新田さんなら、例え暴力系ヒロインでも俺は受け入れる。 作:バナハロ
風邪を引いて私が救援依頼を出したのは奏さんだ。確か今日は開校記念日で奏さんの学校は休みのはず。
想定通り、奏さんがうちまで来てくれた。インターホンが鳴り、まずは自動ドアを開けた。
もうすぐうちの部屋のある階まで上がってくるはずなので、しばらく起きたまま待機。しかし、まさか遊歩くんがあそこまで心配してくれるなんてなぁ……。私の事、悪魔だとか魔王だとか言ってるのになんでだろう。
……いや、まぁ大体想像はつくけど。どうせ少しでも私に優しくしておいて、そろそろ始まる中間試験の指導を少しでも優しくしてもらおうとかそんなんでしょ。
「……はぁ」
遊歩くんに期待しちゃダメ。あの子が優しくなるのは天使か自分よりどうしようもなさそうな子か歳下だけだから。
そう結論を出して小さくため息をつくと、ピンポーンと再びインターホンが鳴った。どうやら、奏さんがうちに来たようだ。
玄関の鍵を開け、奏さんが部屋に入ってきた。
「おはよう」
「おはようございます。すみません、わざわざ休日に……」
「平気よ。ちょうどpso2のデイリーが終わった所なの」
……奏さんの口からオンラインゲームの名前が出てくるってすごいなぁ。
「あ、今お茶淹れますね」
「あなたね、体調悪いんでしょ?美波が動いたら私が来た意味がないじゃない」
「そ、そうですね。すみません……」
「気を使わなくて良いわよ。ここ来る途中、りんごとスポドリ買うついでに私の飲み物も買っておいたから」
……流石だなぁ。ここまで気が回る方はそういないだろう。何でこの風格で高校生なの?そこがほんと意味分からない。
「ほら、早くベッドに戻って」
「……あ、はい」
言われるがままベッドの上に上がると、奏さんが「あ、待った」と声をかけてきた。
「その前に、体拭いた方が良いかも」
確かに。結構汗かいてるし、パジャマもかなり濡れてる。
「すみません、お願いします……。パジャマとタオルは洗面所の引き出しに入ってるので」
「はいはい」
一度、寝室を出て行く奏さん。その間に、私は上半身のパジャマを脱いでブラも外した。普段、寝る時はブラなんてそもそもしてないんだけど、今日は遊歩くんが来ていたから付けておくしかなかった。
……あれ?待った。洗面所って、さっき遊歩くんが学生服に着替えてたよね……?その時に着てたパジャマが落ちてるんじゃ……。
嫌な予感が脳裏に浮かぶと共に寝室に奏さんがやって来た。すごく良い笑顔でニマニマしている。
「美波?洗面所に男物の寝間着とパンツが落ちてたんだけど?」
「……お、弟のじゃないですか?」
「広島でしょ?」
「……」
……嗚呼、尋問開始だ……。
と、思ったのだが、奏さんはタオルを持って私の後ろに座ると、背中を拭きながら意外なことを言った。
「ま、まずは体を拭いてからにしましょうか」
流石だなぁ。やはりどんなにからかいたくても私の体調が悪いと言う事は頭に残してあるようだ。
助かった、と安堵してると「と、言いたい所だけど」と怪しい単語が続いた。
「体を拭きながらでも会話は出来るし、むしろ体を拭きながらの方が面白い事も出来るわよね?」
「……」
悪魔も魔王も奏さんにこそ相応しい代名詞だと思う。
「こうしましょうか。嘘を話すたびに胸を揉むわ」
「なんでですか⁉︎」
「だって美波は他の子と違って賢いもの。こう言わないと何処に嘘が混ざるか分からないじゃない?」
「……喜べば良いのか厄介だと思えば良いのか分からないんだけど」
「両方よ」
……この人は……。まぁ、この人も人をからかうのが決して嫌いな部類ではない。それに、相談すると決めた時からからかわれるのは覚悟していた。……まさかパンツまで見られるとは思わなかったけど。
「……遊歩くんっていう子を昨日の夜に部屋にお化けが出たから私の部屋に泊めてあげたんです」
「……お化け?その子バカなの?」
「いや、その……蘭子ちゃんの悪戯でね……」
「え、ら、蘭子?」
「まぁ、その辺の話は置いといて、とにかくすごく怯えてたから、うちに泊めてあげたんです。前も泊まったり泊めてもらったりしたことあったし、夏休みから知り合ってる子だし、夏休み明けは結構面倒見てあげた子だから大丈夫かなって」
「……付き合ってるの?」
「全然ですよ。あの子鈍感過ぎて……」
……ていうか、なんで付き合ってるって発想になるのかな……。いや、客観的に見たらなるなこれ。
「ふーん……まぁ、とりあえずその子とお付き合いしたいわけね」
「はい。そういうこ……なんでそうなるんですか⁉︎」
「あなた、無自覚みたいだけどかなり分かりやすいわよ。今のお話しも、まるで可愛い彼氏を自慢する彼女みたいな顔してたから」
具体的過ぎる……!
「まぁ、そうです……」
「あなたなら人の手なんて借りなくても行けるんじゃないの?」
「……無理です。遊歩くんが鈍感過ぎて」
「あー……どっかの誰かを思い出すわね……」
会ったこともない人に呆れられてますよ、遊歩くん。
「ま、まぁ、あれで良いとこもあるんですけどね」
「知ってるわよ。だからあなたが惚れたんでしょ?」
「……そうですけど」
背中を拭き終え、前は自分で拭いてパジャマに着替えた。
「それで、奏さんなら何かアドバイスもらえないかなって思って」
「……それで私を呼んだの?」
「本当は移しちゃうといけないのでやめておこうと思ったんですけど、遊歩くんが誰か呼べってうるさかったので」
「あら、本当に良い子なのね」
「ちょっと過保護なんですよ。本当は自分も学校休もうとしてたみたいなんです」
「それはー……そうね」
「学校休むのはダメだって言い聞かせたんですけど、そしたら代わりに大学への連絡とか朝ご飯の片付けとかしてくれて、本当に助かりました」
「……へ?れ、連絡も?」
「はい。……まぁ、遊歩くんのことですし、どうせ学校サボれるーとか考えてたんだと思いますけど」
「……」
すると、何故か奏さんは私にジト目を向けて来た。そんな目で見られたのは初めてなので、思わずドキッとしてしまった。
「……鈍感なのはお互い様ね」
「……えっ?」
「私はまだその遊歩くんって人がどんな子だか分からないけど、今回は普通にあなたを心配してるように聞こえたわよ」
「……」
「そのくらい、美波なら気付いてるでしょ?」
……まぁ、確かに。普段みたいにからかって来なかったし……。何だか照れ隠しを言ったみたいで……というか照れ隠しを言ったのが看破されて恥ずかしくなり、頬を赤くして俯いてると奏さんは続けて言った。
「……美波が照れ隠しなんて珍しいのね」
「……うう、言わないで下さい」
「照れ隠しするって事は……そんなに腹立つ子なの?」
「たまにアイアンクローで締め上げちゃうくらいには……」
「み、美波がアイアンクロー……?」
あ、しまった。ちょっと引かれてる。何とか弁解しようとすると、口から咳が漏れた。
それを見て、奏さんが私に布団をかけてくれた。
「ま、まぁ話は後にして、今は寝ましょう?」
「そうですね……。では、おやすみなさい」
「ええ」
寝る事にした。
×××
アレから何時間経過したか分からないが、目を覚ました。喉が渇いたが、隣に奏さんの姿はない。トイレかな?
自分で冷蔵庫に向かうと、玄関で奏さんが誰かと話してるのが見えた。
「だーかーらー、美波の弟は広島なのよ!あんたみたいな怪しい人を部屋にあげられるわけないでしょ⁉︎」
「だーかーらー!広島から来たんだって!風邪引いたって聞いたから!」
「今朝引いたのに何でこんなに早く来れるのよ!」
「アレだよ!トランザム!」
「バカにしてるの⁉︎色々な無理あるでしょ!」
「昼休みまでに学校戻らなきゃいけねんだからさっさと退いてくれません⁉︎」
「あんた隠す気ないでしょ⁉︎」
……奏さんと遊歩くんが口喧嘩していた。何してんのあの二人。
「あ、か、奏さん!待って」
「あら、美波。ちょうど良かったわ。この子、あなたの弟?」
「いや違うけど……」
「ほら見なさい。早く帰らないと通報するわよ」
「ああ?やれるもんならやってみろよ。例え相手が警察でも一対一のインファイトなら負けねーぞ俺」
「そういう問題じゃないでしょ。そんな野蛮な頭の軽い考え方する子、何もなかったとしても病人には会わせられないわね」
「だから今朝も会ったっつってんだろ?お前日本語通じないの?」
なんでそんなに仲悪いのよ……。そろそろいい加減にしてほしいし、そもそもなんで遊歩くんがいるのか知りたいので、小さくため息をつきながら二人の間に入った。
「ちょっと二人とも落ち着いて。奏さん、彼が遊歩くんですよ」
「……へっ?彼が?」
「そう。で、遊歩くん。私の知り合いの速水奏さん。遊歩くんと同じ17歳だよ」
「はっ?じ、17……?」
その反応に奏さんはピクッと片眉を上げた。
「……その反応、どういう意味?」
「いや、てっきり25歳くらいかと……」
直後、奏さんの両手が遊歩くんの両頬を摘み引っ張り回し、遊歩くんはその奏さんの両手首を掴んで小学生の喧嘩が目の前で始まった。
もう、何で初対面でこんなに仲悪くなれるの⁉︎ていうか、病人の前で喧嘩しないでよ!
慌てて二人を止めようとしたが、ゴホッゴホッと咳き込んでしまう。すると二人揃って私の前に膝をついた。
「だ、大丈夫ですか新田さん⁉︎」
「もう!そもそも何で一人で出歩いてるのよ!」
「あんたがちゃんと見てないからこうなるんだろうが!」
「あんたがここに来るから仕方なく席を外したんでしょう⁉︎」
いい加減にして欲しいものだった。
遊歩くんにベッドまで運んでもらって寝かせてもらい、奏さんにポカリを持ってきてもらった。
奏さんは空気を読んでか寝室を出て行き、今は私と遊歩くんの二人きり。りんごを剥きながら遊歩くんは声をかけてきた。
「体調はどんな感じですか?」
「……平気だよ」
「顔色真っ赤な人が言える台詞ですか」
「分かってるなら聞かないでよ……」
そういうところ意地悪なんだから……。
「新田さんが自分が弱ると周りに心配かけないように嘘つくのは今朝わかりましたから。……はい、りんご剥けましたよ」
「ありがとう……。でも、遊歩くん学校は?」
「昼休みになったんで走ってきました」
「もう、そんな無理しなくても良いのに……」
嬉しくて熱が上がっちゃうじゃない……。りんごを食べて顔が赤いのを誤魔化しながら話を逸らした。
「それはそうと、遊歩くん。初対面の女の人にあんな失礼な態度とっちゃダメだよ」
「うっ……」
「特に、外見で年齢を判断するのは絶対にダメ。確かに大人っぽいけど、言われて怒る人もいるんだから」
「……は、はい……」
それだけ言うと、反省してるようでショボンとする遊歩くん。普段なら言い返してくるけど、風邪ひいてる私に気を使ってるのか、今日は素直だ。
何だかそんな様子の遊歩くんは新鮮で可愛くて、何となく頭を撫でてあげてると、遊歩くんは時計を見るなり立ち上がった。
「じゃ、俺もう行きますね」
「へっ?も、もう……?」
「はい。学校ですから」
「……そ、そっか……」
……自分で行けって言いながら寂しくなるなんて、少し情けないな……。
私がしょぼんとしてるのにも気付かず、遊歩くんはさっさと部屋を出て行った。
すると、奏さんが部屋に戻ってきた。
「仲良いのね、あなた達」
「まぁ、もう付き合い長いですから」
「まるで姉と弟みたいだったわよ」
「そ、そうですか……」
「……ま、私はあんなムカつく子は絶対嫌だけど」
「……」
「あなたが手を出す理由も分かるわ」
……少しムッとしてしまった。さっきのはわざわざ弟と偽り、挙げ句の果てに25歳とか抜かした遊歩くんが悪いけど、それでも遊歩くんが悪く言われるのは嫌な気分になった。
「……あの、奏さん。遊歩くんにだって少なからず良い所や可愛い所はあります。ムカつくだけではありません」
「へっ?う、うん?」
「あまり悪口は言わないであげて下さい」
「……そ、そう?悪かったわね……」
「あ、いえ……私こそ……」
今更になって冷静になり、何だか恥ずかしくなって俯いた。そんな私を見て、奏さんは楽しそうに小さくため息をついた。
「はぁ、みんな今は恋愛してるのね……。なんだか羨ましいわ」
「あ、あはは……。まぁ、奏さんの好きなタイプって理想高そうですからね……」
「そんな事ないわよ。私だって好きなタイプの人はちゃんといるわ」
「あ、もしかして好きな人が?」
「……」
「……え、いるの?」
「さ、早く寝なさい」
「ち、ちょっと奏さん!」
「おやすみ、美波」
無理矢理眠らされた。……奏さんも好きな人いるんだなぁ。ほんと、恋愛してる人が多いなぁ、うちの事務所。