新田さんなら、例え暴力系ヒロインでも俺は受け入れる。 作:バナハロ
俺は弟と目を合わせた直後、直感的に理解した。目の前の男は敵だ。素直になれない思春期の弟、その上に姉と離れ離れで暮らしてるもんだから、シスコンは加速する。
案の定、弟は姉に向かって狼狽えた様子で聞いた。
「へっ……? か、彼氏って……どういうこと……?」
「そのままの意味だよ? お姉ちゃんの恋人」
「なっ……」
直後、ギギギギッ……! と、本格的な戦闘を始めるために写輪眼になろうとするうちはシンのように眉間にしわを寄せた。
「……お前が、お姉ちゃんの彼氏だと?」
「コラ、初対面の人に『お前』だなんて言っちゃダメでしょ?」
「ーっ……!」
怒られ、少し悔しげに俯く弟。そう、姉がいる限り弟は俺に強く当たることはできないのだ。
ならば、俺は俺でやりたいようにやらせてもらおう。
「初めまして。北山遊歩です」
「……はじめまして。弟です」
まぁ、下手に敵意は出さないでおこう。この手のタイプは何してくるか分からんからな。
それよりも、済ませるべきことを済ませておかないと。
「美波、父親に挨拶しておきたいんだけど」
「あ、そうだったね。じゃあ、また後でね」
弟にそう短く挨拶して、部屋を出た。今は小者にかまってる暇はない。最初からラスボス戦なんだから。
「あ、ま、待てよ!」
「もう、あとで構ってあげるから待ってなさい。お父さん、自他共に厳しい人なの知ってるでしょ?」
「そんな奴が親父に何されようが知ったことか!」
「! ……いい加減にしなさい!」
「っ……!」
……わ、美波怒った。俺に怒る時はアイアンクローなのに弟には声を荒立てるんだな。
おかげで、周りはシーン……と静寂に包まれた。メイド達も弟も俺も何も言えない。ただ、黙って美波と弟を見ていた。
「謝りなさい、遊歩くんに」
「なっ……なんでこんな奴に……!」
「私の彼氏を『こんな奴』だなんて言わないで。本当に怒るよ」
いやもう怒ってんじゃん、とは言えない雰囲気だった。シスコンの弟を持つ姉ってのは大変だなぁ。つくづくそう思う。
悔しそうに奥歯を噛み締め、俯きながらも視線はしっかりと俺に突き刺してくる弟。
ーーーさて、そろそろいいか。
「美波、別に気にしちゃいないから。無理に謝らせなくて良いよ」
「ダメよ。私の弟が遊歩くんに嫌な思いさせたでしょ?」
「だから全然だって。わざわざこんな事で腹なんか立てないから」
「でも、私が許せないの。……す、好きな人を悪く言われるのは……」
……割と強情だな。ここは引いてくれないと困るんだけど……。あの弟、多分俺のことは絶対許さんし、こんなことで姉弟間の関係が崩れるのは俺も望まない。
ここは美波の怒りを逸らしたほうが良いだろう。
「それよりも美波、この前洗濯したパンツに黄色いシミが」
直後、顎に踵が飛んできた。後方に大きく吹っ飛び、後頭部を壁に打ち付ける。
そんな俺に、美波は飛び掛かり、マウンド取って両頬を引っ張り回してきた。
「なんで実家に来てそういう指摘するのあなたはああああああ‼︎」
「ごっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
頬を引っ張るって攻撃は可愛いのに威力が本当に笑えない。まじで頬取れるって。
でも、俺が正面からやられれば弟の気も晴れるだろう……と、思った時だ。
「やめろォー!」
そんな声が響いた。俺も美波も弟の方を見ると、泣きながら叫んで逃げ出した。
「俺も姉ちゃんとそんな喧嘩がしたかったああああああ!」
「ぼ、ボッちゃまああああああ!」
その後を慌てて追うメイドさん達。
……えーっと、まぁ……結果オーライ、かな? いや、絶対オーライじゃない気がする。後から闇討ちされそう。
「……どうしたのかしら。前はあんな事言う子じゃ無かったのに……」
「まあ、思春期の弟は大変なんだよ」
「私と、喧嘩したいなんて……」
あ、少し泣きそう。かわいい。
とりあえず手を離してもらい、立ち上がって小さく伸びをした。そんな俺に、美波が言った。
「……ありがとう」
「何が?」
「喧嘩、止めてくれて」
「いや別にお礼言われるようなことしてないし、お礼言うなら廻し蹴りはやめて欲しかった」
「あれは恥ずかしかったから……ていうか、本当についてたの?」
「ああ、それはほんと」
蹴られた。
「……ほんとのことを言ったのは許せないけど」
「そんな怒るなよ。シミどころか本体も目の前で漏らしたことあるんだし……」
蹴られた。
「……次はないから」
「ごめんなさい……」
「ほら、挨拶行くよ」
草加煎餅を持って、美波の親父のもとに馳せ参じた。
×××
結果的に言うと、思ったほど酷い人だったが悪い人では無かった。何が酷いって、親バカっぷりが。
まず、全力で美波を抱き締めて来た。髪の匂いを堪能し始め、俺は握り拳から血を滴らせたが、美波が耐えてるので我慢した。
で、俺に気付いた直後、それはもう覇王色の覇気やら大気を震わす霊圧やらの圧迫面接。本当に美波が好きなのか、だの、浮気はしてないんだろうな、だのと散々言われたが、まぁしてないし好きなので問題なかった。
それでも美波の口添えもあり、最後は泣かれたけど「末長く娘をよろしく頼む、幸せにしないと殺す」とまで言われた。まぁ、するから問題ないが。
「ふぅ〜……もう、本当に疲れた……」
しかし、美波はかなり疲れてしまったようで、自室のコタツでぐったりしていた。
「よかった、喧嘩にならなくて……」
「さすがに喧嘩はしないから。そっちの親父だっていい年なんだし」
「いやいや、パパは割と大人気ないよ。いざとなったら普通に手を出すし。私がアイドルになってからはあまりそういうのなくなったけど」
「……」
危なかったのか? 割と。下手に「うるせぇ、少しは自分の娘の選んだ男を信じろ」とか言ってたら消されてたかもしんない。
「危なかった……。美波の父親だし、肉体はゴリラに違いないし」
「どういう意味かな?」
「なんでもないです」
危な、ついうっかり自殺するとこだった。
「で、どうする? テニスやる?」
「ううん、今日は疲れたから……。今日は夕飯まで部屋でのんびりしよう?」
「了解」
すると、ちょうど良いタイミングでノックの音が聞こえた。「失礼します」とメイド服姿の大竹さんが部屋の中に入ってきて、紅茶とクッキーを持ってきてくれた。
「旦那様の命により、僭越ながら茶菓子をお持ち致しました」
「わ、メイド服姿も似合いますね」
「……恐れ入ります。が……そのような事は美波お嬢様の前では……」
「あ、すみません……」
隣から黒いオーラを感じつつも、コタツの上にティーセットとクッキーのお皿を置き、紅茶を注ぎ始めた。
「北山様」
「呼び捨てで良いですよ」
「いえ、美波お嬢様の恋人にそのような……」
「や、俺が落ち着かないから。あ、何なら遊歩でも……あ、ユウくんとかは? 二十代後半のお姉さんにあだ名で呼ばれるの憧れてて」
「遊歩くん?」
「いえ、なんでもないです……」
「では、ユウくん様」
「ユウくん様⁉︎」
「砂糖とミルクはいかが致しましょう」
「マックスコーヒーくらい甘くして下さい」
「畏まりました」
……ユウくん様、か……すごいところで落ち着いたな。まぁ良いけど。
「失礼致しました」
そう言って、部屋から出て行った。さて、のんびりするか。クッキーを一枚、摘もうと手を伸ばすと、美波がその俺の手を叩いた。落としてしまったクッキーを拾い上げ、自分の口に運ぶ。
「……」
「……」
もう一度、摘もうとしたが、同じように叩かれて防がれ、また横から取られた。
「……何?」
「ふん、私より大竹さんの方が好みなら、そう言えば?」
「え?」
「二十代後半の人に『ユウくん』って呼ばれたいんでしょ?」
……ああ、要するに拗ねてんのか、この子。相変わらず可愛い年上だな。
「別に、美波からは『遊歩くん』で良いよ」
「なんで? 私は好みの射程外だから?」
「や、別に二十代後半が好きとかじゃないから。女の人はみんな大好きだから」
「ん?」
「何でもない」
口が滑った。
「あのな、美波には分からないと思うけど、男には年代によって呼ばれたい呼ばれ方ってのがあんだよ」
「何それ?」
「例えばー……そうだな。はるちんみたいな小学生には『ゆう兄』とか。けど、それを歳上のお姉さんに言われても怖いだけだろ」
「兄じゃないしね」
「で、二十代後半の人には『ユウくん』、美波くらいの年代の人には『遊歩くん』って呼ばれるのが一番良い。それだけだから」
「……ふーん。メイド服は?」
「あれはー……ほら、大竹さんスーツ着てたじゃん? スーツ着てカッコよかった人が、メイド服着て可愛いのはギャップ萌えが……」
「……へぇ、そうなんだ」
「う、浮気とかじゃないからほんとに! 大体、可愛いと思うだけで浮気になるなら、アイドルなんか全自動浮気男量産機だろ!」
「……わかってるよ。ただ、目の前で言われるのは何となく気に入らなかったってだけ」
唇を尖らせながら、そんな事を言う美波。……ほんと、こういうたまに出る子供っぽい仕草こそ、美波の可愛いギャップ萌えなんだけどなぁ。
まぁ、絶対に言わないけどね、そんな事は。
「悪かったよ。大竹さんが別の衣装を着ない限りは言わないから」
「というか、絶対に言わないで」
「アッハイ」
絶対ですかー。まぁ、仕方ないですね。
了承はしたものの、美波はまだ納得いかない様子だ。そんなに他の女の人が褒められるのは嫌なのかなぁ……少し想像してみるか。
『白石くんって、割とイケメンで思考回路がどうかしてるところも可愛くて良い子だね! 遊歩くんと交換しない?』
……なんてこった。頭の中で白石が500回、俺に殺された。確かに気に入らないわ。
なら、美波にしかしないようなことをして証明するしかないな。
その場でコタツの中に潜り込んだ。うわ、掘り炬燵かよ。個人の部屋に掘り炬燵とかマジで頭おかしい。
少し引きつつも、中を移動して、美波のジーンズを履いてる足をとらえた。
その美波の足の上から布団をめくって顔を出した。
「わっ」
「きゃっ……⁉︎ ゆ、遊歩くん……?」
「んー」
「い、いきなり何を……もう、甘えん坊なんだから」
炬燵の中から美波を押し倒し、腕の上に頭を置くと、その頭を撫でてくれた。
「……こんなことするの、美波にだけだからな」
「……うん、わかってるよ」
そんな話を短くして、そのまま二人で寝転がった。美波も俺も目を閉じ、ただ抱きしめあってお互いの体温を感じる。
身体が徐々に火照って来ているが、今は美波の家なのでナニかすることは出来ない。代わりに、こうして互いに抱き合う。
そんな中だ。ふと思った。
……あ、せっかく大竹さんが淹れてくれた紅茶冷めちゃう。
「よっ、と」
「? どうしたの? 遊歩くん」
「や、紅茶冷めちゃうから」
「……」
身体を起こすと、美波は不満そうな顔をした。いや、言わんとすることはわかるよ。でも、親切を無下にするのはどうにも、ね……。
「ま、まぁ、座っててもくっついていられるんだし、怒るなよ」
「もう……ほんと、遊歩くんは誰にでも優しくて律儀なんだから」
美波も体を起こし、紅茶のカップに手をかけた。炬燵に二人でいるのに、二人とも一辺に納まってるというよくわからない図になった。
「ね、遊歩くん」
「何?」
「映画観ない?」
「え、見れんの?」
「お母さんが映画好きなんだ。Blu-rayは大抵のものならあるよ」
「良いね」
映画を見ながら、二人で炬燵でぬくぬくした。