うみねこのなく頃に ポケモンマスター殺人事件   作:ホシボシ

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第1話 『Black Box』

 

甘い香りがほしいのね。

この蜜は、どんな大麻よりも、あなたを夢中にするわ。

けれど気をつけてね。その美しい華の影には、恐ろしいカマキリが潜んでいるのだから。

 

 

「トチモン! ナンバーNo.143!!」

 

 

小さい子供が必死に許しを請う。

命だけはと鼻水をたらし、涙を流し。けれども返ってくるのは下卑た笑い声だけ。

そのうちに悲鳴が聞こえ。悲鳴は絶叫に変わり。絶叫は濁音へと変わった。

そして静寂。魔女は臓物と血溜まりの上で楽しそうにダンスを踊っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・2018年 1月4日

 

 

「うー! 譲治お兄ちゃん早くー! うー!」

 

 

右代宮(うしろみや)真里亞(まりあ)は、母親にもらったタブレットを大事そうに両手で抱えていた。振り返ると、従兄弟(いとこ)たちが歩いてくるのが見える。

 

 

「ははっ、待ってよ真里亞ちゃん」

 

 

右代宮(うしろみや)譲治(じょうじ)。メガネをかけた優しそうな青年である。

 

 

「ほらほら真里亞、あんまり急ぐと転んじまうぜ?」

 

 

右代宮(うしろみや)朱志香(じぇしか)

金髪のくせっ毛をポニーテールにした、元気な少女だ。

朱志香の言葉をうけて、真里亞は不満げに頬を膨らませながら立ち止まった。

 

 

「うー、朱志香お姉ちゃんも譲治お兄ちゃんも遅い! うーっ!」

 

「ははっ、まいったな。怒られちゃったよ」

 

「しかたねぇな、お姫様の為にいっちょ走りますか。譲治兄さんも走ったほうがよさそうだからなぁ。きゃははは!」

 

「そっ、それはどういう意味だい? 朱志香ちゃん」

 

「んー? どうかなぁ? 自分に聞いてみるといいんじゃないかなぁ?」

 

 

朱志香はケラケラと笑い、譲治を見る。

一方で譲治は苦笑いを浮かべて肩を竦めた。どうやら少しは心当たりがあるらしい。

 

 

「厳しいね、たしかに学生時代とは違って圧倒的に運動量はへったよ。でも、そう言う朱志香ちゃんはどうなのかな?」

 

「へっへー、私はいっつもどおり可憐な体系だぜぇ?」

 

 

朱志香は余裕の笑みを浮かべると、スカートの端を摘む。

そのまま可憐なお嬢様といった振舞いで、お辞儀をひとつ。

普段、譲治の事は尊敬しているが、同時に何かで勝ってみたいと思う事も少なくない。

少し意地悪かなと思いつつも、朱志香は譲治をからかう事にしたのだが――、そのとき後ろの方を歩いていた使用人がポツリと呟いた。

 

 

「あら。お嬢様は最近、お腹のお肉がついてきたとおっしゃっておりましたが……」

 

 

紗音(しゃのん)

朱志香に仕えるメイドであり、おっとりとした性格で、少々抜けた所もあるが、可愛らしい美少女だ。

 

 

「フッ、どういうことかな朱志香ちゃん?」

 

 

今度は譲治が意地悪そうに微笑む番だった。

朱志香は真っ赤になると、頭をかきむしりながら悶え始める。

 

 

「だああああああああ! きったねー! 紗音きったねー! ずるいよなぁ、紗音はいっつも譲治兄さんの味方なんだからなー! きったねー!」

 

「っそ、そんな事は……! はぅ」

 

 

紗音は顔を赤くして立ち止まった。

すると、隣を歩いていた使用人・嘉音(かのん)もシンクロするように停止した。

彼もまた朱志香に仕えている身であり、16歳にしては華奢で、中性的な見た目である。

声は高いが背が低い。本人はそのことを気にしているとか。

 

 

「………」

 

 

嘉音は、少しだけ目を大きくする。

気のせいだろうか? 朱志香にチラチラ見られているような気がするのは。

 

 

「そりゃ確かに郷田さんのご飯はうまいけどさ。ちっくしょー! 私に味方はいないのかー!」

 

「………」

 

 

いや、もうチラリなどと言うレベルではない。

朱志香は何かを期待するように嘉音をジッと見つめていた。

 

 

「あわわ、お嬢様ごめんなさぃ! 決して悪気があったわけではなく! はわわわ」

 

 

紗音は気づいていないのか、目をグルグルさせながら必死にフォローの言葉を用意しようと頑張っている。

しかし朱志香としてはそんなものどうだっていいのだ。紗音はもう許しているし、そもそも怒っていない。

大事なのは、そうではなく――、なんと言うべきか。乙女の心は複雑である。

ともあれ、譲治は察したのか。紗音を落ち着けると、嘉音に微笑みかけた。

 

 

「どう思う? 嘉音くん」

 

「……そ、そうですね」

 

 

しばし沈黙が続く。

朱志香は頬を桜色に染め、期待のまなざしを向けてくる。

一方でメガネのレンズを輝かせている譲治。なんだか居心地が悪かった。

とは言え、何か答えなければどうしようもない。嘉音は意を決したように口を開いた。

 

 

「お嬢様は、この前、ごはんを4杯もおかわりをされていました。あれだけの量を食べられるのは凄い事だと思います。ボクなんて……、すぐにお腹がいっぱいになるのに……」

 

 

真っ白になった朱志香たちに嘉音は全く気づいていなかった。

仕方ない。こういうものである。こういう所があるのだ、この少年は。

 

 

「うー! うー! うーっ! は や く! うーうーうーッッ!!」

 

「あはは、ごめんごめん真里亞ちゃん。朱志香ちゃん、走ろうか」

 

「そうだな、悪かったよ譲治兄さん。真里亞も今行くから」

 

 

流石にお姫様を焦らしすぎたらしい。子供の真里亞には青い駆け引きなど関係ない話なのだから。

譲治たちは軽く謝罪を行うと、急いで真里亞の方へ走っていく。一方で後ろを行く紗音たちも早足になるが、そこで紗音は嘉音に小さく耳打ちを。

 

 

「惜しかったね。あそこでお嬢様をかばえたらよかったのにね」

 

「姉さん……、もしかしてその為に譲治様の味方をしたの?」

 

「え? あ……、そ、そうだよ! 嘉音くんにチャンスをつくってあげたんだよ!」

 

(嘘だな……)

 

 

嘉音は確信する。

そもそも紗音と譲治は付き合ってるのだ。どう考えても個人的な肩入れだろう。

ちなみに紗音と嘉音は兄妹である。

と言ってもあくまでも孤児院の中での話しなので、義理と言えば義理だが。

二人はすぐに歩行スピードを速めると、譲治たちに合流していった。

 

朱志香たち『右代宮家』は莫大な財産を持っている――、所謂『大富豪』なのだ。

六軒島と言う島をまるごと買取り、そこに朱志香が住んでいる本家を建てた。

さらに家を出た者達もそれぞれ事業で成功しており、ずいぶんな資産を蓄えているようだ。

 

朱志香は長男夫婦の娘。

譲治は長女夫婦の息子。

真里亞は次女夫婦の娘。

つまり従兄弟の関係であり、ボンボンという訳だ。

 

今、彼らは真里亞の住んでいる街に来ていた。

と言うのも、真里亞の母親、右代宮(うしろみや)楼座(ろうざ)が、仕事の都合で遠方に出張となった。

シングルマザーゆえ、はじめは真里亞を連れていくことも考えたが、そんなときに朱志香が名乗りをあげたのだ。

ちょうど冬休みだし、代わりに真里亞の面倒をみると。

さらに他の従兄弟も休みが合い、使用人も連れて行ってもいいと言われた。

譲治はもう23だし。使用人も二人ついている。結果、楼座も身内ならばと真里亞を任せたのだ。

 

そして今に至るわけだ。

今、この場にはいないが、次男夫婦の息子である右代宮戦人も来ている。戦人。"せんと"くんではない。『ばとら』と読む。

右代宮にはイカれた決まり(戦人談)でもあるのか、名前が随分と海外に寄っている。

ネット用語で表すならばDQNネームだ。はじめは皆、絶望していたが、これがどうしてクラスメイトにも似たような名前は多い。

時代である。これが1986年くらいだったら絶対にいじめられていた。と、思う。

 

 

「うー! いたぁ!」

 

 

真里亞の目が光り輝く。

持っていたタブレットの中には、カメラを通した景色が広がっているが、そのなかに可愛らしいモンスターが表示されていた。

真里亞が指で画面をなぞると、なにやらボールのようなものが投げられ、モンスターにぶつかった。

するとモンスターがボールの中に入り、しばらく地面を転がる。

そしてカチッ! と音がすると、ファンファーレが流れてアナウンスが表示された。

 

 

「やったぁ! 捕まえたぁ!」

 

「おー! 良かったな真里亞ぁ。私にも見せてくれよ」

 

「うー! 朱志香お姉ちゃんに見せる! うーっ!」

 

 

真里亞は現在、ポケモンに熱中している。

ポケモンとは――、ポケットモンスターの略だ。

子供達の間で流行っているゲームであり、その歴史は長い。第一作目である『赤・緑』からはじまり、定期的に新作を出して現在はウルトラサン・ウルトラムーンが発売されている。

 

海外人気も高いゲームで、最近はモンスターを擬似的に捕まえるアプリ、『ポケモンGO』が出たりと、時代と共に進化していき、その熱は加速している。

経済効果も高く、アニメやマンガなどのメディアミックスも行われ、日本で生きていれば知らない者の方が少ないだろう。

真里亞はある日、戦人の家に遊びに行ったときにポケモンを知った。

メインターゲットは子供だ。真里亞もまだ9歳。例外なくハートを撃ち抜かれた。

すぐに楼座にゲームをねだり、緑のリメイク作品『リーフグリーン』を買ってもらったのだ。

 

一方、アプリ・ポケモンGOは、実際に街を歩かなければモンスターを捕獲できない。

だからこうして譲治達は外に出て、散歩がてら真里亞のコレクションを増やしているのだ。

 

 

「でも安心したぜ」

 

 

一同は公園にやって来た。

真里亞はタブレットを持ってウロウロしており、紗音と嘉音が傍で見守っている。一方で朱志香と譲治はベンチに並んで座り、その様子を観察していた。

そんな中、朱志香がふと呟く。

 

 

「真里亞もようやっと年頃の趣味を見つけたんだな」

 

「まあ。前は少し、物騒なものに熱中していたからね」

 

 

真里亞は以前、『魔女』や『魔術』を真剣に勉強していた。

だが昨年、右代宮家が集合する『親族会議』が終わってからは、あまり口にしなくなったのだ。

とは言え、興味を持ったらのめり込む性格は相変わらずなのか、今は朝から晩までポケモン漬けである。

モンスターのステータスや生息地域、どのレベルで何に進化するのか、そう言ったデータを自分のノートに記載してるほど。

昨日、みんなでカラオケに行ったが、151匹の名前を歌う曲は、歌詞を見るまでもなかった。

 

 

「拘る性格も相変わらずみたいだね」

 

 

と言うのも、リーフグリーンをクリアした真里亞が次に手を出したのは『金』だった。

金とは、二作目であり、ゲームボーイカラーの時代である。

リメイク版を楽しんだのだから、次も金のリメイクである『ハートゴールド』を買えばいいのに、なぜか真里亞は『金』に拘った。

 

たまたま本屋で中古のソレを見かけ、絶対にこれがいいと駄々をこねたらしい。

理由を聞いても怒涛の口癖(うー!)連打。楼座も参ったのか、新品のハートゴールドではなく、中古の『金』を与えたとか。

しかも、わざわざネットでゲームボーイも取り寄せてだ。

 

だがそんな『金』も、今日のお昼にクリアしたので、お次はアドバンスのルビーサファイアである。

と、思ったら、真里亞はリメイク版のオメガルビーでいいと言う。子供とは不思議なものだ。

 

 

「まあ、僕としては『GO』にのめりこむよりは何でもいいけど」

 

 

今日も散々と歩き回った。譲治たちはもう休みたいが、真里亞はまだまだ物足りないようである。

そうしていると真里亞がパタパタと走ってくる。嬉しそうに抱えたタブレットを見て、譲治達は釣られて笑みを浮かべた。

 

 

「みてみて! たくさん捕まえたぁ!」

 

「おーおー、すげーな! 才能あるぜぇ、真里亞は」

 

「ふふふ、良かったね真里亞ちゃん」

 

「うー! 真里亞はね、"ぽけもんますたぁ"になるの!」

 

 

真里亞は照れたように頷いていた。

 

 

「戦人も褒めてくれるかなー?」

 

「お? なんだよ真里亞。戦人に褒めてもらいたいのかー? んんー? 私じゃ不満なのかー?」

 

「うー……、そんなことないよ。ないけど」

 

「ないけどー?」

 

「うぅ」

 

 

朱志香は意地悪そうに笑い、真里亞はばつが悪そうに照れていた。それを見て譲治や紗音が笑う。

いい時間だった。久しぶりに従兄弟同士で集まって遊ぶのは、やはり楽しい。

全員揃うのは、だいたい年に一回の親族会議だが、そのときはカッチリとしたオーダーメイドのスーツを着て、なんだか変に緊張してしまう。

 

今は私服で、紗音たちもメイド服ではなく、普通の洋服。息が詰まる感覚は無かった。

そもそも昔から一緒に馬鹿をやっていた仲だ。再会してからはすぐにはしゃぎ合えた。

家に帰ってからも、一同はお菓子を食べながらいろいろなことを話した。

譲治は大学や、いずれ継ぐ会社のこと。朱志香と真里亞はそれぞれの学校のこと。紗音と嘉音は仕事のことと、話題は尽きない(もっとも嘉音はあまり喋らなかったが)。

 

その夜。女性陣は一緒にお風呂に入ることに。

 

 

『うおーッ! で、でけぇぜ! なんだよこれ!!』

 

『うー! でかいー!』

 

『あ、あのお嬢様。真里亞様。そ、そんなに見つめられると、は、恥ずかしいです……!』

 

『いやッ、でも! これは見るって! なあ真里亞!』

 

『うー! みるー!』

 

『た、頼む紗音! ちょっと触らせてくれ!!』

 

『うー! さわるー!』

 

『え! だ、ダメですよお嬢様。いけませんお嬢さ――、んひゃぁあ!』

 

『うぉおお! やわけー!』

 

『うー! ふわふわー!』

 

 

思い切り声が聞こえてくる。

テレビを見ていた譲治は赤くなりながら。嘉音は呆れたように。

ともかく、お互いどうしていいか分からずに沈黙していた。

 

 

「う、うるさいですね。注意……、しますか?」

 

「いやッ! その、聞かなかったことにしよう」

 

 

とにかくこのままでは気まずいなんてレベルじゃない。

譲治が空気を読んで、流れを変えることに。

 

 

「縁寿ちゃんは残念だったね。彼女がいればもっと楽しかったのに」

 

「ええ。そうですね……」

 

 

右代宮(うしろみや)縁寿(えんじぇ)。戦人の妹だが、熱を出してしまい、今回は来れなかったのだ。

まあとは言え、両親が一緒なのだから問題はないだろう。そうしていると、譲治は時計を確認する。

 

 

「いけない、叔母さんに電話しないと」

 

 

毎日、楼座に問題がないことを電話しているのだ。

今日も一日は平和に終わった。それを楼座に伝えればいい。

 

 

「ボクがやります。譲治様は休んでいてください」

 

「え? でも――」

 

「ボクは使用人ですので」

 

「そうかい? じゃあお願いするよ」

 

 

嘉音は一礼を行うと、電話をかけに向かった。

一人になった譲治。やる事もないので周囲を確認してみる。

すると部屋の隅に箱が落ちているのが見えた。どうやら真里亞がプレイしていた『ポケットモンスター・金』の箱のようだ。

なにかの拍子に棚から落ちたのだろう。譲治はそれを片付ける為に拾いあげた。

 

 

「?」

 

 

気づく。

なにやら箱の中に文字が書いてあるじゃないか。

それはただの興味本位だった。本当にただの気まぐれだった。

譲治は携帯のライトで箱の中がよく見えるようにして内容を確認してみる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぴかちゅう

ぼくはびょういんにいかなくては いけなくなった

ぴかちゅう

ぼくらの たびは なんだったんだ

おまえには わかるのか

ぴかちゅう

きみは たくさんの ひとを さつがいしてきた

ぴかちゅう

おまえは ぼくのしらないところで わらっていた

にやにや へらへら ばかにしてきたんだろう

ぴかちゅう

もう たびは おわりなんだ

ほんとうに おわりなんだ

ぼくらの ぼうけんは うそだったんだ

 

ぴかちゅう

ぼくはびょういんにとじこめられる

だからおまえは すきなひとを のろえばいいさ

 

 

「ッ」

 

 

小さな箱の裏に、文字がびっしりと埋め尽くされている。

赤字で書かれたそれに、譲治は言いようの無い恐怖を感じた。

 

気持ちのいい文章ではない。

そして少なくとも真里亞の字ではないことは分かった。

そう言えばこれは真里亞が衝動買いしたものだと言う。つまり中古と言うわけだ。であるならば前の持ち主が書いたと考えるのが妥当なところか。

おそらくボールペンだから消すことはできない。店員も分かっていたのか、それとも気づかなかったか? そのまま店頭に出したというわけだ。

 

 

「譲治さま。報告できました」

 

「え? あ、ああ。ありがとう」

 

 

嘉音が戻ってきた。譲治は反射的に箱を隠してしまう。

 

 

「ッ、どうされましたか? 少しお顔の色が優れないようですが」

 

「い、いやぁ、ははは、今日はたくさん歩いたから疲れちゃって」

 

「まだ寒いですからね。風邪を引くといけません。お茶を用意します」

 

「ありがとう。ははは……」

 

 

いずれにせよ、ただの悪戯には変わりないだろう。下手に心配させるよりはいい。

なんだったら明日みんなの目につかないところで捨ててしまうのもいい。譲治はそう思い、箱を気にしないようにした。

そうしていると女性陣もお風呂から出たようで、リビングに戻ってくる。

それぞれは身支度を済ませ、またしばらくトランプやウノで遊んだ後に眠りについた。

 

 

「うー……」

 

 

深夜。

みんな寝静まったとき、真里亞はパチリと目を覚ました。

ベッドから出ると、スヤスヤ眠っている朱志香や紗音を越えて部屋を出る。そしてそのまま鍵を持って家を出た。

その手にはタブレットを抱えており、真里亞は夜の街を一人で歩いていく。

 

寒いだろうに。真里亞は引き返す素振りをみせない。

しかしなぜ彼女がこんな行動に出ているのか? それは今日クリアしたゲーム、ポケットモンスター『金』が原因だった。

クリアした後、こんなメッセージが画面に表示されたのだ。

 

 

『さいきょうのレアポケモンをゲットしよう。ほうほうは、きょうのしんや2じ、かねしろこうえんで、おしえるよ。ポケモンGOをもってきてね』

 

 

金城公園とは、真里亞の家の近くにある公園のことだ。

 

 

『かならず、ひとりで、きてね!』

 

 

ゲームの指示どおり真里亞は一人で公園にやって来た。

そこで真里亞は、ひとりの女性がベンチに座っているのを見つけた。

とは言え、その格好は奇抜である。色鮮やかな花々を模したドレスを着ており、筒のような腕輪。首は長く、これまた筒のような首巻をしている。

スキンヘッドで、顔は青白く、ブラウンの口紅と、随分と不気味であった。

禍々しい花でつくったティアラが頭に見える。なんだか異質な風貌である。

そんな彼女の名は――、"エルドヴィッヒ"。

 

 

「お嬢ちゃん。ゲームをクリアしたの?」

 

 

エルドヴィッヒは、ジットリとした視線で真里亞を見る。

 

 

「うー。した。お姉さんがポケモンくれるの?」

 

「クカカ! ええ、そうよ。ほしいの?」

 

「うー、ほしい。戦人と勝負してる。うー!」

 

「そう、そうなの。カハハハ!」

 

 

エルドヴィッヒは立ち上がると、真里亞を睨む。

 

 

「いやしい子」

 

「うー?」

 

 

真里亞の声に不安がみえる。エルドヴィッヒは、より笑みを深くし、真里亞へ問いかけた。

 

 

「ここに来たと言うことは、あのメッセージを見た。あのメッセージを見たと言うことは――、レッドを倒したのね」

 

「うー」

 

 

真里亞はコクコクと頷く。

 

 

「強かった?」

 

「うん、つよかった!」

 

 

真里亞はそう言って笑う。

ポケットモンスター『金・銀』には、ポケットモンスター『赤・緑』の主人公である『レッド』が出てくるのだ。

レッドは、リーフグリーンでも主役だった。思い入れのあるキャラクターが出てくるのは、嬉しい演出である。

 

 

「真里亞もね! レッドみたいなポケモンマスターになるの! うー!」

 

 

真里亞はレッドが好きだった。

やはり子供心ながらに一番初めの主人公と言うのは特別感がある。ましてや大好きなゲームのとなれば。である。

 

 

「実はね」

 

 

それを見て、エルドヴィッヒは期待のまなざしを向ける。

果たして真里亞は、一体どんな――……。

 

 

「実はね、あのレッド、もう死んでるの」

 

「え?」

 

「あなたの前に現れたレッドはね、死んでるの。死んでいたの」

 

「………」

 

 

真里亞は表情を沈める。聞いていて気持ちのいいものではなかった。

もちろんそれが分かっているのか、エルドヴィッヒは言葉を続けた。

どうやらこの情報こそが、ゲームに表示されていたレアポケモンをゲットする方法らしい。

 

 

「否定して? できたら、ご褒美。できなきゃ――、おしおき」

 

「簡単だよ。うー! だってね?」

 

 

真里亞はここで引き返すべきだった。

しかし彼女は半ば強引に、意地になってしまった。

いや、事実否定するのはそれほど難しいものではなかったのだ。

 

 

「だって、『い』た!」

 

 

レッドのグラフィックは表示されていた。

シロガネ山と言うダンジョンで確かに確認できたのだ。

 

 

「カカ、確かに。でもね、あれは幽霊なのよ」

 

「うー?」

 

「だって考えてもごらんなさい。シロガネ山を進むには何が必要だった?」

 

「……フラッシュ」

 

「そうよ。暗いダンジョンを照らす明かりが必要なの。でもね、レッドがいる場所はフラッシュを使わなくてもいけた」

 

 

真っ暗な洞窟の最深部のはずなのに、レッドの周りは明るかった。

つまりこれは――

 

 

・レッドが暗闇でも目視できる。

 

・レッド自身が発光している。

 

 

この二つの可能性ではないのか。

 

 

「どう? 幽霊っぽいでしょ?」

 

「うー! レッドがフラッシュ使ったんでしょ?」

 

 

確かに。レッドの手持ちにはフラッシュを使える『ピカチュウ』がいる。

 

 

「ピカチュウはフラッシュを使っていない」

 

 

断言である。エルドヴィッヒは真里亞を見下ろし、圧力を強める。

真里亞は気圧され、言葉を失ってしまう。

 

 

「カカ! あら、どうして黙っているの? ダメだろ? 否定しないと。ねえ、お嬢ちゃん。答えて、答えなさい。答えろ。どうして暗闇の中でレッドがいることが分かるの? ねえ、それは死んでいるからだ。幽霊は暗闇で光るのよ。真っ暗な場所でも分かるのさ」

 

 

エルドヴィッヒが一歩前に出た。真里亞は一歩、後ろに下がる。

 

 

「うー……、それは……」

 

「はい、10、9、8――」

 

「ま、まって!」

 

「ダメ。7、6……」

 

「フラッシュつかったの!」

 

「つかってない。5、4」

 

「しょ、証拠は!?」

 

「使ってないから」

 

 

早口になるエルドヴィッヒ。

真里亞は目の前にいる大女を訝しげな目で見つめる。

 

 

「ねえ、お姉さん」

 

「?」

 

「ベアトリーチェが言ってた。魔女の中には、とっても悪い魔女もいるって」

 

「ほう」

 

「お姉さんがそうなの?」

 

 

エルドヴィッヒは下卑た笑みを浮かべ、残りのカウントダウンを一気に終わらせた。

 

 

「ゼロ。はい、私の勝ち。お仕置きタイム」

 

 

一瞬だった。気づけば、真里亞はなにやら透明な袋のようなものに入れられている。

 

 

「!??!!?」

 

「トゥーチャーモンスター。略してトチモン。No.071・ウツボット型処刑マシーン」

 

 

食虫植物・ウツボカズラをモデルにした拷問器具の中に、真里亞は入れられたのだ。

真里亞はふと、足元に生暖かい液体を感じて下を見る。

薄緑色の液体が、へたり込む真里亞の膝辺りまでを侵食している。

 

 

「なにっ? なにッ!?」

 

 

真里亞は反射的に立ち上がったものの、液体は足首まではあり、逃げることはできない。

するとピリピリとした痛みを感じてきた。真里亞は必死に足をあげるが、どうやっても片足しか逃れることはできない。

しかも不安定な袋の中だ。暴れるとバランスを崩し、しりもちをついて液体に浸かってしまう。

そんな真里亞の様子を、エルドヴィッヒは楽しそうに眺めていた。

 

 

「カヘッ! ギヘヘヘ! それはねぇ、酸なのよ。酸! 分かる? 溶かすもの!」

 

 

事実、真里亞の靴が煙を上げ始め、徐々に融解していく。

 

 

「痛い、痛いよ!!」

 

「これからもっと痛くなる! 液体は徐々に追加されていき、お前の体を溶かしていくぞ!!」

 

 

ウツボカズラと同じだ。中に入った獲物を溶かし、養分とする。

舌なめずりを行うエルドヴィッヒ。真里亞にじっくりと説明してやるのだ。

やがて真里亞の皮膚は爛れ、肉はぐずぐずになり。焼けるような痛みと、むき出しになっていく己の肉体を確認しながら泣き叫ぶのだ。

いずれ液体は袋を満たし、真里亞は首以外は全て酸に浸かることになる。

 

真里亞の表情が絶望に歪み、溶けていく。

そんな様を拝めるのかと思うとエルドヴィッヒは興奮で白目をむきそうになる。

 

 

「怖い! 怖いよ! 痛いよッ! やだ! たすけて!!」

 

「ギハハハハハハハハ!! カヒヘヘアァアハハハハ! いいぜメスガキィ、その顔だ。その顔が見たかったんだ! うえへははははぁひいはは!!」

 

 

ダラダラ涎をたらしながらエルドヴィッヒは顔を袋に近づける。

真里亞は必死に袋を破こうとしているようだが、無駄だ。どんなに力を込めてもそれは破れない。

そうしているとパニックになってきたのか、真里亞は真っ青になって涙を流しはじめた。

 

 

「助けてママ! 怖いよママぁあ!!」

 

「うぅう! かひゅうう! ほらほらどうしたの? 溶けちゃうよ? 無くなっちゃうよ?」

 

 

もっと真里亞が苦しむように酸を追加しよう。エルドヴィッヒはさっそく――

 

 

「センスのない露天風呂だな。コーヒー牛乳くらいは用意してくれるのか?」

 

「あ?」

 

 

その時、声がした。

エルドヴィッヒでも、真里亞でもない。

それは男の声だった。

 

 

レッドが立っていたのは洞窟最深部ではなく、シロガネ山の山頂だ!

 

「!」

 

 

ウサギの音楽隊がどこからともなく現れると、『dread of the grave』を奏ではじめる。

同じくして、青い光を放つ"鷲"が空を駆けた。翼を広げた閃光はウツボカズラ型の袋に直撃すると、一瞬で粉々に破壊してみせる。

中の酸が地面にぶちまけられ、真里亞は解放された。

 

 

――即ちレッドがいたのは屋外! 空の下でなぜフラッシュを使う必要がある! 彼を目視できるのは何のことは無い、普通のことだ!!

 

 

エルドヴィッヒは、空中に影を捉えた。

飛び蹴りをしかけてきたのは――、右代宮戦人!

青い光を脚に纏わせて一気に降下する。それはまさに、青き急襲。

 

 

「グゥウ!」

 

 

エルドヴィッヒは腕を交差させ、戦人の足裏を受け止めてみせる。

競り合いがはじまる中で、戦人は強く叫んだ。

 

 

つまり、レッドは生存している!!

 

 

足にまとわりついているのは、大鷲の幻影。

そのまま翼をはためかせると、戦人の体が宙に舞い上がった。

サマーソルトキックによる追撃。防御を崩されたエルドヴィッヒは、大きく腕をバタつかせながら後ろへ下がっていった。

 

 

「真里亞、大丈夫か!」

 

「戦人、うー……」

 

 

助かった安堵からか、真里亞は凄まじい疲労感に襲われているようだが、目立った外傷はない。

まだ酸のレベルが弱かったのが幸いだった。足も少し赤くなっているだけで、戦人がハンカチで酸をふき取ると、痛みは引いたようだ。

 

 

「大丈夫。へっちゃら」

 

「そっか。よく頑張ったな」

 

「でも戦人ぁ、どうしてここが分かったの?」

 

 

実を言うと、戦人は昼間ずっと眠っていたのだ。

徹夜を続けたのがマズかった。真里亞たちが公園に行っている間にも、戦人は真里亞の家で眠っていたのだ。

その結果、夜中に目が覚めてしまった。再び寝付こうにも、たっぷりと寝てしまったからなかなか意識が落ちない。

そうしていると、家の鍵が開く音が聞こえてきた。最初は気のせいかと思ったが、胸騒ぎをしてベッドを飛び出した。

結果はコレだ。戦人は真里亞を抱きかかえると、少し間抜けに笑ってみる。

 

 

「いっひっひ! 白馬じゃなくて悪いけどよ、王子様が徒歩で迎えに来たからにはもう安心だぜ。お前はオレが絶対に守ってやる」

 

「戦人、ありがと……」

 

 

安心したのか、真里亞はニコリと微笑んで体を預けた。

一方で笑い声が聞こえてくる。エルドヴィッヒだ。

戦人と視線がぶつかり合い、火花を散らした。

 

 

「人間ンン……! "青"を使えるとは、いったい何者だ」

 

「黙れ! オレの大切なお姫様を傷つけておいて、タダで済むなんて思ってねーだろうな。ッて言うかお前こそ誰だよ」

 

 

そこでエルドヴィッヒは目を見開く。

そう言えば、真里亞はベアトリーチェと言っていたか?

それに戦人。戦人、バトラ。その名前には覚えがあった。

 

 

「ククッ! クカカカカカ! そうか、お前ら右代宮の人間か。そう言えば黄金の魔女が人間風情に負けたとニュースが魔界に伝わってきたが! カカカカ! そうか、お前か!!」

 

 

エルドヴィッヒは両手を広げ、自らの存在をアピールする。

 

 

「私の名は邪電(じゃでん)の魔女・エルドヴィッヒ!」

 

「チッ、また魔女かよ。復讐でもしにきたのか?」

 

「まさか。私は黄金の魔女とは無関係だ。今日はただ、趣味の人間狩りをしていてね」

 

「人間狩り――?」

 

「そう。エキサイティングで、パッション溢れる遊びさ」

 

 

呪詛の言葉を刻み込んだ呪いのゲームを街に撒き、それをクリアしたものを殺す。

そう、真里亞が中古で買ったポケットモンスターだ。あれはエルドヴィッヒが用意した特別製である。『甘い香り』で、主に子供を誘き寄せてプレイさせる。

 

 

「そのチビガキを狙ったのはたまたまさ。せっかく柔らかそうで良かったのに」

 

「ふざけんな……!」

 

 

戦人は真里亞を抱きしめる力を強めた。そこでハッと表情を変える。

待て、今の言葉が本当ならば――、それはとても恐ろしいことだ。

 

 

「テメェ、真里亞が初めてじゃないのか」

 

「あたり前だろォオ? ついこの前も一人、殺った。小さな男の子だよ」

 

 

処刑マシーン・カビゴンは、対象にのしかかり、徐々に重量を増やす拷問器具(トチモン)だ。

 

 

「涙と鼻水で顔をグチャグチャにしながら泣き叫んでやがった。しまいにはママーッ、助けてぇー! だってよ! グカカカカ!!」

 

「殺したってのかッ、なんの罪も無い子供を!」

 

「阿呆め! それが面白いんだろうに! キラキラしたものがグジャグジャに醜く朽ち果てる様はッ、たまらねぇわな!」

 

 

それが人間狩りの醍醐味だ。

襲われた者たちは、まさか今日自分達が死ぬなんて欠片も思っちゃいない。趣味とか、家族とか、平和な日々が待ってると思ってる。

でも違う。死んだ。殺されるんだ。魔女の遊戯によって。

 

 

「お前にも見せてやりたかったぜ! 口からウンコみたいな音を出して内臓をぶちまけるチビの最期をな!!」

 

「外道が――ッ! 許せねぇ!!」

 

「アァ、つうかさぁ……」

 

 

一瞬だった。エルドヴィッヒの手から魔法の斬撃が発射され、戦人に直撃する。

 

 

「タメ口聞いてんじゃねーぞ下等生物(ニンゲン)がァア!!」

 

 

闇の旋風は並の人間ならば一瞬で細切れになるだろうが――、その時、戦人は大きく腕を払う。

すると斬撃が吹き飛んだ。

 

 

「無駄だ! オレには通用しない!」

 

「ッ!?」

 

 

目を細めるエルドヴィッヒ。

なんだ? 戦人の魔法抵抗力値がみるみる上昇していくではないか。

それは数字に表すならば『9999999999999――……』。上限を打ち破り、永遠に続いていく9の数字。

 

 

「"エンドレスナイン"だと! お前ッ、魔法が通用しないのか!!」

 

 

戦人という男はつまり、魔法に対する防御力が桁違いなのだ。

神話級とされているレベルの魔法でさえ軽減し、防ぎきってみせる。

 

 

「終わりだぜエルドヴィッヒ。今からテメェをぶっ飛ばす!」

 

「………」

 

 

エルドヴィッヒの表情が確かに歪んだ。

笑みが消え、血走った目が戦人たちを睨みつける。

 

 

「調子に乗るなよ下等生物。お前は確かに強いかもしれないが、そこのガキはどうかな?」

 

「なにっ?」

 

「右代宮真里亞。お前はまだ私の呪いを受けている」

 

 

ゲームをクリアした時点で、真里亞にはエルドヴィッヒの力が纏わりついた。

つまりそれは魔女の契約書にサインを行ってしまったようなものだ。ワンクリック詐欺のように知らずのうちに魔法にかかっていく。

真里亞も同じだ。呪いのゲームをプレイしていくなか、無意識にエルドヴィッヒの呪いを受けていたのだ。

 

 

「これは我が力の結晶体」

 

 

エルドヴィッヒが両手を前にかざすと、そこにガラスケースが出現する。

中にあるのは『(ラン)』の(つぼみ)だった。

 

 

「この蕾が開ききったとき、右代宮真里亞は呪殺されるのだ」

 

「!!」

 

 

三日もあれば蕾は完全に開花し、呪いは解き放たれる。

だからこそ逃げたとしても、三日の命なのだ。

 

 

「全身が衰弱し、もはや自分が誰かも分からぬほどにボケ腐り、惨めに、無様に腐敗していく。ガヒャハハハハハ!!」

 

 

それを聞いて真里亞は不安げに俯いた。

だが、ポンポンと背中が叩かれる感触。真里亞が顔を上げると、ニヤリと笑った戦人が見えた。

 

 

「ダメだな。ああダメだ」

 

 

そして戦人は、真里亞から視線を外し、ターゲットを睨む。

 

 

「なに?」

 

「全ッ然! 駄目だァアアア!!」

 

 

戦人の眼光がエルドヴィッヒを貫いた。

その迷いない瞳。決意と覚悟の眼差しに怯み、エルドヴィッヒは思わず後ろに下がった。

 

 

「脅しのつもりかエルドヴィッヒ! 違うね! それはお前の敗北宣言だ!!」

 

「ハァ!?」

 

「蕾? そんな面倒なことをしなくとも、真里亞の命を奪えるはずだ! にも関わらずお前は時間をかけた回りくどいやり方をする!」

 

「苦しむ姿が見たいからなァ? カカ――」

 

「違うね。そうしなければならないんだ! それがお前が定めたルール!!」

 

 

半ば、勘ではあるものの、魔女にはそういう面があることを戦人は理解していた。

かつて黄金の魔女、ベアトリーチェがそうだったように。

 

 

「お前はまだ真里亞を殺せない。殺せるだけの魔法を創れなかった!!」

 

「……!」

 

「そしてお前は『謎かけ』で相手を嵌めることでしか拷問器具を作れない。なぜか、決まってる。テメェがその程度の魔女だからさ!」

 

 

エルドヴィッヒは平然としているように見えた。

しかし顔面には大量の青筋が浮かんでおり、眉が、唇が震えている。

血管がいくつか切れているらしい。さらに自分にしか聞けない音量で、『殺してやる』と連呼している始末だった。

どうやら完全に図星らしい。

 

 

「さあ! 魔女狩りの時間だぜエルドヴィッヒ! 乗ってやるよテメェのゲーム!」

 

 

つまりエルドヴィッヒは特定のトラップに相手をかけなければ殺すことができないのだ。

手順に従い、面倒な段階を踏まえなければ誰も殺せない。それを暴かれた。

かつてない屈辱に、魔女は表情を歪めて身震いを行う。

 

が、しかし――、悪くない提案でもあった。

なぜならば通常の攻撃では魔法抗体(エンドレスナイン)を持つ戦人を突破するのは不可能だ。

だがゲームに引きずり込めれば、それは別の話。ルールの下ならプレイヤーはあくまでも平等。勝利すれば戦人を殺すことができる。

黄金の魔女を倒したとされる戦人を殺せば、エルドヴィッヒの名前は魔界に知れわたるだろう。

それはプライドの高い魔女にとっては素晴らしいことだ。

 

 

「いいねぇ右代宮戦人! お前はココで殺す。私のゲームを受けてみろッッ!」

 

 

むろん、ゲーム――、つまり『魔女のチェス』は互いの心臓を晒すものだ。

負ければエルドヴィッヒは死ぬ。もちろん戦人としてはコレが狙いだ。

魔女を放置すればより多くの犠牲者が出るかもしれない。なによりも真里亞が危ない。

危険は承知だが、右代宮戦人はそこで怖気づくような男ではない。

 

そうそう、あとひとつ大きな理由がある。

それは純粋にエルドヴィッヒが気に入らないと言うこと。

ムカついて仕方ない。だから――

 

 

「ブッ潰す! で? 条件は、さっきのアレでいいんだな!」

 

「カカカ! その通り!」

 

 

魔女の心臓を晒す条件。それは――

 

 

「舞台、ポケットモンスターに登場する"レッドは、既に死亡している"!」

 

「……ッ!」

 

「あのバカは醜い表情で靴を舐めながら命乞いをし、恐怖でクソと小便を漏らし、無様に悲鳴をあげながらモツを垂れ流して死んだのだ! 今ッ、死体は埋葬されるでもなく放置されており、その全身には蛆がたかり、何匹もの害虫が全身這い回ってることだろうさよォオ!」

 

 

真里亞はギュッと目を瞑った。

戦人も真里亞がポケモンで楽しそうに遊んでいたのはよく知っている。もちろん初めて触れたポケモンの主人公であるレッドには思い入れも深いだろう。

 

 

「テメェ、真里亞のヒーローを馬鹿にするな! 死を弄ぶんじゃねぇ!」

 

「カカカカカァ! 真実だから仕方ないだろう!? 死ぬときは、汚く、醜く! クソゴミの人間らしい最期じゃねぇか!」

 

 

そう、戦人(ニンゲン)の勝利条件とは――

 

 

「ホラホラホレホリホレィイイ! できるモンなら否定してみろ! クソ人間がァ!」

 

「上等だ上等だ上等だァ!! レッドはまだ"生"きている! 今からそれを、お前に教えてやるよッッ!」

 

「違うねぇ! カカカ! レッドは"死"んでる! これが真実だ!!」

 

 

戦人は人差し指を突き出して。エルドヴィッヒは中指を立てて。互いに睨み合う。

二人の咆哮が真夜中の公園に響き渡り、世界に亀裂が走る。

直後はじけ飛ぶ空間。上位世界・メタフィールドが広がり、戦人と真里亞は『戦いの場』へと足を踏み入れていくのだった。

 

 

 




『tips』


・邪電の魔女エルドヴィッヒ


魔界に住む魔女。
貴族の一派であるが、その中では身分は低いほうで、自己顕示欲や承認欲求を満たすために見下している人間を襲っている。
呪いの言葉を刻み込んだゲームを人間界に送り、それをクリアした人間を襲う『人間狩り』が最近のトレンド。

主に狙うのは子供。
呪いのゲームは子供のみが感じられる『匂い』を放っており、それに引き寄せられてプレイする者が多い。
ただし、匂いは無意識に感じるもののため、プレイしている子供は気づいていない。


………

話数が進んだら、登場人物紹介をつくるかもしれません。
ちなみに箱の裏の言葉(呪いの言葉)は、コピペを参考にしました。
ライトな世界の裏にもダークさを漂わせる。それもまたポケモンの魅力かもしれませんね


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