十五、六」であり、それ以上でもそれ以下でもないはずだ。

 有り体に言えば、妖夢が何を悩んでいるのか察することができない。

 

「恐らく、私は天君の最期を看取ることになると思います」

「遠回しのプロポーズか?」

「……それは多分、私にとっては最も幸福で、最も辛い選択になってしまうのでしょうね」

 

 ここまで会話が進んで、ようやく理解した。

 妖夢は早くに命尽きる俺を問題視しているのだ。

 いや、少し違うか。二人の間にそびえる膨大な時間の壁を憂えていると言うのが正しいか。

 

 必然、妖夢は未亡人となる。

 愛する者に先立たれ、孤独感に何百年と付きまとわれる。

 

「理解しているつもりです。そんなのは随分先のことで、同時に先のことを心配している場合ではないということも」

 

 幻想郷の存亡がかかっている以上、将来は保証されたものではない。

 悲痛を予測する未来すら、存在しないかもしれない。

 冷たく言えば私的感情。多くの命が乗っている幻想郷を救う上で、その感情は邪魔でしかない。

 

 その圧迫されすぎた現実が、妖夢を追い込んでいたのだ。

 冷酷で無形な先の時代が訪れる。こと妖夢にとっては、幻想郷が救済されようとされまいと、闇ある未来の訪れが確定してしまっているのだ。

 

 俺は妖夢を誤解していた。

 彼女は一年という僅かな期間で、身体的にも精神的にも大幅に成長していると思っていた。

 しかしながら、成長したとはいえ、俺が思っているほど大きなものではなかったのだ。

 

 かくいう俺は、今に精一杯で先のことを考えている余裕はなかった。

 だからこそ、彼女の精神に耐え難い苦痛が潜んでいることに気づけなかった。

 

「種族差は覆せません。どうしようもないと、仕方がないとわかっていながら……恐怖を抑えきれない」

「そうだな」

 

 そこまで聞いてようやく、妖夢の肩を抱くことができた。

 しばらく頷くことしかできず、重苦しい沈黙が流れる。

 どんな言葉をかけるのが正解なのかわからなかった。

 

「とりあえずまあ、勝手に俺を殺すなよな」

「ですが、いつかその時は来ます」

「そんなの遠い未来の話だ。何もなければ数十年は問題ない」

 

 嘘だった。何もないということは、幻想郷が脅威を退けるということ。

 つまり、この世界に俺は不必要になるということに他ならない。

 そうなれば、人間の寿命と言わず、平和が訪れ次第で妖夢との生活は終わる。

 ちょうど一年前のように、元の世界へと帰還する。

 

 あくまで俺は幻想郷にとっての異分子だ。

 どれだけ称えられようと、どれだけ好かれようと、無用の存在であれば。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 本来の世界線をたどるならば、俺や翔といったアウトサイダーは計算外。

 

 その事実を告げられるほど、俺は冷徹になれなかった。

 

「そんな先のこと考えるより、今を生きよう。難しいなら、異変のことも考えなくていい。俺達だけのことなんだから」

 

 妖夢は沈黙を貫いている。納得していないようだ。

 俯いたまま、様々な感情が混ざった複雑な表情をしていた。

 故に彼女は、俺の提案に同意をすることも、否定することもなかった。

 

「明日は休みにしよう。そんで、二人だけでデートしよう」

 

 二人で過ごす時間が足りていないことは確かだ。

 妖夢と再会してから、デートをしたことはなかった。

 幻獣との連戦に続く連戦が俺達に一息つかせる暇すら与えてくれなかった。

 

「……はい、お願いします」

 

 一瞬の迷いの後に優しく溢れた微笑みが愛おしくてたまらない。

 

 今度はきっちりと了解の返事を得た。

 休む時間はないと拒否されないかと懸念していたが、どうやら杞憂だったらしい。

 ろくにまともな言葉もかけてやれなかった分、明日の行動が妖夢の心情を大きく変えるかもしれない。

 良い意味でも、悪い意味でも。

 

 静かな夜だった。肩に女性を任せるには最適な夜だ。

 だが、夜が明けた後のことを考えると、心臓が圧迫される。

 

 明日の平穏が確約されていない現実は、こうも人を不安にさせるものなのか。

 戦争を経験した兵士はこんな気分だったのだろうかと想像する。

 恐怖が背中を撫でる明日を、忘れることにした。




ありがとうございました。

次は恋愛を出していく予定です。
今作ではまだ一回も取り入れていませんでしたし。
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