うみねこのなく頃に ポケモンマスター殺人事件   作:ホシボシ

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原作名とタイトルをちょこっと変えました。
今回もゴリゴリうみねこなんですが、全体的にポケモンの知識があったほうが分かりやすいかなと思うので、ポケモンにしました。

特に赤・緑、ファイアレッド・リーフグリーンをある程度知っておいてもらうと見やすいと思うのぜξ(`・3・)




第3話 『Golden Group』

 

 

霞掛かった記憶の中。

おぼろげな景色はまさに霧のピトス。

けれどもその中で黄金の蝶だけはハッキリと目に映すことができた。

 

 

『真里亞、悪いな。妾はお前に嘘をついていた』

 

 

――同情は気まぐれだ。

魔法が無いとは言わぬ。だがな、妾がお前に見せた奇跡は、単純なものだ。

ヒャハハハ! なんて顔をしている! いいか、お前はこれより一人で生きていなければならない。

 

 

『妾はお前を利用したまでにしか過ぎぬ』

 

 

妾は負けた。

愚かな無能に負けたのだ。

ならば、消え去るのみよ……。

 

 

 

 

 

 

景色が変わる。

ノイズの中、真里亞は笑っていた。

悲しそうに笑っていた。

 

 

「――真里亞、戦人と結婚する」

 

 

そういうと戦人は笑ってくれた。

笑ってくれたのだ。

 

 

そして、今に、戻る。

 

 

「この謎は右代宮戦人には解けない。右代宮戦人はエルドヴィッヒには勝てない」

 

「なん――、だと?」

 

「おんやぁ、聞こえなかったかナァ? じゃあ――」

 

 

エルドヴィッヒは息を大きく吸いこみ、直後。

 

 

「この謎は無能の戦人には解けない、この謎は無能の戦人には解けない、この謎は無能の戦人には解けない、この謎は無能の戦人には解けないこの謎は無能の戦人には解けないこの謎は無能の戦人には解けないこの謎は無能の戦人には解けないこの謎は無能の戦人には解けないこの謎は無能の戦人には解けないィイイイイイッッ!」

 

 

戦人の頭が真っ白――、いや真っ赤に染まる。

過去のゲームでもこんな事を言われた事はない。もやはこれはエルドの勝利宣言、戦人への死刑宣告。

脳裏には明確な死が浮かぶ。絶望の鐘の音が鳴り響く。

 

 

「ッざけんなよ! じゃあ、お前は絶対に解けないゲームを仕掛けたのかよおぉぉッ!」

 

 

戦人は鬼気迫る表情で叫んだ。

が、しかし答えは返ってこない。魔女たちの下卑た笑い声が聞こえてくるばかりである。

 

 

「お、オレはまだいける! オレはまだ戦える! あんな赤はデタラメだ!!」

 

「赤は真実のみ語る!!」

 

「ヒヒヒヒ! お前さんは勝てないのさ! 諦めて犬におなりよ! ヒヒヒヒ!」

 

 

テラーが掌をかざすと、赤いエネルギー弾が発射され、戦人の肩に命中する。

 

 

「うるせぇ! うるせぇっ! うるせえええぇええぇえ!」

 

 

戦人は肩を抑えて吼えるが、全てが虚しい負け犬の遠吠えであった。

 

 

「ギャヒャヒャヒャ! 考えるだけ無駄って事だわなァ! なにせお前の負け確だもんな無能! どうする? まだやんのか? えェ?」

 

「くッ……、くそっ! ちくしょぉおおおおぉぉおおォォオッォォ!」

 

 

戦人は思い切り叫ぶが、そんな事をしても形勢が変わる事はない。

ゲラゲラと笑うエルドヴィッヒやテラーは勝ちを確信しているようだ。

もうすぐお前は犬に。玩具になるのだと、魔女の瞳が語っている。

すると既に、エルドヴィッヒが眼前に迫っているのが見えた。

 

 

「クソ人間が! お前も他の獲物と同じだ!」

 

「グッ! ガァア!」

 

 

魔女は帯電する拳で戦人を殴りつけていく。

 

 

「目を抉るときはどんな声でなく? 趣味はなんだ? 腕も足も無くなるぞ! まだ続けられるか? 無理だよな! カヒャハハハ! お前の人としての生は我々が奪ってやる! ガヒャハハハハハ!!」

 

「グゥウ! ガァアア!」

 

「覚悟しろ! 地獄の苦痛を与えてやる! まずは真里亞だ。テメェの目の前で耳をそぎ落とし、歯を毟りとり、皮膚を炙ってやる! どんな声で泣いてくれるんだろうなァア! 泣き叫ぶ声を想像しただけでイッちまいそうだぜ! カーッハハハハハハァアア!!」

 

「やめろ! 真里亞には手を出すなッッ!!」

 

「アァアアアアッッ!? ああ、そう。じゃあそうだな、跪け!」

 

「はッ?」

 

「跪いて私の靴にキスをしろ! そしてこのエルドヴィッヒ様に忠誠を誓えッ! そうしたら――ッ!」

 

「真里亞だけでも……、助けてくれるのか?」

 

「お前の誠意に免じてな」

 

 

………。

 

 

「なんて――! ンなワケねぇだろうがァアアアアアア!」

 

 

エルドヴィッヒは両腕を前に突き出す。

すると腕輪から雷光が発射され、戦人の胴体に直撃した。

 

 

「ガァアアアアアアア!!」

 

 

それはまさにレールガン。

衝撃が骨まで届き、内臓が破壊される感覚を覚える。

戦人の口から大量の血が零れる。全身が痺れ、鈍り、うつ伏せになって動かない。

 

 

「ギャァーハハハハハ! カヒャハハハハハッ! ウッソでーす! 死ねよクソゴミがぁアアア!!」

 

「ヒーッヒヒ! エルドはお遊びが好きだねぇ!」

 

 

魔女たちの笑い声が響く。

エルドヴィッヒはスキップで戦人に近づくと、頭部をつかみ上げて強制的に引き起こす。

すると腹部に拳を打ち当て、怯んだところへ踏みつけるような蹴りを叩き込む。

再び地面に倒れる戦人。すると闇が迸り、新しい魔女が姿を現す。

白いジャケットに、レザーレギンス、バラがあしらわれた帽子に、真っ赤なルージュ。

一見すればエレガントな女性に見えるが、もちろん腹には黒いものを抱えている。どうやら今までのゲームを観察していたらしい。

 

 

「終わったみたいね」

 

「ヴァレッタ! お前もやるか?」

 

「もちろん。若い男の断末魔ほどエクスタシーを感じるものはないわ」

 

 

舌なめずりを行いながら、ヴァレッタと呼ばれた女性はタバコを取り出して火をつける。

エルドヴィッヒ。テラー。ヴァレッタ。三体の魔女が殺意を全開にして戦人へ近づいていった。

その中で指を鳴らすエルドヴィッヒ。すると雷の剣が右手に現れ、帯電する刃が戦人に向けられる。

 

 

「怖いかぁ? こえぇえよなぁあ!? これでまずは右手から切り落としてやる」

 

「グッ! グゥウウウ!!」

 

「愚かな人間め。無様に、哀れにッ、無能はッ、こ――」

 

 

言葉が詰まる。咳払いを行うエルドヴィッヒ。

 

 

「こ――……ッ、ぐッ!」

 

「ヒヒ? どうしたんだいエルド?」

 

「い、いやぁ、何でも! キッ、キハハハハ! 孤独に苦しめ! 右代宮戦人ァアアアア!」

 

 

もやはエルドヴィッヒ達にとって、これはただの殺人ショーにしかすぎない。

そもそもゲームなど始めからまともに行う気などなかった。

全てはただひとつ。魔女の娯楽を遂行するためだ。

苦しめ、壊し、悦楽を得る。そのためにエルドヴィッヒが剣を高く振り上げるのは当然のこと。

 

 

「ガギャヒヒヒヒャァァアハハハハッ! 勝った! 私の勝利だぁあああ!」

 

 

エルドヴィッヒ達は勝利を確信し笑う。

 

 

「きひっ!」

 

「!」

 

「きひひひひひひひひひひひ!!」

 

 

その時、魔女の笑い声に混じって、甲高い笑い声が聞こえてきた。

エルドヴィッヒは剣を止め、いったん降ろす。

視線の先にいたのは、口に手を当てて笑っている真里亞だった。

 

 

「うー、戦人は孤独じゃないよ」

 

「――ッ!?」

 

 

その一言がエルドヴィッヒ達の下卑た笑いを、沈黙させた。

赤い言葉。それは本来、魔女のみに許された言葉だが……?

一方の真里亞は戦人の前に立つと、しゃがみこんだ。

 

 

「うー、戦人は一人じゃない。真里亞がついてる! うー!」

 

「ま……、真里亞」

 

 

戦人は全身を叱咤させ、痺れを無視するように体を起こす。

一方でクライマックスを邪魔されたエルドヴィッヒは表情を歪ませて、舌打ちを零した。

なによりも不愉快なのは、戦人とは違って、真里亞には落ち着きが見えた。

恐怖でガタガタになって漏らしていればまだ魔女を楽しませることはできたかもしれないのに。

 

 

「クソガキ……、なに言ってんだ? ああ?」

 

「きひひひひ、お前だね、ベアトリーチェの真似事なんかして遊んでる馬鹿な奴は! きひひひひ本当に馬鹿だねっ、お前なんかがベアトリーチェの足元にも及ばないよ。きひひひ!」

 

 

その時、ウサギの音楽隊が仕事を行う。『Happy Maria!』が演奏されるなか、白い光が真里亞を包みこんだ。

すると一瞬で彼女の服装が変わった。目の色を変えるエルドヴィッヒ。それは紛れもなく、魔女の力、魔力の奔流。

そうだ、人間でも魔女に至ろうとする者がいた。それが真里亞だ。

今の彼女は人間ではなく、原初の魔女見習い・『マリア』。

変身を完了させると、杖をエルドヴィッヒに向ける。

 

 

「きひひ! マリアが相手だよ!」

 

 

笑い声をうかべて、口を三日月のように変える。

しかし、エルドヴィッヒは見逃していなかった。真里亞の足が震えているのを。

 

 

「カカッ、カカカ! アホが! 魔女の真似事をしても、所詮お前は劣悪種よ!」

 

 

剣を振るうと雷撃が地面を伝い、真里亞に向かっていく。

戦人は思わず叫ぶが、マリアは杖をふるってカボチャ型のシールドを展開すると、雷撃を受け止める。

 

 

「レッドが食べ物を持ってなくても大丈夫だよ! だって、お菓子が落ちてたかもしれないからね! レッドはそれを拾って食べたんだよ!!」

 

「くそったれが! シロガネ山にお菓子は落ちてない!!」

 

 

シールドに亀裂が走る。マリアは一瞬、眉を動かした。

しかしまた笑みを浮かべると、杖を持つ手に力をこめる。

 

 

「きひひ! じゃあ食べ物を生み出す装置をレッドは持ってたんだよ!!」

 

「そんな装置は存在しない! 食べ物や飲料水を生み出す装置を、レッドは持っていなかった! 当然、使用もしていない!!」

 

 

エルドヴィッヒが指を鳴らすと、赤い雷がシールドに降り注いでいく。

雷光と衝撃、シールドの中が激しく揺れ、マリアは歯を食いしばる。

しかしそれでも前を向いていた。杖を掴んでいた。一瞬フラッシュバックする光景。ゲームを持つ縁寿が笑っていた。新しいポケモンを捕まえると、彼女はよく自慢げにしていた。

 

 

「食べられる草が生えてたかも!」

 

「レッドは野草を食べてはいない。同じくして、シロガネ山に存在する湧き水を一切口にはしていない!!」

 

 

シールドの前に立ったエルドヴィッヒは腕を振るい、その巨大な腕輪をシールドにたたきつけた。

するとカボチャのエネルギーがバラバラになり、マリアと戦人がさらけ出される。

 

 

「ポケモンはゲームだよ? ゲームのキャラクターは別にご飯なんて食べなくても大丈夫だよね?」

 

「盤の中は現実世界と変わらない。それはお前も分かっているだろ!」

 

 

エルドヴィッヒはマリアを掴みあげると、歪んだ笑みを見せる。

そのとき確かに、マリアは怯えたように表情を歪ませた。

アイデンティティーが侵食されていく。まるでそれはコンピューターを蝕むウイルスと同じだ。

形勢するデータが、大切なデータが、少しずつ食われていく。

 

 

「人間は食べなければ死ぬ。それはレッドも同じだ! もしもレッドが何も食べず、飲まずだった場合、四日で確実に死ぬ!」

 

 

放電。エルドヴィッヒの手を伝い、マリアの体を電撃が包む。

悲鳴が聞こえた。戦人はすぐにマリアを助けようと走るが、そこでヴァレッタが銃を抜き、戦人の足を撃つ。

 

 

「グッ!」

 

「フフフ。あなた達はもう負けたの。大人しく死を晒しなさい」

 

 

一方でエルドヴィッヒはマリアを投げ飛ばす。

そして戦人もそちらのほうにヨロヨロと歩いていった。ボロボロのマリアと戦人、その姿があまりにも面白く、魔女たちは再び笑い出す。

 

 

「かかかッ! この姿こそが人間の本質よ! 親族も、自らの尊厳も、命も! お前らはなにも守れはしない!!」

 

 

罵倒の声を背に受けながらも、戦人は真里亞の前に来た。

 

 

「大丈夫かマリア……ッ、立てるか?」

 

 

返事はない。マリアはか細い呼吸で、ぐったりとしていた。

 

 

「立て。立つんだ。それで逃げろ。このセカイにも穴はあるかもしれない。走って、走って! 助けを求めるんだ。もしかしたら――ッ、奇跡が起こるかもしれない」

 

 

マリアの瞳に光が宿る。

見習いとは言え、魔女の力は確かに持っている。ダメージが回復したようだ。

マリアの手が伸びた。立ち上がるためではなく、逃げるためではなく、戦人の頬を撫でる為だった。

 

 

「ッ、マリア? お前、何やってんだよ……!」

 

「ねえ、戦人……、覚えてる?」

 

「え?」

 

「うー、マリアはね、覚えてるよ。ちゃんと覚えてる」

 

「何を言って――」

 

 

そこで凄まじい殺気と魔力を感じた。

戦人が振り返ると、視界を埋め尽くすほどの『剣』が見えた。

空中に浮遊する剣の群れ。全ての刃が放電しており、剣先は戦人たちに向いている。

その中でエルドヴィッヒが満面の笑みを浮かべて歩いている。

 

 

「幻影剣!」

 

 

剣に見えるが、実際は電撃を剣の形にしているだけだ。

これが相手に突き刺ささっても電気が流れるだけで死にはしない。もちろん物理的な刃ではないので、出血もしない。

その真価は、微弱な電流が相手の痛覚を刺激することだ。

剣が刺さるたび、文字通り剣で刺されたような痛みを発生させる。

魔法の力でショック死はさせない。永遠の苦痛を与え続けるつもりなのだ。

 

 

「マリアッ、オレの後ろに――ッッ!」

 

 

戦人はマリアを抱き寄せて、少しでも杭から守ろうと抱きしめた。

 

 

「カヒャハハハ!! 守れるとでも思ってるのか? 無駄だよバァアアアアアカ!」

 

 

それが滑稽に見えたのかエルドヴィッヒはゲラゲラと笑い、戦人たちを馬鹿にしてくる。

だがもう打つ手がない。戦人の心に確かな恐れが宿り、体がブルブルと震え始める。

そのときだった。マリアは優しく微笑み、戦人を包み込むように抱きしめた。怖くないのだろうか? それとも状況を理解していないのだろうか?

 

 

「……ありがとう戦人、ずっと真里亞達の為にいろいろ頑張ってくれたんだね。だからね、今度はマリアが――、お礼する番だよね」

 

 

だからこんな言葉が言えるのか? 何も分かっていないから。

いや、違う。マリアは分かっている。分かっているのだ。全て、何もかも。

マリアは再びカボチャのシールドで自分たちを包み込んだ。

 

魔法は、ある。

魔法は、ない。

 

マリアは理解していた。

全て、愛を求めて伸ばした手。

掴もうと思っても掴めないもの。けれど掴もうとしてくれた人。

 

 

「ねえ、戦人」

 

 

エルドヴィッヒは剣を発射した。

無数の剣が次々にシールドに突き刺さっていく。

青ざめる戦人。その中でマリアは、身を乗り出していく。

 

 

「マリア、たくさんポケモンつかまえたよ?」

 

 

その時、戦人の唇に柔らかいモノが触れた。

一瞬なにが起こったのか理解できなかったが、驚きや恥ずかしさから反射的に唇を押さえる。

間違いなく、それはこの状況に不釣合いな行為だった。

口付けは、愛の証ではないのか。

 

 

「うー、戦人ブルブル止まったね……」

 

「なに――、やって」

 

「ポケモン、たくさん捕まえたの」

 

 

マリアは、全てを理解した。全ての記憶が頭によぎった。

 

 

「だから、褒めて。たくさんマリアを褒めて」

 

「………」

 

 

分からない。何も分からない。シールドには無数の亀裂。

もう限界だった。それでも、戦人は、マリアの切なげな表情を無視できない。

だから、お姫様が少しでも満足できるように。彼女の期待に応えられるように、強く抱きしめた。

 

 

「ああ、マリアはさすがだな」

 

 

マリアは嬉しそうに頬を染めて、戦人の背に腕をまわす。

 

 

「なに無視してくれてんだゴラァアアァアアッッ!」

 

 

エルドヴィッヒの怒号にシンクロし、剣先のいくつかがシールド内にめり込んできた。

戦人は、思う。いつかのゲーム、絶望と恐怖で頭がおかしくなりそうになった時、自分に微笑んでくれたのは、マリアだったか。

 

 

「安心しろ。マリア、お前はオレが必ず守る」

 

 

なんの自信もないが、確証もないが、それでも戦人はそう口にした。

 

 

「戦人。大丈夫、怖くないよ」

 

 

マリアはそう言って、サソリのお守りを戦人に見せた。

これは――、そう、魔除けだ。所詮は玩具だが、戦人にはそれが何だかとても説得力があるように見えた。

 

 

「戦人言ったよね?」

 

「えっ?」

 

「うー、俺たちが一緒にいると……、いつだって何だって絶対に――」

 

 

不思議な感覚だった。

恐怖が消えたような。焦りがいなくなったような。

マリアが言った言葉には覚えがある。いつか船の上で口にした言葉ではないか。

だから戦人は無意識にマリアと声を重ねる。

一緒なら――

 

 

「「怖くねぇんだから」」

 

 

剣が戦人たちを覆い尽くした。激しいスパークが巻き起こり、光の中に戦人たちは消えていく。

しかしエルドヴィッヒは首をかしげた。剣は確かにシールドを突き破り、破壊し、戦人とマリアに刺さったはずだ。

だが、なぜか、音が違った。

ガンガンガン。これは硬いものにぶつかる音だ。そして聞こえてくるべき悲鳴は聞こえない。

 

 

「なんだ……?」

 

 

エルドヴィッヒは状況を確認するため、足を進める。

テラーも意味が分かっていないのか顎を触りながら停止してる。

その中で、ヴァレッタが気づいた。ウサギの音楽隊が見えたかと思うと、場に音楽が流れ始める。

 

曲名『life』

 

ウサギががんばってピアノの鍵盤を叩く様を、誰もが無視している。

巨大な『壁』があった。八角形の結界(バリア)が、全ての剣を受け止めているのだ。

そしてそのバリアの向こう、戦人とマリアの前に立っていたのは――

 

 

「申し訳ありません戦人様! 遅れてしまいました!!」

 

「紗音ちゃん!」

 

「なんだとッ!?」

 

 

バリアに弾かれ、無様に転がっている剣がエルドヴィッヒのプライドをズタズタにする。

しかしまだ終わらない。刹那、エルドヴィッヒの視界が反転する!

 

 

「ぐっッッッ!! ぎゃぁああああぁあぁあああぁあああああッッ!」

 

 

誰もが紗音に気を取られており、エルドヴィッヒが吹き飛んだことに気づくのが遅れる。

だがすぐに理解した。エルドヴィッヒは斬られ、殴られ、蹴り飛ばされたから、現在は地面にキスをしているのだと。

戦人の表情がパッと輝く。

見えたのは誰よりも頼れる親族たちだからだ。

 

 

「譲治の兄貴! 朱志香! 嘉音くん! どうして!?」

 

 

そうだ。紗音だけではないのだ。

駆けつけたのは4人――!

 

 

「申し訳ありません戦人様。魔女の気配を追うのに時間が掛かってしまいました」

 

 

嘉音は腕からブレードを生やしている。

 

 

「おいおい戦人ぁ。お前、なーにこんな所で遊んでるんだよ? 私も混ぜてくれなきゃさみしぃぜ!」

 

 

朱志香はメリケンサックを装備した拳を見せ付けるようにして笑った。

 

 

「お待たせ戦人くん。よく頑張ったね。もう大丈夫だ」

 

 

譲治はメガネのレンズを光らせて宣言する。

朱志香、嘉音、譲治たち三人は吹き飛んだエルドヴィッヒを。そして他の魔女を鋭い目で睨んでいる。

互いの殺意がこの場を包み込み、今にも殺し合いが始まりそうな空気である。

 

 

「人間風情がァ! この偉大なエルドヴィッヒ様を見下すだとォオ!?」

 

 

起き上がったエルドヴィッヒはより強大な殺意を眼光に宿している。

並みの人間ならば、その瞳を見ただけでショック死していたかもしれない。しかしあいにくと、右代宮の人間は少々普通ではないのだ。

その圧倒的な殺意の塊を受けて、見せる感情は『余裕』だった。

 

 

「その偉大なエルドヴィッヒ様は地面にキスをするのがお好きみたいだな」

 

 

朱志香は煽るように笑う。

 

 

「どうです、土のお味は? おいしいですか?」

 

 

嘉音は呆れたように首を振る。

 

 

「全く、キミにお似合いのフレーバーだね」

 

 

譲治は軽蔑したように睨み付ける。

 

 

「ッッ! ガァアアアアアアアア!!」

 

 

三人の挑発にエルドヴィッヒは怒りの咆哮をあげて跳び上がった。

バックステップ。同時にテラーとヴァレッタが前に出る。

異物は処理しなければ。テラーが杖を振るうと、空中に100本の杭が出現していく。

同じくしてヴァレッタが銃を抜くと空間に100個の光弾が浮かび上がった。

この200の弾丸が、今から戦人たちを貫こうというのだ。

 

 

「穴だらけになって死ねッ!」

 

 

だが人間側の動きも早かった。

ウサギさんたちが『Revolt』を演奏している中、走る。

 

 

「嘉音くん! 譲治さん! お嬢様!」

 

「ゲートキーパー了解!」

 

「了解したよ」

 

「おうよ!」

 

 

紗音が叫ぶと、嘉音、譲治、朱志香が一箇所に集まる。

 

 

「無機物鋭弾、および光弾。58、79、160、185、200。全弾補足、迎撃完成。嘉音くんへデータリンク!」

 

「嘉音データ受領。譲治様、お嬢様にデータ共有開始。残り10秒、9、8……」

 

 

何かを仕掛けようとしているようだが、それよりも早くエルドヴィッヒが腕を振るう。

 

 

「発射ァアアアア!!」

 

 

無数の弾丸が戦人達に向けて発射される。

紗音は再び巨大なシールドを出してそれらを受け止めるが、先ほどとは比べ物にならないぐらい威力が上昇していた。

いくら紗音の強固な結界といえど、二百もの猛攻には耐えられない。結界は弾丸の一撃を受け止める度にビキビキと音を立てて亀裂を広げていく。

 

 

「うくッッ!!」

 

 

紗音の顔色が曇るのを見て、エルドビッヒは恍惚の表情を浮かべる。

そしてついに紗音の結界はガラスが割れる様な音を立てて、粉々に崩れた。

 

 

「カヒャァアアァァァァハハハハハハハハハ――……ハ?」

 

 

また硬い音。

紗音は耐えた。既に10秒。

 

 

「なッ! 何だとッッ! 馬鹿な! そんな馬鹿な!!」

 

 

エルドヴィッヒは目を疑う。弾丸の数は二百なのだ。

それだけあれば人間なんてすぐに無数の杭でハリセンボン。無数の光弾で粉々になって消え失せるはず。

しかし現に今、譲治達は生きているではないか。

 

 

「ありえんッッ!」

 

 

譲治たちは弾丸に貫かれるのでは無く、逆に杭を弾き飛ばしていた。

 

 

「悪魔のルーレットはこれでお終いだ!」

 

 

嘉音は例えるなら閃光。

彼は一つ一つの杭を正確に斬り飛ばしている。

驚くべきなのはそのスピード、まさに目にも止まらない速さで次々に杭を撃墜していく。

赤き軌跡の孤月連斬。唸る斬撃は激しく、それはまさに嵐のように。

 

 

「龍王旋風脚!」

 

 

譲治は例えるなら鉄壁。

彼に弾丸が届くことはない。なぜなら弾丸が譲治の身体を抉るには、彼の周りに張られている結界を通過しなければならないからだ。

"反撃結界"、その結界に弾丸が触れた瞬間、その威力やスピードが瞬時に譲治の力に上乗せされる。

高速で飛来する弾丸のスピードを得た譲治にとって、飛んでくる弾丸など止まっている様にしか見えぬのだ。

繰り出したのは龍王旋風脚。文字通り譲治の振るった足に、龍のエネルギーがまとわりつきリーチを拡大させる。

飛び回る龍の体が次々に弾丸を撃墜していった。

 

 

「乙女の! エクスプロージョン!!」

 

 

朱志香は例えるなら大砲。

彼女の拳から放たれる一撃は、杭をただ打ち落とすのではなく、それを弾丸に変えて他の杭をもまとめて吹き飛ばす。

その中で朱志香は地面を思い切り殴りつけた。エクスプロージョン、文字通り地面が爆発を起こし、爆炎と爆風が弾丸を消し飛ばしていく。

 

 

「す、すごいな……」

 

「うー! 皆がんばれー!」

 

 

無数の弾丸は弾かれ、砕かれ、切断され、その数を次々に減らしていく。

 

 

「人間に魔法攻撃が破れるわけが――ッ!!」

 

 

いや、これも魔法!?

エルドヴィッヒたちが驚きに固まっている中、紗音は走り、戦人たちの前にやってくる。

 

 

「治療を行います。戦人様、マリア様」

 

 

紗音が掌をかざすと、淡い光が出現し、戦人たちを照らす。

すると痛みが引いていき、傷もふさがっていく。

 

 

「うー! マリアも頑張るっ!」

 

 

回復したのか、マリアは跳ね起きると杖を振るった。

 

 

「さあさあおいでなさいっ! ウサギの音楽隊!」

 

 

空中で音楽を奏でていたウサギさんたちは慌ててマリアのほうへ飛んでいく。

楽器はひとりでに演奏を続けており、一方でウサギたちはマリアの周りに到着すると、光り輝き、そのシルエットを人型に変えていく。

 

 

「シエスタ45(よんじゅうご)! ここに……!」

 

 

ピンク色の髪をツインテールにしたウサ耳の少女が。

 

 

「シエスタ410(よんいちまる)! ここにぃ!」

 

 

水色の髪をしたウサ耳の少女が。

 

 

「シエスタ00(だぶるおー)、ここにッ!」

 

 

黄色い髪に、眼帯をつけたウサ耳の少女がマリアの前に現れる。

マリアはすぐに杖でエルドヴィッヒたちを指し示した。

今までの流れを見ていたからか、言葉無くともシエスタ姉妹はうなずき、並び立つ。

 

 

「うー! やっちゃって!!」

 

「了解であります!」

 

 

00の耳がピクリと動いた。

 

 

「精密射撃戦準備、射撃誘導システム起動! 地形データ収集、射撃用データ収集! 45、410へデータリンク!」

 

 

赤い文字が次々と浮かび上がり、45と410は手を合わせてデータを受け取っていく。

 

 

「45、データ受領! 地形誤差修正!」

 

「410、データ受領にぇ! 射撃曲線形成! 制御点補正完了☆」

 

「「射撃準備完了!」」

 

 

45と410の声を受け、00は強く頷いた。

 

 

「よし! 射撃!!」

 

 

黄金の弓が出現し、45たちは思い切り弦を振り絞り、手を離す。

すると魔法エネルギーで構成された黄金の矢が発射され、蛇のようにしなりながら飛んでいく。

それは超追尾光弾。エルドヴィッヒたちがどこに逃げようとも執拗に追いかけていくのだ。

今もほら、エルドヴィッヒたちは飛び回り、矢を振り切ろうとするが無駄だ。無数の矢はどこまでも相手を追いかけていく。

その間に、譲治たちは戦人のほうへと駆け寄っていく。

 

 

「みんなッ! 来てくれたのか!」

 

 

嬉しそうに笑う戦人。

一方で譲治たちは真剣なまなざしで戦人を見た。

 

 

「全てを知った……、いや、思い出したというべきかな」

 

「え?」

 

「第一のゲーム、僕達は弱かった。だから戦人くんに迷惑をかけてしまった」

 

 

譲治は己の過ちを悔いるように言い放つ。

 

 

「第二のゲーム、戦人はママを助けてくれた。ベアトリーチェを叩きつけたのは駄目だけど……、うー」

 

 

後ろにいたマリアが微笑む。

 

 

「第三のゲーム、ライバルとお認めになられたベアトリーチェ様の為に戦った戦人様はとてもカッコよかったです」

 

 

嘉音が頭を下げる。

 

 

「第四のゲーム、縁寿様とのお別れはさぞ辛かったですよね……」

 

 

紗音が頭を下げる。

 

 

「第五のゲーム、戦人。母さんの為にありがとな」

 

 

朱志香が微笑んだ。

 

 

「みんな……!」

 

 

しかしなぜ譲治たちが『この記憶を』?

戦人が困惑していると、大量の本のページが現れ、吹雪のように飛びまわる。

それらはひとつに集まると、人型のシルエットを形成した。そしてページが弾けると姿を見せたのは新たな魔女の姿だった。

着物を模したオフショルダードレスに、頭には蹄上の記憶装置が浮遊している。

 

 

「フフフ、『初めまして』かな、人の子よ」

 

「ッ? あ、あんたは?」

 

「私は戯曲の魔女、フェザリーヌだ。ベルンカステルの友人といえば分かるかな?」

 

 

ベルンカステルとは、かつて戦人に力を貸していた魔女の名であった。

今はもう忽然と姿を消してしまったが、どうやら今回の事態を把握していたらしい。

それはフェザリーヌも同じである。『黄金の魔女が人間に倒された』、これだけでも魔界にとっては大きなニュースになったと言うのに、その人間がまた魔女と戦いを始めたと。

 

 

「ゲームを拝見させてもらった。しかし――、ふむ」

 

 

どうやらエルドヴィッヒは自分たちのゲームがショーの役割を果たしている事を知らないらしい。

人間を拷問にかける展開も悪くはないが――、だからと言ってゲームをおざなりにされては興ざめにもほどがある。

 

 

「展開は順序が成り立っているからこそ美しい。乱雑な展開では評価は著しく下がるとは思わぬか?」

 

 

杖をつき、フェザリーヌは前に出る。

丁度そこで黄金の矢が消え去った。射抜かれた三体の魔女は地面に伏せ、苦痛のうめき声をもらしている。

 

 

「グゥウ! 余計な事を――ッ! 誰だお前は!!」

 

 

地面を殴りつけながら立ち上がるエルドヴィッヒ。どうやらフェザリーヌの事は知らないようだ。

 

 

「私の名を知らぬとは。勉強不足な魔女よ」

 

 

フェザリーヌは小声でつぶやくが、誰も聞いていない。

エルドヴィッヒもダメージは受けたが、致命傷ではないようだ。

当然だ、心臓をさらけ出していない魔女を殺すなど不可能に近いのだから。

そう、その条件はゲームによって左右される。

ゲームはまだ終わっていない。強引に終わらせようとするのはナンセンスだ。

 

 

「だからこそ私は右代宮譲治、右代宮朱志香、嘉音、紗音、この四名の人の子をココへ招いた」

 

「ッ」

 

「気を悪くするな。これは客席から飛ぶ野次のようなものだと考えてくれればよい」

 

 

ふざけた事をするものだ。エルドヴィッヒは高揚を台無しにされた事に怒り、地面をもう一度殴った。

そして立ち上がると、怒りに身を任せて走り出す。

 

 

「何をしようが無駄だ! 人間の敗北は既に決した!!」

 

 

ふと、シエスタ姉妹が耳をピクリと動かす。

するとまた音楽が変わった。『mortal stampede』、士気を鼓舞する曲に背中を押されたのか、譲治が前に出る。

 

 

「状況はフェザリーヌさんから教えてもらったよ。僕が相手だ」

 

「アア!?」

 

「レッドくんの手持ちには水の属性を司るポケモンが二体もいる。彼らが放水した水を飲めばどうだろう?」

 

「くだらねェ! レッドはポケモンから出された水を飲んではいない!」

 

 

エルドヴィッヒは譲治の青い光を纏った蹴りを受け止めると、赤い雷撃を発射してカウンターを決める。

譲治はダメージに顔を歪めたが、すぐに踏みとどまり、次の蹴りを繰り出した。

 

 

「インドには70年間、飲食を一切せずに生きる男性がいるらしい。レッドくんも彼のような特異な体質かもしれない!」

 

 

繰り出された回し蹴り。

しかしエルドヴィッヒは譲治の足を掴むと、そのまま受け止めてみせる。

 

 

「レッドはそのような体質ではない。水を飲まなければ、何も口にしなければ、四日で死亡する。もう一度言うが、レッドはシロガネ山に食料を持ち込んではいなかった。飲料物を持ち込んではいなかった。レッドは、シロガネ山に来てから一年半、約545日が経過している!!」

 

 

激しい電撃が譲治を襲った。苦痛の声を漏らしながらも、譲治は足を伸ばした。

 

 

「レッドくんは、シロガネ山に出現するポケモンを食べたんだ!」

 

「カハハハハ! なんだそりゃあ! レッドはシロガネ山にいるポケモンを食べたことは無い!!」

 

 

掌底が譲治の胸を打つ。激しい痛みと衝撃に、譲治は吐血し、地面を滑る。

しかし倒れない。ならば倒すまでだ。エルドヴィッヒは右腕を鎌に変えると、譲治を斬りつけるために走り出した。

 

 

「バカが増えたところで何も変わらないな! カハハハハ!」

 

「なるほど……、まあ、そうだね」

 

「恐怖せよ! 痛みがお前の心を壊す!」

 

 

弱者(にんげん)は強者(まじょ)に歯向かってはいけない。

ただ絶望し、醜く泣き叫び、無様に死ぬ様を見せる玩具でなければならない。

 

 

「じゃあ、そろそろいいかな?」

 

「何ッ?」

 

 

まだ話の途中だったが、譲治がそれを遮った。

 

 

「そろそろいいかな、"反撃"しても」

 

 

音楽が一瞬で変わった。『Victima propiciatoria』。

同時に、エルドヴィッヒの視界が闇に染まる。停電? いやまさか。ここは屋外だ。

ではなぜ黒が視界を埋め尽くすのか。なぜ激痛が鼻を支配しているのか。答えは全て今の光景が証明している。

譲治の、蹴り上げた足裏が、エルドヴィッヒの顔面に沈んでいた。

 

 

「足刀蹴り。鼻骨骨折」

 

 

宣言どおり、人間ならば一撃で鼻の骨が持っていかれただろう。

魔女の耐久力をもってしても激しい痛みが走る。エルドヴィッヒはヨロヨロと後退していき、そこでまた『足』を見た。

 

 

「ンゴオ゛ォ!!」

 

「後ろ回し蹴り、顎部骨折」

 

 

譲治の宣言どおり、エルドヴィッヒの顎に衝撃が走る。

もちろんコレはただの蹴りではない。その足裏には譲治の意思が、決意が、青い光となって付与されている。

 

 

「僕は何度でも宣言しよう」

 

「ッ?」

 

「確かに魔女からしてみれば僕らは愚かで弱い生き物かもしれない」

 

 

譲治の蹴りがエルドヴィッヒを打つ。

 

 

「だからこそそんな僕に味方してくれる人への――」

 

「ゴッ!」

 

 

打つ!

 

 

「あらゆる挑発と挑戦を――ッ!」

 

 

打つッ!

 

 

「断じて!」

 

 

打つッッ!!

 

 

「一度たりとも!」

 

 

打つッッッ!!!

 

 

「許した事はないッッ!!」

 

「ガアアアアアアアアアアア!!」

 

 

飛翔流星脚。文字通り隕石のように鋭く輝く蹴りが、エルドヴィッヒを貫いた。

 

 

「僕の大切な家族である戦人くんとマリアちゃんに危害を加えたことを、絶対に後悔させてやるよ」

 

 

着地した譲治はメガネの奥の眼光を光らせる。

一方で地面を転がるエルドヴィッヒ。間違いない、彼女の心に焦りが宿る。

この青の蹴りは譲治の答え。赤に屈することのない意思の象徴!

 

 

「復唱してみろエルドヴィッヒ! 『レッドくんに、食料を与えた人物がいる』!!」

 

「ッッッ!!!」

 

「聞こえないのか! 復唱要求! 『レッドくんは食料を持ち込んではいないが、受け取ってはいる』!!」

 

 

蹴られた部分が激しい熱を放つ。

咳き込むエルドヴィッヒ。するとまたも緑色の血が吐き出された。

そう、そうだ。レッドは確かに食料を持ってきていなかったし、調達もしていなかった。

だがしっかりと食べてはいたのだ。食事を持ってきてくれた人物がいたから。

それを聞いてフェザリーヌは小さく笑い、振り返る。

 

 

「さて、先ほどの言葉。野次の件だが――」

 

 

エルドヴィッヒへの言葉。それはもちろん、戦人にも言えることだ。

フェザリーヌは含みのある笑みを向ける。戦人には敗北宣言がなされた。赤は真実。それは揺るがない。

今は譲治が少し盛り返したようだが、それでも無駄なのだろう。だからこそ――、どうする? 普通ならば何をしても無駄なのだから、このまま諦めて負けを認めることだ。

そうしたらまた先ほどの続きである。

 

 

「ならばせめて、お前の意思でリザインせよ」

 

 

フェザリーヌは戦人の答えを聞かずに消え去った。

なぜならば知っているからだ。右代宮戦人は、そんなに賢い人間ではない。

 

 

「――だ」

 

「ッ?」

 

「ああ、駄目だぜ。全然ッダメだァアアアアアアア!!」

 

 

叫び、戦人は立ち上がる。 そして腕を思い切り振り上げると、そのまま振り下ろした。

まっすぐに伸ばした人差し指が、エルドヴィッヒの心臓を示した。

シエスタ姉妹は役割を理解し、再びウサギの音楽隊として曲を流す。

流し続ける。曲名は『Answer』、かつて絶対に負けられない戦いに挑んだ男へ流す曲だった。

 

 

「復唱要求! "オレ"にはこの謎が解けない!」

 

「グッ! ガはッ! テラァアア!」

 

 

エルドヴィッヒはまだ血が喉に引っかかっているのか、テラーへパスを送る。

 

 

「ひ、ヒーッヒヒ! いいだろう、この謎は右代宮戦人には解けない」

 

 

どうだ、まだ言えるではないか。魔女たちは余裕の笑みを漏らす。

そうだ、愚かで、無能な男にはこの謎は解けない。

見えない盤の中、一人の少年の死は確定され、そこに憧れた者たちの希望は魔女によって握りつぶされる。

けれど――、鷲は、まだ、折れた翼で飛ぼうとしていた。

 

 

「続けて復唱要求! オレ"達"にはッ、この謎が解けない!」

 

「!!」

 

「今、オレは一人じゃない! マリアや譲治の兄貴! 朱志香に、紗音ちゃん、嘉音くんが傍にいる!!」

 

 

ひとりでは無理かもしれない。それは認めよう。

だが大切な事を忘れていた。右代宮の家紋は片翼の鷲。

一つの翼じゃ無理かもしれないが、それが合わさればどうなる?

 

 

「右代宮がなんて呼ばれてるか知ってるか? 不死鳥だよ! オレたちは泥を啜ったことはあるが、必ず立ち上がってきた! オレもそうだ、醜く無様な姿を何度も晒してきた! だがな、必ずケリはつけてきた! それは今回も同じだッ!」

 

「グッ!」

 

「ほらどうしたテラー! 言ってみろ! 『みんなのアシストを受けた右代宮戦人にも、この謎が解けない』ってなァ!!」

 

 

ならばとテラーは赤を用意する。

だが、どうした、喉が詰まる感覚。

気のせいだと首を抑える。しかしどれだけ意識しても赤が出てこない。

 

 

「戦人たち――ッ、ぐッ! アシストを受けた右代宮戦人は、戦人たちは――……、がふっ!」

 

「全然ダメだぜ! 魔女さんよォオ!」

 

 

フェザリーヌの恩恵なのか、戦人たちの衣装が変化していく。

それは紛れも無い。片翼の紋章が刻まれた正装。親族会議の際に着ていくスーツであった。紗音と嘉音も普段の使用人の服装に変わる。

 

 

「オレは逃げない! ゲームを続行するぞエルドヴィッヒ。今からお前らの相手は、右代宮家だ!!」

 

「グゥウウウウ!!」

 

 

そこで再びフェザリーヌが姿を見せる。

 

 

「観客は私が勤めよう。ゲームが円滑に行われるように、少々人の子の肩を持つことになるが、許したまえ」

 

「貴様、人のゲームに勝手にやってきて何を――ッ!」

 

「良いゲームとはそれを観る者がいてこそだ。むろん、今回のゲームの活躍によってはそれを元老院に報告することも可能である」

 

 

元老院の名を聞いてエルドヴィッヒの目の色が変わった。

魔女にとって元老院とは、所謂『権力の塊』である。

もしもそこで名を知られれば、魔界での生活にも潤いが齎される。

 

 

「私にはコネクションがある」

 

「おお、おお!!」

 

「もちろん私も魔女だ。魔女らしい戦いは嫌いではない」

 

 

フェザリーヌの言葉を聞いてエルドヴィッヒは満足そうに頷くと、以後はなにも口を挟まなかった。

どうやらフェザリーヌが居座る事を認めたらしい。

 

 

「仕切りなおしだ。少し休憩にするぞ」

 

「待て! さっきの譲治兄貴の復唱要求はどうした!」

 

 

半ば分かっていたことだが、エルドヴィッヒから返ってくるのは舌打ちだけだ。

 

 

「言わねぇよカス! 理由は、そんな人間なんていないからだ」

 

「嘘だ! 証拠映像を見せろッッ!!」

 

「それも却下だ。理由は、いない人物の映像は見せられない」

 

「赤で言ってみろ! 言えないんだろ!」

 

「言わないだけだ。カカカ……!」

 

「テメェ!」

 

「いいから! いったん時間を置く。お前たちだってそのほうがいいだろう?」

 

 

エルドヴィッヒとしてもまさかココまでゲームが続くとは思っていなかった。

万が一にもと言う可能性はある。足元をすくわれないために、情報を整理する必要があるのだ。

なによりも、新たな一手を用意するために。

 

 

「ピッグフェイス」

 

 

指を鳴らすと、新たなる異形が姿を見せる。

執事服を着た悪魔だ。血にぬれた豚のマスクをかぶっており、不気味な男であった。

 

 

「盤を」

 

「了解しました。エルドヴィッヒ様」

 

 

消え去るピッグフェイス。

 

 

「おい、今のヤツはなんだ? 何をしに行った!」

 

「別に。なにも?」

 

 

エルドヴィッヒはおどけたように舌を出し、手をヒラヒラと振るう。

完全にふざけている。朱志香は思わず身を乗り出した。我慢強い性格ではないのだ。

 

 

「てめぇ……! さっきからゴチャゴチャ面倒くせぇな」

 

「お嬢様。安い挑発です。乗る価値もない」

 

「――分かってるよ」

 

 

嘉音に諭され後ろに下がる朱志香。だがとにかくこのままではゲームにならない。

エルドヴィッヒは何を言っても自分のペースを崩すつもりは無いようだ。

そこでふと、真里亞が前に出る。

 

 

「ねえ」

 

「なんだよ?」

 

「戦人にごめんなさいしろ!」

 

「んだとォ?」

 

「うーうー! うーっ! ご め ん な さ いしろー!」

 

「図に乗ってんじゃねぇぞクソガキが……!!」

 

 

エルドヴィッヒの声が怒りに震えている。

青筋を浮かべて、あまりの怒りに白目をむいた。どうやら相当の人間嫌いらしい。半ば反射的に斬撃を発射し、真里亞の首を刎ね飛ばそうとする。

が、しかし戦人が前に立つ。身に纏う青い旋風が斬撃を消し飛ばした。

 

 

「真里亞、ありがとよ。でもいいんだ」

 

 

戦人はサムズダウンをエルドヴィッヒに向けて、笑う。

 

 

「テメェはここで終わりだからな! チェス盤をひっくり返す! 状況を再構築!!」

 

 

そうだ! 食べなきゃ死ぬ! それが答えなんだ。

誰かが、食事を持ってきてくれた。そしてそれを食べた。

なぜ? 生きるため。それはつまり、生きているからだ!

 

 

「レッドは飲食物を持ってきてはいなかったが、定期的に『X』が食料を持ってきてくれた! そしてレッドはそれを食って、シロガネ山から下山する必要がなかった! つまり、レッドは生きている!!」

 

 

戦人は地面に右の掌を向ける。

空気が震え、凄まじい程の『青』が戦人の右腕に収束していく。

皆がその美しさに目を奪われている中、エルドヴィッヒたちは目を見開き、額に汗を浮かべていた。

 

 

「全てを穿つッ! オレの、青き真実で!!」

 

 

人差し指をエルドヴィッヒへ叩きつけるように向ける。

すると腕から超巨大なレーザーが発射され、魔女たちに直撃した。

 

 

「グゥウウウウウ!!」

 

 

青の爆発が巻き起こる。

目を細める戦人、爆煙からゆっくりとエルドヴィッヒのシルエットが浮かび上がってきた。

魔女は歯を食いしばり、いたる所から出血が見える。

そう、ダメージは受けたが、逆を言えばそれだけだった。

戦人はそれを理解し、小さく笑みを浮かべる。

 

 

「次は絶対に潰すぜ。エルドヴィッヒ」

 

「こちらの台詞だ人間ンン……ッ! 真の恐怖を教えてやるよ」

 

 

そのまま魔女たちは消え去り、一方で戦人たちもまた蘭の花畑から消え去る。

次に戦人たちの前に広がったのは、六軒島にあるゲストハウスの室内だった。親族会議の際はいつも泊まる場所なので、覚えがある。

一方で椅子のひとつにフェザリーヌが座っているのが見えた。どうやらこの空間は彼女が用意してくれたらしい。

 

 

「悪いな。助かった」

 

「……フッ、気にするな」

 

 

戦人が頭を下げると、魔女は小さく笑い、目を閉じる。

 

 

「兄貴たちをよこしてくれたのもアンタか? でもどうして――?」

 

「ゲームは対等である方が面白い。ゲームにすぐに適応できるように色々と操作させてもらった」

 

 

記憶の復元や、力の獲得もフェザリーヌのおかげと言うわけだ。

全てはより良いゲームの完成のため。フェザリーヌにとってはそれが戦人たちに協力する事と見出したらしい。

尤も、肩入れも過ぎれば興ざめだ。全能の神が物事を解決する『デウスエクスマキナ』が舞台の禁じ手とされたように、首を突っ込みすぎるのはゲームを台無しにしてしまう。

 

 

「よって、私は消える。後はお前たちで頑張るといい」

 

「あ、ああ」

 

「私が嫌いなものは退屈だ。期待しているぞ、人の子よ」

 

 

最後に。そう言ってフェザリーヌは指を鳴らす。すると一枚の『扉』が出現した。

 

 

「これは?」

 

「盤への扉だ。有効に使ってくれ」

 

 

そう言ってフェザリーヌは消え去った。

戦人は椅子に座ると、大きなため息をつく。

 

 

「すまない。皆を危険な目に合わせるつもりは無かったんだ」

 

「なに言ってんだよ、こっちは全部思い出してんだぜ? 私達だって今まで何回殺されたか。今さら遠慮なんて無用だぜ」

 

「朱志香……、でもよぉ」

 

 

くどい。そう言って朱志香はベッドに座り込んだ。

一方で紗音は電気ケトルのスイッチを入れ、棚にある紅茶を漁り始めた。

 

 

「エルドヴィッヒ様はおそらく私達全員を敵として認識しているでしょうし、まして逃げ場なんてありません。ですから私達も戦人様と一緒に戦うべきだと思います」

 

 

紗音の言葉に譲治もうなずいた。

 

 

「そうだね。そういう事だから、いいよね戦人君」

 

「ぐ――ッ、ああ。わかった、皆よろしくな!」

 

「うーうー!」

 

 

真里亞はふと、その小さな手を前にだす。

 

 

「気合を入れる時はこうやるの!」

 

「ははっ、運動会みたいだな」

 

 

朱志香は苦笑しながらも自分の手を真里亞の手に重ねた。

その意味を理解したのか、譲治達も朱志香と同じように手を重ねていく。

 

 

「紗音も、嘉音も!」

 

 

真里亞に促され、紗音たちも手を重ねた。

 

 

「うー、戦人ぁ!」

 

「ははっ、なんか恥ずかしいな……」

 

 

とは言え、戦人の心に温かいモノがあふれて来る。

恐怖と緊張が心から消えていくのが分かる。その手を皆と重ねると、それぞれは少し恥ずかしそうに笑った。

 

 

「よし! みんな、勝つぞ!」

 

「「「「「おう!」」」」」

 

 

皆はうなずき合い、声をあげる。

音量、トーンはバラバラだったが、それぞれは同じように気合を入れるのだった。

 

 

 

 






シエスタ姉妹すこ
特にDVDの11巻表紙がゲロかわいい(赤)
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