色々あって、投稿遅くなって本当に申し訳ない。
今回もデートにしようかと思いましたが、物語進めようと思います。
甘味処、本屋、寺などとデートにうってつけの場所から、かけ離れた場所まで。
幻想郷をツアーして回った。
妖夢は文句の一つすら言わず、過ごす時をじっくりと味わっているようだった。
やれ前の店にない甘味だとか。
やれ見たこともない古書や指南書が並べてあるだとか。
やれ土着神なる存在がいる神社もあるだとか。
おおよそロマンティックでないことも、二人でいるというだけで景色が変わるもので、不思議だ。
歩き疲れて、間食時を狙ってまた甘味処へ。
今日で三箇所目だが、他でもない妖夢の希望だ。
なかなかどうして、現代でも幻想郷でも女性は誰しも甘いものに目がないのだろうか。
かくいう俺も、和菓子巡りを満喫していた。
外で傘の下、わらび餅を四つ頼んで時を過ごす。
妖夢がお手洗いへと赴く間に、注文は赤い長椅子へと到着。
二つのうち一つを口につけたところで、思わぬ客がやってきた。
「一つ頂くぞ」
一方的に告げられ、皿の上から餅が一ついなくなった。
非常識な人物の顔を拝んでやろうと、笠の下を覗き込んだ。
その者はひどく小柄だったが、座している俺が見下すほどの丈ではない。
「ふむ、中々に美味じゃ。特に柔らかさが舌に良く馴染む」
「……あんまりふざけんなよ」
彼女の態度にいらついていたこともあるが、もうそんな気分ではない。
──目前に立っているのは、顔を隠した朱里だった。
「まあ待て。ここで騒ぎを大きくするのは互いに不本意だ。違うか?」
「話が別だ。一体何がしたい?」
「いやなに。色恋の最中に挟むことではないと遠慮したのじゃ、餅の一つや二つくらい許せ」
「そうじゃない。お前は、何しに、ここへ来たと言っているんだ」
口ぶりから察するに、彼女は俺達を尾行していたのだろう。
俺が一人になるのを見計らって出てきたというのか。
尾行の存在は微塵も感知できなかった上に、朱里をよく理解する栞からも何も伝えられていない。
栞は現在進行形で沈黙を貫いている。
「気が早いのう。まあいい、聞け」
招かれざる無礼な客は悠長に俺の隣へ腰掛けた。
対する俺はというと、状況の変遷についていける自信すらなかった。
二日前に敵として相まみえた人物が、俺の隣で茶菓子を口に運んでいるのだ。
ここに刀がなかったから冷静でいられるものの、あったらと考えると状況は一変していたかもしれない。
「お主は世界を守りたい。妾はお主を殺したい」
「随分はっきりとした物言いだな」
「事実じゃ。この場を戦場にしていないだけに過ぎん。妾も本望ではない。お主も死屍累々を見たいわけではなかろう。そこで折衷案を提示しようと思っての」
口に含んだ餅が喉を越した。
依然と表情を変えないまま、さも当然の在り方であるように言う。
「一対一で
それでも藁の奥に見える瞳は揺らがない。
明確な敵意が歩を進める群衆を置いていき、届く。
張り詰めた緊張感が時間の氷結を錯覚させるが、つつがなく再生される日常の風景がそれを許さない。
「まさかこの期に及んで衝突を避けられるとは思うまい」
「……だろうな」
「その言葉は前発言への納得か? それとも交渉への返辞か?」
「両方だ」
当然、交渉への納得はしていない。
だがそうだ、俺は予期せぬ脅威を恐れている。
戦闘が終わった後に、消耗した後を狙われないとも限らない。
疲労の末に待つ未来が漁夫の利の体現など。
そうなれば、本格的に勝ちの目はなくなる。
致命的なリードブローを受け、その後は容易に想像ができる。
ならば、互いに万全な一騎打ちの方がまだ勝機はある。
それがたとえどれほど薄く、糸のように細くとも。
「そうか。物分りがいいようで楽だ。今日の深夜、
用件が済んだようで、朱里は立ち去ろうと席を立つ。
一方的に言葉を投げて、本当にそれだけだったようだ。
「待ってよ」
当然黙っているはずがない。
栞は最後の最後で、朱里の歩みを止めてみせた。
「お姉ちゃんは……それでいいの?」
「良い悪いの問題ではない。円滑な妥協を選んだだけじゃ」
「復讐って……そんなに大事なものなの?」
心からの声だった。
これまで朱里の反応を見る限り、時雨を殺したことに激怒しているわけではない。
そこまで執心するものなのか、という純粋な疑問の現れだった。
「さあな。ありていに言って、かつて見たこともなかった主を唾棄するのは難しい」
「だったら──!」
「なぜ、などと言うな。……妾にもわからぬのだから」
人々の喧騒に紛れて去る彼女は振り返ることもない。
影すらも残さず消えた後に、なくなった一つの餅だけが彼女だったものを肯定する。
張り詰めた空気は既に霧散しており、頬に伝う冷や汗の一粒を初めて知覚した。
息を吐こうとした瞬間。
「お待たせしました。もう届いていましたか」
妖夢が濡れた手を乾かしながら戻ってきた。
提供された餅を口に運ぶ。
「……どうかしましたか?」
「あ?」
「いえ。あまりじっと見られると、緊張すると言いますか」
「……ああ、悪い」
我を失い、気付けば妖夢を見つめていた。
ただ、唯一考えていたとするならば。
──恐らく、残存する死生観が崩れかけている。
それから後、妖夢との時間を楽しむことはできなかった。
楽しもうと自覚させる度に、逆に不安になるのだ。
彼女の笑う姿をもう見ることがないかもしれないと。
身寄りのない恐怖は深夜までまとわりついていた。
隣で静かに眠る少女を横目に、部屋を出る。
夜の静寂を壊さぬよう、星を背中に空を飛ぶ。
十分と経たずに森へ到着した。
「本当に来るとは、呆れた男よ」
彼女は音もなく影から姿を現した。
……影から、ねえ。
「自分の有利な場所に飛び込むのも、なかなかどうして馬鹿なことだよな」
「ほう、わかっているのならばなぜ来たのかえ?」
「希望があったからな」
実力差を埋めるに足る希望が見えたのだ。
「お前、能力持ちだろ」
「どうしてそう思う?」
「
彼女は暗い森の中で、自分の体を透過させたり瞬間移動していた。
その間には共通して、暗い場所での貫通だったり、影がある場所から影がある場所への移動であった。
影に関する能力を持っていると考えるのが自然だろう。
「おおよそ、影を泳ぐ程度の能力──とか、そんなあたりか?」
「ほう、ほうほうほうほう」
彼女の笑みが月光に照らされた。
軽い笑い声は宵闇を
「だがまあ、一つ気にかかるものがある」
「なんじゃ。許す、言うてみろ」
「お前は能力を持たない
これは栞の過去にも関係がある。
姉妹である栞と朱里。その二人は神々の能力を持つ依代とされた。
栞は火や水の操作に関する能力を得たが、朱里は権限の享受が叶わなかったのだ。
となれば、彼女が能力を持つことはありえない。
風すら起こさずに空間移動など、できるわけがない。
これらが意味することは、一つの仮説。
「新しく手に入れたんだろう」
後天性のギフト。偶発的な才覚。
可能性としてありえるのかは不明だ。だが、それを否定できる材料を持ち合わせていない。
程度の能力が判明すれば、何かしらの対策を立てられる希望もあるというものだ。
「残念じゃな」
目を見開いた。彼女の姿はない。先刻までの影は綺麗さっぱり消えていた。
まばたきすらしていない。彼女から目を離したはずは──
「──ッ!」
姿勢を低くして、頭部を下げる。
まもなくして、彼女の蹴りが左から右へ。頭頂の髪数本を切り裂いた。
急いで距離をとってから、あることに気付く。
俺がもといた場所に、影などどこにもない。
月光注ぐ地面に、闇など存在しないのだ。
「はずれじゃ」
「そりゃ困るな」
「ほざけ。これがお主の言う『希望』だとするならば、お主はとんでもない阿呆じゃ」
「かもな」
当然、明確な情報が欲しい故の戯言に近い。
走り書きの物語であれば都合が良かった、というだけだ。
逆に言えば、「都合が良い」でとどまるほどの誤差でしかない。
もし仮に、彼女が跡を濁す鳥であるならば。
仮に、彼女に人間としての暖かさが残っているのならば──。
「悪いが、俺が
「こりゃまた大きく出たものじゃ」
「助言しておこう。あまり俺を舐めない方がいい」
「肝に銘じておこう」
会話の終わりを合図に、腰に据えた刀を抜いた。
それとほぼ同時に接近。下からすくい上げる形で振り抜く。
やはり斬撃は空を切る。
頭部を襲う反撃の蹴りは、間一髪のところで避けた。
こちらへ差し出された足を狙う。絶好の機会を逃すわけにはいかない。
手を切り返したが、彼女は地に足着けずに後方へ退いた。
彼女も浮遊ができる。考えてみれば、できない確率の方が低いだろう。
初見の技術が希望を遠ざけた。
空中での支えが利く武術。攻略がさらに困難になることは確実だ。
右の足裏に霊力を集中させ、踏み抜く。
突発的な加速は彼女にも予想外だったようだ。
切り返した手をそのままに、右手足を斬る。
思い切り振り抜いたが、彼女の左足はそれを許さない。
刀と足が接触した途端、空気を、木々を、月光を揺らがす。
地震を思わせる鈍く響く音圧と空気振動は凄まじく、それらがぶつかったとは想像できない。
ずしりと伝わる重みに両手首は耐えられず、腕ごと弾かれた。
「シッ!」
朱里は小さな隙を逃さない。空中で旋回し、今度は右足かかとから襲う。
自分の体に全力で鞭を打ち、弾かれたままに右回転。
可能な限り高速で回転し、右へと薙ぎ上げる。
蹴りが見舞われる前に、刀が足を捉えた。
刃の入りが
入った。そう確信したのは甘かった。
刀は水を斬るように足を通過する。手応えなどあったものではない。
反発なしに虚空を掴む感覚が気持ち悪くて仕方がない。
それだけでは終わらない。蹴りの姿勢は続けられ、まもなく
うめき声すら押し込んで、受け身をとることに集中する。
体ごと吹き飛ばされたが、受け身の甲斐があり、木に衝突することはなかった。
危うく致命傷をもらうところだったと自覚し、背筋が凍る。
「どうじゃ、一方的に
言葉を返す余裕はとうに消え去った。
この状況は恐ろしくまずい。
あちらは攻撃を好きに当てられるが、こちらの攻めが届くことはない。
あの様子だと腕や足に当たる際に貫通するため、攻撃を流すことも不可能だろう。
彼女の言葉は、こちらが劣勢であるという現実をそのまま映し出していた。
「わかった。朱里は霊体化と実体化を繰り返してるんだ」
今まで口をつぐんでいた栞が解を出す。
「貫通する場所を霊体化して、通りきったら実体化。これしか考えられない」
盲点だった。朱里と栞の境遇は同じなのだから、霊体化と実体化ができる。
傷を負う場所を消す。霊体のままだと俺の体に貫通するため、それを防ぐために実体化。
栞が霊体と実体を高速で行き来した姿は見たことがない。
栞にもできないほどの高等技術を戦闘の最中に、しかも細部に限定してやってのけているというのか。
「おう、そうじゃ」
「もったいぶらないんだな」
「渋ったとて、お主に何ができる?」
彼女の言葉はやはり正しい。
この原理がわかったところで、突破口が見えたわけではない。
「どれ、油断とはいかに愚かかを教えてやろう」
声が聞こえたのは後方からだった。
正真正銘、素の力での移動。神出鬼没というわけではない。
超高速で若干の跡が引く残像。気を抜いた覚えはなかったが、彼女にとってはチャンスだったらしい。
振り向くと同時に、左腕を上げて頭を守る。
見るより先に行動に移したのが功を奏し、後出しながらも腕が割って入った。
これまでの蹴りを見るに頭を、さらに左足で捉える傾向にあった。
完璧な予測だったが、無意味だった。
腕で受ける瞬間に、不気味な感覚が全身をなぞる。
勢いそのままに、蹴りは腕へと抵抗なくのめり込む。
今度こそ不意を突かれた俺にそれ以上の防御手段など存在するわけがない。
確かな衝撃は脳を揺らし、遠くの地面へ全身が叩き込まれる。
数度のバウンドを経て大木へ背中から激突。
過剰な痛覚の訴えと同時に、意識が明確な影を残さなくなる。
「どうじゃ。無駄なんじゃよ。いくらお主が足掻こうがな」
開いた口が言葉を発することはない。
肺にあった空気を余りなく吐き出すのみ。
混濁する思考は徐々にまとまるにつれて、重い状況の理解が強制される。
「攻撃も防御も……些事ってか」
「ほう、口が利けるか。首を折るつもりで蹴ったのじゃが」
彼女の透過はなにも、守りにとどまらないらしい。
防がれる場所を貫通させれば、実質ノーガードというわけだ。
機転の利かせ方に心底驚かされる。
「なあ栞」
「何?」
「朱里に何かしら変化がなかったか?」
「……言われてみれば。いや、確実にあるね」
難攻不落の要塞。全てを貫く矛。
二つを兼ね備えた彼女を攻略する糸口はここにあった。
──いや、正確には
ありがとうございました。
天君が難攻不落、最強の矛である彼女にどう立ち向かうのか。
お楽しみにしていただけると嬉しいです。