東方魂恋録 The Second Existed   作:狼々

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お久しぶりです、狼々です。
一年と八ヶ月。長かったですね。


受験の結果云々に関しては、活動報告に記してあるので、見てください。
簡潔に申し上げると、国立に合格し、その大学に進学する予定です。

随分とお待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。
一人暮らしが始まり、その準備がまだあるため、暫くは不定期の更新となります。

今後とも、よろしくお願いします。


潜む影

「はぐらかさないでください」

「真実よ。()()()()()のよ」

 

どういうことだろうか。

わからない。その言葉が誠ならば、誤魔化しではなく、未知。

つまり、紫様ですら正確には判断しかねる、ということ。

 

「……本当にわからない。あの子は背負いすぎた。多くの運命、自身の命を天秤にかけた戦闘。だからこそ、能力が歪んでいる」

「わかりません。私には、貴方の言っていることさえ」

「事実、さっきの天は鈍って――いえ、弱体化してた。『努力』の能力のせいなのか、別の能力か。ないでしょうけど、能力自体が消えたのか」

 

朧気に言葉を残した紫様は、音もなくひび割れた境界へとのめり込んだ。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

――廻り、廻り。

その才は受け継がれることなく焼き焦げるはずである。

 

唯一、花弁を舞い散らせた選ばれし者。

()の者のみが、定められし円環を脱し、永久に溶けける記憶を呼び覚ます。

傑出した才を以て、劣悪かつ非道たる能を制し、失われし魂魄は現世へと顕現する。

絶対的であったはずの趨勢(すうせい)さえも容易に覆すことだろう。

たとえ相手が、一騎当千の(つわもの)であれども。

 

(しか)く既に亡き者の霊魂が、記憶が、才幹が、本来の循環系を逸脱するのだ。

 

「……わからないわ」

 

私は本を机に置いて、天井を仰ぐ。

 

背表紙が空白。かつてこのような本があっただろうか。

記憶を辿っても、そんなものはあるはずがない。

この図書室に置かれた記録すらない。

 

では、この無題名の本は何なのだろうか。

そう思って手に取ったが、最初のページにこれだけ。後は大量の白紙のページのみという異質極まりない構成。

乱調・落丁どころの騒ぎではない。お世辞にも本とは言い難い出来だ。

今まで何百年かけて、数えきれない程の本を読んできたが、こんなことは初めてだ。

 

「パチュリー様、ご夕食の準備ができました」

「わかったわ、すぐ行く」

 

魔力で浮かせた本を棚へ戻し、図書室の電気を消した。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

皆が起きる前に、庭に出て刀を振る。

習慣を蘇らせるのも、実に一年ぶりというわけだ。

 

「随分と体が軽そうだね」

「わかるか? 昨日とはだいぶ違うよな」

 

この体の持ち主でない栞がわかるくらいだ。

刀の重みは抜け落ちたように、体は羽根が生えたかのように軽い。

思うように動かなかった手足も、比べ物にならないほど動いてしまう。

 

「どうしてだろうね」

「さあな。ただ、ブランクとかで説明できると思うか?」

「一日で治るんだったら、そりゃブランクじゃなくてただのド忘れだと思うけどね~」

「違いない」

 

ここまでの変わりよう、説明がつかない。

体調が悪かったわけでもあるまいし、仮にそうだとしても暴論だ。

何もない、偶然にしては差が大きすぎる。

さすがに全盛期に完全に元通りとはいかないものの、その八割の動きは出せているはずだ。

 

「おはようございます。早速こうとは、私も頭が下がりますよ」

「師匠が弟子に頭下げるたあ、こりゃまたおかしなもので」

「まあ、貴方の努力に心から敬服してるのは本当ですから、間違いはありませんよ」

「どうした?」

「は、はい?」

「いや、昨夜は眠れなかったのかな、って」

 

寝不足なのか、少し表情に疲れが見える。

起床からあまり時間が経っていないとはいえ、以前の妖夢ならこんなことはなかった。

修行に集中できるよう、疲労を翌日に繰り越さない。

彼女の性格を考えれば考えるほど、寝不足の状態が不思議でならない。

 

「い、いえ、そうではなくて。紫様に呼び出されて、少しお話を」

「俺には聞かされてないぞ。何かまずい動きでもあったのか?」

 

幻獣に動きがあるのならば、妖夢だけの問題ではない。

あえて縁が個別に呼び出したのか、それともその時間に都合がよかったのが妖夢なのか。

秘密裏に行われた会合に、秘匿性のある情報が交わされたのか。

その存在自体が知れた以上、内容を隠すことはできない。

 

「……今は、言えません」

「は、はあ?」

「ですが、少なくとも危険な状況ではありませんから」

「はいはい、わかったよ」

 

必要がない情報なら、仕入れても仕方がない。

気にならないと言えば嘘になるが、知らなくてもいいなら追求することもない。

妖夢が言えないと言うのならば、それなりの理由があることに間違いはないだろう。

 

「時間も時間ですし、二人を起こして朝食にしましょう」

「ああ。妖夢はあいつら起こしたら、今の内に休んどけ。倒れられても困る」

「……すみません、そうさせて頂きます」

 

妖夢が建物へと消えた、その瞬間だった。

 

――鈴が、鳴った。たった一度きり、反響して。

静かながらも、確かに、弱々しく。

俺は思わず音のする方を向いた。

 

が、そこに広がっているのはひらひらと落ちる桜の花弁の大群だけだった。

 

 

 

昼の修行が終わり、陽が落ちる時間。

俺と妖夢で買い出しを終えて、人里を離れようとしたとき。

 

「おお、英雄様じゃないですか、こんにちは。いや、もうこんばんはなんですかね?」

「……何の用だよ、成瀬」

 

どこかで聞いたような声。わざとらしい敬語。

それもそのはず、昨日記憶に嫌というほど鮮明に焼き付いたのだから。

 

「白夜でいいんですよ、新藤さん」

「そっちが天って呼んだら考えてやる。で、何だよ。こっちは買い物終わったから帰るところなんだが」

「いやあ、昨日の続き、しませんか?」

 

続き、というと、この状況下で指すものは一つだけだろう。

もっとも、彼と俺との間にある接点はそれくらいしかない。

 

「俺には興味ないんじゃなかったのか?」

「まあ、そこのお嬢さんに比べたら。ただ、再戦の余地くらいは与えてもいいかなって。ほら、勘が鈍ってるって言い訳されたくもないですし」

「言い訳するつもりもないし、リベンジマッチを組む必要もない」

「わかりましたよ。ただ、いつかまた、やりましょうね?」

「わかったわかった、俺達はもう行くからな」

 

半ばいい加減に会話を切り上げて、白玉楼へ戻る。

その途中に、妖夢に尋ねられた。

 

「よかったんですか? あのままで」

「人前で自分から刀を抜けってか。あんな風に言われて」

「ご、ごめんなさい。そうではなくて」

「怒ってるわけじゃない。そもそも、俺達は本来、人に刀を構えるために修行しているわけじゃないんだ。意味がない」

 

俺が修行をしている理由こそ、幻獣の討伐。

幻想郷に陰る何かを無力化することにある。ただ、それだけ。

 

奴の得体が知れないのは事実だが、敵でないこともまた事実。

曲がりなりにも刀を背負う者として、訳もなく刀を振るわけにもいかない。

刀を抜いたところで、仲間同士でやり合っても意味はなし。

これ以上騒ぎが大きくなる前に、人里を抜け出してしまうのが最適解だろう。

 

「なんだか、かっこいいですね」

「そうか?」

「ええ。てっきり、勝つまで挑み続けるのかと」

「負けず嫌いと馬鹿は違うからな」

「でも、このまま済むでしょうか?」

「と、言うと?」

「彼が貴方を挑発し続けるのではないか、と」

 

挑発したところで、何になるというのだろうか。

上手いこと乗せた後、何がある。

――何もない。

 

「いや、それもないだろ」

「……それならいいのですが」

 

俺は彼女の口から出かかった言葉を引き出そうとして、思いとどまる。

どうしてそこまで心配するのか、と。

 

 

 

夜が明け、一年越しに幻想郷の朝を迎えた。

昨夜、俺の部屋に妖夢は来たものの、あまりベタベタと甘えなくなっていた。

 

それに加え、一緒の部屋で寝ようともしなかった。

なんだか寂しいような、大人びたことに感心したような。

それとも、俺が気疲れしていないか配慮した結果なのだろうか。

 

「おはよう、我が英雄よ」

「おはよう、栞。お前と朝を迎えるのも久しいな」

「そんな意味深に言わなくてもいいのにい」

「そんな意味深に捉えなくてもいいのにい」

「何してるんですか貴方達は……」

 

隣の布団で起きていた妖夢に呆れられてしまった。

栞のせいだ。俺には何も原因はない。以上。

 

「ねえ。剣を振ってみなよ」

「そうだな。栞も実体化できるようになったらしいし、丁度いい的になるな」

「やだあ! あたしやだ!」

「天君、栞ちゃんには優しくしてあげましょうね」

「俺に冷たくなったのかな? それとも栞に肩入れし始めたのかな?」

 

どちらにせよ、妖夢の対応が手厳しいことに間違いはない。

 

「ええ。私、栞ちゃんが大好きですから」

「天と私どっちの方がって言われたら?」

「天君ですね」

「ひどい、迷いもなく! 裏切り者! 半分幽霊のくせに!」

「お前に関しては半分どころじゃないけどな」

 

いや、あれは幽霊なのか?

それとも、幽霊を超越しているのか?

あるいは、怨念から生まれた悪霊かだな。

もしそうだとしたら、随分と中途半端な怨恨なことだろう。

 

「ふふっ。じゃあ、そろそろ朝食を作りに行きましょうか」

「――ああ、その前に」

「そうだね……その前に」

 

部屋に置いてある刀を取った。

刀身を(あらわ)にし、刃先を喉元へ向けた。

 

「あんた、誰だよ」

「馬鹿さね、こんなんで騙されるのは鼠くらいさ」

「えっと、はい?」

 

妖夢は。いや、()()()()()()()は。

あたかもそれが当然のように、困惑してみせた。

 

刀身に霊力を巡らせ、直後、爆発。

一見、周囲に影響はないように見える。

が、霊力の類を感じ取れる者ならば、肌にチリつくくらいの感覚はあるだろう。

 

ものの十秒で、部屋の襖が弾けるように開いた。

 

「どうしましたか!?」

「……とまあ、こういうこった、ニセモノさん」

 

廊下を相当な速度で走ってきたのは、紛れもない、本物の妖夢。

彼女は己が腰に二刀を添えて、鋭い剣気を放っていた。

 

「なるほど、私ですか。幻術、あるいは变化(へんげ)ですか? しかし、出来がひどいにも過ぎますが」

「……まあ、これくらいは見破ってもらわないと、こちらとしても困るところではあるけれども」

 

容赦なく、首を掻っ切った。

夜を吸い込んだ色の羽は、目前の喉笛を滑らかに一閃。

 

「あ~あ、ひどいじゃないか。生身の人間なら、死んでたよ」

「死なない、か」

 

体すらぐらつくことなく、何者かは()()()()みせた。

切り口は入っているのだが、そこからは深紅の液ではなく、葡萄染(えびぞめ)色の霧が吹き出している。

見ているだけで、過去の災禍を思い出す。忌々しい。

 

「瘴気か。だったら尚の事、見逃せないな」

「残念。君達に捕まるほど、こちらも甘くはない」

 

話を終えたとほぼ同時、妖夢が飛び出した。

 

目にも留まらぬ、とはこのことだろう。

白い霊力の尾を引いて、獲物に猛進する姿は、残像すら残さない。

間合いを詰めるというよりも、間合いを()()()()()。まるで瞬間移動だ。

 

それ以上に速く抜き取られた楼観剣。

しかし、空を切る。

確かにそこにいたはずの偽妖夢は、未来でも見たのだろうか。剣の軌道から正確に逃げ、中庭へと走り去った。

 

「中庭から飛んで逃げるつもりだ! ここで逃がすわけにはいかない!」

「ちっ、私が行きます! 次は、当てます!」

 

偽妖夢が飛び立とうとした、次の瞬間。

数多の霊弾が飛来、偽妖夢を捉えた。

 

無慈悲な鉄槌。塵すら残さないという強い殺気が霊弾越しに伝わってくる。

それが誰のものか、すぐに見当がついた。

顔を知る俺と妖夢でさえ、激しい戦慄を憶えた。

 

「逃がすはず、ないじゃない。せめて、桜木の養分になって散りなさい」

 

彼女は――幽々子は、扇子で優雅に口元を隠して、そう吐き捨てた。

細められた目には、芯のある意思が感じられる。

彼女は、軽蔑を(あらわ)にした双眸(そうぼう)で土煙を中庭上空から眺めていた。

 

数十秒が経ってようやく、土の(もや)が晴れた。

幽々子が捉えた敵の姿は、跡形もなかった。

文字通りに塵芥と化したか、あるいは。

 

「……逃げられた、わね」

 

先程までの彼女とは別人のように、幽々子は独特の丸い雰囲気を漂わせて地へ降りてきた。

 

「そう、でしょうか? 私には、幽々子様に消し飛ばされたようにしか」

「俺にもそう見えた。あの密度の弾幕を避けるなんて、不可能だろ」

「だと、いいけれどね。まあ、多分生きてるでしょうけど」

「喉を切られて死なない時点で、『生きてる』ってのがまず怪しいところだがな」

 

生身の人間なら死んでいた。

奴の声色が、いつの日かに耳の奥底で張り付いた、嫌な雰囲気を引き剥がしているような気がした。

悪寒が駆ける。焦りに追い立てられた。

俺はアレに、いつか立ち向かわなければならないのだ。

そう思うと、実力の差に打ちひしがれそうだった。

 

あの妖夢でさえ、捉えきれない。

あの幽々子でさえ、仕留めきれない。

無論、俺の攻撃など、赤子の手を捻るように流されるに決まっている。

一分にも満たない戦闘で、これほどまでに、自分の不甲斐なさを覚えることになるとは思わなかった。

 

「……天君、大丈夫です。相手も、私達に接触しないといけないほど、焦っているに違いありませんから」

 

妖夢の慰めに、言葉も出ない。

 

「悪い、逃がした」

「仕方がないわ。三人ともそうだもの」

 

二人が屋敷へと戻っていく。

遅れてやってきた翔が、何が何だかわからない、という顔をしていた。

妖夢と幽々子が彼を制止し、背中を押して室内へと消えていった。

 

――何者なのだろうか。

味方、とは到底思えない。

声や見た目は、妖夢と瓜二つだった。変装というよりも、複製というべきか。

それほどに完成度は高く、似通っていた。

 

何よりも、あの声色だ。

妖夢の声と、確かに同じだったように思える。

悔しいというべきか、声だけでは判別は不可能と投げ出すほどに。

 

だが、何かが……耳の内で根を張っている。

彼女の鈴音ですら隠しきれない、犀利(さいり)な――

 

「貴方が気にしても、何にもなりませんよ」

「よう、む……」

 

こちらを心配したのか、彼女はいつの間にか俺の隣にまで戻っていた。

 

正直に、恐怖を感じた。

今、目前に佇む妖夢は、間違いなく本物。

生死を共にし、かけがえのない思い出を共有した、最も大切な人の一人。

 

「私が、本物ですよ。なんならここで、魂魄に伝わる技を、お見せしてもいいですよ?」

 

彼女は冗談交じりにそう言った。

もとより、妖夢を疑うつもりは露ほどもない。

 

「いや、気にかけてくれた優しさでわかるよ」

「迷ったら斬りかかってくださいね。本物なら絶対当たりませんから」

「ははっ、そりゃいいな」

 

それだけ、目指す壁は遠く、厚いということか。

追いつくとまでは言わない。

今は一歩でも、その領域に近づく。

 

ただ。

耳にこびりつく(さび)を取り去ったと。

そう断言することは、俺にはできなかった。




ありがとうございました。

ここまで待ってくれた方へ、感謝を述べたいと思います。
恐らく数人いるかどうかといったところでしょう。
またここからやり直して、頑張っていきます。

今まで待っていただき、ありがとうございました。
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