新田さんなら、例え暴力系ヒロインでも俺は受け入れる。 作:バナハロ
翌日、薄っすらと目を開くと、見慣れない天井だった。隣では、美波が形の良い唇から寝息を漏らしている。それで、昨日、新田家に泊まりに来たということを思い出した。
今日は12月31日、大晦日だ。多分だけど、この家の掃除はとっくに終わっていることだろう。そんなわけで、今日は多分、テニスなり何なりする事になる。
まぁ、それもこれもまずは朝飯からだが……その前に、美波の寝顔をもう少し堪能しよう。
「すー……すー……」
規則正しい寝息が口から漏れる。母音が「う」だからか、口の形はキスをしているように見える。
……可愛いなぁ、俺の彼女。こう見えて子供っぽい所があるのがまた。
あまりに可愛いので、少しイタズラしてみる事にした。人差し指を立てて、美波の頬を突いた。ふにっ、ふにっ、と突いた数だけ、頬が沈み、また膨らむ。異様に柔らかい。すべすべしてるし、まるで赤ちゃん肌だ。
続いて、指をツツっとなぞらせて顎を突く。顎は流石に硬い。しかし、形の良い顎には男と違って一切のヒゲが生えていない。高校生の中でも割と生えてる奴は多いし、そもそも女の子の顎を触る機会なんか無いから、これまた新鮮だ。
今度は顎から上がって鼻の下、口の上のあたりに到着した。溝の辺りが少し柔らかい。ここにも髭はない。
続いて、鼻の穴に指を入れてみた。さすがの美少女でも鼻毛は生えてるようだ。この世の中に、美波の鼻毛を触ってるのは俺だけだと思うと、これはこれで嬉しく思え……。
「……何してるの?」
「……えっ?」
あれ? いつの間にか、目を開けて……。
「……人の鼻の穴に指を突っ込んで、何してるの?」
「……」
……やばい、殺される。比喩じゃなく。な、何か……消される……。
そんな俺の思考とは裏腹に、美波の表情はにっこりと微笑んで、いつのまにか俺の指を鼻から抜いてしっかりと握りしめていた。恐ろしい。
「……何か言うことは?」
「大丈夫、鼻くそも鼻水も付いてな」
蹴落とされた。
「まったく……今の、パパに見られてたら殺されるからね」
「え、こ、殺されるの……?」
「着替えるからあっち向いてて」
「え、今更?」
「……見たいなら見てても良いけど。それで後ろから襲ってきたら本気で蹴るからね」
「……俺も着替えます」
二人で背中を向け、着替えを始めた。パジャマを脱いで持ってきた私服のズボンを履きながら声を掛けた。
「そういや、美波。今日はどうする?」
「あ、そうね。テニスとかやりに行く?」
「良いね。あと何できんの?」
「フットサルとか。室内ならビリヤードとか卓球とかもいけるよ」
「全部やるか」
「ふふ、言っておくけど負けないからね?」
そんな風に予定を決めながら着替えを終えた。これから朝食だ。
「とりあえず、朝ご飯ね。大竹さん達が作ってくれてると思うから」
「昨日の晩飯がバカみたいに美味かったからなぁ……」
今から楽しみなんだけど。メイドってマジで飯作るのうますぎる。メイド喫茶とか鼻で笑うレベルで。
あんな飯を食いながら隣の人が育ってきたと思うと少し羨ましいが、まぁ美波の飯も同じくらい美味いし、我慢しよう。味が似ていたのは、多分幼き頃の美波がメイドさん達に教わってたんだろうな、と思うと微笑ましく思える。
そんなことを考えながら二人で部屋を出ると、弟が待機していた。
「あ、姉ちゃん。……と、北山」
「おはよ」
「よう、弟」
微笑む美波と、ほくそ笑む俺。弟はギリッと奥歯を噛みしめると、美波の腕を掴んだ。
「姉ちゃん、朝飯食いに行こ」
「へ? ど、どうしたの?」
「ん、別に?」
や、別にじゃねぇだろ。テメェ彼氏の前で……。喧嘩売ってんの?
と、思ったらこっちを見て、ニヤリとほくそ笑んだ。喧嘩売られてた。
「……」
俺は美波の反対側の袖の裾を摘んだ。
「? 遊歩くん?」
無視して、袖を引っ張って自分のように引き寄せ、腕にしがみついた。
「これくらい強引の方が好みでしょ?」
「え? ま、まぁね?」
「……ぐぬぬっ」
はっ、ザマーミロ。彼女も作ったことのないクソガキが歳上の女性を口説くなど百億年早いわ。
そんな時だった。ゲシッと腰に手刀が飛んできた。美波は両腕が塞がっている。つまり、もう片方の新田の方だ。
「……」
イラっとしたので、俺も後ろから足を回した。弟の脚を蹴ると、反対側から殴って来た。
「……」
「……」
殴り返した。
殴られた。
殴り返した。
殴られた。
「「うがああああ!」」
「よしなさい!」
弟は首根っこを掴まれ、俺は蹴りで壁に叩きつけられた。だから制裁の威力が違くない?
「何してるの、二人とも。仲良くしなさい」
「そいつが先に手を出してきたんだよ! なのになんで俺だけ蹴られんの⁉︎」
「仕返ししたらお前も同罪だろバカ」
「ああ⁉︎ てめっ……!」
「あなたから手を出したの?」
ピリッとした声に、弟は背筋を伸ばす。はっ、バカめ。その姉ちゃん怒ると怖いぞ。
「ダメでしょ。どうして仲良く出来ないの?」
「っ、そ、それは……!」
「そいつがシスコンだからだろ」
「殺す」
「来いよナメクジ」
「二人とも?」
にっこりした笑顔だけで男の子二人の動きを止めるんだからすごいや。
「とにかく、喧嘩しないの。次、喧嘩したらほんとに怒るからね」
「あれ、俺怒られてないのに蹴られたの?」
「ほら、行くよ」
連行される形で朝食の席に向かった。美波を先頭に、両サイドから一歩引いて俺と弟は並んで歩く。
ふと横を見ると、目が合った。お互いに眉間にしわを寄せ、別の方向に目をそらした。
「チッ」
「けっ」
「な、仲良くしてよぅ……」
美波の泣きそうな声が可愛かった。
居間に到着し、扉を開けると大竹さんと出会した。
「大竹さん、おはようございます」
「おはようございます」
「はざまっす」
「おはようございます、お嬢様、おぼっちゃま、ユウくん様」
相変わらず変な呼ばせ方しちまったなぁ。
少し後悔しながら、続いてご両親に挨拶する。すでに席についてお向かいに座って二人の元に頭を下げに行った。
「おはようございます」
「おはよう、北山くん。もう目覚めなきゃ良かったのに」
「あなた、美波が選んだ子にそのような事を言うのはよして」
俺への罵詈雑言は相変わらずだった。まぁ、別に交際は認めてくれたわけだし、その辺の小言は気にならない。むしろ、大事な娘を取られたんだ、嫌味の一つくらい言わせてやるべきだろう。
「あなたが北山くん?」
「えっと……美波のお母さんですか?」
「はい。美波を泣かせたら殺すから注意してね?」
この母親も中々だった。しかも割と本気で言ってそうなところが怖い。
で、ようやく食事の席に着く。美波の父親の前に母親、母親の隣に美波、美波の隣に俺、美波のお向かいに弟が座ってる。
すると、大竹さん達が朝食を運んできた。ヤベェ、ゲロ美味そう。
準備を終えると、大竹さん達は下がってしまった。昨日も思ったが、やはり飯とかは一緒には食べないらしい。
あいさつし、食事を開始。この時間は気まずいんですよね……。
「北山くんは、高校生だっけ?」
「あ、はい」
お母さんの方が声をかけてきた。
「部活はやってるの?」
「いえ、やってないです。やってると、夏休みにずっと実家にいられませんから」
「夏休みには、やっぱり家に帰りたいんだ?」
「そうですね。帰ったら、友達の親のバイトとかしてます。美波と初めて会ったのもそれですね」
「つまり、あなたが部活に入っていれば、美波と出会わずに済んだのね?」
……うん、そこまで気に食わないかね。
「お母さん……。遊歩くんは」
「分かってるわよ、冗談だから」
「なら良いけど……」
「あなたが選んだ子だもの。それよりも、出会った経緯をお聞きしたいわ」
そう微笑まれてしまい、仕方なく説明した。
「別に、大したきっかけじゃないですよ。美波の友達が逸れたから、一緒に探しただけです」
「アイドルだから?」
「それはないよ、お母さん。遊歩くん、全然、私がアイドルだって気付かなかったんだもん。海の家の店長さんに無理矢理、手伝わされてたし」
美波の口添えで、母親は渋々、納得した。
「そう……。てっきり、ヤンキーに絡まれてたら美波に助けてもらったとかだと思ってたわ」
「いや普通、逆だと思うんですけど……だいたい、その辺のヤンキーに負けるほど弱くないですよ、俺」
「あら、喧嘩とかするの?」
「滅多にしないです。どうしてもしつこくて、何を言っても聞かない相手の時だけ」
暴力は好きじゃない。信じられるもんが拳だけになった時の最終兵器だ。もしくは、美波に危険が及んだとき。
すると、美波の母親は自分の娘をちらっと見上げた。
「……正直な子なのね。それに、堂々としてる」
「正直過ぎる所がたまに傷だけどね」
「ま、そういう子ならあなたを任せても良いでしょう。北山くん、美波をよろしくね」
「え? あ、はい」
……もしかして、何かを見られてたのか……? 怖いな、新田家。全然、気付かなかった。
まぁ、切り抜けたならそれはそれで……と、ホッと胸を撫で下ろすと、父親の方が口を開いた。
「北山くん」
「なんですか?」
「趣味とかあるか?」
その質問は唐突なものだった。多分、向こうも普通に世間話のつもりだったんだろう。スポーツが得意なら、家にあるもので何かしよう、的な。
しかし、だからこそ、ホッとしていた俺に出来た唯一の隙だった。正直な俺は、いい笑顔で答えてしまった。
「アーニャ大天使様です」
「「「……はっ?」」」
美波、母親、父親の声がシンクロし、弟はふっと笑みを漏らした。こいつ馬鹿だ、みたいな。
俺もそう思う。言ってから自分のミスを悟り、その場で静止する。が、遅かった。
「……北山くん、それはどういう意味かな?」
「え、あ、いや……」
「美波というものがありながら、他の女性にうつつを抜かしてるって事?」
「ち、違……」
「分かってると思うが、浮気なんてしたら許さんぞ」
「大西洋、血に染めて」
その言い草に、俺は机を強く叩き、椅子を膝裏で押し倒して立ち上がった。
「ふざけるな! 俺が浮気なんかするか! たとえアーニャ様がどんなに天使であっても、目の前で美波と二人から全裸になって誘われたら迷わず美波にぶべらっ⁉︎」
隣から飛んできた廻し蹴りの爪先が、俺の鼻の頭を捉えた。壁に叩きつけられ、壁に少しヒビが入る。
となりの美波の見事なハイキックだ。それを見て、父親も母親も弟も唖然として美波を見上げてる。
「ごちそうさま。部屋に戻るね? 遊歩くん、10分後にテニスコート集合だから」
そう言って部屋を出て行く美波を見ながら、ご両親からの冷たい視線が俺に突き刺さる。
「……うちにいた時はあんな綺麗な廻し蹴りしなかったな」
「……あなた、やっぱり交際の件は……」
「ああ、保留だな」
保留になった。
×××
テニスコート。俺と美波はラケットを握り、軽いノリでラリーをしていた。俺は私服だが、美波はこの真冬のクソ寒い中でも、俺のリクエストに答えてテニスウェアをきてくれた。
「うう、やっぱ少し寒いなぁ……」
「俺が暖めてやろうか?」
「そんな事したら、またパパ達が……」
「ああ、うん。知ってる。マジで寒かったらジャージ着て良いよ」
「ううん、遊歩くんはこの格好の方が良いんでしょ?」
「や、風邪引かれても困るし、部屋で目の前でそれ着てくれればそれはそれで……」
「……変態」
「や、冗談だから」
半分は、というのは口に出さなかった。
しかし、こんな風に軽口叩き合っても、美波はミスる気配を見せない。運動も出来るとか、つくづく俺には勿体無い彼女だ。
「遊歩くん、それにしても変わった打ち方するね」
「そう?」
「そうだよ。なんかバドミントンみたいというか、卓球みたいというか……なんか、変」
「独学だからな。逆に美波は美しいよ」
「そう?」
「太ももが」
「……どこ見てるのよ。本当にあなたはもう……」
照れた癖に、何か攻撃はしてこなかった。満更でもないようだ、可愛い。
「その太もも、あとでモミモミしても良い?」
「余計なこと言わないの……可愛げから気持ち悪さに変わるから」
「……もしかして、たまに言うああいう発言、嫌だった?」
「んー、テンションによるかな。今はほら、運動中だから」
なるほど……まぁ、イライラしながらTwitterいじってる時にエロ垢とかからフォロー来たらムカつくもんな。普段なら少し覗くけど。
「……以後、気をつけます」
「あ、いや……たまになら、良いんだけどね……」
「……」
「あうっ」
自分で言って自分で恥ずかしがってる俺の彼女は、動揺して空振りした。相変わらずエロいなぁ、俺の彼女。
ま、これからはとりあえず、その辺を見極められるようになろう。
「ご、ごめんごめん」
慌ててボールを取りに行く美波に、ラケットを担ぎながら聞いた。
「そろそろゲームする?」
「良いね。何か賭ける?」
「じゃあ、負けた方はアーニャさんのモノマネをする」
「言ったね? 後悔しても遅いよ?」
そりゃこっちのセリフだ。二人で好戦的にニヤリと肩をゆがめた時だ。
テニスコートの扉が開いた。現れたのは、申し訳なさそうな表情の大竹さんと、ヤンキーのようにメンチを切ってる弟。
「よう、北山」
「あ?」
「申し訳ありません、お嬢様。私は止めたのですが……」
謝る大竹さんを無視して、弟は俺にラケットを突きつけた。
「俺と勝負だ。勝った方が、今日姉ちゃんといられる権利を得る、って事で」
「……はぁ?」
なんだこいつ。