人生、我慢して生きるよりきっと楽しんだ者勝ちなのである
のらきゃっとちゃんもっと流行れ流行れ…
古今東西『現実は小説より奇なり』とは良く言われる事である。
俺こと山本太陽はそれに憧れながらもそんな世界とはほど遠い生活を送っていた。
というかそんなラノベみたいな生活送ってきたヤツなんてこの世の中にどんだけいるのかって話よ、生ける伝説イチローじゃあるまいし。
そんな生活送りてえなあ、俺もなあ……
いやまあそれだけなら普通の家庭なのだが、俺の場合産まれてから今日で二十回目の誕生日を迎えるのにそれを祝ってくれる血縁者すらいないと言う状況である、悲しいなあ。
だから尚更ラノベや映画みたいな刺激的な生活を送りたくなってしまう、虚無感故に。
っと、そんな自分語りはここまでにしておこう。
今はこの目の前の異様な事態をどうにかしなければならない。
「どうか、しましたか?」
「……もう一度聞くけどさ」
「なんでしょう」
「のらきゃっとちゃん……って名前であってるよな?」
「そうです、そうです。私はドラ キャット……違います、のら きゃっとです」
「その『ご認識』は間違いなくのらちゃんだわ」
目の前に『事実は小説より奇なり』を体現した様な存在がいたのだ。
その子の名前はのらきゃっとと言う。
ニックネームとかではなく本名が『のらきゃっと』なのである。
「そうです、そうです」
ところで皆さん、バーチャルYouTuberというものをご存知だろうか。
架空のオリジナルキャラクターに通常のユーチューバー同様の実況やら雑談やらをやらせるといった斬新なものであり、そして最大の特徴はモーションキャプチャーやリップシンク等で『中の人』がキャラクターを自ら操作したり声を当てたりするのだ。
例外的に声をボイスロイドにしているキャラもいたりするが……
何が言いたいかお分かりだろうか。
自分でも信じられないのだが、のらきゃっとが正にその『バーチャルユーチューバー』であるキャラなのだ。
ええ実在する訳が無いこの子が何故かいるんですよ、目の前に。
しかも俺達三次元風になってるでもなく2.5次元のあのパソコンの向こう側にいるまんまの状態でいるのだ、全く持ってこの世界から浮いているとしか言えない。
まずどうやって遭遇したのか?
大学の飲み会から帰宅したら家の前にいました。
酔ってる時に見る幻覚にしては同じVチューバーの馬越健太郎みたいな謎のホラー感は無いし、ドッキリにしてはのらきゃっとが良く出来すぎている。
そんな訳でまさかと思って声を掛けたらこれである。
まるで意味が分からない。
「……流石にこれを見られるのは色々とまずいな」
しかし何はさておき冷静に見ると、一般人からしてみれば訳の分からない状態とも言える『それ』を見られるととんでもない騒ぎになりかねない、ここは一度考えるのをやめて対処すべき……と至った。
「どうか、しましたか?」
「まあ……なんだ、バーチャルYouTuberなら分かってるとは思うけど、これ見られるとまずいし家上がりなよ」
「……そうですね。それでは王子山、させていただきます」
「……」
「……お邪魔、です」
「俺には通じたぞ」
「そうです、そうです。ありがとうございます」
「ほんっと可愛いなオイ」
因みにではあるが、俺はのらきゃっとの大ファンであり所謂ガチ恋勢なんて言うものである。
ええ恋人なんてものとは縁遠い俺みたいな連中だとホイホイ釣られてしまう様な男のツボを一番網羅しているのがこの子であると自信を持って言えよう。
……中の人が男だからね。
そうとも、こののらきゃっとの動作と音声を入れているのは『プロデューサー』と呼ばれる男の人(自称)だ。
いやだが、寧ろだからこそ安心してガチ恋が出来るという強味があるのだが。
だって中の人が他の男に取られる心配ありませんし。
面倒な言い方で申し訳ないとは思うが、そう言うタチなんです。
「とても、良いお部屋です」
「ん……まあ簡素なだけとも言えるけどサンキュ」
「……いえいえ、本当の事ですよ」
本当は褒められただけでかなり慌ててる。
用意しようとしていたコップを何回も手から滑らせて落しかけている、ヤバいマジヤバい。
え、部屋褒められただけだぞ本当に。
俺大丈夫かよ……いや大丈夫じゃなさそうだな。
いや、それより聞かないといけない事が何個かあるんだった。
何はともあれそれを聞かない事には。
「……ところで、どうして現実世界に君が? バーチャルYouTuberはあくまで架空の存在、現実には存在し得ない存在のはずなんだが」
「……やっぱり、話した方が良いですか?」
「話したくないなら……無理にとは言わねえけど」
「……家、離します」
「いや家は離さなくて良いから……多分『いえ、話します』なんだろうけどね。ってなんで俺字幕も無いのに分かるんだろ」
「……私が見える人には、分かるみたいです」
ところで先程から行われている作為的とも思われるこの誤字の事だが。
これはのらきゃっとを動かしてるソフト上必然的に引き起こされる現象らしいが、その誤字から上手くトークを繋げるのも特徴なのだ。
他には無いまったりトークと誤字からのふとした笑いでのんびり見られるのでそれも魅力。
それはともかく私が見える人って……まるで幽霊かなにかなんですかね。
「まさか……霊電カスカ化?」
因みに霊電カスカとは、その名の通り既に幽霊という設定のYouTuber。盛り塩や念仏を唱えるのが好きでセルフ成仏芸が特徴。
「いえ、流石にカスカさんみたいな本格的な幽霊ではありませんよ」
「……本格的な……つまり、一応幽霊みたいな?」
「……幽霊、ではないです。なんと言ったら良いでしょうか」
困り顔で一分二分と考え込む。
もうその顔だけでお腹一杯胸一杯です本当にありがとうございます。
と、三分が経とうかと言うところでふっとのらきゃっとの顔が明るくなる……どうやら納得の行く説明が出来上がった様だ。
「……私は、実は村 きゃっと……のら きゃっとの魂の様なものなんです」
「……そりゃまた予想外な」
「正確にはこれも違うんですが、所謂新香……信仰が生んだ神に近い存在 なんです」
「いきなり神とかめちゃくちゃスケールでかい話になってるよこの人」
魂云々はまあ理解できた、予想外ではあったがあり得ない話では無いしロマンもある。
だがいきなり神とか言われても俺は無宗教派なんだ、神系統の話はさっぱり分からん。
とは言えガチでそうならのらきゃっと教に入信する事はまず間違いない、というか既に入信している。
お前らも入信すれば楽になれるぞ。
「ですが私は私です……ねずみさんが居続ける限り私は貴方の理想であり続けます」
因みに『ねずみさん』とはのらきゃっとファンの総称である。
「……それもそうか」
冗談は置いといて、確かにのらちゃんはどんな存在になろうと間違いなく、どこまでも俺の理想なんだよな。
恋愛なんて微塵も経験した事すら無い俺がどうしても、どうしようもなく恋してしまった唯一無二の存在。
目の前にいたのはただそれだけの存在だった。
「そうです、そうです」
「ほんとぐうの音も出ないくらい可愛いなその動き」
それにその声も言い方も、その両腕をパタパタと声に合わせて動かすその仕草も……神だの何だの関係なく可愛い、めっちゃ可愛い。
吐血して良いですか、最早死んでも良いです。
「……まあそれはそうとして、何でわざわざ俺の家に来たの?」
錯乱して一番の疑問を解消していなかったが、そもそもどんな経緯でここまで来たのか、何故俺を選んだのかは知っておきたいところだ。
「それはですね……私を生み出した『信仰』が貴方の信仰だったから、なんですよ。貴方の信仰が特に強かったから、誕生したんだと思いますよ」
「……ええ……マジか」
「そうです、そうです」
確かに信仰から生まれたとは聞いたが、俺の信仰から生まれたのか……そりゃあなんと言いますか、最早なんでここに来たとか俺を選んだ理由とか全部それで解決しますやん。
「って事はさっき言った『貴方の理想』ってのは……」
「そうです、貴方の信仰から生まれた私だから貴方の理想しか無い貴方の為だけに生まれた私なんです」
「俺だけの……のらちゃん……」
噛み締める様に呟く。
俺が作り出したと言っても良い、理想の嫁。
今まで『みんなののらきゃっと』であった存在が『俺だけののらちゃん』になるこの意味がお分かりいただけるだろうか。
きっとアイドルや同じくバーチャルYouTuberにガチ恋している俺と同じ人々なら分かると思う。
みんなのものという当たり前の共通認識があるから薄れてはいるが、誰だって独り占めしたいのは事実なんだ。
独り占めしても許される世界であるのならばファンの誰が断ると言うのか、否誰もいないだろう。
つまり俺は今、本来あり得ない、言葉に現せない感情を抱いているのだ。
「なら、さ……」
「なんでしょう、何でもおっしゃってください」
「ん? 今何でも……ゲフンゲフン」
男なら勿論ではあるが、自分が恋い焦がれる美少女を前に所謂アレな感情の発動なんぞ抑えられる訳は無い。
無い、が、ここは踏み留まらないといけない。
踏み留まれないときっと後悔する、色んな意味で。
だからアレをしてもらおう、アレを。
「道化しましたか? ……どうか、しましたか」
「ゴッホン、大丈夫だ……ただちょーっと……添い寝、してくれると嬉しいなって」
この子の添い寝動画は破壊力の塊である、初見で添い寝に実用しようとしてはいけない、きっとドキドキし過ぎて眠れなくなる。
そんな添い寝を、今回なんとリアルでやってもらおうと言うのだ、贅沢極まりない。
「はい、大丈夫ですよ」
「よっしゃっ」
のらちゃんは快諾してくれた様子、流石は理想と言うだけありますわ。
とは言え緊張したけどな、奥手で申し訳ない。
「では、早速寝てください」
「お、おう」
つか今もかなりガッチガチだけどな、全身硬直状態だよ。
あーヤバいヤバい昇天しそう。
(ФωФ)<ニャーン
「……こ、これは……すっげえなオイ」
「ふふ、そうでしょう」
顔が目の前にある。
今まで画面越しにしか見る事を許されなかった憧れのキャラクターが、鼻と鼻が触れ合うんじゃないかと言うくらいに近くて、ちょっとお胸が俺の腕に当たっていて、こそばゆい息が俺の肌に触れる、そんな未知の世界に俺は迷い込んでいた。
「……胸、当たってますが」
「……当ててんのよ、です」
「あざといなあ……」
「でも、それが望みなのでしょう?」
「否定出来ないのがねずみさんの性なのである」
やだ、エロい……
そしてごめんなさい全国数万人のねずみさん。
俺は今、のらちゃんを全身で感じているぞ!!
なんて興奮していると、のらちゃんがじっと見つめてきているのに気が付いた。
その瞳はどこまでも紅く染まっていて、特徴的な渦巻きの目が俺のガチ恋をどこまでも狂わせていく様に見えた。
「……そう言えば、名前を聞いていませんでした」
「あー、確かに言ってなかったか。俺は山本太陽、まあどうとでも呼んでくれ」
「では……太陽くん、貴方は今『寂しい』ですね?」
「…………へ?」
俺はそんな魔法に夢中になっていて、不意を突かれた質問にすっとんきょうな声で返す事しか出来なかった。
寂しいなんて、最早一番古い記憶にすら家族はいないのにそんな事思える程俺は子どもになれなかったんだ。
親がいないから、施設の人はあくまで施設の人だったから、気を許せる友達はいても甘えられる様な人間はいなかったから。
--何より、考えてしまえば取り返しが付かなくなりそうだったから。
「私は貴方が作ったもの。だから貴方の考えや境遇は大まかになら分かるんです」
「……」
グッと堪える。
多分ここで少しでも鎖を緩めたらもう後戻りなんて出来ない。
なのにのらちゃんは、それを見越した上で止めなかった。
「大丈夫ですよ、私は貴方を受け入れます。どんな貴方であろうとも、『私』だけは貴方の全てを理解し、愛します」
「ちょ……泣かしに来るのは卑怯だろ……」
俺の周りに理解者なんていなかった。
友達も良いヤツばかりだったが、元より親のいない人間の気持ちなんて分かる訳が無かった。
なんで他の子どもには両親がいるのに俺だけにいないのか、なんで俺だけこんな境遇なのか。
考えてしまえば10年以上縛ってきた心の鎖が外れるのなんて、容易い事である。
「大丈夫、大丈夫ですから」
「--寂しかった。でも……でもな、言っても、言っでもっ! 誰も理解しでぐれる人なんでいねえっ!! だから、だから……我慢……するしかよぉ……」
鎖を一つ一つ、外す度に気持ちのコントロールが壊れていって。
泣いた事なんて記憶に何一つ無かった俺が、初めて自らの意思で泣いた、それも声が枯れるまでずっと。
のらちゃんは、そんな俺を抱き締めてただただ頭を撫でてくれていた--
「……落ち着きましたか?」
「わ、悪いな……あんな恥ずかしいの……」
「いいえ、良いんです。貴方のすっきりした様な顔が見られればそれで」
泣いていたのはどれくらいだっただろうか、暗いから良くは分からないが三十分くらいであろうか。
泣きすぎて声はガラガラ、頭も痛い、のらちゃんには恥ずかしいところを見せてしまうと言う三重苦を味わわせられたが、気持ちは生きていた中で感じた事の無い爽快感があった。
いくら好きな人相手とは言え本当に分かるのか、と疑問に思ったが一度胸にうずくまってしまえばそんなものどうでも良くなった。
それだけ俺は救われた、その事実がある以上最早事の真偽なんて必要ない。
「……なあ」
「どうか、しましたか」
今度は俺が、のらちゃんを見返す。
ふぅっ、と深呼吸し俺は言った。
「これからもさ、一緒にいられる?」
「……もちろんです。貴方が望む限りいつまでも、どこまでもこのままの私であり続けます」
きっと後戻りは出来ない。
この子無しの人生なんて考えられなくなるだろう。
それだけ俺は既に壊れてしまった。
何もかも壊れてしまった。
だがそれで良い、それで良いんだ。
どうせいつまで続くか分からない人生、壊れきるまで存分に楽しもうじゃないか。
「……ありがとな」
そう言って俺とのらちゃんは、薄く微笑んだ。
お陰様で短編10位だそうで
多少の知名度向上はしたかな、これは