東方魂恋録 The Second Existed   作:狼々

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おまたせしました。

競馬場に少し行くつもりだったんですが、少しじゃなかったです。


紫色の一蹴

 無作為にばら撒かれる氷柱の間を縫いながら、最短距離を通って彼女のもとへとたどり着いた。

 

 降ってくるものよりも一回りほど大きい氷柱は彼女の右腕をえぐり、さらに奥の木の幹まで到達。

 かなりえぐい光景だが、流血は見られない。

 代わりに、彼女の姿そのものが消えかかっていた。

 半透明な小さい体躯が向こうの樹皮を映している。

 

「おい、大丈夫か!」

 

 返事はない。うつむいたままの頭、髪一本すら揺れることはない。

 この場にとどまるのはまずいと判断し、強引ながらに氷柱を引き抜いて捨てる。

 

「しっかりしろ!」

「お姉ちゃん、意識を戻して!」

「……あぁ、お主は──」

「よかった、まだ息はあった!」

 

 体を揺らし、ようやくかすかな声が返ってきた。

 消え入る声。色の足りない体。意識は戻ったものの、状態が芳しくないことは誰が見てもわかるくらいに衰弱していた。

 

「お前のもつ霊力が底をつきかけている。本当に霊力がなくなったら死ぬぞ」

「……摂理じゃ。警告が必要なほど無知ではない」

「時間が惜しい。単刀直入に言うぞ。俺に命を預けるんだ」

 

 一瞬だけ意外な顔をしていたが、疲労感を全身で漂わせながら嘲笑が飛ぶ。

 想像はしていたが、交渉の色は良くない。

 

「馬鹿を言え。こんな残滓(ざんし)とも言えぬ死に損ないが、妾よりも軟弱な(わらべ)に加勢したとて戦況は変わらぬ」

 

 気力をなくした声で出された答えは諦めだった。

 彼女の意見は至極真っ当なものだ。

 

「……そもそも、お主は正気か? 一刻前まで殺し合っていた相手に命を預けろと。気でも違えたか?」

 

 確かに彼女の存在はか細くなっている。

 しかし、栞と同じく朱里を俺の中に取り入れれば、あるいは。否。

 

「それを言われると痛いな。だが、これだけは()()()言える。お前がいれば、()()()()()()()()

 

 我ながら愚かである。そんな保証はどこにもなく、ただ自らの直感に従っただけの細い糸に過ぎない。

 しかしながら、微細な希望は強靭なものであると。根拠なき意志だけが俺をそうさせていた。

 今できることは、限られた時間で真摯に言葉を連ねるのみ。

 

「一回だけでいい。力を貸してくれ。俺も栞も、別にお前に死んでほしいと思ってるわけじゃないんだ」

「……しかし」

「お姉ちゃん。天は大丈夫」

 

 栞の言葉で初めて彼女が揺らいだ。俺が紡いだどの言葉よりも、単純かつ掴みどころのない言葉で。

 十秒ほど経った頃、次第に薄くなっていく体は完全に霧散した。

 淡く光る球体が空中に。腕にかかる命の重みはふっと消えた。

 

 だがそれは絶望への足がかりではなく、戦場に巻き起こる旋風の予兆だった。

 湧き上がる充足感。感覚が鋭敏になり、肌に刺さる冷感が強くなる。

 同時に、体全体から紫色の清純な霊力が溢れ出す。

 

「……一度きりだ。それ以上は関わらぬ」

「お前、すげぇよ。これなら勝てる」

「久しぶり、お姉ちゃん」

 

 栞の『大丈夫』という単語にどれほどの想いが込められていたのかは推測がかなわない。

 されど彼女の優しい語調は。言葉以外の意思伝達は。朱里を動かす原動力に足るものだと俺でも実感できるほどだった。

 

()里なのに()なんだな」

「たわけ、駄弁る暇などあるまい」

 

 触れる空気の温度がいっそう下がったと感じてまもなく、地を伝って氷が進行していた。

 向かう先は妖夢の足元。しかし彼女は自身を襲う無数の氷柱を弾くのに手一杯であり、下に意識が向いていないようだ。

 走る氷は妖夢の足を掴んだ。彼女が認識する頃には、既にその場に釘付けとなっていた。

 

「リベレーション!」

 

 妖夢に迫る麒麟を見るやいなや、俺は彼女らの間に割り込もうと走り出す。

 

 一歩を強く踏み込んだは良いものの、間に合うかどうか怪しい距離だ。

 ましてや落ちた刀を取りにいく時間などあるはずもない。

 迷えばそれこそ足が遅くなる。丸腰で割って入る以外に選択肢はない。

 

 ──足に力を入れてすぐに驚くことになった。

 朱里のものであろう能力の恩恵だろう。

 三十尺を優に超える距離を、たった一歩で駆けていた。

 

 気がつくと麒麟が目の前にいるのだ。

 目測を誤ったが、嬉しい誤算だった。

 間に合うか否かの瀬戸際は錯覚だった。

 

 突進の勢いを殺すことなく、右足で宙に弧を描く。

 空気を切り裂く音は、もはや蹴りというよりもそれこそ刀を振るう音に近い。

 頭を的確に捉える。頭蓋を粉砕する気概で振り抜いた。

 

「──弧月・飛鷹」

 

 俺が走ったと同じほどの距離を麒麟が吹き飛んだ。

 己が体で数本もの大木を轟音と共にへし折る(さま)に、我ながら笑みを浮かべながら驚いた。

 

「なるほど、こりゃいい」

「敵の妾が言うのもなんだが、妾の能力じゃぞ」

 

 走ってからというもの、堰を切ったように溢れ出す霊力。

 内に秘めるのも煩わしいほどだ。

 彼女の霊力は尽きかけていたため、この紫色の霊力は他ならぬ彼女のポテンシャルということになる。

 朱里に同じく、敵ながらあっぱれとしか言いようがない。

 

「悪い妖夢、少し遅れた。怪我は?」

「大丈夫ですが、その……天君。今の蹴りとその力は」

「紳士協定というか同盟というかまあ」

「この場限りの休戦じゃ。勘違いするでないぞ」

「……ってことだ。妖夢には悪いが、早いとこ決着をつけよう」

 

 幻獣にも脳震盪はあるらしい。

 未だによろめく四足を地に立てていないようだった。

 明確な好機。畳み掛けるなら今だ。

 

 リベレーション状態であることも相まって、やはり追撃への一歩は大きい。

 一見すると浅い踏み込みだが、一般人には決して再現できないほどの速度と距離を誇っていた。

 遠距離を詰める箭疾歩(せんしっぽ)と短距離を素早く詰める縮地。二種の歩法を同時にはたらかせているような、驚愕の体験だった。

 

 風を押しのけ、麒麟までを一歩で迫ると、したたかに夜桜を抜く。抜刀にかかる速度も極めて短い。

 居合である紫電一閃(モーメント・エクレール)と遜色ない速度で刀は空間を切り裂いていた。

 

 麒麟の皮膚を裂く寸前、何かがひび割れたような音がした。

 直後、これまでよりもさらに数段鋭い肌の痛み、鈍い金属音と衝撃が伝わってくる。

 見ると、刀が体に当たる周囲数センチの部分がダイヤモンドのように角ばって硬化しており、刃が先に進むのを防いでいた。

 

「──ふっ!」

 

 気合を入れ、霊力を両の腕に集中させる。

 手首に跳ね返る重みを無視し、ただ刃を通すという意志を貫く。

 同じくひび割れた音が何度もするが、一向に刀は先へと進まない。

 

 相手が倒れているとはいえ、これ以上隙を晒すわけにはいかない。

 危機回避のため、一旦後ろの妖夢のもとまで下がった。

 

「硬質化ってレベルじゃないな、あの硬さは」

「……あれも氷なんでしょうか」

「多分。氷の密度を極端に上げて、かつ面積も限りなく小さくしてあるからだろうね」

 

 正確には、氷に含まれる空気の量が少なくなり、氷の密度が上がって硬くなっているのだろう。

 さらに肌に刺さった痛み。覚えがある。間違いなく気温の低下によるものだ。低温であるほど氷の硬度は上昇するため、氷がさらに硬化する。

 氷は氷でも、極端に低温な純氷というわけだ。

 その純氷が一点に集中するため、局部的な防御に優れる鋼鉄と化したということだろうか。

 

「だが砕いた音はした。手応えもあったはずだ」

 

 あのひび割れの音が氷の鎧を砕く音だとすれば、数回は鉄壁を突破していることになる。

 しかしながら、幻獣に傷が入ったようには見えない。

 

「内から新しく氷を作って押し出していたように感じたが」

「それ、本当か?」

「うむ。層というより、一枚に厚みがあるといった具合じゃった。砕いた氷こそ消えておるがの」

 

 自分の能力であるためか、朱里は氷の状態をより的確に捉えていたようだ。

 ろくな対抗策が出ないまま、麒麟は体勢を整え終えていた。

 

「ともかくだ、しゃんとせい。息をつく暇などないぞ」

 

 (いなな)きは遠くへ飛ぶ。高き声と同じ速度の突進。

 火をつけた夜桜は麒麟の両前足を受け止めてみせた。

 黒き煙が上がり肉の焦げる嫌な音がするが、目に見える限り焼けた跡すら残らない。

 

 素早く横に回った妖夢が腹を斬りつけるが、纏う氷が刃を通さない。

 麒麟の意識が妖夢へ揺れた瞬間を見逃さず、手に込めていた力をふっと逃がす。

 前脚は俺の体側をかすめ、灯火の消えた刀は麒麟の横をなぞりながら進んでいく。

 

「ふっ!」

 

 幻獣をはさんで妖夢の向かいへ。刀は炎の息吹を取り戻した。

 麒麟を飲み込まんとするほどに丸々猛々しく燃え盛る。

 熱気を帯びた蒸気が際限なく湧き上がりながら、氷の層を次々に溶かしていく。

 

 一秒もしないうちにその時はやってきた。

 

「通った──!」

 

 厚い氷の束を全て溶かし、炎刀は幻獣の皮膚を焦がした。

 初めて剣がまともに通る。逃す手はない。紫の出力を高め、さらに大きく振り切る。

 

 

 ──時が止まった。

 いや、相対的な速さに圧倒的な壁があった。

 

 俺が刀をほんの数センチ動かすよりも、幻獣が()()()()方が断然早かったのだ。

 文字通りに、煙に巻くことが。

 

 蒸気は足を早めて湧き上がる。

 噴出する気体は一寸先も見えない霧となった。

 刀の先に感触は伝わらない。もう既に麒麟がそこにいないことは明らかだった。

 

 異常を察知した妖夢はすぐに二刀を横に薙ぐ。

 音を置いていった一閃は白い闇を一気に払った。

 感触で認知した事実は目でも突きつけられる。二人で挟んでいたところに麒麟はおらず、一つ後ろへ飛んだ先へと退避していた。

 

「天君。まずいです」

「ああそうだな。このまま持久戦になったらますます勝ち目が──」

「それもそうですが、貴方の火が攻撃に転用できないことの方がよっぽどですよ」

 

 妖夢の一言は、戦況に差す怪しい雲行きを浮き彫りにした。

 氷を溶かした蒸気で攻撃が通らないのならば、火の能力は攻めでは死んだも同然。

 解決策は火の能力をそもそも使わないことくらいだ。焔を上げる前提の案など思いつかない。

 

 長期戦を覚悟するべきか。幸いか、防御の炎は邪魔されないことが判明している。

 もう一度同じ手順を踏んで二人で攻撃して、強行で氷を割るしか──

 

「天君!」

 

 必死な形相で声を上げる彼女が思考の世界から俺を引き戻す。

 目がまともな視界を取り戻したときには、既に無数の氷柱が降り注いでいた。

 

 刀に火が灯る。一気に最大出力。

 空気をも焦がすつもりで炎を上げるが、間に合わない。

 すぐそこまで氷柱が近づいてきていた。

 

「ぐぅっ……!」

 

 なんとか手近の氷は溶かすことに成功したものの、刀から遠い脇腹あたりの一本が捌ききれない。

 あまりの冷たさに傷から出血もない。

 しかしながら、鋭い痛みと温度に反して焼けるような傷の感覚が負傷の事実を突きつける。

 

「たった二人。突破口はない。……お主はどうする」

「……どうする、か」

 

 朱里が残酷な難題を提示したが、俺はすぐに答えられなかった。

 荒ぶりかけた息を沈め、体側に刺さった氷柱を抜き捨てた。

 失血が怖いが、重りを埋め込んだまま動くなど冗談じゃない。

 

 地面に氷が転がったのを見た瞬間だった。

 

「──これだ。妖夢。さっきのもう一回やるぞ」

「ですが、怪我は──」

「大丈夫だ。それより早めにかたをつけないと、本当に動けなくなりそうだ」

 

 アドレナリンが無理に体を突き動かすが、それが切れると勝ち目がなくなる。

 失血死を待つよりもよっぽどいい。

 

「いくぞ……ゴー!」

 

 掛け声に合わせて一斉に動き出す。やや妖夢に先行してもらいながら左右へと展開する。

 分かれた俺達に対し、麒麟はどちらを狙うか一瞬迷った後に、先を進む妖夢へと狙いを定めたようだ。

 

 妖夢が蹄の押印、氷の嵐を軽い身のこなしで避けている間に、タイミングを見計らう。

 側方へと位置を取った彼女を見て、反対位置から挟み込む。

 ほぼ同時に刀を振りかぶるが、的確に鋼鉄の鎧が生成される。

 

 俺は氷に突きを入れ、一点集中で刀を埋め込んだ。

 即座に手を離し、脚に紫を纏う。

 

「孤月・飛鷹!」

 

 二箇所の同時攻撃を仕掛けたため、一枚の防御力は薄くなっているはずだ。

 体を捻りながら、蹴りの威力を最大限にした一撃を叩き込む。

 氷ではなく、()()()()()()()()()()

 

 思い切り振り切った脚が柄を捉えると、力が一点に集まっているため、硬直していた刃が氷を割いて進み始める。

 難攻不落の氷の要塞は、正面からの一点集中で破られた。

 

 ものの一秒も経たずに麒麟の空虚な肉へと触れる。

 無機質な手応えの終わりを悟り、今度は赤の霊力を脚へ。

 

「燃えろぉぉぉおおお!」

 

 脚へ、刀へ、そして麒麟へ。

 炎の霊力が伝播し、幻獣を無防備な内側から燃やし尽くす。

 

 麒麟から上がった短く金切り声は反撃の狼煙だった。

 散々投げられていた氷柱は一箇所に集まり、やがて一本の巨大な氷柱へ。

 その大きさは俺の体躯を優に超えてなお肥大し続ける。

 窮余の一策。まさに(けん)(こん)(いっ)(てき)。直撃すれば死は免れないだろう。

 

 だが、ここで退くわけにはいかない。防御壁を初めて突破した今こそが、最初で最後の好機。

 命の危機を察知し、さらに炎の勢いを加速させる。

 が、どれだけ霊力を送ろうとも氷の膨張は止まらない。

 

「ぁぁぁああああ──!」

 

 持ち合わせた霊力の全てを絞り出す。

 

 そうして起こったのは、大規模な水蒸気爆発だった。




ありがとうございました。

ちなみにですが、僕のお気に入りはナリタタイシンです。
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