どこかヘルメットにも見える金髪のボブカット。背は少し低いが日本女性の平均身長を鑑みると妥当といったところ。身体つきはあまり女性的ではない。彼女は大学生であるものの、女性と呼ぶには幼く、少女と呼ぶには大人っぽい見た目をしている。ノースリーブのブラウスにデニム地のショートパンツ。そしてハイカットのスニーカーを履いていた。
深月は初戦をなんなく勝利して、これから二回戦目を行うところだ。一回戦目は相手が始めて間もない初心者バトラーであったのだが、深月は容赦なく倒してしまった。むろん、ただ倒すだけではなくデッキの組み方やバトルの進め方など、自分の持つ知識を惜しげも無く相手に教えた。対戦者であった子連れのお父さんが深月の話を真剣に聞いていたこともあり、彼女はなんともいえない充足感に浸っていた。
バトスピプレイヤーが増えることは歓迎すべきことなのである。
その後、別の卓でのバトルを終えた
神田は自分のデッキに変更を加えたらしく、それの回り方なども確認できて有意義だった語った。彼のデッキにどんなカードが採用されたかは未知数だが、バトルの時の楽しみにしておこうと深月は思った。そのためには神田にも勝ち上がってもらわないとならない。深月の中に自分が負けるという考えは微塵もなかった。
店内の最も見やすいところに配置されているモニターを見上げると、バトルフィールドでのバトルが中継されている。対戦しているのは以前神田と勝負した
顔つきはしっかりしていて、子供と呼称するのがはばかられるような気配をしている。そして短くカットされた頭髪が爽やかだ。同世代の女の子にモテそうな少年だった。端的に言えば、正統派イケメンであると深月は結論づけた。あどけなさも残っているので年上のお姉さんにもモテそうだった。神田とは大違いである。
バトルの状況としては、スピリットを手早く展開しライフも多い一縷の方が優勢に見える。しかし明らかに彼女のデッキの枚数が減っていた。少年のフィールドにデッキ破棄効果を持つスピリットはいないが、一縷のデッキが紫主体でドローが得意なことを差し引いてもデッキ破棄を受けたのは明白であるほどデッキの枚数が少なくなっていた。
基本的にデッキがトラッシュに落ちることはデメリットだが、紫では少し話が変わる。その色では自らのトラッシュにカードを送ることはしばしば行われ、紫にとってはトラッシュは使用済みカードの置き場ではなく、もう一つのデッキなのだ。
それは神田と一縷がバトルした時に証明されていることでもあった。一縷は自ずからカードをトラッシュに落としていた。そしてトラッシュからほとんどのコストを踏み倒す形でシキツルやバルトアンデルスを召喚してみせたのだ。
少年の行ったデッキ破棄が一縷のプレイングにどの程度影響しているかは分からないものの、悪いことだけではないはずだ。ただしトラッシュ活用が得意な紫とは言え、素早くデッキを削られてしまい手も足も出せず負けることも考えられる。
どう転がるのか、深月は真剣な眼差しでバトルを観戦した。
しばらくしてバトルが終わり、いよいよ深月がバトルをする番が迫っていた。
先刻のバトルの勝敗は一縷が勝利、少年が敗北した。少年が召喚したデュランザムが決定打になると思われたが、一縷は危険な状況を上手く切り抜け、紫らしい戦い方で勝利を収めた。今後、彼女と当たるかもしれないと深月は一縷のプレイングを目に焼き付けた。
それから神田と別れ、デッキを手に待機する。そこで一度トーナメント表を確認した。
トーナメント表によるとA、Bブロックそれぞれの一回戦を勝ち抜いたのは以下のバトラーのようだ。
Aブロック一回戦勝者
○崎間深月(一組目勝者)
○
・
・
Bブロック一回戦勝者
○
○神田俊道(二組目勝者)
・
・
ここからA、Bブロックとも二組ごとに分かれバトルをする。『○』の印のあるもの同士、『・』の印のあるもの同士がそれぞれバトルをし、勝ち上がった者が各ブロックの勝者としてバトルをするという仕組みだ。
「あや、卓郎負けちゃったのね。てゆかあの子、猪狩って苗字だったんだ」
どうやら湯川綾織という少女に負けたらしい。まあ勝ち上がったとしても……と、深月が思案していたところ、彼女の正面から声がかけられた。
「あなたが対戦相手の崎間深月さん、かしら?」
ワタシの対戦相手は……と、深月が相手の確認をしていると、一人の女性が現れた。
艶のある長い黒髪。端正な顔立ち。女性らしさがありながら、少女のあどけなさも含んでいる。美人であるものの、可愛い女の子と評価しても多数の賛同を得られるであろう。
背丈はヒールサンダルの高さを差し引いてもなお深月より高い。女性が穿いている黒いスキニージーンズも脚を長く見せるため、実際の身長より視覚的に高く感じさせるようだ。
そしてトップスはゆったりとしたドルマンスリーブのサマーニット。透かし編みの生地の薄い部分からキャミソールが覗く。トップスのゆるふわ感とボトムスのシャープさが相互作用し美しさを際立たせていた。
「うっ……」
しかし深月が衝撃を受けたのは服の着こなし云々ではなかった。
それは基本的に生まれながらの発育が全てである。怪しげなサプリやシリコン注入など手段を問わないのであれば大きくすることも可能であるが、究極的には前述したそれが多大に影響する。
ドルマンの緩やかな形は体型を隠す効果があるものの、それを覆い隠すほどの効力はなかったようだ。
自己主張の激しいそれは、深月には存在しないものであった。いや、ないことは、ない。だが着衣を押し上げるほど育ってはいない。更に彼女の年齢を鑑みるとその後の成長の可能性はとても低い。ハタチからの急成長など聞いたことがない。
クーパー靭帯断裂しろ、と心の中で呪詛しつつ深月は「そうよ」と返した。
「ワタシは崎間深月。てことはあなたが対戦相手の
「ええ。仰るとおり私が燈紫。バトルが楽しみね」
妖艶な笑みを浮かべる紫。深月は彼女からサディストの素養があるのを感じた。なんというか口調が既にそれっぽい。
「ま、誰が相手でも負けるつもりはないから」
深月の宣戦布告。それを紫は一笑に付した。
「ふふ。深きモノの声に恐怖なさい」
余裕な態度を崩さず、紫は転送装置に立つ。続いて深月も上がり、楽しそうに口角を吊り上げた。
「それではAブロック二回戦一組目、崎間深月さんVS燈紫さんのバトルを開始します!」
店長の声が響き、二人と観客が一体となりコールする。
そして二人と観客が一体となりコールする。
「ゲートオープン! 界放!!」
* * *
深月はバトルフィールドのアトモスフィアが好きだった。雰囲気、空気感といった言葉と置き換えると分かりやすいだろうか。
円形のフィールド、コロシアムにも似た戦うための舞台。
乾いた大地、吹き抜ける荒涼とした風。今は静けさに包まれているが、ひとたびスピリットを召喚すればそこは闘技場に変わる。そこには、非日常がある。
深月は深く息を吸って、吐いて、首や肩を慣らす。
「さて、始めよっか」
胸を覆う赤いプロテクターの表層に埋め込まれたライフの一つを撫でて、深月は本当に楽しそうに笑った。無邪気な幼子のように、カラカラと。
「ええ。先行は譲るわ」
深月の纏うものと同じデザインの、水色のプロテクターを装着した紫が、ヒールを脱ぎながら返答する。ライフで受けた際に踏ん張りが効かなくなることを憂慮しての行動だろう。
と、そこで彼女はプロテクターに触れてこう言った。
「これ、胸がとても苦しいのだけど、深月さんは平気なのかしら?」
「は?」
思わず深月はトゲのある返しをしてしまった。
あの人はなにを言っているのだろうか。深月の脳裏にはそんな疑問が浮かんだ。
プロテクターには体格に合わせて調節できるよう、両脇にベルトがついている。それの長さを変えて身体に密着させる。深月のプロテクターのベルトは限りなく締められている。まだ余裕もある。それ以前に一度着用したプロテクターが大きく、不本意ながら子供用のそれを代わりに装着したくらいだ。
それを燈紫は胸が苦しいと言った。ベルトの締めすぎではないかと深月は思ったが、彼女のプロテクターのベルトはほとんど締まっていなかった。
そこでふと深月はあることを思い出した。燈紫には自然な人体構造として限界直前くらいのオプションが備わっていることに。一部を除き世の野郎共が、大きいに越したことはないと考えるあれ。
「ははっ、ふふ、ふふふ……」
深月が拳をこれでもかと握り締め、気が触れたかのように笑い出した。それには紫も驚いて半歩後ろに下がる。
「……一体、どうしたのかしら?」
彼女の問いかけに、深月は肩を震わせて、床に落としていた視線を上げた。深月の双眸はドロドロになるまで煮込んだシチューのように混沌とした色をしている。
「持てる者に持たざる者の気持ちは分かるまい」
「?」
深月はデッキの上からカード4枚を、扇を広げるようにして手にする。それを紫に突きつけてこう言った。
「ライフで受けた時の衝撃でクーパー靭帯断裂しろッ!」
第1ターン
<深月>
リザーブ:4 手札:5 ライフ:5
「メインステップ! オードランをレベル1で召喚」
小さな体躯とそれ相応のサイズの翼を持つ竜が現れる。空中から降り立つと気合充分と主張するように、可愛らしい声を上げた。
「更に双翼乱舞を使用してカードを2枚ドロー」
深月はデッキの上2枚をさらうように手札にくわえる。
「最後にバーストをセットして、これでワタシはエンド」
赤らしく序盤からスピリットの召喚と手札の増強を行った深月。彼女のデッキは素早く
第2ターン
<紫>
リザーブ:5 手札:5 ライフ:5
「赤デッキ……」
紫は手札に視線を落としながらそう呟く。それは誰にあてたものでもなく、深月も反応を示さなかった。
紫は二枚のカードを引き抜き「メインステップ」と宣言した。
「薬売りのカーサ、続けてミイラ・ファントそれぞれレベル1で召喚」
ウェーブのかかった長い髪の人魚の少女と、全身を包帯で巻かれた象が出現する。包帯で巻かれた、というよりは全身が包帯で形作られているといった方が正しいかもしれない。
「青と紫……へえ面白いデッキ使うんだ」
深月の感想に紫は一瞬だけ
「ミイラ・ファントの召喚時効果でカードを一枚ドロー。カーサの青シンボルがあるので
深月のバーストカードが弾かれたように飛び上がり、表が明らかになる。
「あらら、ワタシの
おどけてみせる深月。その言動が本気であれ虚偽であれ、このターンバーストの発動ができないことに代わりはない。
「こちらもバーストをセット。アタックステップに移行するわ」
紫はカーサ、ミイラ・ファントにアタックするように命令する。
カーサは浮遊するように、ミイラ・ファントは土煙を上げて深月に向かう。彼女のフィールドのオードランは「どうするの?」と問うように深月を見遣った。
「カーサはオードランに頼もうかな」
深月の言葉を聴いてオードランは鳴いて、すれ違うミイラ・ファントや目をやりつつも、続くカーサに立ちふさがった。
自身の真下にだけ発生させた水流に乗り、カーサはサーフィンのようにフィールドを滑走する。オードランを惑わすように周回し攻撃の時を窺う。
一方では、ミイラ・ファントの全身の包帯が緩み、ミイラ・ファントの身体の全体像が『たるんだ』。行く先を探す包帯がくねり、その様相はなおさらバケモノじみた。
ミイラ・ファントが頭をもたげると、身体の至るところからほどけた包帯が確かな意識を持ったように捻れ始め、ドリルのように先を尖らせた。そしてそれが一斉に深月を目指して中空を切り裂いた。
「……ぐっ」
チェーンソーで鉄を裁断するような連続した激しい音と光。直後に深月のプロテクターのライフが超新星爆発のように輝き砕けた。
<深月>
ライフ:5→4
大地を滑り移動するカーサにオードランは戸惑うように視線を巡らせていた。視界に捉えたと思えばすぐに視野から逃れる。高速移動と呼ぶに相応しいスピードでカーサはオードランを翻弄し続けた。
時折り水飛沫が弾丸のようにオードランを狙って飛来し、それを火炎で蒸発させるという攻防が幾度も繰り返された。
オードランがカーサの進行方向を予測して火を放ち進路を絶った。しかしカーサは下部から突き上げた間欠泉のような水の渦に乗り、それを飛び越える。だがそれはオードランとて想定済みだったようで、カーサの着地点にはオードランが待機していてキバの隙間から火をちらつかせていた。
空中で進路を変更できないカーサはオードランの元に自由落下する。彼女が手のひらを握り込むと、水が剣をかたどるように集束した。
オードランが頭上を見るように上を向き、頭部を振り下ろし、その矮小な体躯からは想像できないほどの火炎を吹いた。火炎放射と呼称できるほどの熱でカーサのまとう水泡がジュッと音を立てて蒸散した。
カーサは剣を真っ直ぐ向けて、火炎放射に突っ込んでいく。確固たる形を失いつつも、剣としての役割を保った水がオードランの火の渦を突き進んでいった。
二つに割れカーサの背後で霞む火炎。半ばほどの長さになったカーサの剣がオードランの喉元に刺さると思われた瞬間、両者は破壊されバトルフィールドに爆炎と爆風を撒き散らした。
「これでエンドよ」
カーサの破壊は想定済みであったのか、紫は余裕を崩さなかった。まだまだ序盤なので様子見も兼ねたアタックだったのだろう。
そしてターンは深月に移る。
第3ターン
<深月>
リザーブ:6 手札:5 ライフ:4
バースト
猛攻を受けた、というほどではないがフィールドに軽減シンボルがない状況は身動きが取りづらい。
対戦相手である紫が使うデッキは青と紫の混色デッキだと推測される。青はデッキ破棄やコストを参照しての破壊、紫は破壊を介さない除去、コアシュートを行う厄介な色だ。その二つの色で組んでいる以上、破壊や消滅の手段には事欠かないだろう。
召喚できるスピリットの選択肢は二つ。ワン・ケンゴーかカグツチドラグーン。
バーストを多く採用する深月の赤デッキの先鋒としてワン・ケンゴーは最適であるが、いくらBPが高くともコスト破壊には敵わない。
かといってワン・ケンゴーよりもコストが1重いカグツチドラグーンを召喚してもレベル2にできず、コアシュートの餌食に遭う可能性が高い。
「ま、悩んでも仕方ないね」
深月はカグツチドラグーンを召喚する。コアシュートを警戒してコア数は2。
そしてバーストセットしていた絶甲氷盾を破棄し新たなカードを配置した。
「アタックステップはなにもせずエンド」
深月は自らのフィールドの整備を優先したようだ。紫のフィールドに回復状態のスピリットがいないこともあってライフを狙うのは簡単であったが、迂闊に動けば相手のバーストにカウンターされるかもしれない。それを言い始めたらキリがないが、今すぐ動く必要なないだろう。
第4ターン
<紫>
リザーブ:5 手札:4 ライフ:5
ミイラ・ファント(Lv1)
バースト
青と紫の混色デッキの普及率は高くない。はっきりいえば低い。それも限りなく。
メジャーである白と紫の混色と比べサポートカードが圧倒的に足りていないことが広まらない一因であるのは確実だ。
サポートがないこと、そもそも組み合わせる旨味のなさ、そしてフィニッシャーとなり得るカードの少なさ。
悪い点であればいくらでも挙がるだろう。
しかし、紫はなにを言われようと青紫を使うことをやめはしなかった。
普及していないデッキということは他に使う人がいないということ。他人とは違う、自分だけのデッキが組めるということ。
そして、広まるデッキを負かした時の爽快感はそれ相応のもの。紫はその瞬間が好きなのであった。
使いやすい使いにくいを通り越して、ただ青と紫の組み合わせが好きであるのも理由である。
「どんなものも使っていれば愛着は湧くもの……」
誰にも聞こえない声量で呟き、紫はメインステップを宣言した。
「ファルコパンサーを召喚」
巨大な翼を持った、大型猫科動物のようなスピリットが現る。白い体毛に黒い斑点。
「……」
深月は無言だ。だが頭の中ではファルコパンサーというスピリットが一体どんな効果を持っているのかと、記憶を手繰っていた。普段使う赤のカードくらいしかテキストを確認しない深月に、ファルコパンサーのテキストを思い出すことなど不可能であった。そもそも頭の中に情報が入っていない可能性まである。
「アタックステップはなにもせず。エンドよ」
第5ターン
<深月>
リザーブ:5 手札:4 ライフ:4
カグツチドラグーン(Lv1)
バースト
「さて、そろそろ露払いというか、行きますかねー」
アップは終わりと言わんばかりに左の肩を回し、深月がブレイヴを召喚した。
「砲竜バル・ガンナーを召喚。そしてカグツチドラグーンに
四足の恐竜の背中から砲台が外れ、カグツチドラグーンに換装される。カグバルとも呼ばれる強力な合体スピリットである。序盤における盤面の制圧能力は図抜けており、赤デッキであれば採用の余地が充分ある組み合わせだ。
「じゃ、アタックステップに入るよ。合体スピリットでアタック!」
深月が重なるカードを荷駄里に倒すと、合体したカグツチドラグーンは砲身をミイラ・ファントへと向けた。
「合体アタック時効果でカードを1枚ドローし、BP4000以下のスピリット、すなわちミイラ・ファントを破壊する。さらにカグツチドラグーンのアタック時効果で1枚ドローし、激突も発揮する」
二つの砲身から放たれた弾丸がミイラ・ファントを貫く。焼けただれるように崩れ落ちるミイラ・ファント。その隣でファルコパンサーが臨戦態勢を取った。
「あらあら、野蛮なのね」
うふふと艶のある笑みを浮かべる紫。余裕がにじみ出ている。
「るっさいっての。赤なんてそんなもんよ。邪魔するものは焼き払う、それだけ」
低空飛行でファルコパンサーに突っ込む合体スピリット。ファルコパンサーも同じく飛行し迎え撃った。両者がそのままぶつかり、反動でファルコパンサーがよろめいた。しかし、そこで紫が声を発した。
「ファルコパンサーブロック時効果、シンボル2つ以上を持つ相手のスピリットをブロックしたとき、このスピリットをBP+7000。レベル2のファルコパンサーはBP5000。そこに7000を上乗せしBP12000になるわ」
深月の合体スピリットはBP8000。彼女は非難のような声を上げた。
「はあ!? インチキ効果もいい加減にしろよ!」
「あら、心外ね。敵を焼き激突し2枚もドローするアドバンテージの塊には言われたくないわ」
紫が言うと同時にファルコパンサーの翼の付け根の水晶が輝き、ファルコパンサーの姿が消えた。正しくは消えたと思うほどの速度で移動した。直後、合体スピリットの背後に現れるファルコパンサー。合体スピリットの首筋には深い牙の傷跡。
「返り討ちね」
紫の台詞に深月は「……バル・ガンナーは残す」とだけ返し、ターンを終えた。
第6ターン
<紫>
リザーブ:5 手札:4 ライフ:5
ファルコパンサー(Lv2)
「メインステップ、海魔巣食う海域をレベル2で配置」
物々しい、断崖が紫の背後に浮かび上がる。心なしか風に塩気が混じる。フィールドには雷鳴が響き、雨が降り始めた。
「アタックステップ、ファルコパンサー行きなさい」
ファルコパンサーの爪の一撃を深月はライフで受ける。
<深月>
ライフ:4→3
「ライフ減少でバースト発動。魅惑の覇王クレオパトラスをバースト召喚! 黄のカードだから海魔の効果は受けない」
深月が召喚したのは黄のスピリット。ライフが3以下であれば召喚できるスピリットであり、デッキタイプを問わずに採用できる強力なカードだ。
無機質な、どこか猫にも似た顔。黄金の翼ではばたき、ゆっくりと中空にとどまった。
「召喚時効果でトラッシュの絶甲氷盾を回収する」
これでやられた分は取り返せたと深月が笑う。
「ライフ減少バーストである絶甲氷盾を破棄して新たなバーストをセットしたから、てっきり他の条件のバーストだと思ったのだけど。すっかりあなたの策略にはまっていたようね」
先ほどファルコパンサーが合体スピリットを破壊した時、深月はバーストを宣言しなかった。そのこともあり紫は深月が置いたバーストを召喚時かアタック後のものと推測した。同じ条件のバーストをセットするはずがないという心理をついた深月の作戦勝ちであった。
「ま、そういうとこも含めてバトスピでしょ」
フィールドの開示情報だけでやるものではない。深月はふっと笑った。
第7ターン
<深月>
深月は魅惑の覇王クレオパトラス(Lv2)、砲竜バル・ガンナー(Lv1)の他に新たにワン・ケンゴー(Lv2)を召喚。バーストはセットせず、アタックステップに入るとバル・ガンナーでアタックを行った。紫はそれをライフで受け、ライフを5→4と減らした。
そこで紫はライフ減少バースト、妖華吸血爪を使用し手札を2枚増やした。
第8ターン
<紫>
リザーブ:6 手札:6 ライフ:4
ファルコパンサー(Lv2)
海魔巣食う海域(Lv2)
「さて、あなたが動かないのならこちらから行かせてもらうわ」
紫が手札を扇のように唇にあて、影のある笑みを浮かべた。
「何者をも寄せ付けぬ破壊の化身、異海神ディスト・ルクシオン……来なさい!」
渦巻く水流が天空から迫る。漏斗状の竜巻をひっくり返したかのような渦の中に二つの輝き。それは目。
フィールド全体を巨大な波が襲い誰彼構わず巻き込みながら現れたのは、どこか首長竜にも似たスピリット。ノコギリのような角を頭部に備え、胸のイソギンチャクのような器官が
「そりゃあ……きついんじゃないの?」
深月は口ではそう言ったものの、表情に緊張した様子はない。ただ、考えるようにかかとを鳴らした。
「アタックステップ。レベル2のディスト・ルクシオンでアタック。海魔巣食う海域の効果。連鎖を持つ自分のスピリットがアタックした時、そのスピリットのレベルを1つ上のものとして扱う。それにより、レベル2のディスト・ルクシオンはレベル3に。BPは9000から14000にアップよ」
ディスト・ルクシオンのアタック時のコスト5以下のスピリットを破壊する効果でワン・ケンゴーが抹殺される。
フローティングして移動するディスト・ルクシオンのアタックに深月はクレオパトラスを当てることを選んだ。ここでダブルシンボルのアタックを受けるのは状況が悪くなると踏んだようだ。
クレオパトラスが指先を繰ると数え切れないほどの魔方陣がフィールドを取り巻くように生まれ、それぞれが発光しその光はゆっくりの収束していく。クレオパトラスが手の平を合わせて前方に手をかざすと魔方陣から白く光るレーザーが放たれた。それはディスト・ルクシオン目がけ、まさに四方八方から迫った。
しかしそれがディスト・ルクシオンに届くことはなかった。異海神の体表に達する前にレーザーが歪み消滅したのだ。吸い込まれたのかかき消されたのかはさだかではない。分かることはレーザーが歪曲し消滅したことだけだ。
クレオパトラスがすぐさま新たな魔方陣を組み始める。が、瞬間、彼女の胸元を真っ黒い光線が貫き風穴を空けた。なにが起きたのか分からぬままクレオパトラスは破壊された。
第9ターン
<深月>
リザーブ:9 手札:7 ライフ:3
砲竜バル・ガンナー(Lv1)
「そっちがキースピリットを出したってんなら、こっちもそれにこたえないとね。黒炎を纏え、焔竜魔皇マ・グー召喚!」
火柱が上がる。そこに浮かび上がる影があらわになるが、その姿はなお黒い。血脈のように体表に走る赤い筋が淡く輝く。
「アタックステップ。効果でトラッシュのコアすべてをマ・グーに乗せる。これによりレベル3にアップ」
トラッシュにあった6個ものコアがマ・グーに移り、深月の使用可能なコアが増える。
マ・グー最大の特徴である強力なコア回収効果。連鎖を軸に構築した地竜デッキをのぞき、赤という色は慢性的なコア不足に陥るが、マ・グーを採用するデッキではそれを心配する必要がない。最低限のコアを効率的に使い回せるのだ、弱いはずがない。
「ただアタックはしない」
深月はマ・グーのカードに添えていた手を離しターンの終了を宣言する。
「次のターンの守りを優先させたのかしら」
紫の問いに、深月は「まっそうだね」と腰に手を当てる。
「ダブシンスピリットに合体なんかされて殴られたら残りのライフなんて一瞬で消し飛んじゃうし」
深月にはマ・グーにバル・ガンナーを合体させ、アタックするという手もあった。しかしそれをしなかった。その理由はディスト・ルクシオンのアタック時効果に付随する紫連鎖を警戒したからであった。現状、紫のフィールドには紫のシンボルはないものの、青と紫の混色デッキを使っている以上、紫シンボルを準備するのは容易なことであろう。
ディスト・ルクシオンの連鎖は二つ。赤シンボルを必要とする連鎖は、
紫のターンでディスト・ルクシオンにアタックされた場合、アタック時効果でバル・ガンナーは破壊されてしまうが、マ・グーは残すことができる。もっともブロックしないことを選択すると、深月のライフは残り1つとなってしまう。
当然、深月も対処の手段を持ち合わせているわけであり、単純に紫が優勢とも言い切れない。
第10ターン
<紫>
リザーブ:7 手札:6 ライフ:4
ファルコパンサー(Lv1)
異海神ディスト・ルクシオン(Lv2)
海魔巣食う海域(Lv1)
「ソウルホースをレベル2で召喚。更にディスト・ルクシオンをレベル3にアップ、ファルコパンサーと海魔巣食う海域をそれぞれレベル2にアップ」
紫は自陣をより盤石なものへと強化していく。ソウルホースが召喚されたことで、ディスト・ルクシオン、ファルコパンサーの紫シンボルの連鎖が発揮できる状況となった。
「アタックステップ。行きなさいディスト・ルクシオン!」
紫の宣言でディスト・ルクシオンが動き出す。するとフィールド全体が水にみちみちと満たされる。アタック時効果でバル・ガンナーが破壊され、深月のフィールドはマ・グーだけになった。
「マ・グーよろしく!」
深月のかけ声にマ・グーが血潮をたぎらせるように吼えた。
真っ黒な鎌がディスト・ルクシオンの生み出した鉄砲水のような水流を切り裂く。ゆっくりと歩くマ・グー。マ・グーが歩くたびに水が蒸発していく。
「大層な姿だけれど、BPはこちらが上よ」
紫の言うようにBPを比較するとマ・グーはディスト・ルクシオンに敵わない。前者はBP10000、後者はBP14000。フラッシュタイミングでBP差4000を覆すのは相応のマジックがなければ難しい。
「さすがにそれくらい分かってるって。フラッシュタイミング、アルターミラージュを使用」
深月がマ・グーからコアを確保し放ったのは黄のマジック。コスト3以上の自分のスピリットすべてにBPを比べ破壊された時、回復状態でフィールドに残る効果を与えるマジックだ。見かけることは少ないものの、強力な耐性を与えるマジックだ。強力ゆえに相手のターンでしか使えないという制約がある。
マ・グーは腹部に噛みつかれ、破壊されてしまう。しかし直後炎が猛りマ・グーが蘇生する。
「破壊も叶わなかったということね。残念」
紫は手を振ってエンドを宣言した。
第11ターン
<深月>
リザーブ:6 手札:6 ライフ:3
焔竜魔皇マ・グー(Lv3)
「……面白いカードが来たもんだね」
深月は楽しげに言って、メインステップになるとカグツチドラグーンをレベル2で召喚する。
「さて、ショータイムです。闇の力を授けよ! 暗黒の魔剣ダーク・ブレードをマ・グーに
暗雲が立ちこめ、落雷のように雲を切り裂き大地に突き刺さる暗黒の魔剣ダーク・ブレード。
波打ち、恐竜の牙がちりばめられた凶悪な刃。湾曲した刀身を握り込む手を模した
「召喚時効果。海魔巣食う海域にはご退場願いまーす。てわけでこっちは1枚ドロー」
地割れが走り、紫サイドのフィールドに衝撃が加わる。彼女のいる舞台が揺れて、サイドの手すりに掴まるその背後で、断崖が姿を消した。暗黒の炎に焼かれたようだった。
効果が発揮されるとマ・グーがダーク・ブレードを装備する。刀身が赤みを増す。
「さーらーに、これ使っちゃうよ。マジック、ドラゴンズラッシュ!」
深月はマ・グーからコアを使用する。これでマ・グーのコアは一つになってしまうが、それもアタックステップになれば関係のない話だった。
「アタックステップ。トラッシュのコア全てをマ・グーに」
合体しレベル3になったマ・グーはBP15000。そこにアタックステップ時効果である系統指定のBPパンプ効果が上乗せされBPは18000にまで跳ね上がる。
「じゃあ、まずはファルコパンサーに指定アタック」
ダーク・ブレードの効果で相手のスピリットを選び、直接バトルをすることができるようになったマ・グーが狙うのは、強力なブロック時効果を持つファルコパンサー。
「ブロック時効果でBP+7000ね。勝てないのだからあまり意味はないけれど連鎖のドローはいただくわ」
ソウルホースの紫シンボルでファルコパンサーの連鎖が発揮され、ドローをする紫。
ファルコパンサーはマ・グーの猛攻を最初こそかわすものの、四つ腕から繰り出される連撃に徐々に押されていく。最後にはダーク・ブレードの一閃に破壊されてしまう。
「ここでドラゴンズラッシュの効果、このターンの間、系統「翼竜」「竜人」「古竜」を持つ自分のスピリットすべては、BPを比べ相手のスピリットだけを破壊したとき回復する。マ・グーは系統「竜人」を持つため回復」
回復したマ・グーは再度指定アタックを行う。対象はソウルホース。
紫はなにもせずここでもスピリットを破壊されマ・グーの回復を許した。
「最後の大物、ディスト・ルクシオンに指定アタック!」
マ・グーがダーク・ブレードを突きつけると疲労していたディスト・ルクシオンが緩慢な動作で起き上がった。
そして激突する両者のキースピリット。武器を巧みに操るマ・グーと水を駆使するディスト・ルクシオン。
BPは合体しているマ・グーの方が上だ。このままでは押し負ける、というところで紫がフラッシュを宣言した。
「やられっぱなしというのも不快ね。フラッシュタイミングでソウルリッパーを使うわ」
ダーク・ブレードが瘴気のような風にさらわれて、切っ先から砂に変わっていくようにさらさらと中空に消えていく。その風はカグツチドラグーンも襲い、足下からカグツチドラグーンは身体が消えていき、最後には全て消え去った。
紫はこのマジックを使おうと思えばファルコパンサーとソウルホースがアタックされている時点で使うことができた。しかし深月がディスト・ルクシオンに指定アタックをすることを察して使わずにいた。ここで返り打ちにできれば紫は優勢になる。
「あはっ、やってくれんじゃん!」
目を見開いて深月が身を乗り出す。
「でもそれだけじゃ勝てないよ。フラッシュタイミング、
ブレイヴが破壊され13000に下がっていたBPが17000にまで上昇する。
マ・グーを取り巻く火炎がひときわ強くなる。
押され気味だったマ・グーがフィールドに満ちる水を全て蒸発させてやると言わんばかりに炎を発する。太陽の表面で起きるコロナのように、炎の柱がそこここにそびえる。あまりの熱に大気が陽炎のように揺らいだ。
「まだよ、フラッシュタイミング! マジック、ストロングドローでディスト・ルクシオンをBP+3000!」
ディスト・ルクシオンの元のBPは14000。そこに3000が上乗せされBPが17000になりマ・グーと並んだ。
フィールドの外から巨大な波が押し寄せ、燃え盛るフィールドを流し去ろうとする。
ディスト・ルクシオンとマ・グーが対峙し、
「ありゃりゃ。まさか食らいつくとは」
深月が目を丸くして紫に言う。すると紫はふっと笑う。
「簡単には負けられないわ。せめて相打ちくらいはしないととてもじゃないけど勝ちは見えないもの」
その言葉を聞いて深月が手札を台に置いた。
「んー。ここまで防御札を使ってないことを考えると手札にはない。かつ相打ちくらいはってことはこれ以上はBPアップもできないってことかな。なるほどなるほど」
神妙にみつきは頷いて手札を持つ。そして言った。
「じゃあワタシの勝ちだね。フラッシュタイミングで2枚目の五輪転生炎でマ・グーを更にBP+4000」
「そんな、2枚目!?」
驚く紫に深月はへらへらと笑う。
「いやー海魔のせいでバースト腐っちゃって。パトラスも破壊されちゃったし。で2枚あったってわけ」
BP18000になったマ・グーはつばぜり合いを繰り返していたディスト・ルクシオンをいとも簡単に鎌で切り裂いた。そしてドラゴンズラッシュの効果で回復する。
「くぅ……たとえ効果でダブルシンボルになっていてもまだライフは削りきれない」
ディスト・ルクシオンが破壊されたことによる爆風に口に腕をあて紫が言った。しかし、深月は「そーでもないかなー」とお気楽な調子で返す。
「じゃあもっかいアタック。そっちにフラッシュタイミングないなら使うよ。ストームアタック! コア不足によりマ・グーはレベル2にダウンだけど、まああんまし関係ないか」
一度目の斬撃。紫の立つ舞台のバリアを真一文字に切り裂く。
<紫>
ライフ:4→2
幾度となく回復したマ・グーは、紫のフィールド全てを焼き尽くす。焦土と化した彼女のフィールドはなにもかもが
「……ライフで受ける!」
紫は最後に、マ・グーの遙か後方にいる深月を真っ直ぐに見つめると、絶対に忘れないとでも言うかのように歯を食いしばった。
そして、マ・グーの大上段からの袈裟懸けが紫のライフを砕いた。
<紫>
ライフ:2→0
* * *
「Aブロック二回戦一組目の勝者は崎間深月さん!」
店長の声と共に拍手の音がショップ内に響く。
「悔しいけれど、完敗よ。いずれまたバトルをしてくれるとうれしいわ」
喧噪の中で紫が手を差し出す。深月は手を掴み笑う。
「ん、楽しみにしとく」
深月と紫のバトルが終わったのもつかの間、次のバトルの準備が進む。
次はBブロック二回戦一組目のバトルがバトルフィールドで行われるようだ。
「てことは神田の出番か」
深月は紫との会話もそこそこにショップを見渡して神田を探す。
するとちょうど神田がバトルフィールドの転送装置へと向かっていた。
「よお。お疲れ」
「らくしょーらくしょー」
神田が挙手をするように軽く手を挙げる。深月もミラーリングのように動作をまねて手を挙げると、二人は空中でそれぞれの手をぶつけて打ち鳴らした。
軽快な音が鳴る。深月も神田もその後は雑談もせず互いの隣を通り過ぎる。
深月は空いていた席に陣取ってなにもないフィールドを移すモニターを見上げ、誰にも聞こえない声量で呟いた。
「さて、あんたはどんなバトルを見せてくれるのかな」
あ、生きてます(震え声)
投稿がものすんごく空きましたが私は元気です。ただタイピングしていると冷え性で両手両足が凍ったように冷たくなるのでつらいです。
投稿が遅くなった理由(言い訳)は色々あります。
まず、最初に書いたバトルの内容が気にくわなかったこと。
新しいバトルを書き直していたところで体調を崩したこと。
その後一切パソコンに触らなくなったこと。
ガールフレンド(仮)ばっかやってたこと(重要)。
あと寒い。
で、年内最後の投稿になる可能性がとても高いです。
この遅筆もさることながら、他の小説を書く企画に無計画なまま参加したり、無軌道でやっております。
そういえば今回、文章が三人称なのは変わりはありませんが、深月よりの三人称ということで、人間に対する描写が多めです(当社比)
まあどーでもいいですね。
最後ですが、アルティメットビャクガロウさんが登場されるということで……ことで!
神田くん続投かなあ(そもそも一区切りすらついていない)
さきにソンケン先生がちょろっとでるといいなあ。効果としてはソードコヨーテで事足りる感……。
では、また。