それでいて申し訳ないのですが、かなり短めです。
字数でいうとギリ3000字届いてないくらいです。
デート回なのにね。
白玉楼庭に蔓延する空気は冷たかった。
澄んだ気体を取り込んで、頭以外も冷やす。
冷静になって、今一度考えてみる。
妖夢との生活は何物にも変え難く、失うことは想像したくもない。
数十年、俺と時間の経過を共にした後、彼女の世界に俺はいなくなる。
逆の立場で思い描くが、心が苦しくてたまらない。
この窮屈感を取り除くには、俺はどうするべきなのだろうか。
「悩み事かしら」
俺の後ろから声をかけたのは幽々子だった。
表情すら見えていない上での言葉。
周囲から見て、それほど悩んでいるように見えるのだろうか。
「まあな」
「積もる話もあるわ。貴方が帰ってきて、私も話したかったことは山ほどある……でもね」
幽々子は隣に立って、深呼吸する。
この清涼な空気に、彼女は何を思うのだろうか。
逆説の先につながる言の葉に、俺は妙な緊張を感じた。
「今、貴方を必要としている人も同じくらいいる。特に妖夢はそう。二度と姿を現すはずのない貴方を想って、毎日剣を振って忘れようとしてた。貴方が何を考え込んでいるのかはわからない。でも、今日くらいは妖夢だけを見てあげてちょうだい」
思わず乾いた笑いが出た。
妖夢のことで思案して、妖夢のことを最優先しろときた。
曰く、俺の考えることはわからない。
けれども、どうにもそれが嘘のように思えたのだ。
「そうだな……なあ。幽々子って、今どれくらい生きてるんだ?」
「あらら、乙女に対して気軽にできる質問じゃないと思うけどね」
軽口を言う彼女の顔は雲がかかっていた。
「軽く千年は生きてるわ」
「……長いな」
「長いで済めばいいけどね。これだけ生きてると、自分が今生きてるか死んでるかも怪しくなってくるというもの。長く生きるというのも限度があるから、おすすめはできないかも」
幽々子は意識してか、一本の桜の木を見ながら言った。
春になっても蕾すらつくることなく、芯である大木と枝のみが置き去りにされた桜の木。
他の桜は既に花弁を散らしているというのに、その大木は未来永劫そのままであるかのようにそびえ立っていた。
長く生きるというのは、ああいう木のことをいうのだろうか。
「ありがとう。なんとなくだけど、すっきりした気がする」
「よかった。不意打ちされて死なないくらいにまで、今日は羽を伸ばしてきなさい」
結局白玉楼の主は、俺の悩みを聞くことなく屋敷へと戻った。
対する俺は、彼女に投影された魂魄を感じ取ることができなかった。
あの桜を見て、一体彼女は何を感じたのだろう。
哀愁。いや、喪失だろうか。
肌に触れた春雪のように、難なく空気へ溶けてしまった。
「お待たせしました」
ほうっと白くならない息を吐いたところで、支度を終えた妖夢が笑顔で姿を現す。
妖夢の声を受けて、行こうかと口にした瞬間だった。
彼女の笑顔に陰りが差していたような気がした。
なんとなく、先程の幽々子のものと似通ったものが見えたのだ。
それからは、何を言うでもなく手を繋いで人里へ降りる。
朝ということもあり、大通りでも人は比較的少ない。
数こそ少ないものの、行き交う人々のほぼ全員が俺に挨拶を投げかけてくれる。
二人でゆったりというわけではないが、悪いことではない。
通りかかった甘味処の
団子を四つ注文し、軽い朝食をとることとした。
「前にもこうして、
「ああ、そうだな。ちなみに甘味処じゃなくて『あまみしょ』って読むんだぜ?」
「もう、恥ずかしいのでやめてください」
以前に別の甘味処を訪れたときに、妖夢が甘味処の読み方がわからずに「あまみしょ」と読んでいたことを思い出した。
ふと当時と現在を比べると、なんだか彼女は大人びている気がした。
今のように隣にいると猫みたいに甘えてくることもあった。
今は口元を隠して笑っていて、まさに日本の誇る
桜が似合うな静けさも素敵だが、どことなく距離が開いてしまった気がしてならない。
この感覚がメロウな錯覚であることを願うばかりだ。
団子が運ばれてくるのにそう時間はかからなかった。
手を合わせた後すぐに、黒蜜のかかった一本を妖夢の口元へと運んだ。
「私にですか?」
「当然。ほい、あ~ん」
「……うう。あ、あ~ん」
恥ながら控えめに食べてくれた。
健気な狐に餌付けしているような、変な気分になってしまう。
口に転がしたと思えば、妖夢は一心に甘味を噛みしめる。
揺れる瞳は想像を絶する美しさを造形していた。
それほど嬉しかったのだろうかと、こちらも嬉しくなっていたところだった。
彼女の両頬に雫が伝っていることに気が付いた。
慟哭ほど大きくはない声で。心の臓を撫でる声で涙を流していた。
「まさか、泣くほど嬉しかったのか?」
「つら、かったっ。もう、こんなことは、二度とないってっ……!」
途端に胸が締め付けられる。
愛おしいという感情と申し訳ないという感情が錯綜し、思考が当てもなく漂う。
ほんの一瞬、息でさえ止まるほどの圧迫感に拘束された。
彼女にとって、俺のいない時間がどれだけ退屈で無機質なものであるかを知った。
幻想郷に俺という存在がいないというのは、すなわち平和の証であり、言うまでもない理想だ。
提唱される理想は、彼女にはモノクロに過ぎなかった。
優しく露を指ですくい取る。
彼女が震える声で求めるものは、命の保障もない、滅亡の危機をくぐり抜けた先にある
己の願望と忌避すべき催涙的事実が表裏一体であることの罪悪感と困惑。
こうあるべきという欠乏感と白黒の現実のギャップに押しつぶされ続けた結果がこれだ。
さぞ苦しかっただろう。
「ありがとうな、泣いてくれて」
彼女を腕に収めたときに、思わず口が動いた。いや、動いてしまったと言うべきか。
丈の長い悲壮感に包容の言葉を並べるなど、感情の爆発を助長させるようなものだ。
だが、彼女は想像よりも大人だった。
両目に涙をためながらも、慟哭を形とすることはなかった。
「……迷惑だと思ったんです。皆が大変な中、私だけわがままになんてなれなかった」
彼女の責任感と思い込みによる災いだった。
真面目で純粋な性格を考えると、簡単に納得がいく。
勝手な同調圧力を抱え込むあたりも、ある意味で彼女らしいと言える。
だとすれば、俺が真っ先にかけるべき言葉は一つだ。
そうして紡ぐ言葉は、恐らく二年前の俺によるものだろう。
迷った。彼女のほしい言葉は明確だ。
だが、それを口にすることを一瞬躊躇した。
錆びついたナイフで胸を突かれた感覚が走った。
逡巡の挙げ句に、俺が実際に発したのは何の思いやりも脈絡もない要望だった。
「俺にも食べさせてよ」
妖夢はその一瞬だけ悲しみを忘れたようだった。
困惑と清涼の混ざった複雑な顔をしている。
もっとマシな台詞くらい言えないものかと自嘲してしまうところのこと。
俺がやったように、串団子を口にもってきてくれた。
未だ彼女の目に浮かぶ涙が眩しい。
柔らかな笑顔を見る限り、俺の選んだ選択肢は少なくとも間違いではなかったらしい。
口に転がる団子はほのかに甘かった。
霞がかった甘味が優しかった。
「……うん、美味しい」
俺が何の気なしに告げてすぐに、また妖夢は泣き出した。
しかしながら、表情は幸福でいっぱいに包容されているように見えた。
ありがとうございました。
今後デート回を入れるかどうかはわかりません。
恋愛作品を謳っておきながらそんなことは多分ないと思うので、ほぼほぼ入れるとは想いますが、一応は未定ということで。