あの子らを出します。
「それでは、只今より音ノ木坂中学の体育祭を開始します。」
『うおおおおおぉぉぉ!!』
校長のその宣言とともに生徒の多くが雄叫びを挙げた。むさ苦しいことこの上ないが、俺もその一人である。
運動部の男子にとってこの場は女子にアピールする絶好のチャンス!!
ここで活躍して、後輩とかに『あの先輩、かっこよかったね!』って噂されるぞ!!
そうすれば、彼女が出来るって従兄弟の子達が言ってた!
あ、俺、黒澤琥珀って言います。
太一じゃなくて悪ぃな。
太一?なんかいつもの3人に宣戦布告されてたぞ。俺を差し置いてリア充を満喫してるバカには練習メニューをきつくしてやろう……と言いたいところだが、一応けが人だから出来ないんだよなぁ……
俺も南さんと青春したい!!
いや、この際可愛い女の子なら誰でもいい!!
あ、1500m走?出ます。すぐ集合しなくてすみませんでした。
ーーー
ーー
ー
体育祭当日。
校長の宣言が終わって選手退場した後すぐに高坂たちが寄ってきた。敵陣営の彼女達がわざわざ寄ってきて何用かと思ったら賭けを持ちかけられた。
そこまで断る理由もないから乗ってやった。なにより勝負を持ちかけられて逃げるとか有り得ないし。
俺あんま出ないけど。
第一競技の長距離走は知り合いで言うと、琥珀先輩、園田あたりが出場していた。それぞれ1位と2位という好成績を収めていた。
二人とも白組だからあまり喜べない結果ではある。
パン食い競争に出ていた高坂も何故か速かったし、中々苦しい序盤戦だ。
何とか巻き返そうと学年競技に望んだが結果は2位。
ただ飛ぶだけだから、特筆することは特になかった。タイブレークになった末にうちのクラスの運動苦手っ子ちゃんが引っかかってしまっただけだ。責任を感じていたその子を慰めるクラスメイト達を見た時は勝負とか忘れてなんだかほっこりした。
ちなみに1位は白組のクラスだった。
「結構負けてるね。」
「そうだな。英二は何出てたっけか?」
「学年競技、綱引き、玉入れ、部活対抗リレーと選抜リレー。」
英二はかなりの数出場する予定らしい。
今の段階で終了しているのがクラス競技だけだから、ここは英二の活躍に期待しておこう。
「あなた達、しっかり応援しなさいよ。」
現在行われている3年生の学年競技、クラス対抗リレーを観戦しながら駄弁っていると後ろから注意が飛んできた。
振り返らなくてもその威圧感で誰だか分かってしまった。
「絢瀬こそ声出してないだろ。」
「これでも心の中ですごく応援してるわ。」
「うっわー。絶対嘘だろ。」
「まぁまぁ、絢瀬さんの言う通り応援したほうがいいかも。」
違うクラスではあるものの同じ赤組になったらしい絢瀬は不機嫌そうに俺たちに注意してきた。
不機嫌そうな理由はさっきの女子100m走で3位になったからだろう。意識高い系(予想)の絢瀬は1位を取りたかったんだと思う。負けず嫌いっぽいし。
絢瀬と話していると雲行きが怪しくなっていたのを感じたのか英二が話に割り込んできた。
どうやらギリギリ赤組が負けている状況のようだ。それを理解すると同時に席を立って英二と一緒に応援のために移動することにした。
一応、言っておくと絢瀬のことは嫌いじゃないし、結構フランクに接しているつもりである。
俺たちのやりとりを見てると毎回ハラハラさせられると周りの人は言うがイマイチ理解できない。
「絢瀬って運動できんの?」
「昔バレエをやってたからそれなりの自信はあるわ。」
「バレエね……。なんか似合うな。」
バレエをしている絢瀬を想像してみると違和感が全くなかった。
金髪碧眼で中二にしてモデルみたいな体型してるから似合うんだろうな、きっと。
俺的には誉めたつもりで言ったのだが、絢瀬の表情が若干曇った。もしかしたら、なにかバレエ関係で何かあったのかもしれない。訳ありなのは俺も同じだから、もしそうなら絢瀬の気持ちに共感できる部分があるかもしれない。
今は体育祭中だから真面目な話なんてしないけど、いつか話を聞いてみるのも有りだな。
絢瀬とはちょっとしたやり取りをするだけで面と向かって話し合ったことなんてこないだのアレくらいだし。
『借り物競争に出る人は集合場所に集まれ~。』
「お、出番だ。」
「頑張れよ太一。」
「おうとも!」
英二からの応援を受けて入場門に移動しようと観客の後ろに移動する。
何故か絢瀬もついてきた。
「どした?」
「私も出るのよ。」
「ふーん。まぁ、頑張れ。」
「貴方こそ頑張りなさいよ。」
「……へぇ?」
予想もしていなかった返しに思わず足を止めて絢瀬の顔を見てしまった。それを不思議に思った彼女は怪訝な表情でこちらを見返してきた。
「……なによ?」
「いや、応援してもらえるとは思わなかったからな。」
「別に同じ組の人を応援するのは普通じゃないかしら?」
「お前がその普通に当てはまるとは思ってなかったんだよ。」
「失礼ね。私は普通の女子中学生よ?」
少し拗ねたように当たり前のことを言ってくる絢瀬。
普段の彼女は周りからそう思われがちだが、自分は特別、なんて思われるのはあまり好きじゃないらしい。
拗ねてそっぽを向くのは普段のイメージとギャップがあって少し可愛いと思ってしまった。
「そいつは悪かったな。ま、とにかくお互い頑張ろうぜ。」
「そうね。負けてるんだから一位を獲りなさいよ?」
「簡単に言ってくれるなよ……。」
なんせ去年と同じようなやつが混じってるかもしれないんだからな。また独身のアラサー(女性)を引いたらリタイヤするしかないのだが……。
「なぁ、お前って結構負けず嫌い?」
「負けるのが好きな人なんてそういないと思うわ。」
「違いない。っと、そろそろ出番だな。」
入場した後も後ろに並んでいた絢瀬と話していたらようやく出番が回ってきた。
スタートラインに行く直前に彼女が何か言っていたような気がしないでもないが今は競技に集中しようじゃないか。
『位置について。よーい……、』
ふと、他の選手を見ても顔見知りはいなかった。この競技は学年混合で行うから他学年の選手とも戦うことになる。
そういえば、南もこれに出るって言ってた。どうせなら一緒だったら面白かったのにな。
パンッ!!
ピストルの合図と共に駆け出す。
お題が書かれた紙を適当に拾い上げて書かれている文字を読む。
【妹】
………………いねえよ!!俺一人っ子だぞ!?
全力で紙を地面に叩きつけた。
それで幾分か冷静さを取り戻せたのが良かったかもしれない。
紙には妹としか書かれていないから誰かの妹なら良い、そういう意図のお題だろう。
それに気がつくのに時間が掛かり動き出すのが遅れたが、まだ気にするほどではないだろう。
残念ながら知り合いの女子に妹属性を持つ知り合いはいない(というか、あまり女子のプロフィールを知らなかった)から一般席のところから探すしかない。
そこに保護者といる女子だったら兄姉の体育祭を見学しに来ている妹の可能性が高いはずだ!
辺りを見回してそれっぽいのを探そうとしたら一人の知り合いが目に留まった。
「えーっと、たしか……。凛だ!凛!!」
「にゃ!?……あー!この間のお兄さんだにゃー!」
「覚えててくれたのか。ところで凛、姉か兄いるか?」
「えっと、いますにゃ?」
「よし来い!!」
「え?にゃーっ!?だ、ダレカタスケテー!?」
話についてこられていない凛の手を取って引っ張る。
何故かそれは親友の持ちネタ!っていうツッコミが頭の中に出てきたが無視だ無視!
結構軽いなー、なんて感じながらそのままゴールの方へに向かい走り続ける。
そのまま凛と一緒にゴールテープを切る。
周りを見渡すと他の選手は見当たらないため1位でゴールできたようだ。
「いやー、凛がいて助かった!」
「にゃぁ……。」
「いきなり悪かったな。って、お前顔赤いけど大丈夫か!?もしかして速く走りすぎたか!?」
ゴールして一息ついたところで凛にお礼を言うが顔が真っ赤なのに気がついた。
小学生の体力に合わせて走ったつもりだったけど、無理をさせてしまったのかもしれない。そう思って慌てて凛を保健室に連れてこうとしたが、顔をふるふる振ってその考えを否定された。
「て、手が……。」
「ん?あー!悪い!」
凛の小さな声をなんとか聞き取って、その手の方に視線を送る。そこにはがっちり繋がれた俺と凛の手があった。
彼女の言いたいことをようやく察し、慌てて手を離す。
これはマズいっ!?
「うわぁ、小学生くらいの女の子を無理やり……。」
「いきなり手を繋ぐとかないわぁ……。」
「南雲先輩……。」
「もしかして、あいつロリコン何じゃね?」
「えぇ~、引くわぁ……。」
「ことりのおやつにしちゃおうかな~……?」
「ふふふ、一度しっかりオハナシした方がいいかもしれませんね……。」
自分のやったことを改めて思い返して即辺りを見渡す。
そして、俺を見る数多の視線を感じ取った。さらにヒソヒソと話されていることのいくつかが耳に届いて来た、ような気がした。
「貴方、ロリコンなのね。」
「……うがああぁ!!」
競技を終えたらしい絢瀬に止めを刺されて俺はその場で頭を抱えることになった。
「あの、凛はもう戻っていいんですか?」
「全員のレースが終わるまで一緒に待っててくれ。ほんと申し訳ない。」
「だ、大丈夫です!ちょっとびっくりしただけにゃ……。」
「凛……。」
凛が優しい子で良かったと心の底から思った。
ちなみに、絢瀬は俺と凛のやりとりをシラケた目で見た後に待機場所に向かって行った。
「あの、お兄さんこの後時間ありますか?」
「うん?……そうだな。この競技が終わった後はもう出番ないから大丈夫だ。」
「じゃあ、凛と少しお話してほしいです!」
「それは全然構わんが……。」
そんなこんなでこの後に凛の話に付き合うことになった。
まぁ、これ以上の出番はないから俺がいなくても問題ないだろう。午前中で出場競技が全部終わるとか初めてだな。
そんなことを考えていたら南が入ってる組がスタートするところまで来ていた。これが最後の組らしい。
スタートの合図から少し遅れて走り出した南は数少ない残りのお題から1つ手に取った。
ぼふっ!
そんな音が聞こえるかと思うくらいに南の顔が一瞬で赤くなった。その場で顔をブンブン振って何かを否定しているようだ。
【好きな人】とか引いたんだろうか?女子があんな反応をするお題なんてそれくらいしか思い浮かばない。
異性とか限定されてなければ高坂や園田を連れてくればいいんだろうけど、アレを見る限りは運営の策略通りになったっぽいな。最終的に引っ掛けに気づいた南だったが、だいぶ遅れてビリになっていた。
ご愁傷様とだけ言っておこう。
そんなこんなで借り物競走は終わり、俺の出場する種目は全部終わってしまったのだった。
ーーー
ーー
ー
「凛は星空凛って言います!この間は話を聞いてくれてありがとうございましたにゃ!」
「……どーいたしまして。」
退場と同時に凛のいた観客席まで戻って来ていた。そしてすぐ様自己紹介をとあの時のお礼を言ってきた凛。
それはいいんだが、こっちのおどおどした小動物系女子が気になってしょうがない。
凛よりは長いショートカット、ショートボブ?に赤ぶちメガネが特徴だ。凛の友達らしきその子は俺が来るなりずっとソワソワしているのだ。なんか俺にびびってるようにも見えるからこの場に居づらい。
「ほーら、かよちんも自己紹介するにゃー!」
「ふぇ……。ダレカタスケテ……。」
「無理すんな、な?」
「かよちん、大丈夫。お兄さんは顔はちょっと怖いけど優しい人にゃ。」
「おいこら。」
「あ、あの!……わ、たしは小泉花陽……です……。凛ちゃんの幼馴染で、その、あの時は凛ちゃんを助けてくれてありがとうございました!」
すっげえちっちゃい声で自己紹介したと思ったら、その後は一気にまくし立てるように言い切った小泉。
どう見たって緊張してる。やっぱり、俺ここにいない方がいいよな?
「おう。じゃあ、俺はこれでーー、」
「待つにゃ!凛たちはお兄さんの名前聞いてないですよ?」
「……南雲太一だ。」
「南雲さん?太一さん?」
「好きな方で呼べ。」
「じゃあ、たっくん?」
呼び方で迷ってる凛に好きにしろとは言って、その答えに思わずずっこけそうになった。
座ってるからそんなことはないけど、まさにそんな感じの斜め上の呼び方だった。
いきなりあだ名とか肝が据わってんのか、怖いもの知らずなのか、バカなのか……。
「たっくん?」
「まぁ、それでもいいや。敬語喋りづらかったらタメ口でいいぞ。」
「じゃあ、たっくんにゃ!」
「……た、たっくんさん?」
「小泉、それはおかしい。」
「ひっ……!?ご、ごめんなさいぃ!」
普通に突っ込んだつもりなのに怯えられた挙句謝られてしまった。
小泉みたいな女の子にこういう反応されるとガチで傷つくんだな……。
「なぁ、これ俺いない方がいいよな?」
「ダメにゃ!たっくんにはかよちんと友達になってもらうの!ね?かよちん?」
ふるふる
「首振ってんじゃん。ダメじゃん。」
「かよちんは照れ屋さんで男の子にも慣れてないんだにゃ。だから、たっくんと友達になってもらって……、」
「慣れさせようと?」
「そうにゃ。」
「小泉が望むならそれでもいいけど?」
凛の狙いは分かったが、肝心の小泉がこの調子なんだが。
最初の自己紹介以外、1回も目が合ってないし。
凛が無理やりやらせようとしていると思ったんだが、これは小泉たっての希望らしい。
1歩を踏み出そうとしている。そんなところだろうか?
その相手が何故俺なのかは知らん。
「かよちん。頑張って!」
「うぅ……。」
「何を頑張るんだ?」
「まずは名前を呼べるようにならないとダメだよね?」
「うん。そうなんだけど……。」
どうやら今は俺の名前を呼ぶところから始めようとしてるらしい。いや、さっきたっくんさんって言えてたじゃん。
小泉的にはアレは独り言のようなもので、俺に向けて言ったわけではないのでノーカンらしい。あと、あの呼び方は難しいようだ。
しばらく謎の間が俺たちの中に生まれたが、やがて意を決したように小泉は口を開いた。
「……た、たーー、」
きゅるる
「……。」
「……。」
「……。」
『えー、以上で午前の部は終了となります。お昼休憩を取ったあとに午後の部を開始します。只今の得点は赤ーー、』
そうだよな。ちょうど昼休憩なんだからお腹は空くよな。何もおかしなことは無い。
だから、そんなに顔を紅くして恥ずかしがるんじゃない。でも、小泉がソレやると小動物みたいで可愛いな。
「そうだ!たっくんと一緒にご飯を食べよう!」
「あ、俺。友達とーー、」
「あ、あの、ダメ……ですか……?た、たっくん……。」
「……分かったよ。」
凛の提案を聞いて、即座に適当な言い訳をして離脱しようと試みるも失敗に終わった。
だって小泉がおどおどした潤目+上目遣いであんなこと言って来たからしょうがない。しかも、立ち上がろうとした俺の裾をちょんと摘むおまけ付き。これをわざとやっていたら、小泉は将来男泣かせの小悪魔女子になる事間違いなしだろう。
つーか、呼び方それなんだな。