The World of us   作:君下俊樹

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バトルをしない異能モノが好きなので二宮くんと厨二ごっこしてもらった。
よく見たら修正前の文を投稿していたので煮るなり焼くなり好きにしてください。


本編
オハヨウセカイ


 ふーっ…………と吐いた息は白く色付き消えた。いくらジャージを着ているとはいえ、真冬の校庭だ。死ぬほど寒いし、なんならこのジャージも安物なのでめちゃくちゃ寒い。さらにその上クソほど寒い。

 

「…………寒ぃ」

 

 カチカチと歯を鳴らして、少しでも暖まるようにと体を揺する。なぜ、こんな寒い日に校庭に出てソフトボールなんざやらなくてはいけないのだろうか。今日体育の授業さえ無ければ暖房の効いた教室でのんびりできると言うのに。俺は小さくない溜息をつき、ズルズルと壁にもたれて座り込んだ。俺の所属しているチームは現在攻撃をしている。山寺がいま打席に立っていると言うことは…………ひぃ、ふぅ、み。次の次の次が俺の打席だ。しかし、山寺から俺まではこのチームでダントツでヘボい下位打線4人衆としてAチームに入団した身だ。俺の打席が回ってくることはあるまい。

 

 その俺の予見の通り、如何にもな細身のガリ勉眼鏡の山寺は空振り三振。打席を後にした。

 

 次にバッターボックスに入ってきたのはクラスで一番の小柄な男子。内村だ。その名の通りと言うべきか、内向的でどちらかといえばよくいじられるような大人しい奴だ。話したことはない。無論、三振。彼はバットを振ることもできなかった。

 

 次は滝沢。動けないデブ。どうせ三振だろうと高を括り、守備(突っ立っているだけとも言う)の準備としてグローブをつけて伸びをする。カイン、と硬質な音が響き、大きめの歓声が上がる。

 まさか打ったのかと、バッターボックスに目を向ければ俺の視界に映ったのは────

 

 

 

 

 

 ────此方へと迫る白球だった。

 

「────」

 

 危ないだったか、そんな感じの悲鳴にも近い甲高い声が聞こえた。それも俺が止まれと念じると途切れる。

 

 

 

 瞬間、視界が白黒に染まる。一切の音が消え去り、俺の身動ぐ音だけが妙に大きく聞こえた。

 迫っていた打球はといえば、俺の顔面の20センチほど手前で不自然に止まっている。結構危なかったなぁと他人事のように思いながら伸ばしていた途中の体を弛緩させる。

 

「んー…………」

 

 たっぷり二、三秒リラックスしてボールに目を向ける。ソフトボールとはいえかなりの速度で打ち出されたはずだ、当たれば鼻血で済めば良い方だろう。最悪鼻骨の骨折とかもあり得るかもしれない。そう考えれば取れる方法は少ない。

 時間もないので、俺は早々に結論を出してグローブを空中に静止しているボールを包み込むようにして掲げた。心の中でカウントを取る。

 2……1……0。

 

 

 

 

 

 色彩が暴れだす。

 

「────危ないっ!!!」

 

 パシィン、と乾いた音が響いた。誰もが目を背けて、ボールの向かった先にいる生徒の身を案じた。うわ痛そう、とかそんな軽いものではあったが。滝沢はもともと汗っかきなのと冷や汗とが交わり、まるで海でも作ろうかとしているのかと思うくらいの汗を流していた。

 しかし、周囲のその予想とは裏腹にグローブからゆっくりとこぼれ落ちたボールは転々と校庭を転がり、近くにいたファーストの足下で止まった。

 

 静寂が訪れる。なんか喋った方がいいんじゃないかとか、大丈夫かなアイツとか、いつの間にグローブを構えたのかとか、このリハクの目をもってしても読めなかったとか、色々な思考が渦巻くだけで誰一人それを口に出すことはなかった。

 

「…………あ。ファール! ファールだ! 大丈夫か?」

「…………おう」

 

 それも、我がクラス唯一の野球部であるキャプテンこと谷口の一声に破られる。そうして普段の体育の空気を取り戻し、滝沢ワンチャンあるぞー、と適当な声援を受けながら滝沢は三振した。

 さて、守備も頑張るかと立ち上がるとドスドスと此方に向かってくる大きめの影。滝沢だ。

 

「遊馬くん、ゴメン」

「気にすんなよ。あの当たり、まっすぐ飛べば余裕でヒットだぜ」

 

 ポンポンと少し高い滝沢の肩を叩いて俺はライト方面に向かった。ちょっとキレそうだったのは内緒だ。

 

 

 

 

 

 

 

 4-7で負けた。所詮体育だ、本気を出す事もないし、何より寒い。手のかじかみ方がえげつない。本気でも出そうものなら指が取れてしまいそうだ。

 体育が終わればすぐに昼休みで、俺たちは急いで教室に戻る。誰よりも早く教室へ辿り着くと制服に着替えて弁当だけを持って白黒の世界をゆるりと走る。途中で階段に片足を付けた状態で静止する二宮を追い越して屋上の扉を開けた。

 そしてすぐに世界に色が戻る。

 

 緩やかな風に吹かれて扉が閉まった。カシャリと鍵をかけて白む息を吐き出して、俺は給水塔の上に陣取った。ここが俺の特等席だ。ようやく、のんびりできる。イヤホンを耳に挿して小さなおにぎりを頬張っていると屋上の扉が開かれた。

 

 二宮飛鳥だ、我が校が誇るアイドルの。去年、縁あって同じクラスではあったが、今年に入るまでほとんど会話を交わすことがなかった。学校で見かけたのも他のクラスメイトの半分ほどだ。

 テレビで見る時とは違い、エクステを付けていないし、ネイルはもちろんのこと、衣装も着ていない。指定の制服を少しだけ着崩して、指定のセーターによく似た別のセーターを羽織って、指定のカラーとこれまたよく似たアッシュ系の色のソックスを履いている。彼女が言うにはこれもささやかな反抗なんだとか。

 

「キミは、相変わらず誰よりも疾い。途中でキミのクラスを覗いたけど誰一人として帰っては来ていなかったよ」

「お前より早く来ないと、ここが取られるだろう」

 

 そういうと、彼女は違いないと肩をすくめて給水塔の下に座り込んだ。

 お互いに会話はなく、気まずくもない。これが俺たちの昼休みだった。ただ風が強く、空気は寒々しく、弁当は美味しい。それだけの昼休み。

 だが、ごく稀にこうして話しかけることもかけられることもある。

 

「そうだ、二宮。お前は俺が時を止められる、と言ったら信じるか?」

 

 それに彼女は数秒ほど空を見上げてからこう答えた。

 

「…………信じるよ」

「妙な間があったな」

「キミからそういう話をするのは初めてだったからね。そうだ、ボクはキミのセカイを見たことがないんだ」

 

 そして俺たちの会話は途切れた。彼女は弁当を食べる手を止めてこちらを見ている。俺はすでに弁当も食べ終わり、ペットボトルに残った水をチャポチャポと揺らした。

 

 

 

 

 

 セカイを止めた。

 

 全ての色が抜け落ちて、秒針は自らの仕事を放棄した。水はまるで凍りついたかのように固まり、鳥は羽ばたきを止めつつもその場から落ちることも動くこともない。風もないのに橋上を渡る鉄道は止まり、眼下の二宮の髪も風にはためくのをやめた。

 

 

 

 

 

「────11秒間」

 

 セカイは色を取り戻し、秒針は自身の体ををせっせかと動かし始めた。水は慣性と重力に縛られて小さな波を起こす。鳥は東の方角へと羽ばたき始め、多少の風に吹かれたところで電車は止まることなく運行を続け、二宮の髪はその多少の風に揺られた。

 

「俺が念じれば11秒の間、世界の時は止まり、動くことが出来るのは俺だけになる。全ての色は消え去り、その全てのエネルギーを保持したまま静止する。そして11秒後、世界は元通りに動き始め、俺以外の誰もがそのことに気が付かない。欠点は疲れることと────聴いてた音楽も止まること」

 

 ストン、と二宮の隣に降り立つ。耳に挿さった白い校則違反をトントンと叩きニヤリ、と笑ってやればまた彼女も嬉しそうに笑った。今にも雨の降りそうな曇天を見上げて、俺は白い息を吐き出した。

 

「実にキミらしいね。けど、ボクには少し驚いているんだ。キミがもし、“イタイ”ヤツなら世界と平常を懐疑するだけの、自己だけでセカイを完結させる人だと思っていたから」

「俺も、お前が“イタイ”ヤツじゃなければ比較的大人しい文学少女だと思ってたよ」

 

 けど、そう言って彼女は立ち上がり自身の臀部を何度か叩いた。速足で俺を追い抜かして古ぼけた背の高い柵へと身体を預けた。と、見せかけてあまり体重は掛けていないようだったが。彼女は形式だけでも注意されることを望んでいるだろうということは分かる。しかし、錆びた金属というのはかなり脆いし、その上そこは校庭からもよく見える。

 

「危ないぞ」

「その時はキミが時を止めて、助けてくれるだろう?」

 

 時々とはいえこの二年間で何度も彼女とここで会話を重ねてきた。首を軽く振ってふふと小さく笑う時は、嬉しい時や望むことが出来た時の反応だとわかっていた。

 

「現にこうして、ボクらは世間から見れば“イタイ”ヤツとしてカテゴライズされる人間なんだ。ifの話をしたところで…………実るものもない」

 

 そうだろう? それには答えず、俺は一歩、二歩と彼女に少しずつ近付いた。彼女が俺を避ける様子はない。それが信頼によるものか、彼女が思うような格好の良いシチュエーションに呆けているからかはわからないけれど、俺と彼女の距離はあと一歩のところまで近づいた。

 

 

 

 止まれ、と俺は何の前触れもなく時を止めた。目の前の二宮飛鳥は俺を少し見上げた姿で凍りつき、俺はその頰に手を軽く添えた。このセカイに温度はなく、冷たくも熱くもない。

 俺が触れたからといって彼女がこのセカイで動けるようになるなんてことはなく、俺はその、石のように固い彼女から手を離した。

 

 

 

 俺がこの能力を手に入れて8年になる。きっかけは些細なもので、小さな俺が湯呑みを落として止まれと叫んだ。その次の瞬間には俺はここにいた。

 もちろん誰にもこの事を話したことはない。こうして語り草にする事も初めてのことだ。

 パッと色彩が鮮やかに俺の目をつんざく。

 彼女は少しにやけたままこちらを見上げている。その頰はきっと暖かく、柔らかいだろう。

 

「どうしたんだい? キミが魅入るような何かがあるのかい」

「……『ボクらの住むセカイが、もし一つのシナリオの通りに進んでいるとして、ライターは一つ間違いを犯した。彼は、【演者はシナリオを書き換えてはならない】そう言うべきだった』」

 

 これは俺と彼女がここで初めて出会った時、彼女が言い放った言葉。一言一句間違えることなく覚えている。夕焼けを背景にそう言った彼女に俺は見惚れ、その強い意志に惚れ、その心を揺さぶるような詩のファンになった。

 彼女は本来エクステのある場所を指でなじった。少し、照れ臭いのだろう。俺の脳裏にも、あの時の記憶がフラッシュバックする。今更に照れが混じる。

 

「それで? お前のお眼鏡に叶う答えは見つかったかい?」

「うん、ありがとう。キミのその力、借り受けることにするよ。蘭子も喜ぶだろう」

「気にするな。神崎蘭子と二宮飛鳥の助けが出来るなんて俺には光栄な事さ。まあ、こんな力を手に入れるくらいだったら俺は『もっと二宮の役に立つ魔法』が欲しかったよ」

 

 借受けると言っても彼女が他人の能力を奪う能力者であるとか、コピー能力者だとかそう言う意味ではない。何も俺は目立ちたくてとか、彼女に知って欲しくてこの力のことを話したわけではないのだ。

 彼女から難しい宿題を賜ったのでうまいこと考えつかなかった俺は、その返答として自分の出来ることをそのまま話しただけである。今度、ダークイルミネイトとしてステージ上で劇をやる。その手助けをしてくれないか、と。一瞬なんのことか分からないという顔をしていたが、無事思い出してくれて何よりだ。精々参考にしてやってほしい。

 彼女は俺の言った魔法を聞いて、クスリと笑うと珍しく破顔した。

 

「……キミのそう言う素直なところは好ましいよ」

「ああ、ありがとう」

 

 そう言われるだけで嬉しい気持ちが体の内側から溢れ出る。つまり俺は、どうしようもなく二宮飛鳥の事が好きなのだ。彼女はふいと視線を逸らして学校の隣の川を見つめている。俺はまた、不意に時を止めて彼女に触れようと伸ばした手を、彼女に触れる数cm手前で下ろした。

 

「二宮、俺はお前のことが好きだ」

 

 白黒の二宮飛鳥は俺の告白には答えない。虚しくなるだけだ。

 俺と彼女の関係は屋上(ここ)だけの関係。例えば俺は教室で彼女が何をしているのかは知らないし、彼女も、俺が普段何をしているかなんて知らないだろう。

 

「────直に昼休みも終わる。帰るべき場所があるのは幸せなことだね。ボクにとっても、キミにとっても」

 

 彼女は俺の傍を通り抜けて自らの弁当箱を拾い上げた。そしてこちらに向き直ると、ニヒルに笑う。

 今の彼女ならば答えてくれるだろう。しかし俺はそれを言葉にすることができなかった。より一層、虚しくなるし、情けなくなる。

 

「…………ああ、そうだな」

 

 未練がましく、二宮の出て行った扉を昼休み終了の直前まで眺めていた。今更になって手を伸ばした。

 

 

 本当に俺はどうしようもないほど彼女が好きなのだ。差し出したこの手には帰る場所などありはしない。ポツリと何か、鼻先に当たったような気がした。

 




ラブコメ見てると書きたくなる……ならない?
(異能バトル要素は)ないです。

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