新田さんなら、例え暴力系ヒロインでも俺は受け入れる。 作:バナハロ
アルバイトは少しでも楽しめるものを選ぼう。
夏休み、それはリア充どもの季節であり、うちの地元の海に腹立つカップルどもが遊びに来る季節でもある。普段は東京で「マジダリィ」「それな」「実際ヤバいwww」の3連コンボを繰り返すだけの存在の癖に、夏休みになると綺麗な海を求めて、わざわざうちの地元まで来るのだ。
本当に腹立たしいが、そこは何とか抑えて海でバイトしている。何故なら、海に来るのはカップルだけではないからだ。たまに同性同士でも遊びに来る連中は多いので、その女性達の水着姿を間近で見ることが出来るのだ。
それがもう最高で最高で困っちまうよってレベル。いや、以前までの俺なら「は、水着?そんなんで興奮するとか童貞かよ、童貞だけど」と思っていたが、いざ目の前に水着美女が並ぶと、それはもうウッホォーウってレベル。しかも、バイトだから合法だからね。
まぁ、時給貰ってるわけだからそれなりに仕事はするんだが。海の家で焼きそばを焼いている。
焼き上がり、皿に盛り付けてカウンターに置いた。
「焼きそば2人前上がりです」
「おう!あ、ちょうど良かったわ。北山、お前ちょっと来て」
「はい?何でですか?」
「良いから来い」
言われてコンロから出て顔を出すと、どこかで見たことある女の人と店長が立っていた。てか、この女の人スゲェ美人さんじゃん。スタイルも良いし、もしかして店長の彼女か?
「なんスか?」
「この人、友達とはぐれちゃったんだったよ。一緒に探しに行ってやれ」
「良いでしょう」
マジか、ラッキー。こんな女の人としばらく2人きりでいて良いとか神かよ。
「そういうわけですので、どうぞこいつこき使って下さい」
「でも、その……良いんですか?お店のご迷惑には………」
「こんなのの一人や二人、いてもいなくても同じなんで」
なんか酷いこと言われた気がしたが構わなかった。こんな綺麗な人と一緒にいられるんだから、多少の悪口は聞き流すとしよう。
「北山、挨拶しろ」
「あ、はい。北山遊歩です。よろしくお願いします」
「あ、はい。新田美波です。こちらこそ、よろしくお願いします」
ニッタミナミ………?どっかで聞いた気がすんな。店長のはしゃぎ様といい、この人もしかしてアイドルとか?まさかね、ははっ。仮にアイドルだとしたらアナスタシアさんが良かったなぁ。お金ないから一回もライブ行ったことないけど、ファンなんですよね。
そのはしゃいでる店長が、肩を組んで耳元でボソボソと囁き始めた。
「………おい、頼むぞ」
「は?何が?」
「頼むから失礼のないようにしろよ。本当に頼むから。頼むよマジで」
「どんだけ頼んでるんですか。てか何?何がなん?」
「良いから。頼むぞ。上手く迷子の人を見つけたら時給1050円に上げてやる」
「オッケェ、我が命にかえても」
よしきた、任せろ。必ずそのお友達とやらを助けてやるよ。
「じゃあ、行きましょうか」
「はい、よろしくお願いします。北山さん」
ニコッと微笑んだその新田さんの表情はとても綺麗で、思わずドキッとしてしまった。なんだこの人、アイドル顔負けの可愛さなんだけど………。
新田さんが海の家を出て行ったので、俺も慌てて後を追った。………ちょっと着替えたいな。こんな綺麗な人の隣に歩いてる俺の服装は「海の男ッ」と達筆に書かれた白いクソダサTシャツと海パンだ。しかも俺泳げないからね。ダサ過ぎて笑えない。
「わざわざすみませんね、手伝っていただいて」
新田さんが世間話のように言って来たので、胸前で手を振りながら答えた。
「いえいえ、あんなクーラーも効いてない中で焼きそば焼くより、こうしてた方がよっぽど有意義ですから」
余りストレートに「美人さんと2人きりで出かけられるなんて役得ですから」なんて言えばドン引きされるのは目に見えているので、言い方を変えた。
それを察してか、新田さんはクスッと微笑んだ。
「確かに、この日差しの中で海に入らないのは辛いかもしれませんね」
「まぁ、それを承知であのバイトしてましたから」
女の水着姿を拝めるからなんて言えない。理由を聞かれる前に話を逸らそう。
「でも、うちの店長が珍しいですね。お客さんに手を貸すなんて」
「そうなんですか?」
「はい。普段なら席が埋まって後がつっかえるからさっさと出て行かせるんですけどね。お客さんの人探しなんて以ての外です」
「あー……それは多分………」
「あ、お知り合いだったんですか?」
「い、いえ、そういうわけでは………」
歯切れ悪く、悩み始める新田さん。何を悩んでるのか知らないが、新田さんの中では悩める部分なんだろうと思い、何も言わずに待機した。
言葉がまとまったのか、新田さんは微笑みながら答えた。
「内緒です」
「えっ、そこまで溜めておいて?」
「はい。それより、探して欲しい人の事教えてませんでしたね」
さっさと話を切り替えて、新田さんはスマホを取り出した。そういう風に誤魔化されると俄然気になるのだが、店長に失礼はないようにと言われてるし、深く追求するのはやめよう。
「この子なんですけど………アーニャちゃんって言うんです」
「…………はっ?」
そう言いながら見せられた写真には、銀髪に碧眼、外国人のような顔立ち、アナスタシアさんだ。どう見てもアナスタシアさん。ライブも行ったことないし、スマホで画像漁って満足していたが、それでも大好きなアイドルの一人だ。
「………えっ、これ、アナス……」
「わ、わー!ちょっと待ってください!そんな大きな声で話すのはダメですから………!」
あ、そ、そっか。海にアイドルがいるなんて知られたら大騒ぎだよな………。
ていうか、全部腑に落ちたわ。多分、うちの店長はアイドルを探す依頼の時点でやる気出たのだろう。あの人、割と現金なタイプだし。
俺を付いて行かせたのは、無事にアナスタシアさんを見つけたとして、店名の書かれてるTシャツを着てる男とアイドルが歩いてたら、店の宣伝になると思ったからだろう。ホント、どこまでも抜け目ない。
まぁ、時給弾むし、アナスタシアさんに出会えるしで、俺としても悪い話ではないし、むしろやる気満々だ。本気でやろう。
「アナ……じゃない、その探してる人の水着の柄とか教えてもらえませんか?」
とりあえず、写真で見たアナスタシアさんは私服だったため、顔しか分からなかった。決して、下心があるわけではない。
「あ、はい」
「なるべく詳細に」
「は、はい?」
いやほら、なるべくkwsk知ってた方が探す時楽じゃん?例えば、こう………サイズとか。いや、流石にサイズを聞く度胸はないけどね。
「えっと、紺色の水着に、ノースリーブのパーカーを羽織ってました」
「なるほど………。サンダルは?」
「サンダルは青です」
外見は捉えた。
現時刻は13時半過ぎ。お昼過ぎといったところか。うちの店にわざわざ来たということは、最後に2人で来たのがうちの店なんだろう。
また、迷子になってまずはスマホに電話をかけるだろうが、それでも会えてないところを見ると、向こうはスマホを携帯していないのか荷物の所に置いてあるのか………いや、荷物の所ならもう戻ってるだろうし、それでも掛け直して来ないって事は、何らかの事情でスマホを使えない、或いはスマホの電源が入っていないという事になる。
「落し物センターに行ってみましょう」
「へっ?落し物、ですか?」
「はい。お互いに逸れたとき、まず使うのはスマホですよね。けど、うちの店に回ったりしてる所を見ると、向こうは電話に出ていない。折り返しがないところを見ると、向こうの手元にスマホはないって事になります。仮に失くしたとしたら、落し物センターに探しに行ってる頃かもしれませんから」
「………あっ、スマホがありましたね。電話してみます」
「……………」
全然違った。スマホの存在を忘れていたらしい。なんかドヤ顔で推理語ってすごい恥ずかしくなってきたぜ………。
「もしもし、アーニャちゃん?今どこにいるの?」
そんな俺の気も知らずに、新田さんは電話をかけ始めた。まぁ、繋がったなら俺はお払い箱かな。もっと一緒にいたかったけど、見つかっちまったなら仕方ない。
「えっ?自分がどこにいるか分からない?」
どうやら俺は神に感謝せねばならないようだ。
「困ったわね………。海にいるの?………コンビニの前?なんでそんなところに………。ええ、分かった。じゃあ、探しに行ってみるから、そこで動かないでね」
話はまとまったのか、電話を切った。
「どうでした?」
「それが………途中でお手洗いに行きたくなったみたいで、私に声はかけていたみたいなんですが聞こえなくて………。それで、お手洗いを探してるうちに道路の方に来てしまって、コンビニを見つけたからそこで借りたら帰り方が分からなくなってしまったみたいです」
「あーなるほど」
まぁ、田舎の方だしなぁ。テレビに出てるアイドルで明らかに日本人じゃないし、知らない土地だと迷う気持ちは分かる。俺も一人暮らしで東京に出たばかりの時は迷子になったもんだ。
「なら、そのコンビニまで案内しますよ」
「えっ、良いのですか?お仕事は………」
「大丈夫ですよ。どうせお昼時過ぎれば暇になりますし」
昼過ぎたらたまにしか客来ないし。
「で、でも……海の家の方は困るんじゃあ………」
「大丈夫です。あれ俺の連れのオヤジなんで。何より、新田さんコンビニの場所分からないでしょ?」
「それは、そうですけど………」
「俺にとってこの街は庭にも等しいですから、コンビニなんてすぐ見つかりますよ」
「わ、分かりました。すみません、何から何まで」
「いえいえ」
こんな美人さんと一緒に居られる時間が増えるなら、時給が減ったって構わないさ。
「それで、コンビニの名前は?」
「えっと、ファミマにいるみたいです」
「分かりました。………あ、道路出るなら上着着ていきます?」
「あ、そ、そうですね。そうさせてもらいます」
そう言って、荷物の所まで上着を取りに行ってから出掛けた。
ファミマはこの道真っ直ぐ行けばすぐだ。2人でファミマに向かって歩いていると、新田さんがふと思い出したように声をかけてきた。
「そういえば、北山さんはテレビはあまり見ないんですか?」
「? テレビ?なんでまた」
「いえ、何となくです」
「まぁ、あんま見ないですね。てか、見れないです。今は地元にいますけど、普段は東京で一人暮らししてるんで」
「あら、そうなんですか?」
「はい。一人暮らしの家にテレビ無いんですよね」
「じゃあ、何処でアーニャちゃんのことを?」
「地元にいる時にたまたまテレビ付けたら歌ってたんですよ。あの、本人には言わないで欲しいんですけど、アナスタシアさんってメチャクチャ可愛いですよね。もう完全にズッキュン来ちゃって。まぁ、金ないからライブとか行けないし、好きっていってもググって画像保存するだけで満足してますけど」
「それで、アーニャちゃんが好きになったんですか?」
「まぁ、そうですね。そんな恋してるとか痛々しい感情じゃないですけど」
「もしかして、私を案内してくれてるのって、アーニャちゃんに会うためですか?」
「それも少し」
「正直な方ですね」
新田さんはクスッと微笑んだ。アナスタシアさんもだけど、この人もやっぱ可愛いな。ていうか、アナスタシアさんの愛称ってアーニャって言うんだな。
………つーか、この人はアナスタシアさんの何なんだ?
「あの、新田さんはアナスタシアさんとどういうご関係で?」
「お友達ですよ」
「………外国人の?」
「はい」
なんか楽しそうに答えるな。ていうか、なんか隠してるだろ。
そんな話をしてると、ファミマに到着した。コンビニの入り口の横で不安そうな顔で立ってるアナスタシアさん可愛い……じゃなくてアナスタシアさんが飲み物を持ってるのが見えた。
こっちに気付いたアナスタシアさんが駆け寄って、新田さんの胸に飛びついた。
「ミナミ!」
「アーニャちゃん!もうっ、心配したんだからね」
「ううっ、申し訳ありません、ミナミ………!」
うほほう、百合百合しいな………。俺も混ぜてくれないかなー。その2人揃った張りのある胸に挟まれたい。
すると、新田さんの胸の中で俺に気付いたアナスタシアさんが、キョトンとした顔で新田さんに聞いた。
「ミナミ、こちらの方は………?」
「ああ、アーニャちゃんを探すのを手伝ってくれた北山遊歩さん。海の家の店員さんだよ」
「そうなんですか?スパスィーバ、ユウホ」
直後、俺の心臓に何かが突き刺さった。メチャクチャ可愛らしい笑顔が、テレビのアナスタシアさんではなく生スタシアさんで水着姿で自分にお礼を言っている。しかも下の名前で呼ばれたからね。
照れやら恥ずかしさやら興奮やらが俺の中で混ざり合い、顔が真っ赤になってるのが自分でも分かった。
「ここが、永久に閉ざされた理想郷………」
「き、北山さん⁉︎」
自分でも意味のわからない事を呟きながら、鼻血を出してぶっ倒れた。いやむしろ、いまは遙か理想の城かもしれない。だから意味わからんっつの。
「あ、アーニャちゃん!ティッシュ、ティッシュある⁉︎」
「い、いえっ……荷物の中になら………!」
「だ、大丈夫です………。持ってますので………」
ヨロヨロと何とか起き上がり、ポケットティッシュを取り出して鼻を拭いた。ふぅ、危ない危ない。ついうっかり出血多量で死ぬところだったぜ………。
「だ、大丈夫……なのかな?」
「す、スミマセン、ユウホ………。私の所為で………」
「いえ、マドモアゼル・アナスタシア様の所為ではありません。ご安心を」
「ま、マドモアゼル………。初めて言われました♪」
「ふぐっ………!」
「ごめん、アーニャちゃん!北山さんの前で喋らないで!」
と、コンビニの前で迷惑にも程がある一幕の後、何とかアナスタシアさんと話すのに慣れ、ようやく海に戻る事になった。
俺とアナスタシアさんを隣にするのは危険と踏んだ新田さんを真ん中にしている。俺もこんなバカなことで死にたくないので、その判断には正直ホッとしている。
「はぁ……それにしてもビックリしましたよ………。興奮して鼻血が出るって本当にあるんですね」
「すみませんね、お手数をおかけして」
「いえ、私もアーニャちゃんを探すの手伝ってもらいましたから」
「本当にありがとうございます、ユウ……キタヤマ」
遊歩、と下の名前で呼ばれると、また鼻血騒動になりかねないので苗字で呼んでもらうことになっている。新田さんの判断、的確過ぎて少し傷つくわ。いや、俺が悪いんだけどね。
「お礼ならうちの店長に言って下さい。行かせたのは店長ですから」
「テンチョウさん………?」
「あなたがお昼を食べたお店の長です」
「あ、なるほど。それで店長ですね」
ふむ、訛りといい、まだ日本語は完璧じゃないのか。まぁ、日本語は世の中の言語でも難しいと聞くし、分からないでもない。
「でも、キタヤマにも何かお礼がしたいです」
いや、そう言われてもな………。こうしてアナスタシアさんと話してるだけでも奇跡的なお礼になっているというのに、更にお礼だなんて………。
「あ、それなら、確か今晩はこの辺りでお祭りがありましたよね?それに、私とアーニャちゃんと北山さんの三人で行きませんか?」
「えっ」
えっ、何それ。最高かよ。もしかして新田さんって女神なの?
「えっ、良いんですか?そんな………」
「もちろんですよ。アーニャちゃんも良いよね?」
「私も良いですけど………それはお礼になるのですか?」
「なるよ」
「なりますね」
「き、キタヤマがそう言うなら、それで良いですけど………」
よっしゃ、俄然楽しみになって来た。え、マジ?こんな事があって良いの?こんなのリア充でも経験出来ないよな?
「よっしゃ、じゃあ夕方に待ち合わさしましょう!どこで今日泊まってるんですか?」
「近くの温泉宿です」
「ああ、駅からバスが出てるあそこですね?じゃあ、駅前で待ち合わせしましょう!」
うおおおお、ナンパもしないで女の子、それもアイドルと知り合えるどころか、出掛ける約束まで………!俺の人生でこんな事があると思わなかったぜ。店長にマジで感謝しないとなー。
全力でホッとしながら、とりあえず着て行く服を全力で考えた。