「あ!南雲先輩!おはようございます!」
「高坂か。園田に南も昨日ぶりだな。」
「南雲先輩おはようございます。」
「おはようございます。」
今日は寝坊してしまったため普段よりだいぶ遅め登校だったが、それが悪かったのか後輩三人に捕まってしまった。
嫌ではないんだけど、こいつら(というか高坂)の相手は疲れるから朝っぱらからは遠慮願いたかった。
「うす。じゃ、俺は先行くからな。」
「あ!待ってくださいよ!」
この三人と登校なんてしたらどんな噂が立つか分かったもんじゃないから早足で歩く。
しかし、三人ともそれについてきてしまった。
「一緒に行きませんか?」
「ちょっと先生に呼ばれてるの思い出したから先行くわ。悪いな。」
「さっきまで歩いてましたよね?」
「だから今思い出したんだよ。」
「本当ですか?」
高坂と園田は躱したと思ったんだが、南の純粋な目に負けそうになった。
上目遣いに防御壁を突破される前に走り出す。
「あ!逃げた!」
「嘘ですね。」
「なんで逃げるんですか~?」
走り出したはいいがそれでも三人はついてきた。
なんでこんなに俺に構うんだこいつら!?
三人のことは別に嫌いではないが、変な噂が立つのだけは避けたい。
「変な噂立つから止めとけよー!」
多分そういうのを考えてないであろう三人にそれだけ告げて、更に速度をあげる。
園田あたりが付いてこれそうだが、二人を見捨ててまでは来ないだろう。
「はぁ~。」
あの三人に懐かれたのはいいが、三人とも美少女なので今まで接点の無かった俺がいきなり一緒に登校したら絶対噂になる。
三人もそれは嫌だろうから、考えられるようにあれだけ言って逃げてきたが果たしてどうなるか……。
「随分お疲れだな。」
「英二か。おはよう。」
「走ってきたみたいだけど、犬にでも追いかけられたの?」
「ハッ。まぁそんなとこだ。」
「?」
英二のぴったりな表現に思わず笑ってしまった。
事情を知らない英二は首をかしげていたが、特に何も聞かずに話を変えてきた。
「バスケ部、絶対連れ戻すから。」
「それを言いに来たのか?」
「あぁ。」
「……期待してるよ。これでも、お前のことは信頼してるからな。」
「任せとけ。君も頑張って肘治しといてよ?」
「あぁ。」
「それと、どうなるにせよ友達のままでいてくれると嬉しい。」
「男のデレはいらないが……、それはこっちからお願いしたいね。」
英二の話を聞いて、随分といい友達を持ったんだと気付いた。
故障のショックから部の悪いところだけに目が行き、考えもネガティブになっていたのかもしれない。
大事なことに気がつけたのが辞めた後なのが惜しいが、かと言って辞めたのを後悔したなんてことは無いし戻る気もない。大事なことに気づいたからといって、今戻って楽しくバスケが出来ると思うほど馬鹿じゃない。
どっちかって言うと部には敵のが多いんだから。
「なぁ、英二。」
「なんだ?」
「昼休み、1 on 1 しないか?」
「やろうか。」
それでもやはりバスケはやりたいので誘ったらすぐに了承してくれた。
そこでチャイムがなったので席へと着く。
昨日から勉強もしてみると決めたから、授業も真面目に聞かなくちゃいけない。
~★~★~★~
「それじゃ、やろうか?」
「太一からね。」
午前の授業も相変わらず分からないままだったが、昨日少し復習しただけでは流石に無理なのも分かっているからこの問題は時間をかけて解決するしかない。
そして待ちに待った昼休み、俺と英二は朝に言った通り体育館で1 on 1をしに来ていた。ゴールが空いていなかったため、英二がちょうど使っていた後輩のところへ行き交渉していた。
バスケ部員は快く貸してくれた、と思いきや俺を見るなり嫌悪感を隠さずに睨んできた。
「はい。」
対面の英二からボールをパスされゲーム開始。
少し貸してもらうだけという約束なので二本先取だ。
まずはドリブルをつきながら隙を探すが攻め込めるような所は見当たらない。
フェイントで切り崩そうとしたんだが、ハンドリングが甘くボールを取られてそのまま決められてしまった。
「まずは一本。」
「ちっ。」
二本目は俺のパスから。
今の俺はオフェンスよりもディフェンスの方がやりやすい。ディフェンスならドリブルみたいに頻繁に左腕を使うこともないからだ。、
英二は右に抜く、と見せかけてターンオーバー。そこからキレイなフォームでシュートを放とうとするが、すぐに追いついて防ぐ。
こぼれ球を拾って攻め込むがまたもボールを盗られて得点も取られてしまった。
「決まり。」
「……最後一本いいか?」
「もち。」
勝負は決まったが、もう1度だけ頼んでやってもらうことに。
英二からのパスを受け取ってドリブルをする。
またフェイントで切り崩そうとするが、やはり思うようにドリブルが出来ていないのを痛感する。
練習通りにはいかない、か。
それでもこのままは悔しいから英二から大きく距離を取って3ポイントラインからシュートを放つ。
放たれたボールはリングに何回か当たりながらもゴールを抜けた。
「ふぅ……。」
「お見事。」
「付き合わせて悪かったな。」
「いやいや。楽しかったよ。もっとやっていたいくらいだよ。」
「まぁ、このくらいなら問題ないかもな。」
「ならこれからもたまにやってもらえるかい?」
「いつでも。」
英二はこのやり取りを終えた後に後輩達に礼を言って戻ってきた。
ちなみに、後輩達は俺達のゲームを見ていたが終始いい顔はしていなかった。
今も英二を見送るついで俺を睨んでいる。
「あれも、何とかしないとね。」
「随分と嫌われたもんだ。」
英二は気づいているのか振り返らず俺にそう言ってきた。
「まぁ、大丈夫そうだ。」
「早速策でも思いついたのか?」
「まぁね。君にアイツらを潰してもらうのが一番手っ取り早いかな。故障中の君に勝てないようじゃ、ね?」
「おいおい。」
「君の肘を心配していない訳じゃないさ。それでも、太一なら勝てるでしょ?」
何とも過激な方法である。
勝てるか勝てないか、と聞かれたらまず間違いなく勝てないんだがそれは今の話。
「故障して確かに全力は出せなかったかもしれない。それでも、敏捷性はまだ生きていた。さっきのシュートも全力で行ったつもりなのに君は追いついてきた。それに、ハンドリングもそこそこ出来ていただろう?」
「まぁ、ディフェンスでもキツい当たりとかが来るとダメなんだけどな。ハンドリングも思うように行かない。」
「それでも、思っていたよりずっと簡単そうだ。」
英二は笑ってこう続けてきた。
「部の方は絶対に何とかなる。だから君にはリハビリを終えて、一緒に大会に出られるようにしてほしいな。最後だけでも。」
「……。」
「バスケが好きなのも、その燻りもさっきのゲームからも充分伝わってきてるよ。君が、居残りだけじゃなくて、夜に公園のコートで練習しているのも俺は知っている。」
「適わないな。」
「楽しみにしているよ?」
「……期待はしないでくれ。」
リハビリが間に合うかどうかなんて断言は出来ないためそう言うしかなかった。
話の続きはチャイムによって遮られてしまったため出来なかったが、話したいことは話せたんだと思う。英二は満足そうに席に戻って行った。
~★~★~★~
午後の授業は相変わらず理解できないまま過ぎていった。
放課後は特に予定はない、つもりだったんだが英二と話していて行くところは決まった。
高坂らに見つからないように学校を出てから一旦家に戻って自転車を漕いで目的地へ向かう。
向かった先はこの辺ではかなり大きい病院で、俺のリハビリを行っているところだ。
「あら、久しぶりね。」
「よろしくお願いします。」
「ええ。と言っても、頑張るのは君なんだけど。」
リハビリ自体はすんなり行われたんだが、その前の診察で今日のゲームがバレてしまい軽く怒られた。
自分では軽いつもりだったが、早く治したいなら控えるようにと忠告もされてしまった。
「こんなところかしら。まだまだ先は長そうね。」
「先生、来年の夏には治りますか?」
「……難しいわね。時期的に大会かしら?」
「はい。」
「……もう1度言っておくけど難しいわ。でも、可能性が無いわけじゃないとも言っておくわ。」
「そうですか。」
「君次第よ。とにかく、無理はしないこと。」
「分かりました。……あと、」
「まだ何かあったかしら?」
「あの子は?」
リハビリ室で話を聞いていたんだが、さっきからチラチラ見えていた赤毛の少女が気になってしまって思わず聞いてしまった。
「あら、真姫ちゃん。来てたの?」
「うん。」
「あぁ、ごめんなさい。この子は私の娘なの。」
「西木野真姫です。」
「娘さん、ですか。俺は南雲太一。君のお母さんにはお世話になってる。」
「あの、リハビリ頑張ってください。」
それだけ言うと彼女はリハビリ室を出ていった。
「あの子、私達二人共忙しいから気難しい子に育っちゃって。」
「まぁ、小6にしてはしっかりしてたと言うか大人びてるというか。」
「南雲君もそう思う?」
「少し。」
あまりキッパリ言うのも失礼だと思い曖昧な返事になってしまった。
娘さんなら将来この病院を継ぐのだろうか?
「真姫ちゃんにはもう少しワガママを言ってほしいの。私達が言ったわけではないんだけど病院を継ぐのを理解してるみたいで何も言わないのよ。あの子、ピアノとか歌とか大好きなのにそういう人になりたいって言ったことないの。」
「随分賢いみたいですね。小学生でそこまで考えられるなんて。」
「私としては学生のうちはもう少し自由にして欲しいわ。最悪病院を継がなくてもいいと思っているの。真姫ちゃんの好きなことをしてほしい。」
「そうですか。」
「あらやだ。愚痴に付き合わせちゃってごめんなさい。」
「いえ。俺でよければリハビリついでに聞きますよ?」
「そう言ってくれると嬉しいわ。何なら、真姫ちゃんの事もお願いしちゃおうかしら?」
お茶目にそう言う先生。
正直、女子大生と言われても違和感ない人にそういうことをやられると普通に可愛いと思ってしまうから困る。
ただ年は……なんか嫌な予感がするからこの先は考えないようにしようり。
「冗談言わないでください。」
「あら?結構本気だったんだけど。」
「はぁ……。」
今日気づいたけど、この人と話すのは高坂と話すのとは別方向で体力を削られるようだ。
ゲンナリしながら病院を出ると先生の娘さんが出口すぐ横のベンチに腰掛けていた。
先生にはあんな事を言われたが、冗談なのは分かっているので軽く会釈だけして帰ろう。と、思ったがバッチリと目が合ってしまった。
「ねぇ。」
しかも声までかけられてしまった。
無視をしてまで帰るのはないか。
「何だ?西木野。」
「真姫でいいです。あの、少しお話し出来ませんか?」
ナチュラルに名前呼びを許可してきた事に少し驚いた。もっと壁を作ってるタイプだと思っていたんだが。
そんな意外性も、話をしたいと言われた瞬間に頭の中で高坂が出てきて全てかき消してしまった。
どうせ暇だし付き合ってやるか。
「なら俺も太一で構わないぞ。それで?」
「ママから太一さんの話を聞いたんです。その、辛くはないんですか?」
これまたいつしかの綾瀬と被るような質問だ。
真姫は何かを探るような目でこちらを見てくる。こちらも先生からこの娘のことは聞いているので探し物は大体予想がつく。
真姫の提案で歩きながら話に付き合うことにした。
「ないな。」
「どうして?」
「故障した時は辛かったんだけどな?まだ全部終わった訳じゃない。」
「どういう意味ですか?」
「まず、俺がバスケを出来ない理由は故障だけじゃなくて部の俺に対する評価もある。分かるか?」
「……怪我のせいで嫌われた、ですか?」
「簡単に言うとそうなる。少し付け加えるなら一部以外全員だ。で、俺がバスケができない理由が怪我自体と部の状況の二つあるわけだ。」
「はい。」
「故障は時間をかけてリハビリすれば治る可能性がある。先生には難しいと言われたが希望は残されてる。」
「それでも、バスケ部の方は……。」
先生、真姫ママはこの子が人との関係を作るのは苦手だと言っていた。そんな彼女にとって嫌われている分をどうやって取り戻すか想像するのは難しいようだ。
「真姫の思うとおり、怪我をしたままの自分では難しい。かと言ってリハビリが終わってからじゃ時間が無さすぎる。それでも、大丈夫なんだよ。」
「それはどうして?」
「さっき言った一部の人、その中でも特に信頼出来るやつが任せろと言ったからだ。他人任せだと思うか?」
「それは、少し。」
英二がいなかったらそもそもバスケ部に戻ることすら考えていなかっただろう。それだけ幼馴染のことは信頼している。
真姫にはピンと来ないのか、黙って何かを考えている。俺の言ったことを理解しようとしているんだろうな。
それでもよく分からかったようだ。真姫は諦めたようにため息を吐いた。
「お前にも信頼出来る人が出来れば分かる。」
「そんな人いないです。」
「なら、作ればいい。」
「難しいです。」
「だろうな。お前、敵作りやすそうだし。」
「あの、バカにしてます?」
「いーや、俺も今は似たような立場にあるみたいだから共感してるだけ。人を信頼することは実際にその相手が出来ないと分からないだろうがな。そこが俺とお前の違い。」
簡単に言っているけど、それがひどく難しいことは俺にでも分かる。真姫はお嬢様、可愛い、頭が良い、ピアノも上手い、運動もそこまで酷くないだろうしうまく立ち回らないとすぐはみ出しものにされそうな要素が揃っている。
それこそ、幼馴染とかいないと友達を作るのは難しそうだろうなぁ。
「……。」
「まぁ、この話はこれ以上話すことはないな。」
この先は真姫が考えることだろうから話すことはない。俺みたいに幼馴染を作れとか今更無理だし。試しに話しかけてみろなんて投げやりなことは言いたくない。
だから、もう一つの方でアドバイスをしとこうか。理由は違えど、抱えた問題は同じだろうし。
「他人任せなほうは置いておくとして、故障の方は治ると言ったな?」
「……はい。」
まだ話が続くと思っていなかったのか、俯いていた真姫はびっくりしたような表情でに顔を上げた。
「治ればまたバスケが、好きなことが出来るんだ。それまで少し頑張るぐらいはできる。好きなことが出来ればさらに頑張れる。だから俺はここで立ち止まったりなんかしない。」
「そう、ですか……。」
期待した答えは得られなかった。言外にそう聞こえるような呟きと共に再び俯く真姫。
まだ、話は終わっていないんだけどな。
「真姫の好きなことはなんだ?」
「え?」
「だから、お前の好きなことは?」
「えっと、ピアノと歌、ですけど?」
「じゃあなんでそれができないと思う?」
「それは、私がこの病院を継がなくちゃいけないから……。」
「君のお母さんはそうは言っていなかった。君の好きな道を歩めと言っていたぞ。」
「っ!それでも!二人が期待しているのが分かるの!!だから私は!!」
先ほど先生から聞いたことを告げると、真姫は今までより大きな声で叫ぶようにしてそう言った。途中で言葉が切れたのは俺に言っても無駄なことだと気がついたからだろう。
やはり、賢いな。
周りの人がいきなりの大声にびっくりして俺らを見るが無視して歩き続ける。
真姫はその後を俯きながらも付いてくる。
落ち着けるように少しだけ間をとってからこう切り出す。
「それが、真姫の音楽になんの関係がある?」
「……どういう事ですか?」
「質問を変えるか。真姫は将来ピアニストか医者だったらどっちになりたい。」
「……分からないです。ピアノは好きだけど、ママやパパの病院を継げると思うと嬉しくも誇らしくも思えるんです。」
「なら、音楽をしながら病院を継ぐのだってできる。」
「出来ませんよ。だって、医者をしながらなんて……。」
「そうじゃない。今の話だ。」
「今の?」
真姫はオウム返しでそう聞き返す。
先ほど溜め込んでいたものを少しだけ吐き出したからか、ほんのちょっとだけ余裕があるようにも見える。
「そう。医者の勉強が大変なのは分かるが、今必死こいてやらなきゃいけないほど大変か?真姫は自分で勉強だけしか出来ないほど余裕は無くなるか?」
「……。」
「そうじゃないのなら、音楽を続けることは出来る。勉強の合間にピアノを弾く事だってできるし、今なら部活にだって入れると俺は思う。」
「っ!」
音楽を続けることについて語っていくとハッとした表情になる真姫。今まで親の期待とそのプレッシャーから、こういうどっちともと言う考えはしてこなかったんだろう。
頭の良いこの子は将来のことが他の人より少し明確に見えてて、その為に必要なことも理解して、段々そこにだけ視界が狭まってしまったのだと思う。
「さっきの真姫の好きな道を歩んでほしいというのは本当だ。少し前に先生の口から聞いたばかりだからな。」
「そう……。」
「それで、俺は真姫に
「……。」
「今すぐ答えを出す必要はない。けど、真姫はもう少し気楽に考えたら良いと思う。」
「……その通りですね。」
このへんが潮時かと思い真姫と別れようとしたが、その前に真姫が口を開いた。正直言って、柄にもないことをしていることに今気がついて、すぐさま帰って悶絶したいんだが。説教とか偉そうなこと言える立場じゃないんだよなぁ……。
そんなことを思いながら振り向くと初めて見る真姫の笑顔がそこにあった。
「私、音楽やりながら医者を目指します。」
「説得しといてなんだが、よく考えた方がいいぞ?」
「良く考えてみたら、私が両立出来ない訳ないんですよ?」
「いや、それは知らんけど。」
「とにかく!私は両方やるって決めたんです!」
「そう。そりゃ良かったな。」
「他人事みたいに言わないの。太一は何でも協力するって言ったんだから!」
「え?そこまでは言ってーー、」
「吹っ切れたら曲のアイデアが沢山出てきたわ!出来たらしっかり聞きなさいよ?」
それだけ言って真姫は駆け足で去っていった。
彼女がどうするかは決まったらしい。
色々吹っ切れたのはいいけど、俺は何でもなんて言ってないよな?
後、さり気なくタメ語呼び捨てになってなかった?
まぁ、あいつの笑顔が見られたからそれで良しとしよう。
真姫ちゃん登場しました。
この後どのくらいの頻度で出てくるかは不明。
バスケ部復帰は当分先の話、というか戻るかも確定してないです。
怪我をしたら西木野総合病院へ行くのは当たり前らしい。